267話 「ジングラス総裁からの招待状 後編」


 アーブスラットが放った言葉に、周囲の戦罪者も一瞬固まる。


 戦罪者には最初から自分がアンシュラオンだと名乗っているので、そのことについてはどうでもいい。


 彼らは強さ以外のものに興味を抱かないので、名前になど価値がないのだ。



 問題は敵側の存在がそれを知っていることだ。



 ただし、アンシュラオンは少し驚きながらも冷静に受け止める。



(本名がバレるのは仕方ない。ソブカだって知っていたくらいだしね。そりゃ目立つよな。デアンカ・ギースだって何も知らないで普通に倒しちゃったけど、あれって有名な魔獣だったみたいだしさ。少し派手にやりすぎたかな。姉ちゃんが若干怖いけど、ここまで目立ってもまったく反応がないってことは…もしかして違う地方に行っているのかな? 追うのをやめていてくれると嬉しいんだけど…病んでるからな、姉ちゃんも)



 仮面を被っているのは姉を警戒して本名を広めないためだ。


 が、さすがに限界があったようだ。ここまで目立つと隠すことは難しいだろう。


 それにあの姉のことだ。近くにいるのならばとっくに調べ上げて襲っているはずだ。それがないということは、もしかしたらこの北側の地方にはいないのかもしれない。


 それならそれでありがたいが、逆に怖い。


 もし全部を理解していて何もちょっかいを仕掛けないのならば、そっちのほうが不気味である。



(オレも姉ちゃんの思考だけはわからん…怖い…怖いよぉ。あの人がマジになったら逃げるしかないよぉ。強くて頭が良いのに狂ってるって最悪の条件じゃんか。うむ、そのためにも金は必要だ。今回の計画はぜひとも成功させねばな)



 姉はアンシュラオンが怯える唯一の存在である。見つかったら逃げの一手しかない。


 仮に逃げおおせても派手に動いたらまたバレるので、ひっそりと隠れて暮らすのにも金が必要となるだろう。


 見つかった件も含めて、少し緩んでいた気持ちを引き締める。




「そんなあなたは、どこのどちらさんかな?」


「失礼いたしました。わたくし、ジングラスグループ総裁であられるプライリーラ・ジングラス様の執事をやっておりますアーブスラットと申します」



(こいつがアーブスラットか。たしかプライリーラの執事兼護衛。ジングラス最強の武人だったな)



 基本プライリーラが前線に出ることはないので、実質的にはアーブスラットがジングラス最強ということになる。


 四大会議の護衛の場にいた者たちが各勢力の最強格と思えばいいだろう。


 すでにグランハムは死んでいるので、ソイドダディー、セイリュウ、アーブスラットが該当する。



「ちなみにオレは、ホワイト商会のホワイトだよ」


「はい。存じております」


「ふーん、全部承知の上か。でも、いきなり本名で呼ばれるのは気持ちいいものじゃないね」



 ハンドルネームが主体のSNS上の会話で、いきなり本名で呼ばれるようなものだ。


 それが親しい相手のうっかりならばいいが、好まない相手からの恣意的なものならば不快になって当然だろう。



「では、ホワイト様とお呼びいたしましょう。それでよろしいですかな?」


「そうだね。周りが混乱すると困るから、そっちで呼んでもらおうかな」


「かしこまりました」


「で、何の用? わざわざオレを捜していたんだ。それなりの用事でしょう?」


「はて、用があったのはあなた様のほうだと思いましたが? 私を待っていたのではないのですか? だいぶ離れた距離から視線を感じましたが」


「…待ってはいたけど男のほうじゃないな。じいさんと逢引きなんてお断りだね」


「それはそれは残念でございましたな。ご期待に添えないようで申し訳ございません」


「いや、期待には応えたと思うよ。その執事姿は仮面だってことがよくわかった」


「これが素顔でございます」


「とぼけるなよ。波動円を五百メートル以上展開していただろう。しかも触手状に変化させてな」


「ああ、その件ですか。その程度は執事のたしなみ、といったところではないでしょうか」



 アーブスラットが伸ばした波動円の距離は、およそ五百メートル。


 剣豪のガンプドルフが三百メートルだったことを考えれば、それがいかに優れたものかがわかるだろう。


 ただし、波動円は必ずしも球体状に変化させる必要はない。安全が確保できていれば一部を変形させて使うこともできる。


 たとえばアーブスラットの場合、視界が利く地上前方180度は無視し、地下と障害物に絞って探査すれば通常以上の距離に展開できる。



 それはまるで―――『触手』



 植物のツルのようなものがアーブスラットから無数に伸びて、岩場の裏側を探ったのだ。


 その代わり他の箇所が短くなるので一長一短ではあるものの、これだけ伸ばすことはなかなかできない。



「正直、少しイラっとしたね。完全に無防備だったからさ。男に触れられる気持ち悪さを思い出させてくれたよ。どうもありがとう」


「あなたでも警戒を怠ることがあるとは意外でした」


「そりゃ人間だからね。油断することはあるよ。それでも致命傷にはならない自信があるだけさ」


「なるほど。さすがでございますな」



(波動円の形状変化は高等技術だ。こいつ、強いな。間違いなく剣士のおっさんレベルだ。しかもあの距離で戦罪者の視線にも気付いていたとは…やるな)



