261話 「五英雄の秘宝」


「ホワイトが…医者だからだ」


「医者? それがどうして理由になるんだ?」


「…父さんは病気なんだ。もうずっと目を覚ましていない」


「病気…か。もう高齢だからしょうがないが…オヤジはそんなに悪いのか?」


「悪い? ああ、そうか。そうだな。悪いのかどうかは…よくわからない」


「どういう意味だ? 病気なんだから悪いんじゃないのか?」


「いや、いいんだ。そこは問題じゃない。ともかく難病らしくて普通の医者では駄目だった。だからホワイトは殺せない。彼ならば治せるかもしれないから…」



 ムーバたちの動きが遅いのはツーバの『奇病』が原因であった。


 この段階では、アンシュラオンとスラウキンの会話をムーバは知らない。密かに交換条件が出されているとは夢にも思っていないだろう。


 ならばムーバがホワイト医師の力を当てにすることも頷ける。


 ラングラスに被害が出ていない以上、こちらからホワイト商会と揉める理由がなかったのだ。かといって積極的に接触すれば怪しまれるだけだ。


 ムーバの優柔不断さが随所に悪い方向に出たのは間違いない。それによって他派閥の疑心を深めたのは彼のミスである。


 病気が発現した段階でラングラス一派内にだけでも通達して、何かしらの助力を得るべきだった。それならば違う方法も見つけられたかもしれない。


 しかしながら医師連合でも駄目だった案件である。器具だけを扱う他の商会が手助けできるとは思えなかったし、内部で動揺が広がることも避けたかったのだろう。


 ムーバは、自分にリーダーとしての資質がないことはわかっていた。ツーバの代理はできても、それ以上のことはできない。


 父親が作り上げた権勢を少しでも維持することが、彼にとっての責任感だったのだ。新しいことができない以上、徐々に磨り減るしかないが、大きなマイナスがないように気を配ってきた。



 それが彼の限界。才覚の無さを責めるのはさすがにかわいそうだ。



 また、内部に公表すれば、ムーバの妹であるミバリを嫁にもらったイニジャーンの発言力が増していくだろう。


 そして、ソブカにも気を許せない。


 キブカ商会はラングラスの稼ぎ頭なので感謝はしているが、ムーバは昔からソブカが苦手だった。


 心が弱い人間は、強い人間を見抜くことができる。ソブカの中にある「獣」の存在に気付き、彼にだけは弱みを見せたくなかったのだ。


 ムーバとしては自分の娘を嫁にしたソイドダディーに跡目を継いでもらいたい気持ちもある。もとよりそちらが本家筋なので心配する必要はないのだが、権力闘争に絶対はない。


 ソブカのような異物がいる以上、迂闊には動けなかった。そうやって揺れている間に時間だけが経過していく。



 よって、傍観という結果になる。




「そういえばホワイトは名医だったな。やつの凶暴性だけに目が向いていて、その点をすっかり忘れていた」



 ゼイシルにとってアンシュラオンは害悪以外の何物でもない。


 医者という言葉は何度も出てきたが、名医という概念がすっぽり抜けていた面はある。



「しかし、ムーバ殿。無礼で失礼極まりないが、あえて言わせていただく。ツーバ殿のご病気には同情するが、かなりのご高齢だ。いつ亡くなられてもおかしくはない。ただ、幸いなことに血族には恵まれている。あなたもいるし、あなたの妹君もおられる。さらにソイドダディーの奥方はあなたの娘であり、本家筋の二人のご子息までおられる。正直、私が独身であることを考えれば、あなたがたは随分と子宝に恵まれていると思いますが…」



 少々言いづらそうだが、はっきりと事実を伝える。


 さすがにその先の「だからツーバ殿が死んでも問題ないのでは?」は自重しておいたが、言いたいことは伝わっただろう。


 そこには若干の羨望の眼差しがあったことをプライリーラは見逃さない。なにせ自分も同じ問題を抱えている「同士」なのだ。



(たしかにラングラスは恵まれているな。分家筋を含めてかなりの『ストック』がある。一方、ゼイシル氏に子供はいない。この段階でハングラスの本家筋の危機だ。ジングラスの本家筋も私一人だし…うむ、お互いにかなり危ない状況だな)



