258話 「四大会議 前編」


 グラス・ギースには、【四大会議】というものがある。


 都市の方向性を決める重要な会議であり、マングラス、ジングラス、ハングラス、ラングラスのグラス・マンサーの中でも「四大市民」と呼ばれるトップ4が集まって行われるものだ。


 これは一年程度を目安に開催されることが多いが、行われる年もあれば行われない年もあるなど実際は不定期である。


 会議が行われた後に特に通達はないものの、各勢力から新しい指針が発表されるため、一般構成員たちはそれをもって「ああ、会議があったのか」と知ることができる。それに対して特に不満はない。


 所詮、自分たちには関係ないトップ同士の会談だ。そこで何があろうと口を挟める身分でもない。ただ示された指針に従って動けばいいのだ。


 しかし、今回の会議には多くの者たちが注目していた。そこで必ず何かが起こると知っていたからだ。





 ウィイーーン


 目の前の扉が開き、彼女はその部屋に入る。



(ふむ、何度来ても不思議な場所だね)



 その女性、プライリーラの目に映るのは、直径二百メートルほどのドーム状の空間であった。


 床は美しい幾何学的な紋様が浮かんだ大理石のようなものに見えるが、どこにも切れ目がない。


 波動円で探ってみても内部は隙間のない単一の物質によって構成されていることがわかる。


 その硬度から考えても、コンクリートのように液体状のものを固めて作られたわけではないのだろう。一つの巨大な石を磨いて、その上に部屋が造られたような印象だ。


 それは壁も同じだ。完璧な円形に沿って継ぎ目なく張られており、一ミリの狂いもなく床から天井にまで伸びて、高さ二十メートルというドームを形成している。


 天井に目を向ければ、ひし形の大きなジュエルが眩い光を発していた。その光量は多く、まるでここが太陽に晒された地上であるかのように錯覚するほどだ。



 再び視線を前に戻すと、ドーム状の部屋の中央には円形のテーブルと『五つの椅子』が用意されている。



 プライリーラはそこに向かうが、進路は一つしか存在しない。彼女が目指すのは自分に与えられた椅子だけである。


 なぜならば、この部屋は巨大な場所に見えて、実は「一本道」なのである。


 こう言うと不思議な感覚がするが、彼女が入ってきた扉から椅子には真っ直ぐな道だけが用意されており、他のスペースに移動することはできない。


 そこには透明の強固な壁があり、それ以上進めなくなっているからだ。


 この透明の壁はプライリーラが本気で殴ってもビクともしない素材で作られている。実際、一度試したことがあるので間違いない。


 雰囲気からすると何かしらの術式がかけられているようで、『物理無効』のように物理攻撃を完全に遮断する仕組みになっているようだ。



 プライリーラが素直に道なりに歩くと、それに合わせて「シャンシャン」といった鈴のような音が響き、突如として花が咲き乱れる。


 大理石があった床にいきなり緑の大地が生まれ、真っ白な花が咲き、風に揺れている。


 いきなり植物が生まれるわけがないので「ホログラム」であろうが、どこからか吹いてくる風に乗って香りまで感じるので、上部の光も相まって現実の野原かと思ってしまうほどだ。



(なんと不可思議な光景だ。ここはどこなのだろうね。少なくとも地上ではなさそうだが…では、地下かな? もしそうだとしても誰がここを管理しているのだろうか。この床もそうだが、さきほど入ってきた扉も明らかに現代のグラス・ギースの技術を凌駕している。過去の遺物と言われれば納得するしかないが…)



