260話 「四大会議 後編」


(ソブカ氏も都市の体制には不満を持っている。そこでホワイト氏を利用することを思いついたのかな。それとも逆か…。どちらにせよ都市の内情について入れ知恵をしているのは間違いないだろう。そうでなければハングラスを襲う理由がない。襲った組の場所も余所者には簡単には調べられないはずだ)



 アンシュラオンは簡単にマフィアの組を襲っているが、それもソブカからの情報提供があるからである。


 余所者が慣れない都市の派閥や内情まで知っているのはおかしなことだ。これも少し考えればわかることである。


 そして、ハングラスを重点的に攻めたのも、当然ながらソブカの立案だろう。


 この中で一番攻撃しやすく行動も読みやすい人物を狙ったのだ。



(ふふ、なかなかやるものだ。私の夫になるのならば、それくらいでなくてはいかんな。野心なき男などはつまらないものだしね。…だが、どこまでやるかはわからないな。彼は今まで大きな動きは起こさなかった。その彼がいきなり大胆な行動に出るのも不思議なものだ。このあたりは不確定なところも多い。今のところ確証もないし、誰かに話す道理もない。このまま黙っていたほうがよさそうだ)



 グラス・マンサーとしての責務を果たすのならば、ここでソブカのクロを公表すべきだろう。


 その場合はラングラスが窮地に陥るが、都市全体の秩序という意味合いでは正しい行為だ。犯罪行為を見て通報するのは「市民の義務」でもある。


 しかし、プライリーラは黙っていた。


 あくまで確信であって確証ではない。さきほどゼイシルを諌めたように、物証もない憶測で話すことは非常に危険である。


 ただし、彼女が黙っている最大の理由は別のところにある。





「というわけです。ご理解いただけましたかな?」


「なるほどなるほど、こりゃたしかに困ったもんだの。ゼイシルはんは、ほんに災難というしかないの」


「人為的なものである以上、ただの災いで終わらすつもりはありません。ラングラスには相応の報いを受けてもらいます」


「お、お待ちください。さきほど申し上げた通り、我々とは無関係なのです。グマシカ様、どうぞお話だけでも聞いていただけませんか」


「ムーバ殿、見苦しいにも程がありますぞ!」


「で、ですが、このままでは…」


「まぁまぁ、ゼイシルはん、話くらい聞いてやってもいいんじゃないかの。ほれ、お嬢ちゃんも言っておったじゃろう。それぞれの意見があるとな。何をするにせぇ、両者の話は聞かんとな」


「…グマシカ老がそうおっしゃるのならば…致し方ありませんな」


「ふぅ…助かった…」



(あまりいい流れではないな)



 ムーバがグマシカに泣きついたため、場の主導権が老人に流れつつあった。


 ゼイシルもマングラスのトップの意見をむげにはできない。ここは聞き入れるしかないだろう。


 彼のミスは最初に感情的になったことだ。言いたいことがあるのは悪いことではないが、しゃべることに夢中になりすぎると場の掌握ができなくなる。


 それによって自ら先導者としての機会を失ってしまった。主張はできても、最後はグマシカが収める形になると厄介だ。


 だが、それを引き寄せたのはグマシカ自身である。



(これほど明朗にしゃべるのだ。もうろくしているとは思えない。マングラスがこの一件に関して知らないわけがないし、さきほどの会話もボケたふりをして、この流れを作り出そうとしたのだろう。…食えない御仁だ)



 長年マングラスのトップにいるということは、海千山千のやり手の人材を取りまとめるということである。


 すでにマングラスは地盤を確固たるものにしているが、それだけでトップが務まるとも思えない。


 特に彼らは人間を管理するのだ。人心掌握術や腹芸もお手の物だろう。




 そして、再びゼイシルとムーバのやり取りが始まる。



「それでですな、我々ラングラスとしては、ホワイト商会というものを一派として数えておりません。あくまで独立した商会と思っていただけると助かります、はい」


「だから、彼らがやることとは無関係だと?」


「ええ、まあ、そういうわけです」


「その説明は何度も聞いておりますが、説得力がありませんな」


「じ、事実なのですから仕方ありません。なぁ、ソイド?」


「はい、嘘偽りはありません」


「ソイドダディー、君は黙っていたまえ。正直に申し上げて、君たちのことを強く疑っている。何を言われても疑いの気持ちしか湧かない。君だって家族を殺されたら相手の言い分なんて聞きたくもないだろう? それと同じだ」


「………」



 ソイドダディーは黙る。


 この場はあくまで四大市民の会議であり、彼は護衛でしかない。



「で、ですが、こちらの弁を信じてもらわない限り、どのような言葉も無意味になってしまいます…グマシカ様も話し合うようにと言われたことですし、ここはどうか…」


「ふん、話し合うのは結構。しかしながら、私にとって追及の場になることは同じです。そもそも今回の騒動は、ラングラス全体がグルなのではないですかな?」


「な、何をおっしゃいますか! 何を根拠に!」


「では、お訊ねするが、なぜホワイト商会はラングラスの組織を狙わないのですかな? ハングラスがこれほど被害を受けているのにもかかわらず、あなたがたは無傷だ。この矛盾をどう説明するのですか?」