 現在のところハングラスの直系は、ゼイシルと年老いた父親だけとなっている。


 昔からゼイシルは真面目な男なので、基本的に商売一筋で生きてきたようだ。逆に言えば、それだけグラス・ギースの経済を維持するのは大変なのだろう。


 そして、気付けば独身。


 彼は奥手なところがある男性で、遊びで子供を作るようなことはしない。それはそれで素晴らしいが、血を残すという意味では厄介だ。


 プライリーラの父親のログラスも母親一筋の男だったので、子供は彼女一人。もしゼイシルとプライリーラの二人に何かあれば一大事だ。



(私は女だから仕方ないが、男だったらもっと子供をバンバン作ればいいのに…と、それは少し倫理感としては問題かな。どちらにせよ仮に本家筋がいなくなれば、分家筋で激しい継承争いが起こるだろう。それだけでグラス・ギースが揺れそうだ)



 子供がいないのは問題だが、作りすぎても権力闘争の種を蒔くことになるので、それもまた問題となる。


 本家がいなくなれば、次の当主候補に挙がるのは当然ながら分家である。分家とはいえ血に優劣はないので、彼らが本家筋になることに違和感はない。


 ただ、かつてグラス・ギースではそうした権力闘争で疲弊した歴史があるため、現在では本家と分家の役割は厳格に決められている。



 分家は―――【本家のストック】



 これが彼らに課せられた使命である。


 もし本家に何かあった際の代理、替え玉、予備。そうした役割だ。


 そのストック同士で闘争が行われ、勝ち上がった者が本家筋になる。まさに血の道である。


 これを防ぐためには本家筋が絶えないことが重要だ。一人でもいいから子を残すこと。これもまた本家の責務なのである。



 グラス・マンサーにとって血筋は重要だ。どんな無知蒙昧の出来損ないとて、その血を持っているだけで価値がある。


 彼ら四大市民と領主は、この未開の大地に都市を築いた偉大なる【五英雄の血脈】なのだ。


 デアンカ・ギースのような魔獣がうようよしている土地に都市を築くことがいかに難しいかは、外に出たハンターたちの末路を知れば簡単にうかがい知れるだろう。


 この都市に住む人間にとって五英雄の存在は拠り所であり、秩序を維持するためにも必須のものなのだ。だからプライリーラも子を成すことにこだわる。



(ソブカ氏は分家に対して強い劣等感と怒りを覚えている。そこでツーバ氏の病を公表すれば何をするかわからない。…まあ、これもソイドビッグたちがあまり有能でないからかもしれないな。どうして逆でなかったのだろうね。なんとも皮肉な話だよ)



 ムーバとしては、しっかりと着実に本家筋を維持したいわけだ。


 ただ、ソイドダディー自体が成り上がりで現在の地位に就いたため、周囲からの受けは良くない。また、その子供のソイドビッグも残念ながら卓越した人物ではない。


 なんとか道筋を立てたい。できればツーバが明確に意思表示を行い、場をまとめてから逝ってほしい。


 強烈な個性と力でリーダーとして君臨してきたツーバの言葉ならば周囲も従う。気弱なムーバがそう考えるのも無理はない。


 なるほど、こうして考えるとムーバの優柔不断は「慎重」とも言い換えることができる。


 事実ソブカは動いている。野心がなければアンシュラオンの誘いには乗らないので、何かきっかけを待っていたのだろう。ムーバの予感は正しかったわけだ。



 ただし、その言い訳をしたところでゼイシルは面白くないだろう。さすがのムーバも、これを素直に言うことはなかった。


 その代わり、もう一つの問題を明らかにする。



「ゼイシルさんのおっしゃることも、ごもっともです。うちは子宝には恵まれています。ただ…今はまだ父を失うわけにはいかないのです」


「理由を伺ってもいいだろうか? まあ、当主を失いたくない気持ちはわかりますが…」


「それだけではないのです。実は…【家宝】の場所がわからないのです」


「むっ、家宝? もしや…【五大秘宝】のことですかな?」


「はい。場所を知っているのは父だけなのです。どこにあるのかもわからず…」


「ツーバ殿が病気がちならば、普通は早めに継承しておくものではないでしょうか? 少なくとも場所くらいは教えておいても不思議ではない」


「え、ええ…しかし、父は自分がこうと決めたらテコでも動かない人でして…。何か考えがあったのかもしれません。もしかしたら私が不甲斐ないせいかもしれませんが…」


「ふむ…」



(なるほど、家宝か。これは血筋と同じくらい重大な問題だな)



