269話 「アンシュラオンとプライリーラ」


「おお、君がホワイト氏か!」



 ダダダダッ


 プライリーラはアンシュラオンを見つけると、猛ダッシュで近寄ってきた。


 それから顔をぐいっと近づける。身長はプライリーラのほうが高いので、少し屈む感じだ。


 彼女からも倉庫内と同じ花の香りが漂ってきた。さらに強めの匂いなので原液に近い香水を使っているのかもしれない。


 女性の柔らかい匂いと混じり合って微妙に官能的なものにすら感じられる。実にいい香りだ。



「なんだ、仮面を被っていると聞いたからどんな顔かと思えば、凄まじいほどの美少年ではないか! 待ちわびたぞ! さあ、行こう! じゃあ、行こう! 今すぐ行こう!」



 がしっ ぐいぐいっ


 プライリーラがアンシュラオンの「頭」を抱きかかえるようにして、ぐいぐいと引っ張る。


 見方によってはヘッドロックである。なぜかその状態で移動させようとする。



(うむ、柔らかい)



 ぷにゅんっ ぷにゅんっ


 普通ならば困惑しそうなものだが、アンシュラオンはしっかりとプライリーラの胸をチェックしていた。


 顔に感じる柔らかさは十分でありながら、押した以上にしっかりとした弾力をもって返してくる。



 ピキューンッ



―――逸材の予感



 アンシュラオンの特殊能力が発動する。この胸はいいものだ。


 ならば揉みたい。なればこそ揉まねばならない。こんな匂いまで嗅がされたら我慢なんてできない。


 これはむしろ誘っているのではないか。そうだ。そうに違いない。これはもう揉むしかない!



「こほん。リーラ様、はしたないですぞ」


「むっ! そうか?」


「乙女がそう簡単に殿方に触れるものではありません」



 だが、ここでアーブスラットの邪魔が入る。


 まったくもって余計なことをしてくれるものだ。すかさずアンシュラオンがフォローに入る。



「あっ、おかまいなく」


「駄目でございます」



 却下された。


 ほぼ被せるように言ってきたので、最初からお見通しだったのかもしれない。


 マキが巨乳だから欲しいとか言ったのが悪かったのだろうか。完全に警戒されている。



「ふむ、それもそうか…。失礼をしたな」



(ちぃいいいっ! 神は死んだ!! なぜこの至福の瞬間を邪魔するんだ!! むさ苦しい世の中における唯一の安らぎが消えていく!! 嫌だ! オレはずっと乳に埋もれているんだ!)



 が、現実は厳しい。


 プライリーラは残念そうに、アンシュラオンも泣く泣くその状態から解除される。


 頭に残った胸の感触が実に名残惜しい。




「わざわざこのようなところまで…。お部屋でお待ちいただければ、お連れしたのですが」


「待つのは苦手なんだ。こうソワソワしては身が入らない。それだったら自分から出迎えに行ったほうが早い。もったいぶるのは嫌いだしね。それにせっかくドレスなんてものまで着ているんだ。少しは見せて回らないと損というものだ。まったく、世の中の淑女はよくこんなものを着るものだね。ヒラヒラしていて恥ずかしいよ」



 プライリーラはドレスを着ていた。


 当人はヒラヒラが気になっているようだが、実際はあまりヒラヒラしていないスレンダーラインのものだ。


 色合いはジングラスの紋章にも使われている白と緑と金を基調としており、全体的に清楚かつ豪華なイメージを受ける。


 ただ着慣れていないのか、動くたびにわっさわっさする部分を引っ張ったりしていて、あまり落ち着きがない。


 いつもは鎧か、商談で外に行く際は女性用のスーツを着るので、こうしたものは好きではないのだろう。



(そのヒラヒラがいいんだけどな)



