271話 「君の中の獣 前編」


「それがプライリーラ、君のカリスマだとすればたいしたものだ」


「ジングラスに勤める者の中には、初代当主の時代から付き従ってくれている家系もある。直近でも最低二世代は続いているはずだ。そのせいだろうね。食糧支援などを契機に新しい家族が増えることもある。我々はそうやって数を増やしてきたんだ」



 人間に一番必要なものは食糧である。


 本当に困っている時に食事を恵んでくれる者がいれば、どんな悪党だって幾ばくかの恩義を感じるものだろう。


 その積み重ねで人が集まり、今のジングラスグループが生まれていった。


 ライフラインに携わる者は仕事に誇りを持つ者が多い。自己が社会から必要とされていると実感するからだ。


 古参の者、新参の者とそれぞれいるが、誰もがグループ全体のために自分の力を尽くそうとしている。


 それに加えて、しっかりとした【象徴】が存在することも大きい。人々が一つの方向に迷いなく向かっているので安心感と連帯感が生まれるのだ。


 これは他の派閥には見られない傾向である。素直に称賛すべきだろう。




「オレに印象を訊いてどうするの? そんなことのために呼んだわけじゃないでしょう?」


「せっかちだな。もう少し語り合ってもいいじゃないか」


「美人と話すのは疲れるんだよ。自分の物だと気楽だけどね」


「嬉しいが…困ったな。ふむ、自分の物…か。そういえばホワイト氏はスレイブが好きだと聞いた。理由を訊いてもいいだろうか?」


「オレを束縛しないし裏切らないから」


「なかなかハードな理由だね。そのあたりが君の人間不信に関わっているのかな?」


「自覚はあるよ。ただ、簡単に直るようなものじゃないだろうね。同時に不用意に直さないほうがいい。いくら文明が進化しても人間の本質は昔から変わらないからね。だからスレイブが一番安心だ。君が家族を周りに置いて安心感を得るように、オレも安心できるものを周囲に置くことでリラックスできる。普通のことでしょう?」


「スレイブがホワイト氏にとっての安らぎということか。身の回りを好きなもので固めるのは心理的にもプラスに働く。あとは当人の嗜好の問題か」


「そういうことだね」


「しかし、君は他人と一緒に動くこともあるだろう。たとえば『仕事仲間』とかと一緒にね」


「商会のメンバーは、オレたち以外は全員裏スレイブだよ」


「ホワイト商会は的確に派閥組織だけを狙い撃ちしている。その情報はどこから得たのかな?」


「裏側の人間には特有の臭いがある。それを辿ってかな。あとは締め上げて吐かせたこともあるよ。人が住んでいるエリアはさほど多くないし、見つけるのはそう難しくないかな」


「ハングラスを重点的に狙った理由は?」


「金を持っていそうだったからね」


「倉庫の場所はどうやって特定したんだい?」


「なんだか尋問みたいだね。答える義理はないと思うよ」


「隠しても仕方ないからはっきり言うが、ホワイト氏がソブカ氏と結託していることは知っているよ。君たちの関係は仕事仲間ではないのかな? それとも君が主導権を握っているのか?」


「何のこと? 残念ながらそんな人物のことは知らないな」


「ふふ、用心深いな」



 推理小説ならば「そんな男は知らない」とか口を滑らして、「どうして男と知っているんですか!」と問い詰められるパターンだ。


 とはいえラングラス一派のソイドファミリーと接触しているのだから、キブカ商会の情報を知っていてもおかしくはない。が、一応念のためである。



「ホワイト氏、私は君と信頼関係を築きたいと思っている。だからお互いに本音で語らないか」


「腹を割って話すのは悪いことじゃないけど、それで上手くいった経験はないな。人間は仮面を被るくらいがちょうどいいと思うよ。さっきも言ったけど、仮にそうするとしても相手は選ぶね」


「ソブカ氏はよくても私は駄目なのかい?」


「初めて会ったんだ。すぐに信頼はできない」


「つれないな。私には興味を抱かないのか?」


「興味はあるよ。正直なところ、すごく魅力的だ。佇まいを見ても優れた武人であることはわかるし、容姿もいいし、胸もそこそこ大きい。匂いもいいし、少し若いけどいい女だ。でも君は―――スレイブじゃない。オレにとって女は二種類しかいない。スレイブかそうじゃないか。それだけだよ」


