274話 「選択と答え 後編」


「どうしてそう思うの?」


「今までの情報を精査しただけさ。スレイブに対する情熱が決め手かな」


「否定はしないけど…それが取引とどう影響するの?」


「実際に会ってみてグマシカ氏が危険な存在だと確信した。だから彼を追い詰めるためにも私と手を組まないか? これならば十分なメリットになるはずだ」


「こっちがソブカを裏切る代わりに、そっちはグマシカを裏切るってことか。面白い話だね。でも、同じ四大市民でしょ? 裏切っていいの? オレがマングラスの力を奪ったら力が強くなりすぎるかもよ」


「グマシカ氏は都市の害悪になる可能性がある。いや、すでになっているのだろう。彼がいる限り現状は変わらない。もうお歳だ。そろそろご老人には退出していただこうと思っている。それにホワイト氏が求めるのはスレイブなのだろう? それで商売をやるつもりかな?」


「その予定はないね。みかじめ料は徴収するけど、基本的には趣味の範疇だよ。欲しい子がいればもらって、残りカスはスレイブ商会のモヒカンにでも任せるさ。ただ単にオレの上に誰かいるのがムカつくだけだね。自分の金で好き勝手やっているやつがいると思うと吐き気がする」



 注釈:自分が他人の金を使って好き勝手することはかまわない



「運営は商人に任せるということか。ならば問題はないよ。マングラスの力はそれだけではない。スレイブ以外の人材も数多くいるからね。バランスは崩れるが、強くなりすぎたマングラスの力が削がれて均衡化するだけにすぎない。それはむしろ正常化と呼ぶべきだ」


「言い忘れがない? その代わりにジングラスがトップになるんでしょう?」


「ふふ、そうだ。しかし、より清純なものが力を手に入れることは都市の浄化にもつながる。少なくともグマシカ氏よりはましだと自負しているよ」



(対外的には温和な対応をするプライリーラがそこまで言うか。となると、よほどの危機感を感じたんだろうな。グマシカか…オレが知っている情報は些細なものだ。実際に会った人間に話を訊くのが一番だな)



「グマシカはどんなやつだった? 詳細を教えてよ」


「わかった。信頼の証として四大会議の内容を教えよう。悪用しないことを祈るよ」


「これってすでに悪巧みじゃないの?」


「ああ…なるほど。たしかにそうだね。それは失念していた。人間は誰しも自分が正義だと思うものだ。そこは戒めねばな」




 プライリーラはアンシュラオンに会議の詳細を伝える。


 すべてを伝えたわけではないが、グマシカの発言と意図の大部分は教えたつもりだ。


 アンシュラオンは興味深そうにそれを聞いていた。今までで一番真剣な顔である。


 普段からこれくらい真面目に生きてほしいものだ。





「―――というわけだ。私が危険視する理由に納得してくれただろうか?」


「ふーむ…妖怪ジジイって話は本当みたいだね。それにしても軍か…戦力的にはどれくらいなんだろう」


「そこはまったくわからない。こちらの推測も交じっているし、本当は持っていない可能性もある」


「四大市民同士って、互いの戦力を把握しているわけじゃないんだ?」


「都市内部で活動している組織はおのずとわかるが…それ以外となると難しいな」


「ジングラスは外部の都市に戦力を温存していたりはしないの?」


「普段護衛に雇っている傭兵団とは縁があるが、それくらいだね。さすがに隠し持つということは経費の問題でも大変だ」


「ふと疑問に思ったんだけど、この船って普段はどこに置いてあるの? 都市内部じゃないよね? 見た感じ、あの都市は戦艦クラスが入れないように造られているみたいだし、こんな船があったらすぐにわかるからね」


「この船は遠出をする際に使っているものだが、どこに置いてあるかはさすがに企業秘密だね。港と航行ルートは商人にとって命のようなものだ。簡単には教えられない。ただ、君が都市内部で見なかったのは当然だ。都市外であることは認めねばならないね」


「これだけの船が停泊するスペースがあるってことは、人間ならそこそこの数を確保できるってことだ。マングラスもそうした場所を一つか二つは持っていると思ったほうがいいね」


「だが、船と人間では性質が大きく異なる。生活が必要な人間を維持するのは思った以上に大変だと思うが…」


「裏スレイブだってこれだけいるんだ。極秘で部隊を編成することは難しくない。財力があれば養うことだってできるしね。それにギアスが付けられれば『奴隷化』できる。おとなしく待機させることも可能のはずだ。だからスレイブは便利なんだよ。ただ、ギアスが付けられるレベルなら、たいした戦力にはならないかもね」


