263話 「プライリーラの打開策」


「ソイドダディー、それはどういう意味かね?」



 思考の沼にはまっていたゼイシルが、意外そうにソイドダディーを見る。


 グマシカの戦略のことで頭が一杯で、すっかり彼のことを忘れていたというのが本音だ。



「弁明をさせていただけたら疑心を晴らすとお約束しました。その話はまだ終わっておりません」


「…それは興味深い。どのような話かね」


「すでに親父さんが言ったように、うちらは数多くのミスを犯しています。汚名を返上し、皆様方の疑念を晴らすには自らの手で片をつけるしかありません」


「それはつまりソイド商会がホワイト商会と戦うという意味か?」


「戦うのは自分だけで十分です。そもそもこれは自分が蒔いた種ですから、それが筋ってもんでしょう」


「勝てるのか? うちのグランハムもやられたのだぞ」


「勝ちます。命をかけて成し遂げます。それでこそ潔白を証明できるはずです」



(意外なところから声が上がったものだ。たしかに身の潔白を証明するには一番の方法だが…ソイド氏か。武人としては優れたものだと思うが…グランハムと比べるとどうかな。闘技大会があるわけでもないし、そのあたりは不確定だ。彼がどこまでやれるかは賭けになるか)



 ソイドダディーは、この場にいることからもラングラス最強の武人だと考えていい。


 若い頃はストリートファイトや魔獣退治に明け暮れていたものだ。その実力は間違いなく都市内部でも上位クラスだろう。


 ただ、グランハムと比べるとどうかと問われると、なかなか難しい質問である。一対一ならば良い勝負になるだろうが、最終的にどうなるかはやってみないとわからない。


 つまりはそのグランハムがやられた以上、ソイドダディーでは難しいと考えるのが妥当だ。


 しかも一人である。これはかなり厳しい。



(彼が一人でやると言ったのは、使える人材が自分一人しかいないからだ。それはそうだ。ラングラスは人を治すのが仕事であり、壊す力を集めているわけではない。こればかりは役割の違いだな)



 ラングラス自体が薬師の家系である以上、そこまで戦力強化に執着しているわけではない。


 現状でラングラスの武闘派といえば、まず最初にソイドファミリーの名が挙がるくらいだ。キブカ商会を見ればわかるように、彼ら以上の戦力を持つ組織がないことを示している。


 ソイドダディーから感じられる波動は、主に責任感や使命感といったもの。もうこれ以外に方法はないと覚悟を決めた者の顔をしている。



 おそらく―――死ぬ覚悟だ。



(同じ武人の身としては相打ち覚悟も肯定したいところだが、失敗されると困るな。ラングラスの潔白は証明されるだろうが、もっと悪い方向に流れが向く。あの老人が笑うだけだ)



 その話を聞いてもグマシカに変化はない。黙って成り行きを見守っている。「どうせ無理」と知っているからだ。


 マングラスの情報網はかなりのものだろう。ソブカが知っていることを彼が知らないとは思えない。


 ホワイトの正体がホワイトハンターのアンシュラオンであることも知っているに違いない。


 というよりは、人を管理するマングラスがハローワークに出入りする面子を知らないわけがないのだ。とっくに気付いているはずだ。


 知っていて、この余裕である。その自信の背景に何があるのかが非常に気になる。



「うむ…申し出はありがたいが…ううむ」



 ゼイシルもプライリーラ同様に難しい顔をしている。


 もし自分が認めて失敗すれば「じゃあ、次はこっちが好きにやらせてもらうからね」という話になってしまう。


 それで全部マングラスが片付けてしまったら、最初の条件よりも悪い方向に傾く。そのリスクはあまりに大きい。


 せっかく違う方向から打開策が出たものの微妙に押しが足りないので、期待外れとわずかな希望の狭間で揺れることになる。


 そのせいで逆にさっきより深い思考の沼にはまることになるとは、なんとも不運な男である。




「そ、ソイド、何を言い出すんだ! お前がやる必要はない!」



 一方、突然身内のダディーがそんなことを言い出したので、ムーバは大慌てである。


 それでもダディーの覚悟は揺らがない。もう決めたことだと突っぱねる。



「親父さん、これしかねえよ。俺が片をつける。それで全部仕舞いだ」


「せっかくグマシカ様がお力を貸してくださるのだ。そのまま受ければいいではないか! 外からはいろいろ言われるが、お前は立派な跡取りになる。ここで何かあったらどうする!」


