275話 「その者、獣にして鬼畜、鬼畜、鬼畜なりけり!」


「不満そうな顔だね」


「…当然だろう。ここまで来て勝負を降りろと言われる気持ちもわかってもらいたいものだ」


「たしかに悔しいだろうね。でも、リスクが高い勝負はしないほうがいい。プライリーラも危惧していたじゃないか。グマシカの目的はジングラスを動かすことかもしれないって」


「ああ、その可能性はあるだろう。今回に限ってグマシカ氏が出てきたことも気になる。そこに何か目的があったはずだからね。戦獣乙女とホワイト氏をぶつけることが目的だったならば、半分は達成されたわけだ。すでに後には引けなくなっているからね」



(オレのことが気になったという可能性はある。巣穴の近くが騒がしいから、穴倉からひょっこり顔を出すのに似ているかな。だがやはり余裕を感じるな。オレを怖れている様子はない。となれば『餌場のチェック』と考えたほうが自然か。プライリーラの予想通り、これを機に勢力の増強を画策したのかもしれないな。問題は、その余裕の源泉だな)



「あいつらは何か…そうだな。軍事の側面で切り札になるものを持っているはずだ。それはきっと他の勢力すべてを相手にしても乗り切れるだけのものなんだろうね。そうじゃないと危ない橋を渡る理由もないし。そんなやつらを追い詰めるのはいいけど、相手が苛立って強硬手段に出ると危ない。強い魔獣は必ず『奥の手』を持っているもんだ。最後の最後に自爆覚悟で何かやらかすおそれもある。そこで君が危険に晒されるかもしれない。そうなればジングラスが崩れてしまう。オレが言いたいのはそういうことさ」


「忠告はありがたいが、私には戦獣乙女としての力がある。マングラスが何を仕掛けようと負けるつもりはないよ」


「それが油断だよ。相手だってそれは知っている。いや、オレの何倍も何十倍もよく知っている。だからこそ何らかの対応ができるはずなんだ。君を相手にしても余裕を崩さないのが証拠だ。だが、オレならばまだ手の内は知られていない。相手が警戒する前に一気に巣穴に潜りこんで仕留めることができる。悪いことは言わない。オレとソブカに任せておいたほうがいい」


「むっ、私が駄目で、なぜソブカ氏はいいのだ? 明らかに私のほうが彼よりも上回っているはずだよ」



 プライリーラの声に若干の苛立ちが表れている。


 彼女にとって戦獣乙女は、誇りであると同時に拠り所だ。それを否定されたかのように思えて感情的になっているのだろう。


 常に冷静に見えるプライリーラも、まだ二十二歳と若い。完璧な人間など存在しないし、どんな聖人君子でも時には感情を乱すことがある。


 長い人生から見れば二十代など子供と大差ない。それでもこれだけ自制が利くのだから、彼女は優れた人間なのだろう。今後に期待が持てる逸材だ。


 だからこそアンシュラオンは、彼女の誇りをばっさりと切る。



「もちろん表向きの武力ではソブカは君には敵わない。しかし、そっち方面はオレがカバーできる。あいつに求めているのは違う力だ。あいつの中の獣はマングラス側に通じる黒いものがある。同類なんだから汚いやり口にも対応できるはずだ。だが、最初に言ったようにジングラスは綺麗すぎる。うわべだけの力では本当の悪には勝てないよ」


「聞き捨てならないな、ホワイト氏。戦獣乙女の力は本物だ。うわべだけのものではない」


「プライリーラ、君はまだ本物の力を知らない。本物の恐怖を知らない。それが言えるのは真なる力を持った者だけだよ。どんな悪よりも強く、どんな凶悪な存在よりも残虐な存在だけだ。悪を倒すのは正義じゃない。悪よりも強い悪だ。そして、強い悪すら凌駕する究極の力がある」


