256話 「マキとの戦い 前編」


(あれはヤキチか? どうして吹っ飛んできたんだ? 交通事故…なわけないしな)



 飛んできたのは、ヤキチだった。


 威勢よく表通りに向かったはずだが、なぜか逆に勢いよく吹っ飛んできた。


 彼ならば馬車に轢かれても逆に吹っ飛ばすだろうし、あの歳でいまさら反抗期もないだろう。謎の行動である。



「いてて…あのアマ…! やってくれるじゃねえか!!」



 ヤキチは立ち上がり、再びポン刀を持って駆けていく。


 この角度では何があったのかわからないが、何事かが起こったのだろう。



(なんだか面白そうなことをしているな。ちょっと見に行くか)



 アンシュラオンがサナを連れてゆっくりと現場に歩いていくと、またもやヤキチが吹っ飛んできた。


 ヒューーンッ ゴロゴロゴロッ


 今度は障害物にぶつからずに反対の通りに飛んでいく。右から左の視界に消え去っていく姿がゲームみたいで滑稽だ。


 どうやら何者かと交戦しているようだ。そのたびに吹っ飛ばされているらしい。



(ヤキチを吹っ飛ばせるやつなんて、この街にはそうそういない。となれば相手は簡単に想像がつくな)



 アンシュラオンが手に入れた戦罪者の中でトップ4の実力を持つヤキチを吹っ飛ばすのだ。只者であるわけがない。


 ヤキチが言っていた「アマ(女性)」かつ「彼を倒せるほど強い」という二つの条件に該当する人間は、アンシュラオンが知る限り二人しかいない。


 一人はファテロナ。言わずと知れたイタ嬢の侍従長兼護衛である。彼女ならばヤキチに勝てるだろう。


 しかし、このような荒っぽい戦い方はしないし、できない。戦った感想からいえばスピード型のようなので、腕力そのものは強いとはいえない。


 場所も一般街であり、上級街からはかなり遠い。わざわざこんな場所で遭遇するとは思えなかった。


 そうなれば、もう答えは一人しかいない。



 その女性が、暴れていた他の戦罪者の前に立ち塞がる。



「あなたたち、ここで何をやっているの! どれだけ人様の迷惑になっているかわからない?」


「なんだてめぇは!! さっきからよぉ! うぜぇんだよ!!」


「その言葉遣いは何! いい歳してこんなところでブラブラして! 反省して真面目に働きなさい!」


「うるせぇ! ぶち殺し―――ぶぎゃっ!」



 グシャッ ドッゴーン


 女性の拳が戦罪者の腹に入り、面白いように吹っ飛んでいく。まさにピンポン玉だ。




「まったく、どうなっているのよ。こんな場所でいきなり戦いを始めて…これだから浮浪者は困るわ」




 パンパンと手をはたきながら歩いてきたのは―――マキ・キシィルナ。




 東門の門番であり、有事の際は街の治安維持にも駆り出される女性衛士である。


 被害が一般人にまで及んだため、誰かが呼びに行ったのかもしれない。前も衛士たちがマキを呼ぼうとしたことがあったので、手に負えない案件は彼女に回されるのだろう。


 ただ、マキにとっては職務外の雑用である。ただでさえ安月給なのに助っ人をしても給金が上がるわけでもなく、まったく割に合わない。


 さらに門を離れている間は仕事が溜まっていくので、彼女にとっては災難でしかない。それゆえにかなり不機嫌そうだ。



(やっぱりマキさんか。この都市でヤキチたちをあしらえる女性がいるとすれば、普段は出てこないプライリーラを除けば彼女だけだもんな。うん、さすがに強い。あれでも手加減しているんだよな。本気で殴ったら身体が砕けちゃうんだろうし)