「ビッグとリトルがいる。あいつらはまだ若くて馬鹿ばっかりしているだろうが、いつかは大人になる。最近じゃ少し顔つきも変わってきやがった。子供ってやつは知らないうちに大人になっていきやがるな。もう俺がいなくても大丈夫だ」


「馬鹿を言うもんじゃない! うちにはまだお前が必要だ。お前がいるから今までなんとかやってこられて…」


「オヤジはそれで納得するのか?」


「え? …父さん?」


「オヤジは何よりも面子を大事にする人だ。もし元気だったら、どんなに危険でも自分から動いていたはずだ。今はラングラスの危機なんだ。ここで命を張らないと、うちらはもう終わりだ。誰かがやらないといけない。俺一人の命で済むなら安いもんだ」


「…父さんなら…たしかにそうする。だが、もう…父さんは駄目かもしれん。そのためにお前が犠牲になる必要なんてないんだ…」


「諦めちゃいけねぇよ。まだ何も終わってないんだ。俺が全部やる。死ぬ覚悟でやれば死なないことだってあるさ。俺が勝ってホワイトを連れてくれば、オヤジだって助かるかもしれない。だから大丈夫だ。頼むよ、親父さん。俺も一人の親としてやれることをやりてぇんだ…わかるだろう?」


「ソイド…」



(ビッグが悪いんじゃねえ。運がなかったんだ。初めて触れたもんがたまたま劇薬だった、それだけのことさ。だが、それで終わらせるわけにはいかない。親馬鹿かもしれないが、あいつのために道を作ってやらねぇとな。これは全部俺の責任だ)



 ソイドダディーは複雑な心境だった。


 なにせ息子のビッグに初めて任せた外の仕事だったのだ。これが終わってリンダと結婚し、次期組長としてのステップを着実に歩んでいく。そういうストーリーだった。



 それが―――なんという災難。



 今やホワイトという名前は、グラス・ギースを脅かす巨大な腫れ物になってしまった。それに息子が関わってしまったことは周知の事実である。


 親として、これほどつらいことはない。できれば代わってやりたいが、済んだことはもうどうしようもない。


 それもこれも自分が甘かったからだ。ホワイトという人物をよく知らずに任せてしまった。もっと注意深く調べてから託すべきだった。


 日に日に憔悴していく息子を見て、毎日が後悔の連続である。それは今までの子供の育て方にまで及ぶ。



(へっ、俺は子育てってのが苦手だからな。よくポカをやらかす。本当は厳しく接して強くしてやるべきだったのに…俺の甘さがあいつを弱くしちまった。そうさ、全部俺が悪かった。だから…俺がホワイトを殺す。道連れでもいい。それであいつの未来が開けるのならば…それでいい。あいつは出来るやつだ。絶対に大成する器だ)



 親の贔屓目と言われても仕方ないが、ダディーはビッグに期待していた。期待していたがゆえに傷つかないように甘くしてしまったのだ。


 だが、子供はいつか大人になる。この経験を経てさらに成長するだろう。そうなれば自分を超える逸材になると信じている。



(俺はここまでだ。これ以上にはなれない。だが、ラングラスはこれからもずっと続いていく。守らないといけないんだ。なぁ、オヤジ。これでいいよな? あんたに拾われた命だ。ラングラスのために使うぜ)