「それを君は知っているというのかね?」


「ああ、知っているよ。【アレ】に勝るものはこの世にないって確信したしね」



 「アレ=姉」。


 パミエルキの恐ろしさは知っていたつもりだが、下界に降りてさらに痛感した。


 アレ以上の存在はいないのだ。どうりで覇王である陽禅公が手も足も出ないわけだ。


 グラス・ギースでは災厄とも呼ばれて怖れられているアンシュラオンとて、彼女の前では奴隷にすぎない。それと比べればグマシカなど、まだまだ真っ白の部類に入るだろう。


 彼女は正義や悪すら超越した究極の存在だ。そして、自分もまたその系譜にある。



「オレは君のことが気に入った。ただの正義感ぶったお嬢様だったら問答無用で潰していたけど、なかなか見所があるじゃないか。その中に眠る獣も可愛いものだよ」


「ふふ…ははは! 私を可愛いというのかね! この獣を! 私自身でも抑えるのが大変な凶暴な獣だよ!」


「オレから見れば盛りがついた猫みたいなものだ。どんなに凶暴でも猫は猫だ。猫好きのオレからすれば何でも可愛いさ。ソブカは君を排除してジングラスの利権に食い込む算段のようだけど、気に入ったからオレが守ってあげるね。今回のことからは手を引いてじっと亀のように引きこもっていれば、情勢が変化してもジングラスの力は残るだろうから、ソブカだって簡単には手出しできなくなる。そのあたりは譲歩するようにソブカに言っておくよ。だから安心していいよ」



 アンシュラオンはこう言っている。



 「勝てない勝負はするな」=「ジングラスでは力不足だ。可愛い子猫が危ないことはするな。大人のことは大人に任せておきなさい」



 と。


 当然、それを聞いたプライリーラは不機嫌になる。



「ホワイト氏、わかっているのか? これは私に対する挑戦だよ?」


「そう捉えてもいいよ。ただ、君としては安っぽい挑戦を受けるつもりはないんだろう?」


「…それはそうだ。私は戦獣乙女であり、ジングラス総裁だからね。不用意な行動は取れない。しかし、博打は打ってしまった。もう後戻りはできない。私には君を手に入れる選択肢しかないんだよ」


「手を組まないとは言っていない。今はまだ組めないんだ。オレとソブカが目的を達するまで我慢してほしい。そこでプライリーラは不満を抱くかもしれないけど大損するわけじゃない。むしろ巻き込まれないだけでも大きなプラスだよ。悪いことは言わない。じっとしているべきだ」


「それは無理だ。すでに動き出してしまった。我々は結果を出さないといけないんだ」


「案外頑固だね。オレが言うのもなんだけど、もっと妥協点を探ってもいいんじゃない?」


「総裁としての立場がある。戦獣乙女としても侮られるのは避けねばならない。わかるだろう?」


「そうしないと他の派閥を納得させられない、か。戦獣乙女として大見得を切ったからには仕方ないね。そこも含めてグマシカの策だとしたら面倒だ。まあ、オレとしてはあいつらがそこまで考えているとは思わないな。単に弄んで煽ったら勝手に盛り上がってくれた、というところじゃないかな」


「そうだとしたら随分と無秩序だね」


「そんなもんだよ。つまりそれだけやつらにとっては、グラス・ギースの内部はどうでもいいってことさ。だから悪党なんだ」


「どんな推測をしたところで事実は変わらない。我々が君と接触したことは、じきにバレるだろう。それまでに結果を出さねばならない」


「どうあっても引けない…か。組織ってのはやっぱり面倒くさいなぁ」



 ここでアンシュラオンと交渉している段階で、プライリーラにとっても危険な賭けである。


 これが明るみになっただけでも彼女の立場は危うくなるだろう。



(プライリーラとしては、戦う前に説得あるいは威圧したらオレが屈した、という図式に持っていきたいんだろう。多少苦しいが、結果が伴えば相手も納得はするか。ただ、ここまで恨みを買っているとなると…それだけじゃ済まないよな。オレとしてはリスクが増えるし、変な着地をしてグマシカが巣穴に戻ったら元も子もない。『終わらせるためのシナリオ』も用意しているが…ここで使うのは早い。この段階で使うと想定していた利益が手に入らないで終わってしまう。ならばどうするか…プライリーラには変なプライドが残っているな。そのあたりが邪魔だな…)