「セイリュウ氏は自信がありそうだったよ。ホワイトハンターにも対抗できると思っているのだろうね。そのあたりが不気味だ」


「うーむ」


「おや? もしかして不安になったかい? デアンカ・ギースを倒したホワイト氏ならば怖れることもないだろう?」


「買いかぶりだね。もちろんオレは武に自信があるけど、積極的に軍隊とやりあおうと思っているわけじゃない」


「DBDの魔剣士と事を構えただろう? 彼らと諍いになるとは思わなかったのかい? 一応は残党だが、れっきとした軍隊だよ」


「ああ、剣士のおっさんのことだっけ? そういえばモヒカンが何か言っていたな…。まあ、そっちの事情はどうでもいいよ。ヤバくなったら都市を捨てるという選択肢もあるし」


「それは困るな。ここまでやったのならば責任は取ってほしいものだ」


「オレに恨みがあるならオレを狙えばいいだけのことだ。そうしたら返り討ちにして責任は取るよ。オレはあくまで個人だから、それ以上はどのみち無理だ。…と、おっさんの話は少し脱線しているから戻すけど、マングラスの件については『きな臭くなったな』と思っただけさ」


「きな臭いとは?」


「そうだな…都市という枠組みになれば、どこでも複雑な事情を抱えているのは理解できるよ。この大地にとって一つの都市の価値は小規模国家に匹敵するからね。何事にも表があれば裏もあるもんだ。ただ、思ったよりグラス・ギースは裏が多そうだ。そして闇が深そうだ」


「マングラスが軍隊を保持している点だろうか?」


「うーん、一部の勢力がクーデター用、あるいは治安維持用に兵力を持つのはよくあることだ。普通の国家における国王と領主の関係だってそうだしね。それは不思議じゃない。むしろ国に何かあった場合に備えるのは自然なことだ。特に領主が頼りない場合はね」


「実際に領主に会ったのだったね。言いたいことは理解できるよ。それで、どのあたりが気になるのかね?」


「最初は単純なマフィア同士の権力闘争かと思っていたけど、もっとこう…古い何かが影響を及ぼしている気がする。たとえば【血】かな。あるいは【慣習】。いや、それだけじゃないな…上手く言えないけど、過去に根付いた何かを感じるな。四大悪獣だって過去からのものだし、グラス・マンサーだってそうだよ。この時代に発生した問題じゃない」


「グラス・ギースは比較的歴史のある都市だ。他の都市は数年から数十年で潰れることもあるが、ここは魔獣が壁となって他の勢力からの侵入を防いでいる。一時は滅亡の危機に瀕したとはいえ千年の歴史を持つ都市も珍しい。過去があるのは当然のことだろう」


「それだけしがらみもあるってことか。何にせよマングラス側は怪しいね。プライリーラがそう感じたのならば、素直に直感を信頼すべきだろう。オレの感じる『きな臭さ』もそれに近いものだからさ」


「私の感覚を信用してもらえるのだね。嬉しいよ。マングラスへの認識は同じだということだね。ならばホワイト氏、私と一緒にグマシカ氏を抑えないか? 君が不安を感じているのならば協力したほうが得だと思うがね」


「………」


「君とジングラスが合わされば怖いものはない。悪い話ではないと思うが、どうだろう?」



(ソブカを売ればプライリーラとジングラスが手に入る。ジングラスはキブカ商会よりも規模が大きくて信頼もできる。プライリーラ自身も美人だ。四大市民の力が手に入るのは大きい。ソブカが結婚すれば、ラングラス側にも干渉できるようになるし、結果的に医師連合との約束も果たせるか。一方でソブカの計画に乗って進めば、さらなる不確定な闘争が待ち受けている。その際はプライリーラを打倒しなくてはいけない。自由に好き勝手できる範囲は広がるが安定性は欠くな。さて、オレはどちらを選ぶか…何を求めるか。ここが重要な分かれ道だな)