 プライリーラが入ってきた扉は「自動扉」である。


 アンシュラオンがいる高級ホテルのエレベーターなど、一部で自動扉も使われているが、木製のチャチな造りである。正直、玩具のようなものだ。


 しかし、ここの扉は何の軋みもなく自然に開くうえに、壁同様にプライリーラが壊せない強固な素材で作られている。違う技術体系にあるのは明らかだ。


 頭上で光を発している『磨かれたジュエル』も巨大で、完成段階でデアンカ・ギースの心臓よりも大きいことから、原石はその数倍の大きさであったことがうかがえる。


 それだけの原石を地下から発掘、あるいは同程度の心臓を持つ魔獣を倒すことがいかに難しいかを彼女は知っている。


 おそらく高位の撃滅級魔獣の心臓をほぼ一撃で正確にくり貫かないと、この質のジュエルは手に入らない。


 事実、覇王流星掌で倒したデアンカ・ギースの心臓はボロボロになっていた。相手も必死に抵抗するので、心臓だけを一撃でくり貫くのは神業に等しい。


 このジュエルを売りに出せれば、小規模国家の一つや二つは軽く買えるほどの財力を得ることができるだろう。


 足元のホログラムの技術にしても異様すぎる。西側文明にもこのような技術は存在しないはずだ。



(千年前はこれほどの技術が栄えていたというのだろうか? だが、いくら大災厄が起こったとはいえ、たかだか千年でこれほど『荒廃』するものかな? ならば、前文明の遺産? そのほうがしっくりくるが…ではなぜ、それがここにあり、我々が利用しているかがわからないな)



 プライリーラも、この空間については何も知らない。


 知っているのは、ここが千年前にこの都市を築いた初代の【五英雄】たちが遺したものであるということと、代々ジングラス当主がこの道に至る場所を管理していること。


 そして、その『鍵』を自分が所有していることくらいだ。


 しかもその鍵とは「血」であり「因子」なので、特段隠す必要もない。ここに入る前に自動的に検査され、ジングラスの血筋の人間だけが入れるようになっている。



 その後、ここに『転移』するのだ。



 転移そのものはプライリーラも何度か経験しており、術の中にもそうしたものがあるとは知っているが、改めて考えると凄まじい技術である。


 問題はそれをグラス・マンサーが使っていることだ。これほどの技術があれば、もっとこの都市は栄えていてもおかしくはない。


 だが知っての通り、現在のグラス・ギースはお世辞にも優れた都市とはいえない。文化レベルは西側には遠く及ばず、東側でも中型都市以下といったところだろう。


 そうでありながら、自分がここにいる。そのことに強烈な違和感を感じてならないのだ。




「リーラ様、いかがなされました? ご気分が優れませんか?」



 後ろから執事のアーブスラットの声がする。


 ここに入れるのは当主だけとなっているが、一緒に入ってくれば同時転移が可能であるので、一人だけ選んで帯同させることが許されている。


 これによって誰が一番当主の信頼を受けているかがわかるため、選ばれる側としてはそれだけで名誉となる。


 プライリーラが選ぶのは当然ながらアーブスラット。赤子の頃から自分を守ってくれていたのだ。もはや家族も同然である。


 そんな信頼できる彼に向かって、プライリーラは笑顔を浮かべる。



「いや、不思議な場所だと思ってね。ここに来たのは三回目だが、いまだに慣れないよ」


「それは同感です。私もログラス様のお付きで何回も来ておりますが、この雰囲気には慣れません」


「ここは何だと思う? 都市とは明らかに違う場所だと思うのだが」


「さて、面妖な場所であることはわかりますが…それ以上のことはわかりませぬな。四大会議以外では訪れることもありませんので」


「ふむ、爺でも知らないか…」



 プライリーラの元に【召集状】が届いたのは昨日のことだ。そこには四大会議を行う旨が書かれていた。


 差出人の名前はない。これもいつも通りだ。だが、やはり違和感は残る。



(『召集』とは、上位者が下位の存在に対して送るものだ。では、いったい誰がこれを送っているのだろう? 領主名義ならば頷けるのだが…仮にも私はジングラスのトップだ。その立場の人間に対して『命令』ができる者がこの都市にいるのだろうか?)