 いろいろと考えてみるが、自分は納得しても相手が納得しないものばかりだ。


 その根幹が『戦獣乙女』というものに起因しているのは間違いない。



 ならば―――荒療治が必要であろう。




「それならオレと【賭け】をしないか?」


「賭け? どのようなものだい?」


「プライリーラは、どのみち戦獣乙女として出陣する必要がある。それが八百長でも何でも、君は自分の力を見せ付けなくてはいけない。話し合いで片がついたと説明しても、それだけでゼイシルたちが納得するとも思えないからね。むしろそのほうが八百長臭い。最初から仕込まれていたと思われる」



 プライリーラはすでに戦獣乙女として啖呵を切っている。


 それを信頼して他の派閥は彼女にすべてを任せたのだ。ならば一度は戦わねば相手側の収まりもつかないだろう。



「だからオレと勝負するんだ」


「八百長試合ということか?」


「いや、君は本気でオレを倒しにくるんだ。そのうえでオレが君に敗北をプレゼントしよう。戦獣乙女という幻想を打ち砕いてあげるよ。そうでもしないと君も納得できないだろう。かといってソブカの思惑通りに殺すこともしない。それはもったいない。負けたあとはひっそりと隠れるといい。どうだい、簡単だろう? これならば本来のストーリーでありながら君を守ることもできる。一石二鳥だ」


「…言うね。少しドキッとしたよ」


「恋ってこと? はは、それでこそ乙女だよ。ただ、賭けと言ったように、ここに両者の運命をベットしようじゃないか。君がオレに力を認めさせたら、あるいはオレに一度でも致命傷を与えることができたら君の軍門に下ろう。その際はパートナーでなくていい。君のスレイブになったつもりで働こうじゃないか」


「………」


「安心しなよ。言葉のトリックはない。心配なら具体的に言うけど、オレに力を認めさせるってのは『これならばマングラスと相対しても大丈夫』だと思わせるくらいの迫力があることであり、致命傷ってのはそうだな…オレが大量出血を一度でもしたら、ってことでいいかな。前者は曖昧だけど後者ははっきりとしている。それを基準にしてもいいよ」


「あまりに下に見られたものだね。それで私が納得するとでも?」


「四大悪獣程度に怯えている君たちなら、それくらいのハンデは必要じゃないかな。嫌ならべつにいいけど、オレが有利になるだけだよ?」


「…大量出血の基準は?」


「うーん、ドバッと出るくらいかな? もしくは骨の数本くらいでもいいけど」


「何本だい?」


「やれやれ、急にやる気になったね」


「非常に不愉快ではあるが、勝てる確率が上がるのならば受け入れよう。私は多くのものを背負っている。自分から不利を背負う必要はないからね」


「いい心構えだね。そのほうがいいよ。じゃあ、腕なら一本、肋骨なら二本かな。それくらいなら剣士のおっさんと同じレベルだって認めてあげるよ。まあ、求められる力は裏側のものなんだけど、単純な能力不足だと困るからね。そこはオマケだ」


「ホワイト氏、私の力は特定の状況下で最大限発揮される。一対一では…」


「もしかして噂の『守護者』ってやつ? いいよ、何を使っても何人で来ても。執事のじいさんも一緒でかまわないし」


「さすがにそれは私のプライドが許さない。君と戦うのは私と…もう一人だ。そして、周囲に被害が出ないように誰もいない荒野で戦いたい」


「なんでもいいよ。どんな手を使ってもいい。だって、それが強さってことだからね。マングラスはそういう連中だよ。きっとね。仮に表側の力だけでそれに対抗するなら、せめてオレくらいの実力は必要になる。君にそれがあるかどうかを見せてくれ」


「もう一つ確認しておこう。もし君が勝ったら何を望むのだ? 賭けというからには要求があるはずだ。まさか、私が今回のことから手を引くだけが条件ではあるまい?」


「うん、そうだね。それじゃつまらないよね。だからオレが勝ったら―――」







―――「君を犯すよ」







「…へ?」


「お嬢様だからわからない? 君と【セックス】するってことさ。強引にね。嫌がっても力づくで押さえ込んで無理やりやる。暴れたら殴ってでもおとなしくさせてから、ゆっくりと処女を奪う。それで君の中の獣を屈服させてあげよう。女性…もとい獣をおとなしくさせるにはこれが一番だからね」