 五つの家、五英雄の血脈には「五大秘宝」と呼ばれる「家宝」が存在する。


 これは初代五英雄が使っていた道具の数々で、その卓越した能力も相まって相当な希少価値を持つものだ。


 たとえばジングラスには、初代ジングラス(都市ができる前は違う名前だったらしい)が使っていた武具が伝わっている。



 そう、これこそプライリーラが普段着ている『暴風の戦乙女シリーズ』である。



 性能が高いことはもちろん、これを着ていることがジングラス本家の証でありステータスとなる。


 多くの人々の羨望も集めるので、この都市の秩序維持にも役立つだろう。彼女が普段から外出時に身につけるのは、そういった意味合いもある。


 都市のアイドルという肩書きには不本意だが、それによって人々が安堵するのならば受け入れるのも四大市民としての責務であろう。


 武具ではないが、「魔獣を使役する能力」または「魔獣を手懐ける方法」もまた秘宝の一つに挙げられる。


 同時に「守護者」と呼ばれる存在の継承も戦獣乙女になるには必須のものだ。


 このように純粋なアイテムだけではなく、古くから伝わっている手法や秘術も対象にされている。


 どれも貴重なものであるが、魔獣を使役する能力だけで凄まじい価値を持っているだろう。この魔獣だらけの土地では、これほど有用な能力もない。



 これと同価値の秘宝が他の四家にも伝わっている。それが五大秘宝である。



 プライリーラのように公にされている秘宝のほうが少ないので、実際に各家がどのようなものを継承しているかはわからない。秘密にすることで、お互いを牽制する意味合いがある。


 ただ、伝説を追えば少しは推察することもできるだろう。



(ラングラスは薬師の家系だ。…おそらくは何かしらの薬物類か、あるいは医学知識に準ずるものの可能性が高いな)



 ソブカが持ってきた強化薬『凛倣過』は家宝ではないものの、秘宝を参考にして作られた「量産薬」かもしれない。


 こういうものはだいたいオリジナルで強力なものを作っておいて、薄めながら一般人に対応できるように調整するものである。


 薬の中には覚醒限界を上げるものも存在するので、たかが薬と馬鹿にできない。使い方によっては下手な武具よりもよほど危険だ。



(そういえば『不死の伝説』もあったな。…うちの秘宝を思えば、本当にあってもおかしくはない。…怖ろしいものだ。そこまでしなければ、この大地を開拓できなかったというわけか)



 プライリーラは実際にジングラスの守護者と契約しているので、その力の強さもよく知っている。


 ラングラスの秘宝も放置していたら危険な代物の可能性がある。誰かがしっかり管理すべきだろう。



「他の家のことに口を出すことはできないが…それは困りましたな。秘宝は四大市民にとって最重要のもの。このままツーバ殿が死去されるとラングラスの家宝が失われるかもしれない。…これは都市にとっても大打撃だ」



 分家の役割が決まっているように、直系の役割とは「子供を成すこと」と「秘宝を管理すること」、この二つに要約されているのだ。


 怒り心頭だったゼイシルが一考するほどの価値がある。



「え、ええ…ご理解いただけて何よりです」



 ゼイシルの同意を引き出せてムーバは少しだけ安堵する。


 ただ、だからといって問題が解決するわけでもない。



 そこでまた、この老人が動く。



「ふぅむ、だったらのぉ、そのホワイトっちゅー医者に頼んでみればええんじゃないのかの? 困っとるから助けてくれないか、とか言ってのぉ」


「な、なんと! そ、それは…いくらグマシカ老とはいえ、あまりに無謀ですぞ!」


「そうなのかの? 会ってみれば、実際はええやつかもしれないぞい。何事もやってみにゃーとのぉ。人は金か誠意、どちらかで動くもんよ。もし金が駄目でも、ちょこーと頭を下げてみればいいんじゃないかの?」


「馬鹿な! そんな人間ならば、なぜハングラスがここまで被害を受けるのですか! ありえない! やつらは盗賊と一緒だ! 話し合いなんてできるわけがない! それに頭を下げるなどと…!! それ以上の屈辱はありませんぞ!」


「し、しかしですよ、ホワイトの力は有益だと思います。なんとか利用できないでしょうか…」


「ムーバ殿、やはりその件は諦めてもらうしかありません。秘宝は大事ですが、この都市内部にある可能性は極めて高い。【事】が終わったあとにゆっくり探してはどうですかな?」


「この広い都市をですか!? このような謎の場所まであるのですよ! 到底無理です!」


「しかしこれ以上、あの男を野放しにはしておけませんぞ。…いい機会です。ここで私は宣言しよう」



(この流れも…まずいな)



 プライリーラの悪い予感は当たる。




 直後―――ゼイシルが宣言




「私、ゼイシル・ハングラスは、ホワイト商会に対して【制裁】を提言いたします!!」





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