 ロリータファッションが好きなアンシュラオンは、ヒラヒラこそ神だと信じている。


 この神は子供と大人の区別なく女性すべてに微笑む素晴らしい女神だ。おっぱいの神よりも平等かもしれない。


 さすがに成人女性にロリータは痛いので、個人的には今のドレスはとても似合っていると思う。



「仕方ありませんな。ですが、ご挨拶くらいはしっかりしたほうがよろしいかと」


「おお、そうだな。申し遅れた。私がジングラス総裁、プライリーラ・ジングラスだ。今日はよく来てくれた。心から歓迎しよう」



 本当に嬉しいのか、表情はずっと笑顔だ。


 ここ最近は情勢が厳しかったので険しい顔をすることが多かったが、花は元気よく咲いている時が一番美しい。


 今の顔こそ、世間で噂される絶世の美女たる『ブランシー・リーラ〈純潔の白常盤〉』そのものなのだろう。


 その輝きに初めて会うアンシュラオンも素直に綺麗だと思った。



(美人って話だったけど…本当にそうだな。ホロロさんも相当な美人だけど、プライリーラはさらに上かな。どちらかというと姉ちゃんに少し寄せた感じか。雰囲気というかオーラというか…そういった存在感があるな)



 ホロロも美人だが、やはり彼女はメイドなので「下々」感が出ている。


 一方のプライリーラは明らかに高級感が違う。外面も内面も数段上の輝きを秘めている。


 庶民感覚でたとえれば、数千円と数万円の商品の違いである。


 数千円のスピーカーでも最低限の機能は果たせるが、やはり数万円のものを買ったほうが音は段違いに良い。求められるスペックが違うので部品の段階から差が出る。


 それと同じく「やっぱり高いもんは違うなー」といった雰囲気をプライリーラから感じる。存在そのものが異彩を放っているのだ。


 おそらく街を歩いていても、彼女だけがくっきりと浮かび上がるように見えるだろう。


 以前アンシュラオンが存在感を「モブ」と「メインキャラ」でたとえたが、これが正真正銘「メインキャラ」のエネルギーなのだと実感させる。


 姉には及ばないが、プライリーラが価値ある存在であることを示していた。



 ただし、それは相手も同じである。



 さっきからずっとアンシュラオンを見ては、「ほぉ!」とか「素晴らしい!」とか言っている。きっと同じような印象を受けたのだろう。


 彼女にしてみても「コレ」は初めて見る存在だ。


 顔の造詣からしても女神に愛されたかのような美しいもので、言葉で形容するのが傲慢にさえ思えてくる。




 お互いに観察を終えた後、改めて自己紹介に入る。



「オレはホワイト。こっちは黒姫ね」


「ホワイトという名は、ホワイトハンターから取ったのかな?」


「いや、単に髪の毛の色からだよ」


「そうか。それならば私も半分はホワイト、ホワイトハーフだね」



 プライリーラは自身の髪の毛を軽く引っ張る。


 頭頂部から肩口まで白くて、そこからグラデーションで腰下まで薄緑に変わっていくという珍しい髪色だ。


 さらさらと流れる髪はとても柔らかく、この乾燥した大地で唯一潤いを感じさせるものであった。


 それに負けじとアンシュラオンは、サナの髪の毛を軽く引っ張ってみせる。もちろん、この行動に意味はない。


 が、二人の髪の毛の色合いも白黒に近いものがあるので、両者が並ぶと非常に映えることがわかった。



(サナに匹敵する美しさだな。これはすごい。現状ではプライリーラのほうが上かもしれん。だが、まだまだサナには可能性がある。負けてはいない。将来は間違いなく美人になるのがわかっているしね)



 サナが将来美人になることはわかっているので、プライリーラともどもグラス・ギースの名物になる可能性を感じさせた。


 その時までグラス・ギースにいれば、であるが。



「本名を知っているみたいだけど、オレのことはどこまで調べたの?」


「こうして会うのは初めてだ。だから、ほんのわずかなことだけだよ。君がホワイトハンターでデアンカ・ギースを倒したことくらいだろうか。あとは領主城の一件かな。それも領主が隠すから全部を知っているわけではないがね」



