「第三幕 『獣と獣』」

266話 「ジングラス総裁からの招待状 前編」


 その日、荒野にはアンシュラオンとサナ、マタゾーと戦罪者五名の面々がいた。


 ここにいる目的は、ジングラスのトラクターを襲うためである。


 襲えば襲うほどジングラスは弱り、都市での影響力を失っていく。まだ本格的な食糧不足には陥っていないが、キブカ商会の手を借りねば間に合わなくなるのは必至である。


 そして、相手が屈するまでこれを続ける。


 これはジングラスに限ったことではない。ハングラスもそうだし、マングラスも同じだ。目的を達するまでひたすらやり続ける予定だ。


 しかしその日は、いつまで経ってもトラクターがやってくることはなかった。



「敵に勘付かれましたかな」



 手持ち無沙汰なのか、マタゾーが槍をくるくる回しながら話しかける。


 その槍先で軽く石を叩くと衝撃が内部で拡散し、サラサラとした砂になって崩れ落ちる。


 さきほどからその遊び(鍛練)を続けているせいか、周囲の岩場の一部が砂場になってしまっている。それだけの時間をここで持て余しているということだ。


 サナに至っては、座布団に腰を下ろしながら茶を飲むというまったりモードである。そんな彼女の髪の毛を撫でながらアンシュラオンも暇を潰している状態だ。



「何度も襲っているしな。そろそろ相手もやり方を変えてくるだろう。気付いたか? ここ数日、都市内部の連中がやたら静かだ。ちょっと前ならすぐに襲いかかってきたもんだが、オレたちを見ても遠巻きに監視するだけだ。まるで最初に戻ったかのようにな」


「そういえば随分と静かなものでござったな。てっきり弱腰になったものと思っておりましたぞ」


「派手に暴れすぎたこともあるが…次の段階に入った可能性が高いな。やつらの中で何か大きな動きがあったはずだ。そうでなければ辻褄が合わないしな。もしかしたら【制裁】の可能性もある」


「となると事務所が危険では? 全派閥が結託する可能性もありましょう」


「普通の制裁ならばそうかもしれないが、マフィアたちの雰囲気が妙にナイーブだ。上から手出しするなと言われたんだろうな。この【パターン】の場合、おそらく『ジングラス側が勝った』と考えるべきだ」


「例の四大会議というやつですな」


「そうだ。四つの派閥が話し合って都市の方向性を決める会議だ。制裁もそこで決議するそうだが、各勢力の思惑もあるだろう。足の引っ張り合いをするのはどの世界でも同じだな」


「ふむ、面倒なものでござるな。拙僧はもっとシンプルなほうが好みですぞ。闘争に言葉は必要なし。ただ殺すことに集中すれば道は簡単に開けましょうに」


「そんな都市だったらオレが動かずとも自滅するぞ。というか人間の生産性を完全否定だな」



 まったくもって不毛な世界である。もはや何も残らない。


 誰もが戦罪者のように純粋な闘争を求めるわけではない。大半の人間は普通に生きることを欲するものだ。


 かくいうアンシュラオンも最終的にはそのタイプ。基本はまったりとだらだら暮らすことを第一目標にしている。


 ただ、それでは刺激も何もない生活なので、今のような娯楽に興じることもあるというだけの話だ。


 それでまた金と安全が手に入れば、前にサナを手に入れた時にやったように、しばらく駄目人間生活を満喫するだろう。それに飽きたらまた何かをする。その繰り返しだ。


 人間なんて、そんなものである。



「ともあれ拙僧には細かいことはよくわかりませぬな。オヤジ殿にお任せするだけのこと」


「オレも全部の動きがわかっているわけじゃないけどな。だいたいはソブカの計画に沿っているだけだ。今のところはその通りになっているから、あいつはやっぱり優秀なやつさ」


「その御仁を随分と気に入っておられるようですな」


「昔の自分を見ているようで痛々しいだけさ」


「なるほど。写し身でござるか。しかしながら人の欲望は果てしなきもの。かの御仁も血に酔わねばよいでござるな。一時の誘惑がすべてを誤らせることもありましょう。特に本性が凶暴ならば、必ずいつかは表に出るものでござる。隠すことはできませぬ」