 アーブスラットはにこやかに笑っているが、鋭い目はアンシュラオンと周囲を監視している。


 おそらくこれが彼の日常。武人として常に臨戦態勢状態。



 つまり―――武闘者。



 執事然としているが中身は完全なる武闘者であり生粋の武人である。その面皮の下には、凄まじき修練と鍛練を経て熟成された武闘者の顔がある。


 あまりに静かで気付かない者もいるだろうが、アンシュラオンとマタゾーは確実にその圧力を受けていた。



 おそらくは―――ガンプドルフ級の相手。



 ただ、彼は当時魔剣を使っていなかったので、その状態で匹敵する存在という注釈が必要である。


 それでも一線級の武人であることには変わらない。アンシュラオンも刺激されて思わず疼きそうになる。



(ははは、いいじゃないか。執事のじいさんが強いってのは、ゲームでもよくあるテンプレだ。これは面白くなってきた)



 古来より執事のじいさんは強いのが相場だ。アーブスラットも多分に漏れず、そうした部類なのだろう。


 いきなり触れられた時はラブヘイアのトラウマを思い出して不愉快だったが、こうして改めて見ると実に興味深い。



「あんたがオレとやるってこと? それでもいいよ。なかなか楽しめそうだ」


「オヤジ殿、ここはぜひ拙僧に」


「ふん、坊主は欲深いな。しょうがない。じゃんけんで…」


「お待ちください。本日参ったのは違う理由です。わが主、プライリーラ・ジングラス様より伝言を預かっております」


「へぇ、回りくどいことをするね。内容は?」


「ジングラス総裁であられるプライリーラ様が、ぜひともあなた様をお茶会にご招待したいとのことです」


「お茶会…ね。『戦獣乙女として』ではなくて?」


「ジングラス総裁として、です。少なくとも今は」


「いつやるの?」


「すでに用意はできております。こちらはいつでも歓迎いたします」



(プライリーラから話がある、か。しかも総裁として、ね。…そこそこ興味深いな。どのみち会うことにはなるし、一度じっくり会ってもいいかな。やっぱり生で会わないと印象ってのはわからないもんだ。いいチャンスかもな)



「じゃあ、今行くよ。あっ、妹も一緒ね。そうじゃないと行かないよ」


「もちろん大丈夫です。プライリーラ様は子供もお好きですから」


「マタゾー、お前たちは帰っていいぞ。オレが戻るまですべての敵対行動を中止して事務所で待機していろ。自衛のみ戦闘を許可すると他の連中にも伝えておけ」


「心得ました」



 マタゾーは受けた命令を忠実にこなし、さっさと戻っていく。


 その後ろ姿にアンシュラオンを案じるものは一切ない。その強さに絶対の信頼を置いているからだろう。



 アーブスラットもその様子を見て感嘆する。



「よく馴らされておりますな」


「スレイブだからね。そういうもんでしょ? スレイブってのは」


「おっしゃる通りです。ですが扱うのが人間である以上、すべてを思い通りにすることは難しいものです。ましてやギアス無しで言うことを聞かせるのは至難かと。特にああいった手合いは特殊な信念を持っておりますからな」



(マタゾーにギアスがないのを見破ったか。この短時間でよく観察しているもんだ)



 アーブスラットもサナ同様、観察眼を持っている可能性がある。


 ただ、サナが純粋にそのままを受け入れるものに対して、彼は疑いによって相手の弱点を見抜こうとする。実に油断できない男である。



「では、参りましょう。ご案内いたします」






 ブオオオッ


 アンシュラオンとサナを乗せたクルマが、荒野を移動している。


 他の人間はいないことから、アーブスラットも武に自信があることがうかがえる。あるいは自分を捨て駒にしてもいいと思っているのかもしれない。


 どちらにせよ今は戦うつもりがないので、お互いにリラックスしている状態だ。



「…ふぅ」



 アンシュラオンは仮面を脱ぐ。サナの仮面も取ってあげた。


 それにはアーブスラットも若干大きく反応をした。さすがに意外だったのだろう。



「素顔を晒してもよいのですか?」


「仮面を被るのも疲れるからね。好きで被っているわけじゃないよ」


「特定の思想がおありなのかと思っておりました」


「そこまで変態じゃないね。そうだな…ノリかな。雰囲気作りだね。最初は違う目的で被ったけど、今じゃ注目される立場だ。それならパフォーマンスも必要さ。こっちのほうが見ているほうも面白いでしょう? 顔がわからないほうが逆に気になるだろうしね」