 提案に対してアンシュラオンは、しばし考える。


 プライリーラが四大会議の情報をもたらしたことで、自分の中にあるデータが更新され、再計算されていく。





 そして―――結論。





 この瞬間、アンシュラオンは一つの選択をした。



 人生とは選択の連続である。嫌でも選択しなければいけないこともあれば、積極的に選択して未来を切り開くこともできる。


 どんなに良さそうな選択をしても結果が伴わないことだってある。それによって人生を台無しにして苦悩することもあるだろう。


 それでも人間は選択を強いられる。逆に言えば、選択できるチャンスが与えられたということだ。


 失敗する可能性があるのだからチャンスと思えないかもしれないが、停滞を防ぐためには常に選択し続けるしかない。


 それが世界のルール、法則というものだ。



 そして、アンシュラオンは選んだ。



 極めて重要な選択にもかかわらず思考はクリアで、決めた後もまったく後悔がない。それだけ明確な判断基準があったということだ。




 アンシュラオンはプライリーラを見つめ―――





「プライリーラ、君は手を引いたほうがいいかもしれない。ジングラスはこの一件には関わらず静観することを勧めるよ。だから君とは組めない」





 衝撃の一言を放つ。



 当然その言葉を受けてプライリーラは―――目を丸くする。


 アンシュラオンの真意がわからないというように、思わず首を振った。



 絶句、とはこういうことだろう。



 しばらく言葉が出ず、どうしていいのかわからない様子だった。


 それが少しずつ回復してきて、ようやく口を開く。



「…驚いた。本当に驚いたよ。これほど驚いたことは人生の中でも数えるほどだ。しかし、どうしてその結論になるのだろうか? これはまったく想像していなかったよ。ぜひ理由を訊かせてくれないか?」



 その声はわずかにかすれていて、まだ動揺が続いていることがうかがえた。


 プライリーラにとって、この提案はアンシュラオン側にかなり譲歩したものになっている。


 本来ならば武力行使をもって排除するという流れだったのだ。多少の疑念はあれど他派閥もそう考えているはずだ。



 それを逆手にとっての一世一代の大博打。プライリーラも相当な意気込みをもって挑んだはずだ。



 賭け事とは、勝つか負けるかの二択によって成立する。


 それゆえに勝ったときの利益が大きくなる。当然負けることも覚悟しているが、その際は仕方ない。その中で最後までやりきるしかないだろう。


 だからポーカーでいうところの「コール」や「レイズ」はあっても、フォールド〈辞退〉があるとは思っていなかった。




―――「勝負そのものを降りろ」




 アンシュラオンはそう言ったのだ。驚くのは当たり前である。



「言っただろう、きな臭いって。マングラスからはそういう臭いがする。裏側のさらにまた裏の腐った臭いだ。あいつらはオレと【同類】かもしれない」


「ホワイト氏と同類? どういう意味だね?」


「汚いことを平然とやる連中ってことさ。ジングラスと正反対に真っ黒なんだ。それは君も感じたことじゃないのかな? だから警戒しているんだろう?」


「もちろんそうだ。ただ、そこで手を引くという話になるのがわからないな」


「油断すると痛い目に遭うかもしれないよ。リスクがメリットを上回るのならばやらないほうがいい。オッズが二倍なのに全財産をかけるのは危ない選択だ。たしかに可能性はあるが、あくまで可能性だ。飛べば全部を失う。困窮していてやるしかないのならばともかく、安定しているのに無理をすることはないさ」


「ホワイト氏は、マングラスにそこまでの評価をしているのか? 理由は何だ?」


「オレたちが互いを獣だとわかるように、同類はすぐにわかるんだよ。グマシカは明らかにヤバイ。生粋の裏側の人間だ。真っ黒だ。そんな危ない裏の連中は、同類の裏の連中に任せたほうがいい。オレは最初からそっちの準備をしているから予定通りだけど、プライリーラが手を汚す必要はないし、関わらないほうが得策だ」


「ジングラスとて裏側のことは知っている。組織を運営するためには、そういうことも必要だからね」


「もう少し補足しようか。マングラスが黒いという意味は、単に卑怯という意味だけじゃない。ヤバイことに手を染めているかもしれない、ってことさ」


「それは軍のことではないのか? 領主にバレると問題だ」


「少しニュアンスが違うな。あいつらは軍を持っていることを君たちに示唆した。そんな連中が領主を怖れるわけがない。これが何を意味しているかわかる?」


「…何が言いたいのかな?」


「あくまで勘だけど、グマシカたちはグラス・ギースの【根幹】にいるような気がする。きっと君が知らない何かをやつらは知っているんだろう。グマシカやセイリュウってやつの言い回しは、何も知らないやつらを馬鹿にする態度だ。オレがよくやるからわかるんだ。だから同類だよ」



 たとえばアンシュラオンがビッグを相手にするようなものだ。


 「こいつ、何も知らない馬鹿だなぁ」と最初から下に見ているから、態度にもそれが出て相手をイラつかせる。


 また、圧倒的に力の差があるゆえに、わざと情報を教えて困惑させたり脅かしたりして反応を見て楽しんだりもする。


 明らかに優位に立っていることを知っているからだ。そういった余裕でもある。



 そして、そういった者は極めて性格が悪くて残忍だ。



 良家のお嬢さんが迂闊に手を出せば危険である。アンシュラオンはそう考えたわけだ。


 そんな悪党どもの相手こそ自分が相応しい。毒は、さらに強い毒によって吸収淘汰するしかない。




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