 通常、会議を開く際は『招集』という文字が使われる。これには『対等の者同士』という意味合いがあるので、これが一般的な物言いといえる。


 だが、届くのは必ず【召集状】である。


 日本ではこれを使えるのは天皇のみとなっており、この世界においても意味合いは同じだ。その国あるいは都市のトップが下々の者に命令して集めるという意味で使われる。


 この文言を使う以上、誰かが命令して自分たちを集めたということになるが、差出人の名前がないので誰かはわからない。


 普通に考えれば領主なのだろうが、彼はそれなりに自尊心が強い男なので、領主という名をアピールしないのはおかしい。


 同時にグラス・ギースでは、「領主=最高権力者」ではない。


 彼もグラス・マンサーの一人であり、四大市民とは区切られているが、立場上はそう変わりはない。あくまで対外的な側面として領主という地位に就いているにすぎない。


 その彼が四大市民に対して尊大な口調で命令をするのは、いささか無理があるし腑に落ちない。仮に四大勢力が反発すれば、領主の地位も安泰ではないのだ。


 少し辛辣な言い方だが、プライリーラは領主のことを保身を最優先にする小心者だと思っている。普段の物言いはともかく、自ら破滅を選ぶような人間ではない。よって、差出人は彼ではないと考えていた。


 この点についてアーブスラットに訊いてみたが、彼もそれを意識したことがなかったそうだ。不思議そうに首を傾げていた。


 長年この都市にいる者ほど違和感を違和感として認識しないものらしい。




(まあいい。これがこの都市の慣習というのならば受け入れよう。今は目の前のことに集中すべきだろう。もう揃っているようだからね)



 視線の先では、すでに先着していた他の三名が椅子に座っていた。



 プライリーラはジングラスなので「西」の扉から入ってきた。よって、座るのは西側の椅子である。


 その西から見て左側、北側に座っているのは、髪をオールバックにまとめた四角メガネをかけた中年の男。


 ひょろっとした痩せ型で身なりも良いので、ぱっとみれば紳士然としたそこそこ格好の良い男性である。


 ただ、頬骨が浮かぶ顔にはぎょろっとした大きな目が付いており、いつも眉間にシワを寄せた表情を浮かべているので、せっかくの小奇麗さを活かしきれていない印象を受ける。



 彼はゼイシル・ハングラス。



 一般物資を担当するハングラスの現当主で、おそらく個人資産では第一位の「長者」と呼ぶに相応しい人物だろう。


 ちなみに独身である。もっと笑顔でいれば、もう少しは婦女子からの人気も出るだろうにとプライリーラは常々思っている。いろいろと惜しい男だ。



(今回は護衛がいないようだね。少し寂しくもあるかな)



 前年までは後ろにグランハムが控えていたものだが、残念ながら死んでしまったので、今回ゼイシルは一人で座っている。


 それはつまり彼の周囲には「武と忠節の側面で」信用が置ける者がいないことを示していた。


 ハングラスのダメージは思ったより大きいのだろう。彼は商人なので資源は何とでもなるが、特に人材面が枯渇していることがうかがえる。


 神経質でデリケートな性格であるため、いきなり代役として他人を信用することもできなかったのだろう。


 疑り深いことは慎重と言い換えることもできるが、こういうときは不便である。そんな彼が少しだけ哀れにさえ思えた。



 ゼイシルの左側にも一つ椅子がある。しかし、ここは常時空席だ。


 実は四大会議は、本来は「五大会議」と呼ばれており、ここに領主のディングラス家を加えた五つの勢力で話し合うことが初代よりの慣習であったという。


 だが、城塞都市になってからグラス・マンサーの利益配分が明確化され、領主は市政に関わらない「市政不干渉」を打ち出す代わりに、もっとも重要な不動産と軍事力を担当することになった。


