259話 「四大会議 中編」


(まさか出てくるとは思わなかったな。私がジングラス総裁になってからは初めてだ。それだけ今回の会議が大事だということだろうか?)



 今まで総裁として二回、子供の頃に父親に連れられて一度出席しているが、グマシカは会議に来なかった。


 会議に来ないことは褒められたものではないが、それによって大きな不利益を受けるわけではない。


 マングラス自体は都市の運営がどうあれ、人が住むだけで利益が生まれるので、「あとは好きにやっていい」という意思表示でもあるからだ。


 また、最大勢力であるマングラスに対して意図的に不利な政策を展開すれば、後々報復を受ける可能性がある。そんな馬鹿なことをする者はグラス・マンサーにはいない。


 よって、プライリーラが総裁として出席した際は、ハングラスとラングラスの両者と軽い都市運営の方向性について話し合っただけで終わったものだ。


 グマシカがわざわざ出てくるほどの議題もなかったので、いないのも仕方ないと思っていた。


 そんなグマシカが今回に限って出てくる。これだけでも異常事態だ。



(グマシカ氏が出てくるほどの切迫した事態というわけか。…いや、決め付けは危険だな。マングラス側の意図をしっかりと把握しないといけない。我々は身内ではあるが、都市内部の勢力図が変わりつつあるのは事実。仲良しごっこだけで生きているわけではないからね)



 ソブカが食糧輸入でジングラスと揉めた際、相手側に非常に強い拒否反応が出ていたことは記憶に新しい。


 たしかにグラス・マンサー同士で利益配分がなされているが、権力闘争はどこにでもあるものだ。


 誰だって自分が優位に立ちたいと思うものである。アンシュラオンほど支配欲が強い人間はそこまで多くはないが、組織を運営する者ならば主導権を握りたいと考える。



(総裁という立場は重荷だが、私もこの都市を少しでも良くしたいと思っている。他の面々だってそうだろう。あとは【やり方】の問題だが…正直、今の支配体制は好きではないな。領主とグマシカ氏のコンビでは変化がないし、過去の慣習ばかりが目立つ。彼がさらに支配力を強めるようなことだけは避けねばならないだろう)



 マングラスの力は強い。商会一つ新しく立ち上げるのにも、レブファトのような監査官のチェックが必要になる。これはとてつもない権力である。


 ジングラスとマングラスの間には、まだまだ大きな開きがある。現状でもそうなのだから、これ以上離されるわけにはいかないのだ。





「皆の衆、そろそろ四大会議を始めたいが、よろしいかな? 時間が惜しいからね」



 しばらく続いた沈黙を破ったのは、少し苛立った声のゼイシルである。


 この会議に進行役は存在しない。勢力間の実質的な序列は存在しても形式的には平等なのだ。何か議題を持っている人間が自由に発言することができる。


 ただ、近年ではゼイシルがその役どころに収まることが多かった。


 金にうるさくセコい面は多々見受けられるが、事務処理に長けていて論理的な思考で結論を出すので司会には適任であろう。


 一番の長所は、嘘をつかないこと。


 そこはさすが商人。信頼が命の世界で生きる者の資質だろうか。人間としては、ソブカなどよりも何倍も信頼できる人物である。



「…異論はないようだね。では、始めさせてもらう」



 そんな彼も今回だけは冷静さを失っているようだ。


 真っ先に敵意を向けたのは、当然ながらラングラスに対してであった。



「さっそくだがムーバ殿、よろしいかな?」


「は、はい。何でしょう?」


「私が何を言いたいか、すでにご理解されていると思うが、いかがかな? 何か心当たりはないだろうか? 他者から指摘されずとも、ご自分の胸に引っかかるものはないのですかな?」



 ゼイシルにしては棘のある言い方である。


 普段の彼ならば、こんな嫌味な言動はしない。それだけ腹に据えかねているということだろう。



「そ、それはその…なんと申しますかな。此度のことは誠に遺憾であり、当方としても不本意であると申しますか…今後二度とこのようなことがないように励む所存であります」



 いきなり敵意を向けられたムーバは焦ったのか、政治家のような弁明を始めた。


 その姿は、責任を押し付けられた政務報道官のようで滑稽である。



「まるで他人事のような言い方ですね。貴殿の言葉には我々に対する誠意がまるで見られないのですが、どういう腹積もりでいらっしゃるのですかな?」


「そ、そのようなことは…。我々に他意はまったくありません。ほ、本当です」


「なるほど。ならば改めて今回の一件について詳細を伺いたいものですな」


「詳細とおっしゃられても…こちらも詳しいことは何もわからず…」


「ムーバ殿、そんな言い訳は通じませんよ! 我々がどれだけ損害を受けたか、ご存知ですか? 知らないのならば教えて差し上げましょうか! すでにあなた方ラングラスの年間総売り上げに匹敵する額には到達していますぞ!」


