257話 「マキとの戦い 後編」


(っ!! この手…危ない!)



 武人の直感が危険を察したのだろう。マキは即座に相手の最大の武器が手だと判断する。


 なにせマサゴロウの手は誰が見ても異様に大きい。それが迫ってくれば警戒するのは当然である。


 慎重な人間ならば、ここで一度引く。アンシュラオンでも自分と同レベルの敵ならばそうするだろう。


 まずは相手の能力を見極めることが重要だ。それでこそ安全が確保される。攻めるのはそれからでもいい。



 だが、マキは退―――かない。



 瞬時に身を捻って手をかわすと、さらに接近。


 マサゴロウの膝に足を乗せ、足場にして跳躍。



「はいぃいい!!」



 バキィッ


 そこから強烈な回し蹴りが顔面にヒット。乾いた打撃音が響く。


 されど常人ならば一発で首が消し飛ぶような一撃でも、マサゴロウにとっては軽い打撲にもならない。


 平然と立ちながら、さらにマキを掴もうと手を伸ばしてきた。



「なんて体力なの!? でも、何度も攻撃すれば!!」



 そこからマキの流れるような攻撃が続く。


 再び顔面に膝蹴りと拳のラッシュを叩き込み、捕まえようとする手をバック宙で回避して着地。


 降りた瞬間にはすでに攻撃を開始していた。



 連打連打連打。


 ドガドガドガドガドガドガッ


 連撃連撃連撃。


 バキバキバキバキバキバキッ



 打撃音は何度も起こるが、マサゴロウの動きはまったく鈍らない。


 防御力とHPが高いので、さすがのマキでも削りきれないのだ。加えて『物理耐性』を持っているため、通常攻撃で倒すのは至難の業だ。


 拳一発で吹っ飛ばしたのはアンシュラオンだからこそであり、普通の武人ならば中型魔獣並みの体力を持っているマサゴロウは非常に手ごわい相手である。


 このままでは自分の体力ばかりが減っていく。やはりマキも女性だ。体力自体はさして高くはない。持久戦となれば負ける可能性もあった。



(埒が明かないわ。ちょっと本気を出すしかないわね)



「はぁああああ!」



 ボォオオオオオオッ


 練気。真っ赤な戦気が一気に増大する。



 これは―――技の態勢。



 アンシュラオンが覇王流星掌を使った際に「溜め」を行ったが、大きな技を使う際には『爆発集気』と呼ばれる練気術が使われる。


 戦気を集中的に一気に練り上げることで、通常の二倍近い出力を出すことができる技だ。


 ただし効果は一回の技だけしか持続せず、溜める間は動けないというデメリットがある。RPGゲームでよくある「力を溜めて攻撃」に近い効果と思えばいいだろう。


 1ターン犠牲にして力を溜める代わりに、二倍の威力になった技を叩き込むわけだ。


 これが通常技ならば意味はないが、攻撃二倍補正の技を使えば効果は四倍にもなる。名前通り、爆発力を高めるものなのだ。


 もちろん戦気術をある程度使いこなさないと修得できないものなので、マキが第七階級の達験級であることを示す行動ともいえた。



「ちっ…間に合わん」



 本来ここでマサゴロウは、相手に力を溜めさせないために攻撃をするべきだった。


 しかし、相手の練気が速くて妨害が間に合わない。アンシュラオンも指摘していたが、彼自身の「攻撃の遅さ」が致命的であった。


 逆にマキは数手のやり取りでそれを見抜き、相手が妨害できないと踏んで勝負に出たのだろう。そういった戦闘経験値も非常に高いことがうかがえる。


 どちらにせよ、これでマキの勝ちだ。



「死んだらごめんなさいね! はああああああ!」




 火を―――噴く。




 まさにエンジンに火が入ったように、攻撃の質が変わった。



 ドガドガドガドガドガドガドガドガッッ!!