 領主が都市の改革に積極的でない理由がこれだ。


 他の四大市民の利権を侵さないために干渉を控え、中立の立場で監視することで治安を維持してきたのだ。


 これによって領主は外部からの敵対勢力にだけ目を向けていればよく、なおかつ何もしないで普段の生活は安定するというメリットを得た。


 同時に新しい政策に着手しづらいというデメリットも受けたが、そこは四大会議で勝手にやってくれるので、違う見方をすればメリットであるともいえる。


 その契約に基づき領主のアニル・ディングラスは出席しておらず、現在は空席というわけだ。




 今度は正面を向く。西の正面なので東側だ。



(…普通にやってきたようだね。その胆力は見事だ)



 そこには少し小太りの初老の男性が、汗を掻きながら座っていた。


 ここは寒くも暑くもない温度調整がなされているので汗など掻きようがないが、彼が流している汗は違うものなのだろう。



 彼の名前は、ムーバ・ラングラス。



 現当主ツーバ・ラングラスの息子であり、病気がちな父親の代理にラングラスを治めている男だ。


 プライリーラはラングラスの事情には詳しくないので憶測で判断するのは危険だが、ムーバという男はあまりリーダーとして資質を感じない凡庸な男に見える。


 父親のツーバが豪胆さで皆を引っ張る「親分」といった性格だったのに対して、彼は静かに物事を進める補佐役が向いている調停タイプだろう。


 それゆえにプライリーラが褒めた人物は彼ではない。


 その人物は、ムーバの斜め後ろに控えている大男、護衛としてやってきたソイドダディーである。


 今回の騒動の渦中の人物の一人でもあるので、さきほどからずっとゼイシルにも睨まれているが、それに対してまったく動じていない。


 かといって睨み返すこともなく、ただただ静かに視線を受け入れている。自分の身分と立場を受け入れながらも、自己に自信がある者の振る舞いだ。



(…これはシロかな。もしこれで確信犯ならば相当な切れ者であり、一番怖ろしい相手ということになるが…その可能性は低そうだ)



 平気で嘘をつけるようになったら人間としておしまいだ。


 いや、そこまで人を騙せるようになるのならばたいしたものだ。アンシュラオンやソブカなどは、この「たいした輩」に該当するのだろう。


 息をするかのように平気で嘘をつくのだ。普通はそんなことはできないし、ソイドダディーもそれができるような性格ではないと思っている。


 この態度から、少なくともダディーは今回の騒動とは無関係そうだ。


 が、それで納得するほどゼイシルも甘くはない。この後、ひと悶着があるのは間違いない。




(それにしても…意外だな。まさか【あの御仁】がいるとは)



 今日一番プライリーラが驚いたことは、この部屋のことでもソイドダディーのことでもない。


 彼女から見て右側、西の右側なので南側。



 そこに一人の老人がいた。



 プライリーラが視線を向けると、ニコニコとした笑顔を返す好々爺である。


 見た目はかなりしわくちゃで背も小さく、尖った耳と緑色の肌が特徴的な老人だ。なるほど、たしかに亜人だと言われても不思議ではない容姿をしている。


 もし彼が西洋ファンタジーの世界に紛れ込んだら、ゴブリンだと間違われて攻撃されそうだ。


 その後ろ隣には、金刺繍で龍が装飾された青い武術服を着た美青年がいた。


 長い三つ編みの黒髪、端正な顔立ちは、それだけ見れば女性のようにさえ見えるが、身体は服の上からでも筋肉質なのがわかるほど盛り上がっており、日々鍛えていることがうかがえる。


 年齢は二十代半ばに見えるものの、それを信じてはいけない。


 プライリーラが子供の頃から、彼はそのままの姿なのだ。アーブスラットから聞いた話でも、何十年も前に彼がグラス・ギースにやってきた頃からあのままという謎の人物である。


 彼の名前はセイリュウ。マングラス最強の武人の一人だ。


 手合わせの経験はないため実力の程はわからないが、こうして立っているだけでも静かな圧力を感じるので只者ではないだろう。


 その彼を従えられる人物は一人しかいない。



 この老人こそ、グマシカ・マングラスである。



 アンシュラオンがずっと捜している人物であり、最大勢力であるマングラスのトップだ。




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