「お前が言うと説得力があるよ。さすが坊主だ」


「ただの経験談でござる」



 マタゾーは闇側の人間であるが、彼にもまともな時代はあったのだろう。少なくとも破門されるまでは僧侶として欲を抑える修行をしていたはずだ。


 だが、どこかの段階で誘惑に負けた。血の衝動を抑えきれなくなり、堕ちた。


 人間は一度堕ちれば自分ではなかなか戻れない。一度罪悪感を乗り越えると痛みを感じにくくなるものだ。


 ソブカがそうなる危険性は常にある。彼の中には【獣】が住んでいるのだから。


 獣が住んでいなければこんな計画など立てられないだろう。普通の人間からすれば、愛に反する行為、人を殺したり蹴落とすことは狂気の沙汰でしかない。


 アンシュラオンもかつて獣を宿していた。いや、今も宿している。無意識下の闘人を見てもわかるように激しい暴力的衝動がそれだ。


 ただ、一度経験しているからこそ抑えられる。前の人生で失敗した経験があるから、獣と付き合っていくことができる。


 それでも時々暴走しそうになるので、ソブカに至っては日々欲求との闘いが起こっているに違いない。その彼がいつ狂気に侵されても不思議ではないだろう。



(ソブカのことはあいつ自身に任せるしかない。もし狂ったら…それはそれで仕方ない。オレは自分の目的のために動くだけさ。最悪はサナと自分のスレイブだけを守ればいいからな。そこは気楽だ。さて、ここまで待って来ないとなると、やはりルートが変更されたか別の要素が加わったと見るべきだろうな)



 ここ数日、相手の対応に明らかな変化が起こっていた。


 襲撃しても相手は抵抗せず、さっさと逃げの一手を打つ。そのまま増援が来ることもなく終わりだ。


 これが続けて起きた時、次の段階に入ったことに気付いた。



 今日あえて外に出たのは、仕掛ける絶好の機会を献上するためだ。



 相手がその気ならば、何かしらの動きがあるはずだ。それを誘ったのだ。



(ソブカが想定していたパターンは、四つ。まずはマングラスを中心に全面攻撃に出てくる可能性。次にラングラスが中心となって攻めてくる可能性。領主および剣士のおっさんが関わってくる可能性。最後にプライリーラが主導権を握る可能性。多少の差異はあれど、大きな流れではこの四つのどれかだ)



 一番高い可能性が、マングラスが中心に行われる制裁であった。


 最大勢力かつ余力もあるので、制裁の中心を担うには頃合である。もし彼らが権力闘争に出れば、間違いなくリードしようとしてくるシチュエーションであった。


 動きがあることはいいことだ。敵が巣穴から出れば、そこに何かしらの痕跡が残るものである。それによってグマシカの居場所の手がかりも見つかるかもしれない。


 どんなに見事に隠れようと、何かが存在した形跡というのは完全に消し去ることはできないことを、アンシュラオンは魔獣との戦いの中で知っている。


 しかし都市内の状況を考えるに、少なくとも今はその可能性は潰えたようだ。



(オレとしてはこっちがよかったな。出てきてくれれば締め上げることもできたのに。ったく、用心深いにも程がある。で、ラングラスって可能性もあったが…やっぱり戦力不足なのかな。あるいはムーバってやつの弱腰が影響か? ソブカやスラウキンの話じゃ穏健派だっていうしな。まあ、ソイドファミリーをここで潰すと面倒だから出てこないほうがよかったけど)



 ソイドファミリーを残しているのは、しっかりとした計画があるからだ。


 ここで出てきた場合は仕方ない。次の派生パターンで修正すればいいとは思っていたが、結局は出てこなかったので最初の計画でいけばいいだろう。



(次の領主のパターンは、まずない。オレの【仕込み】が発動していれば可能性はあったが…どうやらまだらしい。剣士のおっさんはあれから行方知れずらしいし、出てくる可能性は低かった。ここで西側の人間が出てくるとややこしくなるからな。都市が落ち着くまでは、そのまま静かでいてほしいもんだ)



 マキとは揉めたが、基本的に領主軍は外からの侵略に対する抑止力なので、積極的には動かないだろうと予測はしていた。


 もともと領主は施政権を四大市民に委託している状況だ。そう簡単には出てこないだろう。


 仮にガンプドルフが出てきた場合は、「西側共犯説」をでっち上げて混乱させる計画もあったが、本当に刺激しすぎて戦争になったら困るのでやめておく。ソブカもそれは危険だと言っていた。