 高速の拳撃までは一緒だ。だが、当たってからが違う。



 拳が当たった箇所が―――爆発。



 目の前で大納魔射津が大量に爆発したような激しい衝撃と炎が発生。まさに爆発が起こったのである。


 それは一発ではない。当たった拳のすべてに発生している。


 覇王技、紅蓮裂火拳ぐれんれっかけん


 拳に宿した火気を打撃と一緒に爆発させる因子レベル3の技で、ビッグにも教えた裂火掌の打撃バージョンであり、しかも連続で叩き込む大技の一つである。


 一つ一つが裂火掌以上の攻撃力を持っているので、全打ヒットすれば相当なダメージ量になるだろう。


 打撃は防御力に影響されるが、一部の爆破ダメージは防御を貫通するのも大きな特徴である。



「あたたたたた!! うらああ!」



 ドガドガドガドガドガドガドガドガッッ!!


 バンバンバンバンバンバンバンバンッッ!!



 連打と爆発が同時に起こり、視界が完全に赤に染まっていく。


 凄まじい戦気の放出に周囲の温度が一気に上昇。石畳も焼け焦げ、溶解していく熱量が発生している。



「…ぐっ!」



 その激しい攻撃には、マサゴロウも後退するしかない。HPも少しずつ削られてきているようだ。


 もはや手も足も出ないとは、このこと。攻撃の隙がなく、ひたすら受けるしかない状況に陥っている。


 『現状で』マサゴロウの勝ちはゼロに等しい。このまま押し切られて終わりだろう。




(なるほど、とことん攻撃か。見事だよ)



 マキの戦い方は、サリータとはまったく真逆の見事なまでの攻撃特化であった。


 ヤキチのような自分と同じ攻撃特化の相手には、それを上回る攻撃で。マサゴロウのような防御型の相手にも、それを上回る攻撃で。


 ただただひたすら攻撃して相手を倒しきる。それがマキの戦い方である。


 同じ攻撃型のヤキチとの違いは、それがストレートな動きであること。無駄なくスピードと力を最短で出し切っている。まさに彼女の真っ直ぐな性格を示しているようで、見ていて心地よい。


 アンシュラオンから見れば穴がないわけではないが、裏スレイブをこれだけ圧倒できれば十分合格だろう。


 能力値はデータ通り、「印象値」はさらに上、といったところだろうか。実際は能力以上の強さを感じるので満足である。



(それにマキさんは、まだ力を温存している。ユニークスキルも発動していないみたいだしな。まだまだ手加減しているってことか。将来有望な嫁ということでいいかな。さて、そろそろ終わりにしようか。あいつらが【本気】になっちまう)



 ドバンッ!!!


 アンシュラオンが持っていた銃を発射。銃弾はマキとマサゴロウに向かっていく。



「っ―――!?」



 マキがそれに気づいたのは、弾丸が自身にかなり接近してからだ。


 アンシュラオンの戦気をまとった弾丸は速度も凄まじく、通常の弾丸の三倍以上になっている。


 普通にやっていたら回避が間に合わない。



(なにこれ!? 死んじゃう!!!)



 マキは緊急回避を選択。自分の攻撃の威力で後方に吹っ飛ぶ。


 自身の技によって軽く肌が焼けたが、これによって回避が成功した。


 ガチンッ ボスッ


 弾丸はマキの篭手を掠めつつ―――マサゴロウの腹を撃ち抜く。



(なんて威力!! これが弾丸のパワーなの!?!)



