268話 「ジングラスの武装商船へ」


「格好いいクルマだね」


「クルマにご興味がおありですかな?」


「昔は全然乗らなかったし、今なら少しは乗ってみたいとも思うかな。こういう感じのクルマもいい」



 アーブスラットのことが気になってクルマにまで気が回らなかったが、ジングラスの公用車だけあってなかなか高級感がある。


 地球に頭の部分が少しジープに似ているハマーリムジンという車があるが、それにやや似た形状をしている。


 色は白で清潔感があり、エメラルドと金で描かれた羽馬の紋章が美しく映える。


 ダビアのクルマもそうだったが内装もキャンピングカーのようになっており、この荒野で何日も車内で過ごせるだけの設備が整っているようだ。


 都市間が千キロ以上離れることもざらなので、このあたりは商用だろうが一般用だろうが変わらない。



「これも西側から買ったの?」


「はい。型落ちしたものや壊れたものを格安で仕入れ、それをリストアして売る商会が南の都市にあります」



(日本でいうと廃棄回収品がアジアや中東に渡るようなもんだな。実際、まだまだ使えるものも多いんだろうし…これも東側では大きな商売になりそうだ)



 金を出してまで捨てた廃品が転売されていると知ると微妙な心境になるが、リサイクルという意味では悪いものではない。


 それに技術が未成熟な東側にとっては先進国が多い西側の技術を奪うチャンスでもある。



「クルマの解析をして、こっちで生産できるようにならないかな? グラス・ギースでも造れない?」


「ジュエルの制御が多少大変そうですが、原理としてはさほど難しいものではありません。可能ではありましょう。ただ、グラス・ギース周辺となると鉄鋼技術が発達していませんので、まずはそこからになりそうです」


「グラス・ギースでは製鉄はやってないの?」


「そのようですね。基本的には輸入でまかなっております」


「たしかに面倒なのはわかるけどさ…がんばればできそうだよね。質はともかく砂鉄と木炭があれば何とかなるし」


「私はそちらの方面には詳しくありませんが、そうなのでしょうか?」


「オレも専門家じゃないけど原理くらいは覚えているかな。やったことはないから試さないとわからないけどさ。グラス・ギース周辺には砂鉄くらい山ほどありそうなんだけど…どうなんだろう」



 日本も「たたら製鉄法」というものがあり、六世紀頃にはすでに製鉄が始まっていたという話もある。


 それを思えばグラス・ギースだけでなく東側の技術は遅れているだろう。


 ただこれもこの世界にはジュエル文化が存在し、なおかつ人間の能力がかなり高いので、鉄という存在の利用価値がだいぶ下がっていることも普及しない大きな要因である。


 武人の拳一発で鉄壁くらい簡単に破壊できてしまうのだ。建築にしても、今の石と木材をジュエルで強化する方法で十分間に合う。



(でも、西側のクルマはやっぱり金属を使っているんだよな。石や木材を強化してあれほど強くなるんだったら、金属を強化すればさらに強くなるはずだ。剣だって石製だったら剣気で強化しても切れ味は鈍るだろうし。うーん、やっぱり【必要性】という問題かな。切羽詰っていないから緊急のものではないんだろう。難しい問題だ)



 ないならなくてもいい、というのは共感できるフレーズだ。


 ただ食べるだけならば高価な食器がなくてもいいし、ただ飲むだけならば紙コップだっていい。その要素を求めるだけの必要と余裕がないのだ。



「…ふむ」



 一人でうんうん唸っているアンシュラオンをアーブスラットが珍しそうな目で見ていた。


 ホワイト商会といえば無法者として有名だ。彼らは敵には容赦しないし数多くの人間を殺傷している。


 そこから連想するのは盗賊や山賊といった略奪者のイメージだ。その暴れん坊と今のイメージが重ならないのである。



「博識でございますな。商売に対する意欲まであるとは少々意外です」


「あまり口を出したくはないけどグラス・ギースが遅れているからね。もっとこうすればいいのに、と思うことはあるさ」


「それならば、ご自分でやるのも手かもしれません。せっかく商会があるのですから」


「自分でやるのは面倒なんだよね。それこそ輸入でいいかって思っちゃうし」


「なるほど…では、ジングラスグループの力をお使いになるのはどうでしょう?」


「ジングラスって食糧担当でしょう?」


「新しく商会を作る手助けはできましょう。物流に関しても援助は可能です」


「それで他の派閥は何も言わないの?」


「さて、前例があまりないことですからな。なんとも言えません。が、前例がないということは対処の仕様もないということです。近年では新しい事業を始める者もめっきり減りました。雇用が増えるのならば望まれるでしょうな。…ただ、マングラスの査察をどうするかが問題となります」