 ソイドダディーも、今までの流れを見ていてマングラス側の姿勢には危険を感じていた。


 同時に長い付き合いなのでムーバの気持ちもわかる。


 他人から見ればムーバは完全にグマシカの腰巾着のようになっているが、彼は彼なりにラングラスを存続させようと必死なのだ。


 彼は弱い人間だ。それは仕方ない。が、弱者は弱者なりに強者に付くことで身内を生き延びさせようとしている。


 家族を守るために上役に媚を売るのは大切なことだ。プライドが高いだけの無能より、よほど処世術に長けた人物だといえる。


 が、ツーバはそれを望まないだろう。


 仮に自分が死んでもラングラスの誇りだけは守ろうとするに違いない。




(頃合…だな。ソイド氏が作ってくれた【間】を無駄にはできない。私は私のやるべきことをしよう)



 ソイドダディーを見て、プライリーラの覚悟は決まる。


 彼が命をかけた以上、自分もかけねばならないだろう。



 バンッ!



 プライリーラが、机を強く叩きながら勢いよく席から立ち上がる。



「諸君、聞いてもらいたい!!!」


「…っ! プライリーラ嬢?」



 今までと違う力強い声に、ゼイシルがはっと彼女を見上げる。



「っ…」


「…む?」



 それはムーバとグマシカたちも同じで、全員の視線が一斉に注がれた。


 一瞬、誰もがプライリーラに呑まれる。それだけの力が声に宿っていたからだ。


 ソイドダディーが作った空白の時間の中、各々が感情と思考の中に埋没していた一瞬を狙ったのである。


 熟考している時に大声で話しかけられると、誰でも「えっ!? なにっ!?」とびっくりするものだ。そして、知らずのうちに周囲の情報を得るために『受け』になる。


 プライリーラは、これを待っていた。



 ついに―――場を掌握。



 流れを引き寄せる。



(ソイド氏には感謝しよう。前の流れだったならば、この隙は作れなかった。だが、今は【私の間合い】だ。このまま一気に押しきる)



 十分注目が集まったのを見計らい、プライリーラが【今日ここにやってきた目的】を公表する。



「最初に言っておこう。今日私がここに来たのは『制裁』のためではない」


「…どういうことだね? 君は制裁に反対ではないと言っていたはずだ」


「その通りだ。『ジングラスの総裁として』は反対ではない。グラス・マンサーとして都市の安定のために尽力しよう。だが、私にはもっと大切な使命が存在する!」





「これより私は―――【戦獣乙女】として動く! 来い! 暴風の戦乙女!!」




 プライリーラがポケット倉庫から【鎧】を取り出し、装着。



 キラキラキラーンッ ガシャンガシャンッ!!



 この鎧はさすが秘宝というだけあって、光り輝くと同時に装着が完了するという謎の仕様だ。


 残念ながら魔法少女のように一旦裸になってから装着する仕様ではないが、見た目やパフォーマンスという意味合いでも映える代物である。インパクトは抜群だ。


 そして、気分も盛り上がる。これを着ると別人になったような気になるのだ。


 自分の中に眠っていた獣が目を覚ますかのように、全身から力が漲り、目は輝き声にも張りが生まれる。



 戦獣乙女になった彼女は―――美しい。



 そこには人を惹き付ける魅力、カリスマがある。自分の中に眠っていた獣が目を覚ますかのように、声も今までと違って生き生きしており、全身に力が漲ってくる。


 そうした【変身】の衝撃が、さらに場を彼女のものにする。



「ぷ、プライリーラ嬢…な、何をしている…のだ?」


「見てわかるだろう。私は今から戦獣乙女だ」


「…それはわかるが…なぜ今…それを着る必要が?」


「そんなことはどうでもいい!」


「なっ!?」



 ゼイシルの的確な疑問をバッサリ切り捨てる。けっして恥ずかしいからではない!


