262話 「グマシカの思惑」


「せ、制裁…ですか。それはまた…大事ですな」


「そうじゃのう。ちと性急すぎるかもしれんのぉ」


「なぜですか? やつらは再三の出頭要請にも応じておりません。それどころか襲撃を続けています。これこそ都市に対する重大な反逆! いや、そもそもどこの勢力にも属していない以上、都市の商会ではない! そんな輩に遠慮は必要ありません!」


「しかし、制裁となりますと…身内にも動揺が広がりますし…」


「現在の情勢下で広がるのは、むしろ【安堵】ですよ。多くの者たちは制裁を求めております。ここで動かずして何が四大市民でしょうか! 今こそ我々はグラス・マンサーとしての責務を果たすべきです! ぜひ、ご一考いただきたい!」


「ううむ…」


「ふーむ、制裁か…」



(流れは止められなかったか…)



 グマシカの発言によって、場は一気に制裁の流れに入ってしまった。


 その当人はムーバと一緒に思案げな表情を浮かべているが、これはすべて彼が作った流れである。



(個人的には制裁は止めたかったが、提案してしまった以上は後には引けないだろう。ゼイシル氏はまんまと乗せられたという感じだが…ふむ、彼はやり手の商人だ。そこまで愚鈍かな?)



 プライリーラがゼイシルの表情を覗き見ると、彼は案外落ち着いていた。


 たしかに怒りは内包しているようだが、最初の時のように感情に任せて放った言葉ではないようだ。



(なるほど。ゼイシル氏は最初から制裁案を出すつもりでやってきたか。となれば、今のやりとりはラングラス側の意見を封じ込めるためにグマシカ氏を利用した形ともいえるな)



 あの流れだと、ラングラスの秘宝を見つけるために制裁を見送らねばならない可能性もあった。


 だがゼイシルにとっては、発端となったラングラス側の事情で右往左往するのは納得できないことだ。


 ハングラス側は最初から制裁を想定して動いている。そうでもしないと派閥内部を抑えられないのだろう。


 ゲロ吉のように肉親を殺されて激怒している者たちも多い。小さな都市では必然的に周囲は親類ばかりとなるので、アンシュラオンが殺した中には多くのハングラス系列の血縁者がいたと思われる。


 構成員一人ひとりに家族がいる。彼らの哀しみと怒りは相当なものだろう。制裁はやらねばならないのだ。


 ただ、後々のことを考えればあまり角が立つことはしたくない。そこでグマシカの【助け舟】に乗っかる形にしたのだ。


 一時的ではあるが、怒ったふりをして場を自分の方向に引き寄せた。このあたりはさすが商人だろうか。



(我々にしてみればラングラスの秘宝はなくてもいい。いや、無いほうがいい。切り札がなければ必要以上に怖れることもないからね)



 四大市民として秘宝は重要だが、最悪は自分たちの秘宝さえ管理できていればいいのだ。


 むしろ他の派閥の秘宝がないほうがやりやすい。


 もしプライリーラに武具と魔獣、守護者がいなかったら、この若さでこれほどの発言力は得られなかっただろう。


 窮地に陥っていたとはいえ切り札がないことをムーバは証明してしまった。そこは痛手である。



(しかし、なぜツーバ氏は秘宝を隠しているのだ? 誰かに狙われていると思ったからか? それとも時期尚早と考えたからか? たしかにムーバ氏を見ていると託すのは不安になるが…それでも本家筋だ。いつかは託さねばならないはず。そのあたりが気になるな)




「あのぉ、ホワイトはどうなるのでしょうか?」


「当然、抹殺対象ということになりますな」


「なんとか生かして捕まえるという手はないでしょうか?」


「可能ならばそうしますが…最終的には殺さねば収まりはつかないでしょう」


「そ、そうですか…。できれば…捕まえる方向でお願いしたいものですが…」



 ムーバはゼイシルに押され、すでに制裁側に傾いているようだ。


 ラングラス側の言い分は、彼ら自身の過失によるところが大きい。強く反論もできないのだろう。



「一ついいだろうか」


「なんだろうか、プライリーラ嬢。まさか制裁に反対とは言わないだろうね。ジングラスだって多くの被害を受けている。黙っていては沽券に関わるはずだが?」


「制裁に関して反対するつもりはないよ。しかし、条件が整わねば動けない」


「その条件とは?」


「ホワイト氏は強力な武人のようだ。グランハム率いる第一警備商隊が全滅したこともそうだし、先日の報復に関しても失敗している。かなりの戦力を投入したが結果はこの通りだ。それをどうやって仕留めるつもりだろうか?」