 アンシュラオンは最悪都市を捨てればいいが、グラス・ギースに住む人間にしてみれば、これ以上のリスクは冒せないのだろう。



 そして、最後の一つこそが―――ソブカの個人的な最有力候補であり、本命。



 可能性としてはさほど高くはなかったが、穴馬としては十分ありえるパターンであった。


 これが起こった場合、他の勢力が攻撃をやめるという話だったので、今回はそれに完全に当てはまる。



 それを証明するように、ついに動きがあった。




「オヤジー、クルマが来るぜ!!」



 高台になっている岩場で見張りをしていた戦罪者が、その存在の接近を探知する。



「どこのだ?」


「…羽馬の紋章、ジングラスだ! だが…トラクターじゃねえ。普通のクルマだぜ」


「乗っているやつはわかるか?」


「ちょっと遠くて見づらいが…一人っぽいな。男だ」



 この戦罪者は目が良いタイプの武人なので、まだ十キロ以上は先を走っているクルマの運転席が見える。


 そこにいたのは一人の男。



(男…か。プライリーラじゃないのは間違いないな。さて、どういうつもりかな。ソブカの話では、プライリーラが主導権を握った場合は戦獣乙女として動く時だと聞いている。それはつまり『オレと戦う』ということだ。それならば当人がやってくる可能性が極めて高いはずだが…)



 アンシュラオンもプライリーラが戦うつもりでやってくると思っていた。


 集団とは言わないが、せめて噂の魔獣たちを引き連れてくるものだと考えていた。


 それがクルマ一台、しかも一人だけとは予想外の展開である。


 周囲は見晴らしのいい荒野なので、地下に潜ってでもいない限りは伏兵などはいないだろう。ただ、アンシュラオンが波動円ですでに地下の安全も確認済みだ。



(ソブカの予想が外れたか。そりゃそうか。あいつもただの人間だ。優秀だが、すべてが見えるわけでもない。相手が想定外のことをやることもあるだろう。はは、それはそれで面白いじゃないか。相手が違う動きをするから面白いんだ。そうでないと余興の意味がないな。まあ、まだ偶然通りかかった可能性もある。ここは様子見だな。べつに男に会いたいわけじゃないしな)



「お前たちは隠れろ。様子を見る」


「うすっ!」


「気配は消しておけよ。体温も岩に合わせろ」


「了解です!」



 アンシュラオンたちは岩陰に身を隠して気配を消す。


 戦気術の一つに【隠形おんぎょう】というものがある。生体磁気を意図的に抑えて完全に気配を消す技だ。


 体温調節も可能なので、熟練者となれば熱源感知やサーモグラフィーでも認識されなくなる。程度の差はあれど戦罪者でも使える技だ。


 字は違うが同じ読みで、術式でも【隠行術】というものがある。こちらは実際に視覚も誤魔化せる優れものであるが、かなり高度な術なので普通の術士ではまず使えないし、そこまでする必要はないだろう。


 岩場もかなり隆起しているので、これならば発見はまずされないはずだ。


 ちなみに隠形が使えないサナはアンシュラオンが周囲に凍気を展開させて覆い、周囲との温度差をなくしている。




 ブオオオ


 クルマが少しずつ接近してくる。




 ここはルートから少し外れているので、岩場に用事でもなければ絶対にやってこない場所である。


 こんな荒野のただの岩場。そんな場所に用がある者など普通はいない。鉱脈でもない、ただの岩なのだ。


 そのクルマも普通に通り過ぎようとしていた。




 が、その瞬間―――触れられた。




「ちっ…」



 アンシュラオンが舌打ちをする。



「手練れ…ですな」


「ああ、いきなり男に触られるなんて気持ち悪いが…相手を褒めるべきだろう。ちょっとなめていたかな」



 アンシュラオンが舌打ちしたのは単純に男に触れられたことが不快だったからだが、油断していたことに対する自分への苛立ちでもあった。


 クルマとの距離は五百メートル。


 この距離まで【触手】を伸ばせる者がいるとは思わなかったのだ。だが、油断は油断。落ち度は落ち度である。



「出るぞ。もう見つかった」



 アンシュラオンの号令で岩場を出ると、クルマもすでにこちらの方向に向かってきていた。




 プシューーー ドンッ



 クルマが岩場に到着し、止まる。


 少ししてからクルマのドアが開き、一人の男が出てくる。



 初老の男性で小奇麗な執事服に身を包んだ者、アーブスラットである。



 トコトコトコ ぺこり


 彼はアンシュラオンを見つけると迷うことなく近づき、優雅に一礼して見せた。


 戦罪者が臨戦態勢に入っているにもかかわらず、彼の行動に一切の淀みはなかった。




 そして―――その名を呼ぶ。




「【アンシュラオン】様、お迎えにあがりました」






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