「ふーん、今回の話もそのあたりが関係していそうだね」


「これは迂闊でしたな。この話はここまでにいたしましょう。主人の話題を掠め取るなど執事としてはあるまじきことです」



(と言いながら、これも計算ずくって感じはするな。ある程度探るように言われているのかもしれないし。…プライリーラはどういうつもりかな。オレと戦いたくないって雰囲気は執事のじいさんからも感じるけどね)



 アーブスラットは一切油断していないが、敵意を剥き出しにしているわけでもない。


 考えてみれば、アンシュラオンがジングラスと争う理由はない。ソブカの計画に乗ったからこそ派生した事態である。


 そこをどう捉えるかが今後の分かれ道となるだろう。



「で、都市から離れているようだけど…どこまで行くの? 太陽の方角からすると南西かな?」


「今回のことは我々だけの秘密です。都市とは距離を取る必要があります」


「さっき追っ手が消えたのは、そっちが処理したのかな?」


「…お気付きでしたか」


「そりゃね。あんな油断はもうしないさ」



 実はここに移動してくる間、ずっと後をつけている者がいた。


 戦獣乙女に一時的に全権が委ねられたとはいえ、彼女がジングラス総裁であることには変わりない。密偵を送り込むのは当然のことだ。


 が―――消えた。


 何キロも背後から数人がつけていたようだが、それが一人ひとりと消えていった。



「このあたりは魔獣も多いですからな。油断すれば人間など簡単に食われてしまいます。ここまで来たのはそのためです」



(まだ距離はあるが、もう少し行けば警戒区域か。ヤドイガニどころか、それ以上の魔獣も頻繁に出る場所らしい。武人であっても油断できない場所だな。ただ、こうも都合よく追っ手が消えるとは思えない。普通に考えればこいつらが消したんだろうが…探知できなかったな)



 追っ手が消えたのは間違いないものの、どのように消えたのかがわからない。


 アンシュラオンは探知型の武人ではない。あくまで戦闘型なので何かを探したりするのは得意ではないのだ。


 技量が高いので一般の探知型武人のようなこともできるが、そっちが専門の者には遠く及ばないだろう。



(波動円の距離はオレのほうが上だが、探すほうはこのじいさんのほうが上かもしれないな。ガチの戦闘になれば問題ないが、ジングラスにはいろいろと『面白いもの』もいるらしい。搦め手には注意が必要だな)