「プライリーラ嬢は自信がないのかね? いつもの勇猛さはどこにいったのだ?」


「私は蛮勇を尊ぶつもりはない。戦場では一つのミスが命取りになるからね。実際に戦う身となれば慎重にもなるさ。武人ではないあなたにはわからないことだろうが…」


「後方支援も重要だと思うがね。物資がなければ兵は戦えない」


「だが、死ぬのは我々だ。怖くはないが誰だって無駄死には嫌だろう。それに私はジングラスの当主だ。簡単に捨てられる命ではないよ」


「…それで、何が言いたいのだね?」


「これが制裁だというのならば【利害調整】が必要だということさ。我々が制裁を滅多に行わない理由は二つ。一つは苛烈で危険だから。もう一つが、どの派閥がどれだけ負担を被るのか調整が難しいから。特に後者は重要だ」



 実際のところ全派閥による制裁は、利害関係の調整が難しくてなかなか発動できない。


 どんな行事でもそうだが、誰がどれだけ何を負担するのか。担保や保証はあるのか。あるいは善意や責任感から奉仕するのか。こうしたことが問題となる。


 特に戦いが関係する以上、必ず死人は出る。相手が強いことがわかっているのならば、なおさらだ。



「私が提言したことだ。ハングラス側が全額を請け負う」


「なるほど、それは安心だ。だが、人員はどうする? ただの傭兵では無理だろう。かなり強力な武人が必要だ。簡単に用意できるとは思えないな」


「それは…」



 金はあるが人はいないハングラスである。現在のところ自前で用意することは不可能に近いだろう。


 アル先生のような達人を何人も用意するのは手間隙の観点からも難しいことである。


 そこらに手軽に転がっているわけではないのだ。東や南に遠出して、ようやく一人か二人見つかる程度だろう。ここが辺境都市であることもマイナスだ。好き好んで来る者も少ない。


 本当は都市最強格のプライリーラを頼りたいところだが、事前に「当主」という予防線を張られたので言い出しにくい。



 それを見越してか、待っていたように老人が口を開く。



「それなら、うちが出そうかの」


「グマシカ老、よろしいのですか?」


「わしらはマングラス、人を動かすのが仕事じゃーての。のぉ、セイリュウ、いくらか【無償】で出してもいいかぁ?」


「私とコウリュウはグマシカ様の護衛がありますので無理ですが、それ以外の者ならば問題ありません。すべては御身のもの。ご自由にお使いください」


「ほんなら、人は問題ないっちゅーわけじゃな」


「し、しかし、ホワイトはかなり強力な相手ですぞ。いくらグマシカ様とはいえ…」



 あまりの気軽さにムーバが汗を掻きながら訊ねる。



「あー、そのあたり、どうかの?」


「マングラスには優れた武人もいます。ご所望ならば、すぐにでもご用意いたしましょう」


「そ、そんなに簡単にできるものなのですか? そ、その…セイリュウ殿以外にもそのような者が?」


「もちろんでございます。有事の際に備えて戦力は保持しております。すべては都市の安定のため。喜んで尽力いたしましょう」


「ということじゃーの。これで問題解決じゃ」



 しわくちゃの顔を歪ませて、にんまりと笑う。


 その表情は人のよさそうな老人に見えるが、プライリーラは戦慄しか覚えない。




(これが目的か。『妖怪ジジイ』の本領発揮というわけだ。まったくもって最悪だな)