「り、理由を訊いても…いいかな?」


「理由? そうだな…この賭けを思いついたのは、『単純にプライリーラとセックスしたい』と思ったからだ。その口実にちょうどよかったんだ」



 『女性は因子が覚醒していたほうが気持ちいい説』を思い至った時から、プライリーラと交尾したいと思った。


 これは頭で考えたのではない。本能がそうしたいと思ったのだ。今までの欲求不満をぶつけるチャンスでもある。



「だって、君がどこかでマングラスに負けたら処女を失うかもしれない。そんなのもったいないって思ってね。ああ、もちろんプライリーラが気に入ったから、危険から遠ざけてあげようと思ったことは事実だよ。それは本気の気持ちだ。ただ、本能ってのはそういうもんだろう? あれこれ考えるものじゃない。奪いたいから奪うだけだよ」


「………」



 とんでもない発言が飛び出た。


 何の躊躇もないが、言っていることは相当危ないものだ。シャイナがいたら確実に怒られる。



「け、獣だな…君は! 処女の私を犯すというのか!?」


「うん。だって、美味しそうだし」


「ソブカ氏と結婚すると知ってもか!? 嫁入り前の乙女だぞ!?」


「そういえばそうだったね。まあ、処女じゃなくても結婚はできるよ。オレが興味があるのはそこだから、結婚とは別の問題だね。それにどうせオレには勝てないし、結婚は無効になる。ほら、何も問題はないだろう?」


「な、なんて倫理感のない発言だ! き、君はそれでいいのかね!?」


「オレはやりたいことをやりたいようにする。君とセックスすると決めたら実行するよ。力づくでもね」


「ふふ…ふふふっ!! ふはははははははははははは!!! あはははははははははは!!! すごい、凄いぞ!! これがホワイト氏か!! これがデアンカ・ギースを屠った男か!!! なんて男だ!! す、素晴らしい! 私の想像を遙かに超えている!! 君は鬼畜だな!!! ケダモノだな! とことん自分本位だ!!」


「ありがとう。最高の褒め言葉だ」


「熱い、身体が熱い!! ドキドキする! ワクワクする! こんなことは生まれて初めてだ!! はーーーはーーーー!! 興奮が止まらない!!! 止まらないんだ!!!」



 バリンッ


 思わず握ったカップが壊れる。


 バキバキッ


 ふらついた足を支えようとテーブルに手をかけたら、壊れる。



 熱い、熱い、熱い。燃える、燃える、燃える!



 身体が熱くなる。芯から火照ったように熱くなる!!


 自然と戦気が噴き出し、この喜びを表現する。



「犯されると聞いて興奮するなんて、プライリーラは真性の変態だな」


「はははは! 君にそれを言われるとはね!! いいよ、やろう!! 私に勝てたら私を喰らえばいい! いくらでも子宮に精液を注ぎたまえ!! だが、私が勝ったら君を喰らう!!! 私のものだけにするぞ!! その力を私のためだけに使ってもらう! 今後一生だ!!」


「ああ、いいよ。くだらないトリックはいらない。男と女の約束だ。絶対に守るさ。いつやる? 今でもいいよ」


「日程は改めて連絡しよう。なに、そんなに時間はかからないさ。それまで我慢できないからね。…はぁはぁ、たまらないよ! こんな…こんな日が来るとは思わなかった!!」


「いいよ、プライリーラ。それだ。その顔こそ君に相応しい。オレは女性がありのままの姿で輝ける世界を作りたい。君もそれに加えてあげよう」



 プライリーラの中の獣が活性化していく。


 アンシュラオンという、もう一人の獣に刺激されて解放されていく。



 それこそ戦獣乙女の本来の姿。



 彼女が獣だからこそ魔獣たちも従うのだ。


 同属だと。これは同じものだと本能が感じるからだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます