270話 「オレもこんな船が欲しいな。おっぱい船団を作りたい(妄想)」


 アンシュラオンとサナはメイドに連れられて、いくつかの通路とエレベーターを通り、商船の中にある客間に到着。


 金の装飾が施された立派な扉を開け、中に通される。



「こちらでお待ちください。通路におりますので、何か御用があればお申し付けくださいませ」


「うん、ありがとう」



 バタン


 メイドが出て行き、部屋にはサナと二人きりになる。


 周囲を見回すと窓ガラスがあったので近寄ってみた。



(へぇ、高いな。ホテルの部屋みたいだ)



 ここは甲板の上部の競りあがった場所に作られているので、外の景色がよく見えた。


 高さはかなりもので、ホテルの二十階くらいに匹敵するだろうか。ホテル・グラスハイランドにいるような気分になる。


 ただ、ゆっくりではあるが商船は動いているため気分がまったく違う。


 都市内部のように城壁に囲まれた場所ではなく、広々とした荒野を走っているのだ。その光景は圧巻である。



「サナ、すごいな。動いているぞ」


「…こくり、じー」



 サナもじっと窓から外を見つめている。彼女にとっても初めての経験に違いない。



(うおお、これこそファンタジーの世界だよな!! 一度でいいから乗ってみたかったんだ! もうちょっと高く浮き上がればいいんだけど…あまり高いと規制に引っかかるんだろうな。ちょっと物足りないが地上船というだけでも価値がある)



 広い荒野を地上船で移動する。まさにゲームの世界のようでドキドキ感が止まらない。クルマの運転より遙かに興奮する。


 思わず窓に張り付いて子供のようにじっと外を眺める。ずっと見ていても飽きないものだ。



「オレもこんな船が欲しいな。これで荒野を旅すれば最高に楽しいはずだ。そうだ、小百合さんが三億もあれば輸送船が買えるとか言っていたな。この船はいくらかな…もっと高いんだろうな。二十億くらいあればなんとかなるかな? いくらかまとまった金が手に入ったら船でも買って外に出たいな…この自由の大地を自由に走り回ってさ…いいよなぁ、憧れるなぁ」



 サナやホロロ、サリータたちを連れて新しい場所を目指す。


 それもまた人生というものだろう。昔憧れた旅人を現実のものにすることができる。


 しかも金があれば苦労せず悠々自適に旅ができるのだ。ただのプー太郎とは違う。ここが大きな違いだ。


 むさ苦しい男とも出会わないで済むし、自分が好きな女とだけずっといられる素晴らしい船である。



(スレイブ船…そうだ、スレイブ船だ! オレと女だけの楽園が詰まった船だ! ぐへへ…最高じゃないか! これならいつでも自由に移動できるし、いざというときも簡単に逃げられる。だって、船自体が家なんだもんな! 素晴らしいじゃないか!)



 妄想はどんどん加速していく。


 黄金の船にスレイブの女性たちを乗せ、毎日風呂に入っておっぱいを揉みながら荒野を眺めて暮らす。


 魔獣と出会ったら倒して素材を手に入れ、たまに立ち寄った街で換金して豪遊する。


 その時にさらにスレイブを手に入れ、街に飽きたらまた旅立つ。その繰り返しだ。


 新しい場所を旅して回るので旅自体に飽きることはないだろう。もし飽きたらどこかに居を構えて、飽きたらまた旅に出ればいい。


 どのみち自由だ。金があれば何でも好きにできるのだ。


 こんな素晴らしい生活があるだろうか。いや、無い!



「ぐへへ、いいおっぱいだ…これはたまらんなぁ…こっちにもおっぱい、あっちにもおっぱい、どこにでもおっぱいだ! 全部オレのもんだ! 全部吸うぞ! 触るぞ! ぐひゃひゃひゃ! おーお、こっちは柔らかいのぉ、こっちはぶよぶよしておるのぉ。乳だ! 乳をもっと持ってこい!」


「こほん、今度はいったい何のお話ですかな」


「ぶはっ! げぇええええ!? いつの間にそこに!?」



 いつの間にかアーブスラットが部屋の中にいた。


 下卑た笑いをするアンシュラオンをすごく冷たい目で見ている。監視というより心底呆れた目である。



「あんたにはまたやられたな。いいだろう、認めてやろう! あんたは優れた忍者だ! オレが褒めるなんて、なかなかないぞ! ありがたく称賛を受け取れ! そうだ、『乳大臣』の称号をやろう。特別だぞ」


「…今の状態ならば誰でも忍び寄れたと思いますがね。普通にノックして入ってきましたぞ。というより忍者ではありませんし、そんな卑猥な称号もいりません」


「なんだって!? 馬鹿な! 嘘だ! 乳大臣の称号を拒否するとは!」


「そちらでしたか。なぜ欲しいと思ったのですか?」


「男なら憧れると思って…。まあ、名前だけで乳が触れるわけでもないから、単に恥辱に塗れる以外に用途はないんだが…」


「なるほど、ただの嫌がらせですな。丁重にお断りさせていただきます」



 断られた。当然である。



「本当にノックをしたのか? 聴こえなかったぞ」


「嘘ではありません。あまりに熱中して気付かなかったのでは? よだれも出ておりますし」


「ぬっ! そういえばラブヘイアにやられた時も考え込んでいた時だった! オレは本気で考えている間は無防備になるんだな…。だが、後悔はしない! オレは幸せだった!」



 おっぱいだらけの妄想は素晴らしかった。あれこそ自分が求める正しい世界だ。


 その確信を抱けたことが最大の収穫である。今の道を自信を持って歩もうと思う。



「いろいろな意味で怖ろしいですな、あなた様は。欲望の権化ですな」


「男ならおっぱいを愛して何が悪い! オレはおっぱいを味わうために人生の八割を費やしているんだからな!」


「残り二割は何なのですか?」


「女性のそれ以外のところを愛するためだ!」



 女性が十割である。


 できれば「姉の」と入れたいところだが、今は我慢しておく。



 そんな欲望丸出しのアンシュラオンは隙だらけに見えるが、アーブスラットは警戒を解いていなかった。



 その理由は―――足下にある。



(隙だらけだと思ったら…何か仕掛けてあるな。かなり見えづらいが…戦気の痕跡がある。罠…トラップだな)



 よくよく目を凝らすと、アンシュラオンの背後の床に戦気の乱れが少しだけ見受けられる。


 おそらくは罠。自分たちに一定以上の速度で襲いかかるものがあれば自動的に反応するタイプのものだろう。



(戦気を使っているのだから術ではない。技か。となれば『停滞反応発動』? 遠隔操作系の奥義の一つだが…一応は動いているはずなのに、まるで止まっているように乱れがない。なんという戦気のコントロール技術なのだ…この段階で常識を逸脱している)



 『停止』ではなくあえて『停滞』という言葉を使ってあるように、仕掛けた技はゆっくりとだが発動している。


 それが一定の条件下で本来の速度に戻るだけの話である。



 しかしながら、ここまで発動を停滞させることは達人でも不可能に近い。



 実戦で使うのならばさらに難しく、せいぜい『時間差攻撃』として利用するくらいしかできないだろう。


 それをトラップのように配置して使うこと自体が異常。術式ならば可能だが、これは『技』なのである。


 技は発動した瞬間から終わりに向かって動いている。その間はずっと制御下で意識的に留めておかねばならないのだ。


 完全制御するための精神力、コントロール技術、維持するための持久力、どれをとってもずば抜けている。明らかに普通ではない。


 それをさらに妄想で夢中になっている間も維持し続ける。もう身体に馴染んで無意識下でも制御できるのだろう。それが一番すごいことだ。



(偽装も完璧だ。一見すれば絨毯と区別がつかない。私のように怪しんで見なければ発見は困難だろう。知らずに襲っていたら…串刺しか爆散か。どちらにせよ防ぐことは難しかっただろう。…いろいろな顔を持つ怖ろしい男だ。残忍になることもあれば無邪気にはしゃぐこともある。不用意かと思えば慎重で用心深い。どの側面を信じればいいのか…難しいものだな)



 アンシュラオンの性格はそれなりに理解したが、いくつかの要素が極端かつ突然出てくるので実態を掴みにくい。


 それも仕方ない。この男はすべて「そのときの気分」で生きているのだ。


 それがポンポンと切り替わるので無理に把握しようとすれば呑まれるだけだろう。





 コンコンッ ガチャッ



 そうこうしていると扉からプライリーラとメイドが入ってきた。手にはお茶用具が乗ったワゴンがある。



「ん? 爺は何を難しい顔をしているのだ? ホワイト氏は変な顔になっているぞ」



 プライリーラは、室内の変な空気に首を傾げる。



「おっぱいのことを考えていたんだ」


「おっぱい? これのことかね?」



 むにゅんっ


 ドレスからわずかに見える大きく豊かな胸を、恥じらいもなく両手で寄せる。



「くっ、ちくしょう! いい胸じゃないか! やるな! 君にも『乳姫』の称号をやろう!」


「何の話かはよくわからないが…とりあえずもらっておこう」



 受け取ってもらえた。ちょっと嬉しい。



「触りたい、触りたい! くそっ! 手が疼く! 顔が疼く!」



 おっぱい博士の血が騒いで仕方がない!


 査定したい! 評価したい! あの様子だとかなりの高評価が期待できそうだ。


 しかし、アーブスラットが警戒しているし、これはプライリーラの罠でもあるだろう。


 お嬢様の胸の価値は、そこらのキャバ嬢とは比べ物にならないのだ。ひと揉み数百万単位の対価を支払うことになるに違いない。


 なんてボロい商売だ。付いているものは同じなのに、やり方が汚い。



「我慢。今は我慢だ! すーーはーー、すーーーはーーっ!」


「………」


「ふーー! 生き返る! 癒しだね!」



 サナ吸いで乱れた心を取り戻す。やはりサナは最高だ。


 しかし、他人の前ではやらないほうがいいと思う。かなりの変質的行為だ。


 アーブスラットもさらに引いていた。





 馬鹿な展開ですっかりと場が和んでしまった。


 そのおかげか予想していた以上にすんなりとお茶会が始まることになる。


 メイドは部屋から離れ、アーブスラットを含めた四人だけが場に残る。ここで重要な話し合いが行われるという証拠だ。



「まずはゆっくりと茶でも楽しんでくれ。茶菓子もあるからご自由にどうぞ」


「…じー」



 プライリーラが茶を淹れ始めると同時に、サナの視線が茶菓子に注がれる。


 そのサナは、少しだけ嬉しそうにしている。


 普段からサナには不自由をさせていないが、むさ苦しい男たちの中で飲む茶と女性同伴の柔らかい場で飲む茶は、まったくの別物に違いない。


 ファレアスティと違って敵意もないので、彼女にとっては心地よい空間なのだろう。



(サナが楽しんでくれれば、オレとしてはそれだけで価値があるな。さて、シャイナがいないからオレが毒見をするか)



 すぐに食べたそうにしているサナを軽く制止つつ、アンシュラオンがクッキーを一口食べる。



(うん、毒は入っていないな。招いた客に毒を盛るわけもないか。それでも確認はしておかないといけないよな。油断は禁物だ。味は…美味いな。デリケートな味がするから、かなり高い菓子だということはわかるが…それ以上はわからん。こんなもんはバターと砂糖を入れればだいたい同じ味になるんじゃないか? お菓子はわからんな。オレは金のほうが好きだし)



 自分の味覚なんてこんなものである。とりあえず毒は入っていないので問題はないだろう。


 しかし「シャイナ=毒見役」という認識が固まりつつあることが怖ろしい。


 これくらいしか役に立たないので仕方ないが。



「黒姫、食べていいぞ」


「…こくり」


「君は用心深いんだね」



 その様子を見ていたプライリーラが素直な感想を語る。



「そう? 普通じゃないかな。君にそのつもりはなくても他の誰かが何か入れるかもしれない」


「…ふむ、そこには思い至らなかったな。たしかにその可能性はゼロじゃない。ないとは思いたいがね」


「ゼロじゃない以上、注意は必要だ。人間は信用できない生き物だからね」


「誰かを信頼したことはあるのだろう?」


「あるけど相手によるね。君だって痛い目に遭ったことくらいはあるでしょう?」


「うむ…そうだな。商売でも期待通りにならなかったことはけっこうあるね。ただ、それもまたこちらが過度に期待した結果なのかもしれない」


「それで済むのは、やっぱりお嬢様だからじゃないかな。一般人なら取り返しがつかないことも世の中には多いしね。それだけ君が富と権力によって守られているということだ」


「ふむ、思えばそうかもしれないね。見かけによらず、なかなか人生経験が豊かなようだ」


「一応、君より年上だからね」


「おお、そうなのか? それはまた興味深い。と、お茶が入ったよ。粗茶だが、どうぞ」


「黒姫、紅茶だぞ」


「…こくり」


「おや? 毒見はいいのかね?」


「たまには信頼してもいいかなと思ってね。女の子だけの特別だけど」


「ふふ、この私を女の子扱いしてくれるとは嬉しいものだ」



 プライリーラが淹れてくれた茶を飲む。


 ソブカが飲んだ茶と同じものなので、粗茶というにはかなり高級なものである。




「で、オレをここに呼んだからには、言いたいことがいろいろとあるんじゃないの?」



 サナが茶菓子をあらかた食べ終え、茶でまったりし始めたので、ここからようやく大人の話が始まる。


 プライリーラはカップを置き、軽く腕を組んでからこちらを見る。



「まずはジングラスへの印象を聞かせてほしいな。我々はホワイト氏にとってどう映る?」


「漠然とした質問だね。オレはグラス・ギースに来てから間もないから、ジングラスという存在を意識したのはつい最近だ。印象というほどのものはまだないかな」


「何でもいいよ。少し触れてみて思ったことでいい。直感でかまわない」


「うーん、そうだな…あえて言えば『綺麗な集団』かな」


「そう言われたのは初めてだな。どういう意味だろう?」


「ここに来るまでに見たものに関して、すべてが洗練されている印象だ。使っている色が白が基調だからかもしれないけど、中身にも同じような印象を受けるかな。当主のプライリーラはもちろん、執事のじいさんやメイド、トラクターの末端ドライバーに関してまで教育が行き届いている。脅しても裏切らないやつはジングラスだけだしね」



 何度かジングラスのトラクターを襲っているが、ドライバーが屈したことはない。


 弱腰や逃げ腰にはなってもプライリーラを裏切ろうとする者は一人もいないのだ。



 これは本当に珍しいことだ。



 シミトテッカーを筆頭に寝返ろうとする者は意外と多くいる。


 誰だって自分の命が惜しいし、多大な利益が手に入るのならば裏切ることに躊躇はない。それが人間というものだろう。


 躊躇したとしても、寝返ったことへの報復を怖れることが原因だ。そこをフォローしてやれば、わが身可愛さに裏切る者はいるのだ。


 もちろんジングラスも寝返った者がいればケジメはつけるだろうが、プライリーラがいる限りは裏切らない。そんな印象を受ける。



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