「それは…わかりかねますな…なにせ無関係な組織ですから…」


「その言い訳が通用しないことは、最初のやり取りであなたも理解したでしょう。同じことを繰り返すのは無意味で何の利益も出しません。それ以外の明確な答えを知りたいものですね」


「………」


「答えられないのならば、私が申し上げましょうか。近年、ラングラスの業績は悪化の一途を辿っている。このままでは四大市民としての権威も発言権も失いかねない。だから他の派閥に損害を与えて足を引っ張ろうとした。そう考えるのが妥当です」


「そんな馬鹿な!! それこそ何の利益もないことではないですか! いくらゼイシルさんといえど、それはあまりに酷い暴論ですぞ!」


「ムキになるのが怪しく見えますな。余所者を使えば足がつかないと思ったのでは?」


「もしそれをやるのならば、まったく関係ない連中を雇いますよ! わざわざ足がつくようなことはいたしません!」


「詐欺師というものは、あえて自らに少しばかりの疑いを向けさせるものです。そのほうが疑われないですからね」


「言いがかりだ! 少しどころか完全に疑われてしまうではありませんか!」



(これは答えが出ないだろうな)



 この討論はプライリーラもソブカとしている。


 ソブカはその頭脳と機転から明瞭に答えて見せたが、どのみち答えは出ない論争だろう。言い訳はいくらでもできる。


 ただしハングラス側は被害者なので、ラングラスがシロとは絶対に思えない。どんな弁明だって裏があるように感じられるのだ。


 それだけゼイシルの怒りが強いということだ。彼自身もそうだし、彼が率いる何千という部下もそうだ。


 ここで「では、穏便に済ませましょうか」などと言ったら、彼のハングラス内部での立場が悪くなるだけだ。当人がどう思っていようが、立場上は簡単に矛を収められない状況である。


 四大市民の一角として、それだけは認められない。これもゼイシルのプライドを利用したソブカの策略であろう。



「………」



(私ならば、彼に話を訊くところだが…)



 プライリーラは黙っているソイドダディーを見る。


 彼は自分の立場を理解しているので口は挟まない。ここでゼイシルの感情をさらに逆撫ですれば、もう弁明すらできない状況になるからだ。


 ビッグと違い、彼は処世術も身につけている。組長になるということは責任を負うということ。彼自身が息子に語った言葉を体現しているのだ。


 ただ、せっかく出てきた当事者なのだ。当人から話を訊いたほうが合理的である。




(さて、どうするか。私は一度焼けた栗を拾っているし、ソブカ氏のことも気付いてしまっている。できれば目立ちたくはないが…)



「あんなぁ、やっぱり当人に訊いてみるのが一番じゃないかのぉ。そのな、ソイド君だったかのぉ。彼に訊くのが早いと思うんじゃが、どうかの?」



(やはり動くか。どうせ調べはついているのだろうが…私としてはありがたいな。こっちはラングラス側の情報が足りないし、彼が何を話すのか興味があるからね)



 ここで発言したのは、グマシカ。


 このことでプライリーラは確信。彼はもうろくなどしていない。


 それどころか、おそらくすべての情報を知っている。知っていながら場を動かしているのだ。


 どのような意図があるにせよ、非常に危険視すべき存在である。



「グマシカ老、なんとでも言い訳はできますぞ」


「でもなぁ、話をしたそうにしておるしのぉ。いちいち遠くに訊きに行くわけじゃなし、そこにおるんよ。なら、訊いてみるほうが楽じゃないかい?」


「それはそうですが…」


「失礼を承知で申し上げます。弁明の機会をいただければ、皆様方の疑心を晴らすことをお約束いたします」



 ここでソイドダディーが頭を下げる。


 二メートルを超える大男が身体を九十度以上曲げる姿は、なかなかに壮観である。


 ただ、プライリーラだけは正面から見ているので、ちょうどソフトモヒカンがもろに見える形となり、不謹慎ながら思わず笑いそうになってしまった。


 世紀末に出てきそうなマッチョモヒカンが礼儀正しくする姿が逆に面白かった、とは言い出せない。ここは自重する場面だろう。



 そして、グマシカが言った以上、ゼイシルも提案を受け入れるしかない。



「…いいだろう。発言を許可しよう。プライリーラ嬢もそれでいいかな?」


「問題ない。合理的だと思うよ」


「それでソイドダディー、名乗り出たのだから有益な情報を提供してくれると思っていいのかな?」


「うちは策を弄するような器用なことができる組じゃありません。それはゼイシルさんもご存知のはずです。だから真実をありのまま述べるしかありません」


「真実…ね。では、伺おうか」


「今回の一件は、たしかにうちが最初に接触したことが原因です」


「なるほど、それは認めるのだね」


「はい。結果としてハングラスの皆様方に損害を与えたことは大変申し訳なく思っております。マングラス、ジングラスの方々にも申し訳なく思っております」


「…ふむ」



 ゼイシルもまだ怒りは完全に収まっていないが、荒くれ者と名高いソイドダディーが二度も頭を下げたことで少しは落ち着く。


 グラス・マンサーに対する礼節を重視する男なので、礼儀正しさは武器になる。


 ただし、ゼイシルは損得勘定で動く男である。実際に有益な情報が出るまでは簡単に許すことはしないだろう。



「弁明をさせていただいてもよろしいでしょうか」


「いいだろう。言ってみたまえ」


「我々が接触したのは、あくまで医者としてのホワイトです。その段階では、あの男がこのようなことをしでかすとは思っておりませんでした。麻薬の売り上げが減った原因を取り除こうとしただけのことです」


