277話 「戦獣乙女、出陣」


 それから四日後。


 再び荒野にはアンシュラオンとサナがいた。


 その後ろには、前回とまったく同じくマタゾーと五人の戦罪者がいる。


 一行はアーブスラットと出会った荒野をさらに西に抜けていく。砂利や石、低木が並ぶ大地を抜け、起伏の激しい岩石地帯を過ぎると、次第に開けた地形が見えてくる。


 地平線が見えるほど何もない荒野だが、時折強い砂煙が舞うので遠くを見渡すことが難しい場所である。


 周囲に人間の気配はない。後ろから尾行する者もいない。都市を出て少しの間は感じた気配も、ここまでやってくればまったくなくなる。


 ここは完全にひと気のない荒野。


 本来ならば人が立ち入ることはない大自然の真っ只中である。魔獣の姿も見えないので、本当に荒れ果てた大地といえるだろう。




 そこでアンシュラオンたちは、しばし待つ。



「御指名とは腕が鳴りますな」



 マタゾーが興奮したように槍を回す。


 今日彼がこの場にいるのは、相手からの『指名』があったからだ。


 事務所に届いた決闘の申し出には、アンシュラオンとプライリーラの戦いのほかにマタゾーたちも連れてくるようにとの記載があったのだ。


 この戦いは形式的には、戦獣乙女がホワイト商会を外敵として認め、粛清するためのものとされている。


 その場合、アンシュラオンだけがプライリーラと戦うのは不自然だ。商会が発足してから、彼が単独で外に出ることはほとんどないからだ。


 先日接触したことが露見していれば、何らかの取り決めがあったと疑われる可能性もある。


 それを防ぐために、いつも通り普通に外に出るようにして、偶然遭遇して交戦するような形を取りたいという。


 当然ジングラス側は、他派閥に近日中にホワイト商会に攻撃を仕掛けると通達するが、あくまでアンシュラオン側は何も知らないという形にする、というわけだ。


 これを見た瞬間、アンシュラオンはアーブスラットの顔が脳裏に浮かんだ。



「プライリーラがこんなことをするとは思えない。おそらくは執事のじいさんの入れ知恵だろう。もっともらしい建前が書いてあるが、何か企んでいるのが見え見えだ」



 プライリーラは自分の力に自信を持っている。前回のやり取りでプライドを傷つけられた彼女は、是が非でも一騎討ちで勝負をつけたいと思っているはずだ。


 そこにあえてアーブスラットが介入するのならば、何らかの意図があってのことだろう。



「単純に考えて、乱戦のどさくさにプライリーラを援護するってところか。あのじいさんにとって、お前は状況を生み出すための餌にすぎないというわけだ」


「それでもかまわぬでござるよ。あれだけの武人と戦えるのならば本望でござろう」


「お前は気楽でいいな」


「オヤジ殿も楽しみではないのですかな? 噂の戦獣乙女ですぞ。できることならば代わりたいくらいでござる」


「お嬢様の相手をするのも疲れるもんだよ。なまじ力があるから面倒だ。猫と全力で遊ぶと疲れるだろう? それと同じさ。弄ぶならイタ嬢のほうが楽だな。プライリーラはともかく、じいさんのほうは何をしてくるかはわからないからな。警戒はしておけよ」


「心得ました」



(楽しみ…か。こういう勝負ってのはあまり経験がないし、プライリーラと戦うのは少しドキドキするかもな。勝ったらお楽しみタイムだしね。ただ、条件が条件だからな。今回は遊びすぎないように気をつけないとな)