「そ、そこまで…」


「ええ、そこまでいっているのですよ。まったくもって大赤字だ!」



 倉庫のジュエルの損失がかなり痛い。


 この世界では何をやるにもジュエルが必要とされる。地球でいえば、電力や化石燃料のすべてをジュエルでまかなっているようなものだ。


 アンシュラオンが奪ったジュエル総量は、年間消費量の四か月分。


 都市なので国家と比べると小さな消費量だが、それらを一手にハングラスという「個人商人」が支えていることを思うと非常に手痛い打撃である。



「我々がいかに苦労してジュエルを輸入しているかご存知ですかな? ただでさえ値が釣り上がっているのです。転売に転売を繰り返してようやく資金を作り、かろうじて利益を出しているのが現状です。損失分は在庫を切り崩して間に合わせておりますが、これは後々必ず響いてきます。よろしいですか、これは都市全体の問題なのですよ!」



 グラス・ギースの資源は乏しい。特にジュエル産業は壊滅的だ。


 いかんせん鉱脈がなければどうにもならない。それを調査しようにも魔獣が邪魔をする。では、魔獣ジュエルはどうかといえば、討滅級以上でないと心臓が結晶化しないので、これまた鉱脈探しより難しい。


 そうなると外部から仕入れるしかないが、情勢や交渉次第で値段が変動するのが常だ。近年は南地域の不安定化によって価格も上昇しつつある。


 さらにグラス・ギースは辺境都市なので、足元を見られれば一気に価格は釣り上がるに違いない。


 ゼイシルがぐっと我慢して備蓄を切り崩しているからよいものの、一気に輸入を増やそうものならば、何かあったと勘ぐられて値を釣り上げてくるかもしれない。



「私はグラス・マンサーとして、堅実に生きてきたつもりです。このような仕打ちを受ける道理も筋合いもないはずだ。そのあたりをどうお考えなのですか?」


「そ、それは…お気の毒に…。災難でしたな…」


「っ!!」



 タンッ


 その言葉に思わずゼイシルがテーブルを叩く。


 このテーブルの素材も謎の物質で出来ており、なおかつ彼自身が武人ではないこともあって非常に軽い音だけが響く結果となった。


 だが、音と内容が同じとは限らない。そこに宿った感情がどれほどのものかは、彼の表情を見ればすぐにわかる。




(やれやれ、最初から波乱だな。まるで噛み合っていない。壁がなかったら殴り合いになっているかもしれないよ)



 プライリーラは溜息を漏らしながら、椅子に深く座り直す。


 ムーバに他意はない。ただ当人が思ったことを言っただけだ。


 されど、思ったことを言ってよい立場でないことも認識するべきだ。仮にも相手が敵意を向けている場合は、特に注意すべきだろう。彼はそういったあたりの配慮が抜けている。



「ふーー、ふーー!! 物資などはどうでもいいのです。そんなもの、私の手腕があればどうとでもできる。ですが、失った部下は戻ってこない! 数少ない信頼できる部下を失った気持ちくらいは、あなたでもご理解できるはずでしょう! 今日私は一人でやってきた。好きでそうしたのではありませんよ!」


「………」



 この言葉には、さすがのムーバも黙る。


 が、黙ったら黙ったで貝のように閉じこもってしまうので話が進まなくなる。



(仕方ない。火中の栗は拾いたくないのだが…)



「ゼイシル氏、少し落ち着いたらどうだろうか。ムーバ氏だけを責めても何も始まらない」


「プライリーラ嬢、あなたはムーバ殿に味方するのか!!」


「敵味方で区別するのは危険なやり方ではないだろうか。物事にはいろいろな考え方があるものだ」


「そんな一般論を話しているのではない! 現実的な損害についての認識が不十分だと言っているのだ!」


「損害ならば我々も受けている。さすがにあなたほどではないが、こちらも都市の食糧事情に影響が出るほどの被害額だよ」


「では、貴殿もラングラスに責任を追及すべきだと考えているのではないか?」


「そのあたりがはっきりしなければ話が進まないと言いたいのだ。まだラングラスがどう関わっているのかは明確ではないからね」


「明確であろう! すでに議論の余地はない!」


「ゼイシル氏、ここはその議論をするための場所のはずだよ。議論なき結論は危険だ。特にグラス・ギースのような小さな都市ではね。我々四大市民の責務は、他の市民の代わりに最後まで話し合うことではないかな。今までそうやってきたと聞いているし、それは正しいと思うよ」


「追及はしないというのかね? 見逃すと!?」


「それは話を聞いてからで遅くはないだろう。だが、普段は一番冷静なはずのあなたがその調子では困る。そういうことを言いたかっただけだ。少なくとも私はあなたが被害者だと思っている。それに異論を挟むつもりはないし、加害者がはっきりしているのだから焦ることはないだろう。どうせ逃げも隠れもできない」