「本当にスレイブが好きなんだね」


「逆に嫌いな人間がいることが驚きだよ。オレからすれば、こんなに素晴らしいものはないんだけどね。まあ、スレイブが好きなお嬢様のほうが少ないか。…約一名いるけど」



 イタ嬢が持つ闇はアンシュラオンが持つものと同じである。


 同属嫌悪とでもいうのだろうか。可愛い顔をしていても好きになれないのは、そういう要素があるからだ。


 一方、プライリーラは生まれも育ちも完全なお嬢様である。


 性格的にも大きく外れてはいない。力も金もある。容姿もいい。これだけ見ればもう完璧だ。



 だがしかし、スレイブではない。



 そこは大きな違いである。


 アンシュラオンはスレイブしか愛さない。いや、愛せない。


 他人を信用していないので所有物以外を愛せないのだ。病気であるし異常である。が、この世界では誰からも文句は言われない。


 ここは自由の大地。どう生きようが自分の勝手なのだ。



「たしかにスレイブというものには縁が薄いが…それが決定的な対立の要因にはならないだろう? 趣味の問題だ」


「趣味の問題は案外重要だよ。人間関係なんて結局は趣味が合うかどうかだからね。でも、そっちの好意は伝わってくるかな。そのあたりの理由と目的を話してくれないと距離は縮まらないんじゃないかな」


「その通りだね。信頼してほしいのならば、まずは自分から打ち明ける。私が常々言っていることだ。それでは率直に言うが―――」





「ホワイト氏、私と手を組まないか?」





 プライリーラがアンシュラオンの目を真正面から見据える。


 アンシュラオンの赤い瞳と、プライリーラの金の瞳が静かに交わる。


 もしここに絵描きがいれば、思わず描くことをやめてその光景に魅入るに違いない。それだけ両者はあまりに幻想的で存在感がある。




 しばし見詰め合い、アンシュラオンから目を逸らす。



「わざわざこんな場所にまで呼んだんだ。そういう話だとは思っていたよ」


「君が欲しい。存在を知った時からずっとそう思っていたんだ」


「理由は…訊くまでもないか。オレの力が欲しいってことでいい?」


「そうだ。ホワイト氏の力はあまりに魅力的だ。我々がずっと怖れていた四大悪獣の一体を倒したのだ。その実力は尊敬に値する」


「その力をジングラスのために役立てろって? 気持ちはわかるけどね」


「提供できるものがあるのは良いことだ。商売の基本であり、互いが互いを支えあう理由にもなる」


「そのあたりは商人らしい考えだね」


「力を対価にして動くのは嫌いか?」


「雇われの傭兵じゃないしね。他人に命令されるのは好きじゃないな。そもそもそれが嫌で出てきたようなものだし。だからオレは自分を束縛するものを許さない」


「でも、ハンターにはなったのだろう?」


「ハンターはあくまで自己責任だからいいんだよ。あれは取引だからね。どうしようと好きにできる。それにまとまった金が入ったから、あれ以来はやっていないし…あの時はたまたま金が必要だったにすぎないよ」


「なるほど…君という人間が少しわかってきたよ。スレイブにこだわる理由もね」


「そういう詮索も好きじゃないかな。他人に理解されようとも思っていないし」


「ふふ、そう邪険にしないでくれ。偉そうに言うつもりはないが、そういう人間ほど他人を求めることがある」


「どうしてわかるの?」


「私がそうだからさ」


「似たものアピールされるのもあまり好きじゃないな」


「だが、アピールをしなければ目にも留まらないのだろう? なにせ私はスレイブではない。それ以上の存在価値を提示しないといけないからね」


「それはそうだけどね。まあ、美人ならいいか。男ならうざくて気色悪いだけだけど」


「ふふ、美人でよかったよ」



(そこまで悪い気はしないな。居酒屋で女の子から迫ってくる感じに似ているかも。シャイナのような構ってアピールよりはましか。思えばシャイナとプライリーラは二歳しか違わないんだな。そのわりに全然違う。比べるほうがプライリーラに悪いけどね)



 プライリーラは自分の力に対する自信が漲っている。自負があるからこそ言葉の一つ一つにも力が宿るのだ。


 世の中には受身の女性もいれば、積極的に話を振って近寄ってくる者もいる。プライリーラは後者だろう。


 普通は男のほうから積極的に仕掛けるものなので、女性に不自由していないアンシュラオンでも悪い気分ではない。


 ただ、一般的にそうした場合は、女性側に下心があるので注意が必要だ。




(やはりプライリーラの話は、そっち方面か。さて、どうしたものかな…。現状ではわからないことも多いし、もう少し話を聞いてから考えるかな)



 せっかくここまで来たのだ。まずは相手の真意を確かめておくべきだろう。


 しばらくプライリーラと対話を続けることにする。



「私たちの関係はパートナーだ。どちらが上でも下でもない。そこは強調しておきたい。それならいいだろう?」


「最低限のラインとしてはね。ただ、そのラインを提示できるのはオレの譲歩があってこそだよ。対等である必要性がないからね」


「おや、意外と値切るね」


「君たちが対等に相応しいか、それだけのメリットがあるのか。そこが重要だ。オレはべつにジングラスとやりあってもいいんだ。そっちから話し合いを持ちかけてくるのならば、それに見合うだけのものがないと乗れないよ」