 うっかり腕一本を折られたら勝負が決まってしまう。ガンプドルフ戦のように享楽だけを求めると痛い目に遭いそうだ。


 かといって、やりすぎるとジングラスの力を削ぎすぎる結果になるかもしれない。


 ソブカにとってはそちらのほうがいいだろうが、せっかく根回しをしたのだ。ここでプライリーラを完全に潰すのは惜しい。そのあたりの按配が難しい。




「オヤジぃ、来るぜ」



 見張りの戦罪者が、遠くから何かがやってくるのを発見。


 砂煙のせいで見づらいが、少しずつ形が見えてきた。


 一般のクルマよりも大きく、帆船ほど大きくもない通常タイプの輸送船であろうか。色は白。武装はない。


 それでも五十メートルはあるものなので、運送で使うトラクターよりは立派である。小百合が言っていたのはこのサイズのものだろう。これだけでも三億円はするはずだ。



 ブオオオッ ぷしゅっー



 輸送船が止まり、しばらくするとハッチが開く。


 通常ならばそこから荷物が運び出されるのだろうが、当然ながら荷物は出てこない。



 が―――人が出てくるわけでもなかった。



 ドスドスッ ドスドスッ



 輸送船からは、遠くからでも重量感がわかる力強い足取りで【妙なもの】が出てきた。


 それはゆっくりとハッチを自らの意思で下り、大地に降り立つ。



「なんだ…ありゃぁ?」



 見張りの戦罪者が思わずそう呟くほど、それは『おかしいもの』だった。


 しかしながら、形状としてはさほどおかしいものではない。


 たとえば普段見慣れない気持ち悪い虫を発見した時や、あるいは珍妙な形の深海魚を見た時のほうが、よほど驚きの声をあげるだろう。


 だから、彼が驚いたのは形状の話ではないのだ。



 それはやはり―――【馬】だろう。



 多少背のあたりが荷を背負っているように出っ張っているが、まず間違いなく馬と呼んでよいシルエットをしている。


 グラス・ギースでは馬車が主な交通手段のため、馬を見て驚く人間はいない。外が魔獣だらけなのだから、たかが馬で驚いていたら生きてなどいけないに違いない。


 しかし、妙だ。


 この位置から見ると、馬と比べて輸送船がやたら小さく感じる。ただの馬小屋程度にしか見えなくなってくるほどだ。



―――大きい



 おそらく体長は十三メートルを超えている。体高も七メートル以上はあるだろうか。


 二階建ての一軒家のサイズだと思えば、その大きさもわかりやすいか。隣の輸送船が普通より小さく見えて当然だ。


 本来の馬体は首を除いて正方形に近い形状をしているので、一般的な馬よりも身体が長いといえるだろう。


 ただし、男が驚いたのはそこでもない。


 大きさはたしかに目を見張るような巨馬だが、大型魔獣と比べればそこまで巨大とはいえない。デアンカ・ギースの巨体を思えば、かなり小粒に映る。


 アンシュラオンが遭遇した根絶級魔獣のハブスモーキー〈砂喰鳥賊〉が、体長二十メートルはあったので、それと比べても小さいサイズだ。


 しかし、その馬はとても妙である。一目見た瞬間からおかしいことがわかる。



 馬の全身は―――【包帯】で巻かれていた。



 目に至るまですべての部位が白いもので巻かれているので、見ようによっては【馬のミイラ】にさえ思える。


 こんなものを見れば誰だって包帯に目が向いてしまう。アンシュラオンも首を傾げながら、不思議そうに眺めていた。



(なんだあれは? ただの包帯じゃないよな? …何かうっすらと光っているのが見える。この輝きはグラス・ギースの城壁にあった『結界』に似てるな。…もしかして、あれ全部が術符なのか?)



 術士の因子があるアンシュラオンには、包帯がわずかに輝いているのが見える。


 どんな効果があるのかはわからないが、何かしらの術式が付与されているのは間違いない。




「よしよし、いい子だ。さあ、行こう」



 さらに驚くべきことに、その馬には一人の女性が乗っていた。


 巨馬の背には鞍のようなものが設置されている。馬が大きすぎるために、またがるタイプではなく、その上に立つ仕様のものだ。


 地球にもチャリオットという戦闘馬車があるが、その御者台に少し似ているだろうか。優雅にまたがってとはいかないが、それ自体もかなり立派な造りになっている。


 乗っているのは、白と緑のグラデーションという珍しい髪をした、ジングラス総裁、プライリーラ・ジングラス。


 否、今の彼女は総裁ではないのだろう。


 白い全身鎧と馬上槍を手に持ち、巨馬の上に乗る姿は、まさに戦場で武勇を轟かす『戦獣乙女』と呼ぶに相応しい姿をしている。


 初代ジングラスを実際に見た者は現在に残っていないが、この姿を見れば、かつての英雄がいかに凛々しかったかがわかるだろう。



 ドスッ ドスドスッ



 巨馬がゆっくりと動き出し、首を回しながら周囲の状況を確かめるように歩いてくる。


 目まで覆われているので少し心配になるが、足取りに不安なものはなく、まっすぐに向かってきた。


 その隣には、彼女の執事であるアーブスラットの姿が見えた。彼もいつも通り、黒い執事服に白い手袋、それと愛用のモノクルといった様相である。


 その佇まいはこの距離からでも隙がなく、絶えず周囲を警戒していることがわかる。


 そこまではいつも通り。巨馬を除けば、いつもの彼らだろう。


 ただ、そのさらに後ろにも鎧を来た者たちが並んで歩いていた。その数は、こちらの戦罪者の数に合わせたように五人いる。



(ん? あの鎧の連中…動きがおかしいな)



 戦闘経験が豊富なアンシュラオンは、その動き方に違和感を覚える。明らかに人間の動きではない。


 アーブスラットが引き連れているのが怪しいので調べてみる。



―――――――――――――――――――――――

名前 :ホスモルサルファ〈多着刺水母〉


レベル:38/40

HP :540/540

BP :150/150


統率:A   体力: E

知力:D   精神: D

魔力:E   攻撃: E

魅力:F   防御: D

工作:E   命中: E

隠密:E   回避: E


☆総合: 第五級 抹殺級魔獣


異名:増え増えボーンのクラゲ

種族:魔獣

属性:水、毒

異能:増殖、群体融合、麻痺針、擬態、水吸収、物理耐性、銃耐性、即死耐性、自己修復

―――――――――――――――――――――――



(ほぉ、あれも魔獣ってことか。ソブカからは聞いていたが、すごいもんだ。魔獣ってこんなに簡単に手懐けられるんだな)