 たしかにいきなり変身を試みるのはかなりの勇気が必要だったが、これも仕方ない措置なのだ。けっして趣味ではない。



「制裁の話は一時凍結してもらう。これは戦獣乙女からの要求だ」


「…凍結? だが、それでは…」


「ゼイシル氏が言ったように、ホワイト商会はどこの勢力にも属していない。ならば制裁そのものが発生しようがない。なぜならば制裁はあくまで『内部組織への排除措置』だからだ。それを外部の勢力に当てはめることはできない」


「…ほぉ…なるほどのぉ。そうきたか」



 グマシカは、この段階でプライリーラが何を言いたいのか理解したようだ。


 興味深そうに黙って「そのショー」を見ている。



 プライリーラは―――宣言。



「私はここにホワイト商会の打倒を宣言する。はっきりさせておくが、戦獣乙女が戦う相手はあくまで『外部勢力』だ。よって、内部の勢力は一切手出し無用に願いたい。ハングラス、マングラス、ラングラスは、彼への干渉を控えてもらう」



 この宣言で、ようやくゼイシルの思考が復活。驚きの表情でプライリーラを見る。



「打倒…だと? 単身でやるというのか!? しかし、あなたはさきほどジングラスの当主であることを明確にして、戦うことを嫌がっていたように見えたが…」


「言っただろう? 今の私は戦獣乙女だと。戦獣乙女の使命は都市を外敵から守ることだ。そのためならば命をかけることも厭わない。それこそジングラス当主の責務なのだからね」


「つまり、ホワイト商会を正式に【脅威】と認めるわけかね?」


「そうだ。この力は【災厄】と戦うためにある。私は彼を災厄の一部として認識することにした。ゼイシル氏、これが一番の方法だと思うが、あなたはどう考える?」


「それは…だが……うむ…」



 ゼイシルは、ちらりとグマシカを見る。


 このまま制裁の流れになれば、どう考えてもマングラスに頼るしかなくなる。都市としてはいいが、グラス・マンサー同士の権力闘争としては厳しい局面だ。


 だが、ホワイト商会を脅威とみなし、戦獣乙女が使命に基づいて対処するのならば、そもそも制裁自体が発生しない。



 戦獣乙女の使命は、また来るであろう【災厄】から都市を守ることだ。



 グラス・ギースにとって、災厄とは滅びそのもの。この世でもっとも忌むべきものである。


 都市を城壁で覆ったことも再び災いが降りかかるのではないかという恐怖からだ。だから必死に閉じこもって隠れているのだ。


 しかし、それだけでは前と同じ轍を踏むだけだ。ただ守るだけでは災いから身を守れないことを知っている。



 だからこその―――アイドル。



 プライリーラがアイドルなのは、単に見た目がいいからではない。それだけならばマキだってけっして劣らない。


 力があるからだ。守護者がいるからだ。人々は自分たちを守る存在に期待と信頼を寄せるから、彼女はアイドルなのだ。



 そのために戦獣乙女にはグラス・マンサーを超越した【特権】が与えられている。



 彼女が災厄の到来を宣言し、それに対処する際は四大市民すら超える権限を得る。有事の際は強い者の言葉が最優先というわけだ。


 そして戦獣乙女がこの事態に対処してしまえば、問題は大方解決することになるだろう。少なくともマングラスの権力拡大は防ぐことができる。



「そ、その…プライリーラ殿は、勝てるのですか? あのホワイトに…」


「ムーバ氏の疑問も当然だな。もし私が総裁のままであったならば勝てなかったかもしれない。しかし、戦獣乙女ならば話は違うのだよ。【守護者】が使えるからね」


「っ!! しゅ、守護者とは…ジングラスの秘宝の一つ!? ほ、本気ですか!?」


「当然だ。災厄に立ち向かう力なのだ。今使わなくてどうするのだね」



 ジングラス総裁として戦うのならば、プライリーラはこの鎧とクラゲ騎士くらいしか使えない。


 それではグランハムを殺したアンシュラオンに対抗することはできない。


 だが、相手を外敵に指定すれば遠慮なく守護者を使うことができる。これで戦力面は完全にカバーが可能だ。普通の敵ならば明らかに過剰戦力にすらなる。



 これこそプライリーラにしかできない一発逆転のシナリオ、打開策であった。



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