 グラス・ギースから南西におよそ百五十キロ進んだ地点には、相変わらず荒野が広がっていた。


 所々に森はあるが、基本的には荒れ果てた大地が広がっているだけだ。



 ただ、その場所にはひときわ大きな【船】があった。



 船体の長さは二百メートル、幅は五十メートル程度。普通のクルマよりも遙かに巨大で、明らかに人を運ぶものだけでないことがわかる。


 この世界の戦艦は最大で二千メートル以上もあり、ガンプドルフの巡洋艦にしても全長五百メートル以上はあるので、これでも小型の部類に入る。


 その形は、やはり帆船型と呼ぶべきものだろう。マストに帆を掲げた大型帆船が地上を走っている姿は、なかなかに壮観である。


 バチバチバチッ


 時々帆が光輝き、何かの力場が周囲に展開されているのが見える。



「あの光ってるのは何?」


「あれで周囲に結界を張っているのです。遠くから視認されにくくする特殊フィールドです。同時に弱い魔獣を近寄らせないためのものにもなります」


「ああ、戦艦にもあったやつか。あれって戦艦なの?」


「登録上は【輸送船】となっております。商船というやつです」


「あの砲台は撃てるんでしょう?」


「もちろんです。そこにこだわるのならば武装商船とも言えましょうが、大型魔獣を倒すためのものというよりは威嚇して退けるためのものです」


「へぇ、それでも面白いよ! あれでドンパチやったら楽しそうだな! 戦艦と戦えるの?」


「小型の巡洋艦ならば少しはやれると思いますが…軍用ではありませんから分が悪いでしょう。特に防御面では戦艦のほうが強固です」


「ほー、へー! 一応は戦えるんだ。いいね、素晴らしい!」


「…やたらと楽しそうですな」


「そりゃね。こういうものには憧れるもんさ」



 主砲一門に加えて副砲をいくつか装備していることからも、最低限の戦闘力を有していることは間違いない。


 それを見た途端、アンシュラオンの目が輝く。前に戦艦を見た時もそうだが、男たるものロボットや戦艦には目がないのだ。



「あれも買ったの? 輸送船は何度か見たけど、あんなの見たことないや」


「何代も前の当主様が持っていた年代物を改造したものです。さすがにどこで入手したかまではわかりませぬが、ルートは西側でしょうな。移住してきた人間が乗ってきた可能性もあります」


「さすがジングラスだ。金がある」



 グラス・ギースにやってくる商人の多くはトラクターを使うが、より多くの荷物を運ぶために大きい輸送船を使う者もいる。


 ただ、都市の規模が小さいので使う商会もさほど多くはなく、アンシュラオンがルートの監視を始めてからも数度しか見かけていない。


 その中には、あのように武装しているものはなかった。大きさも半分あればいいほうだ。


 当然武装していれば魔獣や盗賊団に対しても優勢になれるが、それだけならば傭兵を雇ったほうが安くなる。


 ルートの安全は確保されているので、そこまでする必要性はあまりないのだ。



 しかし、力を示すためならば別だ。



 いかなる相手にも武力をもって対抗する意思を示すために、あのように武装することはあるだろう。



 そして、船体には羽馬の紋章が輝く。



 かつてのグラス・タウンを生み出した五英雄の一人。その末裔が乗っている証拠である。




 ドゥウウウウウウ ゴゴゴゴゴッ



 巨大な物体を浮き上がらせるために相当な数のジュエルエンジンを使っているのだろう。非常に重々しい音を響かせて輸送船が速度を落とす。


 砂煙が舞う中、搬送用ハッチが開いた。



「中に入ります」



 速度を合わせながらハッチにクルマが入っていく。


 こうして無事商船と合流が完了。




 輸送船であることを証明するように、船の中は大きな倉庫状の空間になっていた。


 特に大きな物が積まれているわけではないので、空間自体はかなりの広さに感じられる。


 倉庫の色はクリームイエローで統一されて、軽やかさと柔らかさを感じさせつつ、床はブラウンで落ち着きのある趣きとなっている。


 外側の白い色合いも相まって、非常に美しい船ということができるだろう。少し倉庫を改造すれば豪華客船にだってなれるに違いない。



 ブオオッ プシュッー


 ガチャッ


 その一角にクルマが停まり、アーブスラットがクルマの扉を開けてくれる。



(メイドもいいが執事ってのもいいもんだな。ブルジョワ気分になれる。性欲が衰えたじいさんなら害も少ないだろうし、そのうち欲しい気はするな)



 ジジイは嫌いではないし、戦闘ができる人物ならなおさら良いに違いない。そう考えるとアーブスラットは貴重な存在にも思える。



「おや? 思ったよりいい匂いだね。…花の香り?」



 サナと一緒に降り、周囲を見回していると、ふと外とは違う香りを感じた。


 少し甘くて優しい匂いだ。



「はい。プライリーラ様がお好きな白い花の香りを焚いております。今回だけではなく毎回そうです」


「良い気遣いだね。こういうところは女性だな」


「それでは主人のもとにご案内いたします」


「うん、よろしく」



(最初はちょっと驚いたけど、ここまでの印象は悪くないかな。ソブカのところと違って全体的に気品があるし、イタ嬢より本物の【お嬢様】の雰囲気がする。領主よりもよっぽど権力者らしいな)



 生まれも見た目も話し方もそれなりに上品なのに、イタ嬢には気品がまったく感じられないのが残念である。


 それよりジングラスのほうが、よほど清純な雰囲気を醸し出している。


 ソブカのところも商人色が強く、上品さはあまりなかったので、こうした雰囲気を味わうのは前の人生を含めて初めてである。


 思わずきょろきょろと周囲を見回してしまう。



(中を見て回りたいが、一応は招かれた立場だ。おとなしくしておくか)



 ここはジングラスの本拠地の一つ。アウェーである。



 とりあえず見学は自重し、おとなしくしようと振り返った時―――





「おお、よく来てくれたな!」




 そこにはドレス姿のプライリーラがいた。




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