 グマシカの目的は、これを機会にさらにマングラスの支配を強めることだと確信する。


 ハングラスがマングラスの力を借りてホワイトを倒しても、その功績のほぼすべてはマングラス側が手にするだろう。


 マングラスは人材の豊富さをアピールすることになり、人と暴力という実質的な支配力をさらに強固にする。


 すでに人材を失ったハングラスも補強を図るだろうが、それまではマングラスに頼るしかなくなり、非常に弱い立場に追いやられるはずだ。


 四者しかいない会議において、誰か一人でも味方に引き入れれば半数の力を得ることになる。



「ううむ…」



 それを知っているゼイシルも、実に悩ましい表情を浮かべていた。


 こういうときに商人は弱い。物や金は暴力によって簡単に奪われる。すべては人によって動かされていると思い知る瞬間である。


 もう割り切ってマングラスになびくか。だが、それもまた四大市民として受け入れがたい。マングラスの舎弟になるのはプライドが許さない。


 かといって代案を出せるわけでもなく、ひたすら思考のループに陥る。



「ほぉ、マングラスはすごいですなぁ…」



 ムーバはこの調子だ。


 この人物は誰かがリーダーシップを発揮すると、それになびいてしまう習性があるようだ。


 強すぎる父親の下で育つと、それに反発するか受け入れるか、その二者しか生まれないのだろう。残念ながら彼は後者である。


 この様子を見る限り、ツーバが秘宝を彼に渡さなかった理由も頷ける。他者に利用されるよりは行方知れずのほうがましだろう。


 ムーバがマングラス側に立てば、最悪は「プライリーラVS他の三勢力」という構図になるかもしれない。最悪を超えて絶望しか浮かばない。




(ここいらで限界かな。ジングラスとしても、これ以上のマングラスの支配力増強を許すわけにはいかない。ここでハングラスを奪われたら挽回は難しい。少なくとも私の代では不可能だ)



 ただでさえグマシカは表に出てこない人物であり、そのうえ狡猾である。


 穴倉に閉じこもってミスを犯さず権威を維持し、こうして揺れた際は弱った相手に手を差し伸べて恩を売る。


 そこで力を蓄え、また穴倉にこもる。こうなれば誰も手出しはできなくなる。



(しかもさきほどのセイリュウ氏の発言も気になる。この都市で最高レベルのグランハムを倒したホワイト氏は脅威のはずだ。彼がマングラスを重点的に襲っていたら危なかったのではないか? それなのにあの余裕…よほど腕に自信があるのか? それとも都市内部での被害は最初から想定内なのか? 有事の際に備えて戦力を保持している…か。考え方によっては危ないな)



 プライリーラもマングラスの戦力をすべて把握しているわけではない。だからセイリュウの言葉は気になる。


 まるで都市に混乱が起こるのを待っていたような言い方でもある。もしそうならば、「権力を強化する機会」を常時うかがっているのだろう。


 普段彼らがどこにいるのかも知らないのだ。この都市のどこかに、あるいは別の場所に【基地】のようなものがあり、そこに大量の兵力を隠し持っている可能性も浮かんできた。


 そして、都市内部で何かあれば自前の兵力をもって鎮圧および制圧し、権力を強めていく。それが彼らのやり方なのかもしれない。



 これは―――危ない。



(グラス・ギースが平和だと思って慢心していたかもしれない。ジングラスの戦力は、私とアーブスラットと魔獣たち。よほどのことがなければ守護者は都市内部では使えないから、万一都市内で何かあったらまずい。さすがにマングラスが強硬な手段で都市内を制圧することはないと思うが…グマシカ氏の人柄が危うい。見た目は笑顔だが、中に冷たいものを宿している気がするな)



 ソブカの獣が熱を帯びた『狂気』に属するものだとすれば、グマシカから感じられるのは『冷徹』といった冷たいものである。


 どちらも危険だが、自分の意思で淡々と相手を滅することができる後者のほうが、生物としては危うい。


 前者は抑えきれない欲求で暴走するから同情できるが、後者は自然界にとっての脅威になりうる。


 アンシュラオンもどちらかといえば冷たいタイプだが、彼にはまだ「人への愛」「興を楽しむ」といった人間らしい感情があるので、上手く中和されて今の人格に収まっている。


 それがまったく見受けられないグマシカのものは、さらに危険だ。長く権威を手にした者だけが放つ怖さがある。


 おそらくそれが必要ならば大量殺戮でも簡単にやってしまう。そういった類の雰囲気を感じるのだ。


 プライリーラの本能がグマシカを拒絶している。本性を出した老人に警戒感が止まらない。まるで大型魔獣と対峙しているような気分だ。


 この老人を放置はできない。どのような手段をもちいても妨害する必要があるだろう。



(さて、どうする。制裁が決定的である以上、手をこまねいているわけにはいかない。やはり勝負に出るしかないか。上手くいけば状況をすべてひっくり返せるが…)




 プライリーラが危機感を抱いて思案していると―――




「その仕事、うちにやらせてもらえませんか?」




 ソイドダディーが名乗り出た。





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