「うむ、道理だね。ならば私は自分の有用性を君に示さねばならないな。たとえばそうだな…そうそう、アーブスラットから車中での話を聞いたよ。ホワイト氏は力だけの男ではないようだ。物事を進める頭脳を持っている。製鉄にも前向きだそうじゃないか」


「素人知識にすぎないよ。西側じゃかなり進んだ技術があるんだ。それと比べれば、そこまで評価には値しないものだね」


「たしかにそうかもしれない。西側の先進国の技術は凄まじい。しかしながら東側で生産体制が整っていない以上、質の悪い鉄でも貴重な資源だ。それを生み出せるのならば多くの利益が出る。他にもアイデアがあるのではないだろうか?」


「アイデアはあるけど、実現可能かはわからないな。…いや、ジュエル文明があるなら…あるいは空想的なものも実現可能かも。この船だって数十センチとはいえ空を浮いているからね。オレからすれば珍しいものだ」



 日本にある物ならばすぐにアイデア(丸パクリ)が出るし、仮にアニメやゲームでしか見ない空想のものでもジュエルと術式を使えば再現可能かもしれない。



(グラス・ギースは未開発の都市だ。まだまだ発展する余地はある。にわか知識でも使えそうなものは多いよな。…ふむ、そうなるといろいろと不満を感じるところもあるな。銃もついつい改造しちゃったし、鉄以外にもまだまだ改良改善できるものがあるはずだ)



 この二十数年ですっかりとこの世界には慣れたが、原始的な火怨山から抜け出したおかげか、かつての日本での生活様式を思い出すことがある。


 それと比べるとグラス・ギースでの生活は過ごしづらい面もある。都市内部での移動距離も長くて不便だ。電車があればいいなーと思うこともある。


 当然そのまま使うわけにはいかないが、この世界なりにアレンジすればいいだけだ。地球時代に蓄えた雑学も役立つに違いない。



 つまりは、そこに【商機】がある。



「アーブスラットも言ったようだが、ジングラスグループは君を全面的に支援できる。面倒な部分はこちらが受け持ち、ホワイト氏はアイデアだけを出してくれればいい。我々は良いパートナーになると思うよ」


「金になるってことだよね?」


「そうだ。商売もいいものだよ。安全に金を稼ぐことができる」



(個人のアイデアマンが企業と提携するようなものか。生産は全部丸投げできるし、交渉次第ではマージンも削れるかもしれない。悪い提案ではないけど…いつからそうなった? オレは商人をやるつもりはないんだけどな…。だが、たしかに安全に金を稼ぐ方法の一つではある)



 正規の商売による儲けがあれば、わざわざ危険なことをしなくてもいい。


 多少刺激は足りなくなるが誰も敵を作らず、正当な報酬を堂々と自由に使うことができる。


 さらにジングラスが面倒なことをやってくれるのだ。これほど楽なことはないだろう。


 それだけ見れば魅力的な提案ともいえる。



「どうだろう。私たちはソブカ氏よりも有用ではないかな? キブカ商会はやり手だが、商人としてのランクも規模もジングラスが上だ。我々と手を組むメリットは多いと思うよ」


「だからそんな人間は知らないって」


「おや、人間とは言っていないぞ」


「いやいや、それは無理があるから」


「そちらだって言い逃れするには無理があるのではないかな。伊達にソブカ氏とは幼馴染ではないよ。彼がどんな人間かは君より熟知しているつもりだ」



 そう言われるとアンシュラオンもどうしようもない。


 プライリーラはすでに確信を抱いているし、実際に本当のことである。



「ほかに気付いたやつはいるの?」


「認めるのだね?」


「そういうのは面倒だからいいよ。あまりしつこいなら帰るよ」


「わかったわかった。待ってくれ。…そうだな、彼のことを知らなくても頭が回る者ならば気付く可能性はあると思う。この都市で四大市民の利権に食い込もうとする行為はご法度だからね。裏があると思っている者はそれなりにいるかもしれない。ただ、確証はないからね。表立って言いふらすことはないだろう。それよりはソイドファミリーのほうが疑われている」


「それならまだ安心かな。餌を撒いた価値はあったってことだ」


「一つの組織を囮にするとは大胆なことをするね。ソイド氏は相当思い詰めていたよ」


「会ったの? ダディーのほうだよね? 情報を漏らしたの?」


「そんなことはしないよ。メリットがないからね」


「そうなんだ。よかったよ。思い詰める方向なら、なおさら安心かな」


「ふふ、酷い男だな、君は」


「この事実を知っていて教えないほうも大概だと思うよ」


「仕方ない。私もソブカ氏に死んでもらっては困るからね。それよりはソイド氏を犠牲にしたほうがましだろう」



 なかなかえぐい発言である。


 プライリーラは優先順位をしっかりつけられる人物のようだ。そこは好感が持てる。



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