(そんなもんか。まあ、ネットがあるわけでもないしな。細かい情報はわからないよね)



 地球だってネットが普及するまでは未知のものが多かった。今のようにカメラ付き携帯端末を誰もが持っている時代ではない。


 自然現象を怪奇現象と間違えたり、各地の犯罪事件も明るみに出ないまま闇に葬られたことも多々あるだろう。それによって不可解な伝承が作られたりもしたが、実際は情報不足による憶測と誤解が原因だ。


 グラス・ギースが閉鎖的な城塞都市だからこそ、田舎のように噂は広まりやすいのだろうが、噂の特質上、尾ひれが付きやすいものだ。


 その中から真実の情報を得ることは極めて難しいだろう。密偵はいてもノーマークだった存在はどうしようもない。


 プライリーラが知っている情報など、自分からすれば些細なものだ。


 ただ、それは都市に来たばかりのアンシュラオンも同じである。



「なるほどね。オレも君のことをほとんど知らないな。都市の偶像ってことくらいかな」


「ふふふ、偶像か。たしかにそのようなものだろう。多くの者たちは私自身を見ているわけではないからね。好き勝手にあれこれ夢想するものさ」


「それは理解できるな。あいつらは勝手に期待するくせに、不満が生まれれば即座に他人に責任転嫁するクズどもだ」


「なかなか言うものだね。そこまで言ってくれると、むしろ痛快だよ。立場上そこまでは言えないが同意見だ。我々は気が合うようだ」


「早合点しないほうがいいと思うよ。オレと君は敵同士だからね」


「それは手厳しいな。女性が好きだと聞いていたから、もっと優しくしてくれると思っていたよ」


「優しいよ。おっぱいを触らせてくれたらすごく優しくなる」


「おや、そんなものでいいのか? では、どうぞ」


「オレたちは今日から友達だ!!!」



 プライリーラが胸を突き出したので遠慮なく揉みにいく。


 この男に遠慮などはない。初対面だろうがなんだろうが揉む。とりあえず揉む。揉ませてくれるのならば揉まないと損だ。



 が、その手が胸にかかりそうになった瞬間―――



 ズバッ



―――刃が振り下ろされる。



 反射的にアンシュラオンは手をどけると、その場所に一ミリの狂いもなく戦気の刃が下りてきた。



 ドガガッ!



 戦刃が床に当たり、破壊。表面の木板だけでなく、下にあった金属板も大きく抉っていく。


 見ると、アーブスラットが戦刃を放出して二人の間を分けていた。



(ちっ、また邪魔が入ったか! しかし、武具を使わずにこの威力か。このじいさんは戦士タイプかな? 思った通り、いい腕をしてやがる)



 何気ない戦刃であっても質を見れば実力がわかる。


 非常に洗練されたやや青が強い赤紫に近い戦気で、その年老いた見た目に似合わないほどの強い威力が宿っている。


 彼がその気になれば、戦刃でこの船を切り刻むことができるかもしれない。



「リーラ様、お客人をこのような場所に留めるのは、ホストとしては失格ですぞ」


「そうだったな。では、案内しよう」



 それに対してプライリーラはまったく無反応である。普通、もうちょっと反応しそうなものだが完全スルーだ。


 もしかしたら、これが彼女たちの日常なのかもしれない。お嬢様を害悪から老執事が守るという構図が出来上がっているようだ。


 ただ、説明がないとこちらはびっくりするものだ。慣れとは怖いものである。



「案内は彼女たちに任せましょう。リーラ様は一度奥の部屋へ」


「ん? 彼女たち? …そうだった。忘れていたな。遅かったので置いてきてしまったのだ」


「お嬢様、お待ちください…はぁはぁ!」



 ちょうどその時、メイドが二人ばかり駆け寄ってきた。年齢はプライリーラより少し上くらいだろうか。


 プライリーラの早足に対し、彼女たちは全力で走ってきたのだろう。それでもプライリーラのほうが早いという不条理に、なんともいえない複雑な表情を浮かべていた。


 遠くにアーブスラットのクルマが見えたので、いきなり部屋を飛び出してここに向かったのだ。目的地も言わずに自分たちより速く歩くので、面倒をみるほうとしては迷惑極まりない。