 自分の紅蓮裂火拳でもマサゴロウの身体は破損にまで至っていない。


 その彼の肉体をいとも簡単に貫くのだ。どれだけの威力があるかはすぐにわかるだろう。


 自身の篭手も核剛金の術符で強化しているのに、それを簡単に抉っていくなど信じられない。



 弾丸はマサゴロウを貫き、さらに背後にあった家を貫通しながらさらに加速。



 ヒューーーンッ ドガガガガガガガガガガッ


 ガリガリガリガリ ボンッ



 最後には四キロ以上先の第一城壁にぶち当たって、壁内部を数百メートル破壊したところで自壊。あまりの衝撃に弾丸が耐えられなかったのだ。


 普通の銃弾にこんな威力はない。こんな飛距離もない。あまりに常識外れな一撃である。戦気がいかに強力な兵器かが実証された一例だ。


 マキは慌てて後ろを振り返って撃った者を捜す。視界にいないことが恐怖でしかないからだ。



「だ、誰…!? こんなことができるなんて…ありえない!! 誰なの!! 誰が撃ったの!」


「お楽しみのところ申し訳ないけど、そろそろお開きにしよう。お姉さんも、それでいいかな?」


「えっ…」



 仮面によって多少くぐもっているが、聞き覚えのある声にマキが弾けたように視線を向ける。


 そして、歩いてきた少年に目を見開く。



「え? あれ? …この声…でも…え!?」


「ヤキチ、マサゴロウ。生きているな?」



 戸惑っているマキを無視して二人に話しかけると、ゆっくりと立ち上がる。



「…当然だぁ…オヤジぃ」


「…問題…ない」


「なっ、まだ動けるなんて!? もうやめなさい!! これ以上やってどうするのよ! 死ぬ気なの!?」


「オヤジぃ、いつでも命張れるぜ!!! おれらぁよぉおお!」


「…おれもだ。…敵は殺す」



 ゾワゾワッ ゾワゾワッ


 瀕死のヤキチから、ダメージを負ったマサゴロウから、赤黒いオーラが立ち上がる。それはどんどん大きくなっていって彼らの身体に力を与える。



(なに…これ…。なんなの、この強い戦気は!! さっきとまったく違う!)