「他人を楽しませるために、ということですか。思ったよりエンターテイナーですな」


「つまらない世界から来たからね。楽しまないと損だ。オレはここで好きにやるつもりだよ」


「羨ましいほど自由ですな」


「まあね。あんたらはそうはいかないってことも知ってるから同情しているくらいさ。あっ、そうそう、聞いたよ。アーブスラットさんはマキさんの師匠なんだって? 彼女の戦いを見たけど、なかなかよかったね。どういう縁なの?」


「キシィルナ嬢がこの都市にやってきた幼い頃に、数年ばかり基礎を教えただけです。当時はキャロアニーセ様がよく子供たちに塾を開いておりました。その催しのついでに素養ある子を見定めることもしていたわけです。ジングラスも都市への貢献の一環として私を派遣することもありました。プライリーラ様も同年代に触れる機会が必要でしたので」


「なるほど。領主軍にスカウトするためか」


「領主様にはそういう意図もあったようですが、キャロアニーセ様は普通に子供たちを想ってやっていたと思います。特に女性への護身術指導にはご熱心で、女児にも金的攻撃を教えておりました」


「それは…痛いな。肉体操作ができなければ悶絶だ。キャロアニーセって人は、どれくらい強いの?」


「かなりの腕前だったと記憶しております。今のキシィルナ嬢に匹敵する強さでしょう」


「女性で強い武人はどれくらいいるの?」


「さて…キャロアニーセ様やキシィルナ嬢が特別なだけで総数は少ないはずです」


「ふーん、やっぱり強い女性はレアだな。なおさらマキさんが欲しくなったよ」


「彼女が気に入ったのですか?」


「うん、嫁にするつもり。綺麗だし巨乳だし強いし、性格も面白いしね。何でも信じちゃうところとか可愛いし。あれは素なのかな…うーむ、素なんだろうな。当人も楽しんでいるようだからいいけどね」



 商店街でマキと別れた際も『悲劇のヒロイン』を楽しんでいるようだった。


 当人に自覚はないようだが、それでも楽しければ問題はないだろう。



「結婚という話ですが、身を固めるおつもりなのですか?」


「それとはちょっと違うかな。オレの国では一夫多妻制が当たり前だからさ。妻の中の一人って意味だよ。ただ、近親婚も当たり前にあるから一番の妻はこの子だけどね。これも【王族の義務】ってやつさ」


「…それは面白い話ですな」


「国はもうないけどね」



 平然と嘘をつく。このあたりもいつも通りだ。



「グラス・ギースにはどのような目的でいらっしゃったのですか?」


「最初に来た一番大きな都市だったから。それだけさ」


「では、特にこだわりはないと?」


「そうだな…今は少しばかり愛着はあるかな。でも、場所というよりは【人】かな。ここはいろいろと便利な場所だしね」


「…なるほど」



 アーブスラットは、アンシュラオンが無意識にサナの髪の毛を撫でたことを見逃さない。



(この少女の詳しい情報は出てこなかったが、領主城の事件前後の状況を考えれば白スレイブの可能性が高い。やはり【人的資源】が目的か。リーラ様の見立ては正しかったのかもしれないが…人柄はどうだろうか。急に気安く話し始めたことをどう捉えるべきか。演技というよりは…やはりこういう性格。短気だがカラッとした陽気さも持っている。人間としてはわかりやすい部類ではあるが…)



 アーブスラットはこの会話中、ずっとアンシュラオンを観察していた。


 こうして生で観察できることは非常にありがたい。しかも仮面すら脱いでいる。顔から得られる情報はとても多いのだ。


 スレイブに執着していることから、情報通り支配欲が強い人間のようである。


 今まで出会った人間の中では領主がもっとも近しいだろうか。彼もまた家族以外はスレイブしか信用していない節がある。


 ただ、どこか投げやりな感じというか、「楽しければいい。飽きたらそれまで」といった無責任な印象も受ける。


 その反面、黒い少女を大事にしていることから、気に入ったものはとことん愛するタイプのようだ。


 享楽的で即物的でありながら人情味もある。相思相愛となれば、これほど信頼できる相手もいないだろう。


 同じ系統でも、ころころと意見を変えるタイプよりは十分人間として理解しやすい。



 問題は、プライリーラとの相性だ。



(なんとなくリーラ様にも似ている要素がある人物だ。かといって似ているからいいというわけではない。そのあたりが吉と出るか凶と出るか…。どのみちやるしかない。もう少し観察して情報を集めておこう)




 こうしてアンシュラオンはプライリーラの招待状を受け取った。



 向かう方向は南西。


 どんどんと都市から離れていく。



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