「………」


「私はグラス・マンサーとしてのあなたの功績を十分知っている。父上からも聞かされている。グランハムは私も認める実力者だった。…惜しい人物を亡くした。きっと私もアーブスラットを失ったら、怒りと哀しみでどうにかなってしまうだろう。あなたが冷静でないのは自然なことだ。ただ、そのうえで四大市民としての働きを期待したい。そう思うのは重荷だろうか?」


「………」



 プライリーラが、じっとゼイシルを見つめる。


 その目に宿るのは、理解と共感である。



「…ふぅ」



 一度、ゼイシルが深呼吸。


 この部屋に漂う優しく甘い花の香りが鼻腔に広がり、心にわずかばかりの安心感を与えてくれる。



「…ふん。たしかに四大市民としての振る舞いではなかったな。少々感情的になってしまったようだ」


「怒りもまた人間の正常な感情だ。私は嫌いじゃないよ」


「…許すわけではない。そこは勘違いしないでほしい」



 そう言って、握った拳を放す。


 彼の怒りは相当なもので、手の平に爪の跡がはっきりと残るほどであった。それでもすんでのところで自身の制御に成功したようだ。



(ゼイシル氏は、グラス・マンサーとしてのプライドが強い御仁だ。そこを引き合いに出せば下がる可能性はあった。ただ、こんな小娘に言われて激高しないのはさすがだな)



 年下の小娘に指摘されて逆に怒る可能性もあったが、上手くいったようだ。


 ゼイシルは自分がハングラスの血族であることに誇りを持っている。現在のグラス・ギースの安定ぶりを思えば、それに見合う分だけの働きも貢献もしているといえるだろう。


 閉鎖空間である城塞都市である以上、内部の物資管理は非常に大切である。


 経済を回しながらも暴走しないように制御するのは並大抵のことではない。敏腕商人の彼がいなければ、到底やりくりはできなかっただろう。


 もともとハングラスは優秀な経済適性を持つ人材を輩出する家系であるが、無能が生まれないわけでもない。


 その意味で言えば、彼がこの時代に生まれていたのはグラス・ギースにとっては間違いなくプラス材料である。



 そして、彼が落ち着いた理由はもう一つある。



(前々から思っていたが、ここの香りがそうさせるのかもしれないな。うむ、いい匂いだ)



 プライリーラも感じているこの花の香り。何の花かは不明だが、これにはわずかながら感情を抑制させる効果があるように思える。


 この部屋を作った何者かは、互いが落ち着いて話し合える環境を目指していたのだろう。


 四者は顔を付き合わせつつ実際は透明の壁で触れられないことも、感情を落ち着けるための配慮だと思われる。


 ここで相手に届き効果を発するのは、唯一「言葉のみ」ということだ。あるいは態度や仕草もそうかもしれないが。




「あー、ゼイシルはんが言うとるのは…その、なんちゅったかの…ホワイトシチューとかそういうやつのことかな?」



 ここで今まで成り行きを見守っていたグマシカが動いた。


 重鎮の発言に、一斉に視線が集中する。



「グマシカ老、ホワイト商会です」


「そうそう、そのホワイトなんちゃらっちゅーやつじゃな。詳しゅーことは知らないでな。そのへん、教えてもらえんかの」


「マングラスにも被害は出ているはずです。ご存知ないのですか?」


「まー、聞いとるよ。ただのぉ、半分隠居してる身じゃしな。よーわからんところもあるわけじゃ。もしかしたら聞いたかもしれんが忘れてしもうたよ。すまんな。もう一度、この老いぼれに教えてもらえんかの」


「わかりました。ホワイト商会はラングラス一派の商会で…」


「ちょっとちょっと、それは誤解です。こちらとは無関係でありまして…」


「ムーバ殿、口を挟まないでいただこう!」


「ひぅっ、も、申し訳ありません…」



 それから軽くゼイシルがホワイト商会について説明する。


 その内容に特におかしなところはない。今までの経緯を「ハングラス側の視点から述べた」点以外は。


 彼らの言い分はとても簡潔だ。「突然、一方的に襲撃を受けた」、この言葉だけで事足りる。



(こうして聞くとハングラスは完全に被害者だな。事実そうなのだろうが…このことに若干の違和感も覚えるな。被害の甚大さから考えると意図的にハングラスを攻撃したような印象を受ける)



 ジングラスの被害もそれなりのものだが、死者数を考えればハングラスが圧倒的に被害を受けている。


 先日のパニックナイトで襲われたマフィアも、半分はハングラスの組織である。こうなると意図的だと考えるのが自然だ。



(ゼイシル氏の性格を知っていたから狙った…。あるいは一番狙いやすかった…。どちらもありえる。結果は見ての通りだし、食料品よりも一般物資のほうが都市に与えるダメージは少ない。なるほど、ソブカ氏が動くわけだ。これでホワイト氏とソブカ氏がつながっているのは、ほぼ確定か)



 最初から想定していた可能性ではあるが、こうして客観的に他人の意見を聞いてみれば、さして難しい話ではない。


 プライリーラは、ここでソブカの「クロ」を確信した。




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