 今しがた圧倒した相手である。正直、何度やっても勝てるだろう。


 しかし、今の二人から発せられた戦気は、さきほどとはまったくの別物である。


 赤黒さはさらに禍々しくなっており、刺々しさは周囲を巻き込んで滅ぼしかねないほど凶悪。そして、何よりも重厚で濃密。



 なぜならば―――死を覚悟したから。



 彼らは裏スレイブ。死ぬために生きているような存在。その本性が目覚めたのだ。


 裏スレイブは元来が【鉄砲玉】である。使い捨ての道具だ。


 死を覚悟すれば、もう止められない。命尽きるまで戦い続ける殺戮マシンとなる。



 これは気迫の問題である。



 戦気が精神エネルギーである以上、命をかけて突撃してくる者にはそれなりの気質が宿るものだ。


 まさに特攻部隊。それを相手にするほうは、いったいどれだけの恐怖を覚えるのか。それはマキでも例外ではない。


 今やればどちらが勝つかはわからない。自身も死を賭して戦わねば生き残れないだろう。それだけの圧力である。



「そんな…どうして…! こんなに簡単に命を捨てられるの!? 正気じゃないわ!」


「くそアマがぁ。てめぇにはわからねぇよ」


「…ああ、お前を殺しておれも死ぬ。それだけのことだ」


「なんなの…あなたたちは…」


「やめておけ。ここはお前たちが死ぬステージじゃない。今日はここまでだ。帰るぞ」


「…わかった」


「…ああ」



 アンシュラオンの声を聴くと、戦気は一気に収まった。


 二人はのろのろと動きだし、歩き出したアンシュラオンの左右に付く。血がぼたぼた流れているが、まったく気にした様子もない。


 それはまさに異常な光景であった。


 二人はもちろん、それをまったく気にしない少年が特に異質である。



「ま、待って! あなたはもしかして…!!」


「オレはホワイト。ただの通りすがりだよ」


「で、でも、その声…その身体は…それにその黒い女の子も…」



 さすがマキである。もうこちらの正体に気付いているようだ。


 これでイタ嬢が「真性の痛いやつ」ということが確定。普通はわかるものなのだ。おそらく小百合もすぐにわかるだろう。



「こんなところで出会わなければ、余計なことを知らなくて済んだかもしれないね。でも、出会ってしまった。ならばこれも運命かな」


「じゃ、じゃあ、やっぱり君は…。でも、どうして!? なんでこんなことになっているの!?」


「それは話せない。話すわけにはいかないんだよ…」


「っ…!」



 その時、仮面の少年から哀しみが伝わってきた。マキとこうして敵対する関係になったことを嘆いているのだ。


 しかし、それでも彼には貫かねばならない『道』がある。背中はそう語っている。



「どうして…どうしてこんなことに…酷いわ。あまりに酷い…」


「マキさん、しょうがないんだよ。これが…運命だから」


「そんな! 私と君は…一緒に……一緒になるって…言った……から…私は…」


「哀しいね。いつだって人生ってのは上手くいかないもんだよ。そして、皮肉なもんだ。こんなに大好きなのに…戦わないといけないなんて」


「嘘よ、嘘…! 信じないわ、こんなの…嫌よ!」


「…じゃあね」


「待って、待ってよ!! おかしいわ、こんなの! どうして君が…そんなことを!」


「マキさんは、この都市を見たことがある?」


「え? …ええ、もちろん。毎日見ているわ。それが仕事だもの」


「なら、どうしてオレがこんなことをしているかわかるはずだよ」


「…え?」


「オレが撃ったもの。それが答えさ。これ以上は言えないんだ。ごめんね。…それじゃ」




 ホワイトという名前の少年は去っていく。


 黒い少女と手をつなぎ、倒れた戦罪者たちを治しながら下級街のほうに消えていった。




「………」



 マキはしばらく呆然としていた。


 彼は間違いなく自分が知っている少年と少女だ。しかしながら、その理由がわからない。


 マキもマフィアの間で不穏な動きがあることは知っている。だが、それとアンシュラオンが結びつかないのだ。



「…撃ったもの?」



 ふと最後に少年が残した言葉を思い出す。


 彼は何を撃っただろう。


 銃弾はこちらに向かってきたが、自分を狙ったわけではないようだった。では、マサゴロウと呼ばれた大男だろうか。


 いや、そんなはずはない。あの勝負は自分の勝ちだったはずだ。助けたわけでもないだろう。



 ではその後、弾丸はどこに行ったのか。




 目で―――追う。




 そこには大きな壁があった。



「第一…城壁? なんであんな場所を撃ったの?」



 弾丸は第一城壁に突き刺さっていた。その内部を大きく抉るように。


 そして、少年が去った方角を思い出す。


 彼は下級街へと向かった。あの先はきっと下層部だろう。そこには大勢の労働者が住んでいる。


 領主の施政下では捨て置かれている場所で、けっして裕福ではない場所だ。かつてマキも暮らしていたことがあるが、治安も悪く住み心地はお世辞にも良くはない。



 では、銃弾が突き刺さった先の場所はどうだろう。



 あの壁、第一城壁の中は上級街。この都市でもっとも裕福な人間たちが暮らす場所だ。


 すべてが贅沢をしているわけではないが、下級街の下層部とはそもそも比べられない。そこに銃を撃ち込むということは、【反逆の意思】を示すようなものである。


 だが、それだけではなぜ彼がグラス・ギースという都市に対して反逆するのかがわからない。


 そこでもう一つの手がかりがある。



 ホワイトという名前である。



 東門で警備をやっていると、外から来た人間に「ホワイト先生はどこにおられるのか?」という質問を受けることがある。


 マキはよく知らないので逆に訊くと「無料で治してくれる高名な医者がいると聞いてやってきた」と言うではないか。


 さらに訊くと、その人物は弱い人々を中心に活動しているらしい。金持ちからは金を取るが、弱者からは取らない奇特な医者だと。取ったとしても分け隔てなく小額であると。


 もし「ホワイト=アンシュラオン」という図式が完成するのならば―――


 そこでマキは、はっとする。



「アンシュラオン君…あなたはまさか…。でも、それしか考えられない。君は…まさか……そうなのね。弱い人々のために…その手を汚すというの?」



 彼は「都市を見たことがあるか?」と言った。


 領主軍に入ってからのマキは、毎日都市にいる。が、都市を見ていない。


 見ているのは門の外ばかり。自分の仕事は外部から敵が入らないように見張ることだけ。


 それは素晴らしい仕事だが、中で何が起こり、どうなっているのかは知らないのだ。いや、見て見ぬふりをしているにすぎない。


 下級街にはあんなに困った人が大勢いるのに、貧困街と呼ばれる場所の存在もうっすら知っているのに、領主軍だからといって手助けすることもせずに、ただ門の外を見ているだけ。



 だから、すれ違ったのだろう。



 愛しい彼と、彼の求めるものが見えなかったから。



「アンシュラオン君…私、どうすればいいの?」



 マキは、がくっと膝をついてうな垂れた。


 結婚を誓った相手とのまさかの対立に打ちひしがれている。しかも正しいのは、向こうのほう。自分が領主軍にいる限り、彼とは相容れないのだ。


 前に「領主軍なんて辞めるわ」とも言ったが、それが簡単でないこともわかっている。


 愛と正義と責務の前にマキは苦しむこととなるのであった。


 ここにシャイナがいれば、「大きな誤解です!! あの人はそんな人じゃありません!!!」と言えるのだろうが、残念ながら彼女の思い込みを正す者はどこにもいなかった。





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