 あれが噂のジングラスの魔獣らしい。


 巨馬と比べると迫力で遙かに劣るが、魔獣を引き連れて歩いていること自体が異端であり脅威である。


 あれが荒野の魔獣と出会ったらどんな戦闘になるか、実際に見てみたい衝動に駆られる。



(水母…ってのはクラゲか。くっ、子供の頃に膝を刺された記憶が蘇るな。あれは最悪の痛みだった。『麻痺針』ってのがあるから、きっとあいつらも刺すんだろうな。それに『水吸収』スキルか。火怨山でもたまにいたが、あれはけっこう面倒だな。まさかオレ対策じゃないだろうな?)



 『水吸収』スキルを持っているので、水流波動を含む水系の技はすべて吸収されてしまうはずだ。


 あえて水系の技で倒すには、接近して水覇・波紋掌を使うしかないだろう。ただ、クラゲに発勁が効くかは試したことがないのでわからない。


 水を得意とするアンシュラオンには地味に厄介であるし、地球時代に海に行って膝を刺されて悶絶した記憶が蘇る。クラゲは好きじゃない。トラウマである。


 ここが水中だったら嫌悪感を感じてしまうところだが、まだ地上かつ鎧に入っているので、そこまで不快ではないのが幸いだ。


 倒すとしたら水系は諦め、潔く裂火掌などの火系の技を使ったほうが効率的だろう。



(あの巨馬といい、ジングラスが魔獣を手懐けられるってのは本当らしいな。しまったな。これを交渉材料にすればよかったかもしれない。…だが、プライリーラも捨てがたいし…難しい選択だったな。欲ってやつは業が深いもんだ)



「お前ら、あの後ろの騎士も中身は魔獣だ。一体一体はあまり強くないが、やや面倒なスキルを持っているようだ。物理耐性があるから気をつけろ。それと水系の技は一切通じないからな。そこは頭に入れておけ」


「うす、オヤジ」


「それ以上に厄介なのが、あのじいさんだ。マタゾーも油断するな。あいつから目を離すなよ」


「承知」


「黒姫、おいで」


「…こくり」


「何があるかわからないから賦気を施しておく。いいか、お兄ちゃんとは少し離れるかもしれないが、今回は無理に戦闘に参加しなくてもいいからな。危なくなったら、あいつらを踏み台にして逃げろ。わかったな?」


「…こくり」



 クラゲ騎士を引き連れるアーブスラットを見て違和感を覚えたため、サナに賦気を施しておくことにした。


 ジュオオオッ


 サナに生体磁気が注入される。


 以前よりもスムーズに生体磁気が入ったのを確認し、前にやらなかったことも少しだけやってみる。



(生体磁気を入れれば身体能力だけが向上する。それだけでもかなりの恩恵だが…アーブスラットが怪しい。オレはあいつを信用していないからな。戦気も少し注入しておこうか)



 生体磁気だけでも、以前荒野を走ったような体力を手にすることができる。ただ、所詮はそれだけにすぎない。


 一方、より攻撃的な戦気そのものを注入すると、生体磁気とは比べ物にならないほどのパワーを得ることができる。


 しかし、前にも言ったように危険が付きまとうので、よほどの場合にしかやらないものだ。


 サナの場合、賦気を何度かやって身体に馴染んだこともあり、大丈夫だと判断。


 ほんのわずか、ほんの一滴、プールに色素を一滴落とすくらいの感覚で戦気を注入する。


 ジュオッ



「…っ」



 するとサナが―――びくんと跳ねる。



 大きく目を見開き、アンシュラオンを見た。こんな反応は珍しい。それだけ刺激的だったのだろう。


 アンシュラオンの戦気は、一般の武人とは比べ物にならないほど高純度だ。一滴とはいえ相当な力を持っている。



「わかるか? これがお兄ちゃんの戦気だ」


「…きょろきょろ」


「外じゃない。力は内側にあるんだ。すべての源は魂にある。愛も勇気も欲望も戦気も、魂という炎から湧き出るんだ。それが燃え上がって肉体を表現しているにすぎない。今、オレの一部がお前の中に入った。とてもとても小さいが、これでいつだってサナと一緒だ」



 アンシュラオンの手が、サナのペンダントに触れる。


 彼女との絆であり、彼女との繋がりを示すものだ。これがある限り、自分とはけっして離れない。


 身体が離れたとしても心は常に一緒だ。



「これがお前を守ってくれるだろう。命気も常にあるから心配するな。あとは自分の判断で動けばいい。やれるな? お兄ちゃんを信じられるか?」


「…こくり」


「よし、ならばオレもサナを信じよう」



 サナの手をぎゅっと握る。


 すべてはこの温もりのために存在する。この戦いも彼女の糧になるだろう。




 こうして戦獣乙女との戦いが始まる。




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