 ただ、その顔には嫌なものは何一つない。プライリーラが見つかってよかった、という安堵感だけが浮かんでいる。



「メイドにも慕われているんだね」


「そう見えるのならば嬉しいものだ。我々は家族のようなものだからね」


「家族…か。悪くない言葉だ」


「申し訳ないが、彼女たちの案内で先に部屋で待っていてくれ。ちょっと準備をしてくる」


「作戦会議?」


「お茶の準備だよ。私が淹れるんだ。楽しみにしておいてくれ。当然、情報も仕入れるがね」


「当人の目の前で言ったら意味がないんじゃないの?」


「君は頭が良さそうだからコソコソするのは逆効果だと思ってね。そういうのは嫌いだろう?」


「そうだけど…どうしてそう思った?」


「私が嫌いだからさ。君も同じだと思っただけだよ。お茶の他に何か必要かな?」


「この子はお菓子が好きだからね。何かあればお願いしようかな」


「お安い御用だ。ではまた」



 そう言って、プライリーラはアーブスラットと一緒に通路に消えていった。




「サナ、彼女はどうだ?」


「…こくり」


「そうか。好きか。まあ、嫌いになる理由はないよな」



 サナが頷く。この頷き方は「好き」という意味だ。


 シャイナやサリータのように触れたり引っ張るまではしないが、サナから見ても良い印象を受けるらしい。


 今までの事例からすれば、サナはどちらかというと「駄目でどうしようもない人間」を好むようである。助けたい欲求でもあるのかもしれない。


 その点、プライリーラは明らかに自立した女性だ。サナの助けがなくても自分で生きていけるだけの力がある。そこの差だろう。



「ホワイト様、ご案内いたします」


「うん、ありがとう。むにっ」


「あひっ!」



 至って真面目な顔で胸を揉む。


 さっきプライリーラの胸を揉めなかった反動が自然に出てしまった。無意識だから怖い。



「な、何を…」


「あっ、ごめんね! 城にいた仲が良かったメイドを思い出してさ。…【彼女が生きていた頃】は、よくこうやって胸を触らしてくれたんだ。君はすごく彼女に似ていたからつい…懐かしくて…本当にごめんよ。本当にいい子だったからさ…ぐす」


「あっ…そ、そうでしたか。それなら…仕方ないですね。ほぉ…綺麗な目…」



 潤んだアンシュラオンの赤い瞳が、まるで水の中で輝く美しい宝石のようで思わず惹き付けられる。


 心がふわっとしてきて、言葉がすっと胸に入ってきて、頭がぼうっとしてくる。彼のためならば何でもしてあげたくなる。


 メイドは年上だったので、アンシュラオンの魅了効果が発揮されたのだ。



「私でよろしければ…いくらでも揉んでください」


「うん、ありがとう! じゃあ、さっそく…」


「こほん、ホワイト様。戯れはそのへんにしていただきましょうか」


「あっ、まだいたの?」



 アーブスラットがまだいた。しかも背後からこっそり観察していたようだ。


 一度外に出たふりをして相手を油断させ、ひっそりと監視する。


 アンシュラオンもよくやる手だが、やられるとは思わなかった。なかなか侮れない老人だ。



「やり方が汚いなー」


「あなた様が危険なことは承知しておりますので。いつも見ておりますぞ」


「やれやれ、じいさんに見つめられる日が来るとはな…。そんな嫌な経験は師匠だけで十分だったのに」



 おっぱいはお預けである。残念!



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