「それ以外のことは無関係だと?」


「信じてもらえるかはわかりませんが、うちが皆様方と揉める理由はありません。たしかにうちは麻薬なんていうケチな商売をしています。しかし、一度たりとも都市を裏切ろうと思ったことはありません。組自体も小さなものです。それが皆様方と争うなど、どう考えても勝ち目などありません」


「たしかにソイド商会が単体で動くとは思えない。それはいいだろう。だが、ラングラス側に被害が出ていないことはどう説明するのかね?」


「正直言ってわかりかねますが、やつは混乱を狙っていると思います。ラングラスに疑いをかけることで同士討ちを狙っているとしか思えません」



(これは…面白い)



 プライリーラはダディーの言葉に興味を惹かれる。


 この可能性を考えないわけではなかったが、改めてラングラス側から提示されると十分ありえる話である。



 逆に言えば、これが【ラングラス側の視点】である。



 少なくとも濡れ衣を着せられた当事者からは、今回の一件がそう映っているということだ。逆の立場に立ってみれば、なかなか説得力はある。



 そして、これも内情を知るソブカとの違いである。



 ソブカはアンシュラオンの目的が【金】だと知っているので、あのように答えた。人間、嘘をつく際はどうしても乱れが生じるものだ。それはソブカでも例外ではない。


 実情を知っているがゆえの具体的な話。ソイドダディーの見解がなければ見逃してしまうだろうが、これもまた彼がクロである一つの手がかりとなるだろう。



「同士討ちか。ラングラスが潔白であるのならば、その可能性は高いだろう」


「そうおっしゃっていただければありがたいです」


「ただ、ラングラス側だけが敵に回ったとして我々三勢力と戦えるとは思えない。そこはどう説明する?」


「我々ラングラスを潰すだけでも都市にはダメージが入ります」


「それでホワイトには何の利益があるのかな? そこが重要な側面だと思うがね」


「…申し訳ありませんが、それ以上は自分には…もともと頭が悪いもんで…。やつが街を乗っ取るくらいしか思いつきません」


「ふむ…ホワイトは外部からやってきた者という。その可能性もなくはないが…プライリーラ嬢はどう考える?」



 ここでゼイシルはプライリーラにも話を振り出す。


 話が感情論から離れたおかげで、ようやく普段の調子が出てきたということだろう。



「ソイド氏が嘘を言っているようには見えない。私は幼少期から彼との面識があるが、平気で嘘をつけるような人間ではないと思うよ。そのような人物ならば、もっと上手く立ち回っているはずだからね。ソイドファミリーは純粋な武闘派だ。少なくとも彼が何かを企んでいるとは思えない」


「…うむ、たしかに。ソイドファミリーが策を弄するなど聞いたこともないな」


「もしソイド氏の発言を信じるのならば、彼はシロだ。ただし個人的には、ラングラスの動きは鈍く感じられる。なぜそこまで他人行儀なのか、その理由が知りたい。正直、今の対応ならば疑われるのも仕方がない。積極的に弁明すべきだったし、対処するべきだった。なぜそれをしないのかは知りたいものだね」


「もっともな意見だ。ムーバ殿、その点に関して何か弁明はないのですかな? このままでは疑念の払拭は難しいと思われるが」


「そ、それはその…のっぴきならない理由と申しますか…異常現象による想定外の事態と申しますか…」


「…貴殿は何を言っているのだ?」



 何やらムーバの様子がおかしい。


 汗がさらに噴き出し、それを必死にハンカチで拭いている姿は怪しいの一言だ。


 堂々と自分の非を打ち明けたソイドダディーと比べると、なんとも小物感が滲んでいる。


 それによって周囲の目も厳しくなる。



「親父さん、ここで黙っていてもしょうがない。何か理由があるのならば教えてくれ。このままだとオヤジにも迷惑がかかる」


「だ、だが…これはその…身内だけの重要な問題というか…」


「ここが瀬戸際だ。誠意を見せるしかねえよ。筋を通さないと最悪の結果になっちまう」


「…うっ、わ、わかった…」



 ダディーに促され、仕方なくムーバが口を開く。


 ちなみにムーバはソイドマミーの実父なので、ダディーにとって「義父」にあたる。「親父さん」と言う際はムーバ、「オヤジ」と言う場合はツーバを指す。




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