 それからも他の戦罪者を殴り、蹴り、放り投げるなどして次々と吹っ飛ばしていく。しかし、それでもかなり手加減しているのだ。


 データ上のマキの攻撃力はB、500以上である。戦気を放出せずともヤドイガニの装甲すら穿つことができる強力な武人だ。


 そんな彼女が本気で殴ったら、そのあまりの威力に人間の身体のほうがもたないだろう。それは耐久力の低いヤキチでも同じである。



「ちくしょうっ…この野郎!!」



 再びヤキチが向かっていく。あの気概だけはたいしたものだ。



「野郎って…私は女なんだけど。この場合、女郎なのかしらね?」


「ふざけてる暇はねぇぜ! すぐに殺してやるからよぉ!」



 ヤキチのポン刀が赤黒く染まる。戦気を放出し、本気の戦闘モードに入ったのだ。相変わらず不健康な禍々しい色をしている。



「…抜いたわね。それなら本気で潰してもいいのよね?」



 ポン刀は最初から抜いていたのだが、武人にとっては「戦気を出すこと=戦闘態勢」なので、そのことを言っている。


 マキも挑発をまともに受けるところを見ると、不機嫌だったこともあり普段よりも好戦的になっているようだ。


 やはりアンシュラオンに対する姿勢のほうがおかしいのであって、これが彼女の男性に対する通常の態度らしい。魅了とは怖ろしいものである。



「たりめぇだ、こらぁ!! スカしてんじゃねぇぞ!!!」


「ほんと、弱いやつほどよく吠えるものね。いいわ、潰してあげる」



 そして、マキも戦気を放出。瞬時に身体全体が真っ赤に染まる。



(ほぉ、美しい)



 その光景に思わずアンシュラオンが嘆息する。


 戦気の基本色は闘争心を形にしたような赤なのだが、オーラでもあるので人によって色合いは異なる。


 たとえばアンシュラオンは赤みがかった【白】で、幻想的かつ超常的な雰囲気を醸し出す。パミエルキも赤が強めだが似たような感じだ。


 魔人というこの世に二人しかいない特殊な存在のため、この色をしているのは彼らだけである。色そのものが他者との違いを如実に示しているわけだ。


 ゼブラエスならば赤みのある青白い戦気で、ちょうどガスコンロの炎に似ている。戦気の出力が強すぎて赤を通り越してしまうのだ。彼の生命力が果てしなく強い証拠だろう。


 ガンプドルフは強めの黄色が混じっており、雷属性を持つ彼の人情味を滲ませつつも、剣豪の深みと鋭さを感じさせるものに仕上がっている。


 このように戦気には、当人の性格や気質が如実に出る。精神的な要素と肉体的な要素の化合物だからだ。



 これがマキの場合―――真っ赤。



 ただの真っ赤ではなく、鮮やかさがあり【紅】の色合いを帯びたもので、見る者を惹き付ける魅力がある。


 目の前のヤキチの安っぽい色合いと比べれば、まさに気高さがそのまま形になったような戦気である。


 さらに練気の質も悪くない。高純度の戦気を短時間で練り上げている。よく鍛練している証だ。



(さすがマキさん、オレの嫁だ。それに比べてヤキチのやつ、また悪い癖が出ているぞ。どうせ勝てないくせにすぐに突っかかる。というかオレはマキさんと戦うなと言っておいたはずだが、あの様子だともう忘れてるな。ほんと、頭が悪いやつらだ)



 実力は明らかにヤキチのほうが下である。それでも威勢よく突っかかるのは、自分に向かってきた時と同じ理由だろう。


 おそらく最初の頃に言った「東門の女衛士とは戦うな」という言葉も忘れているに違いない。


 所詮は狂犬。頭が悪いのだ。



(さて、どうしようかな。放っておくとヤキチが死ぬかもしれないが…もうちょっと見ておきたい気もするな。実戦でのマキさんの実力も確認しておきたいし、もう衛士隊と揉めてもいいかな)



 データはデータ。それだけですべてが測れるわけではない。


 サリータ同様、実戦での強さを知っておいたほうがいいだろう。そのほうがあとあと楽になる。


 すでに街中で襲われるレベルにまで事態が悪化している。領主軍と揉めるのも時間の問題であった。


 そう判断して、しばらくは静観することにした。





「うらあああ!」



 ヤキチが突っ込む。相変わらず防御を気にしない戦い方だ。


 彼の最大の長所は、ただひたすらに攻撃していくこと。典型的な攻撃型の剣士である。その攻撃力を生かして圧倒するのだ。


 もし最初の一撃が入れば、そのままの流れで相手を細切れにすることもできるのだろう。


 がしかし、それが通じるのも格下か同程度の敵に対してのみ。



 バキャンッ



 石畳が強引に叩き割られる音がしたと同時に、マキが一瞬でヤキチの懐に入り込んでいた。



「んなっ!?」



 その出足の速度にヤキチが驚愕する。


 今の音は、マキが加速した際に大地のほうが耐え切れなくて破壊されたものである。脚の力も相当強いことを示している。


 さらに恐るべきは、その胆力。


 攻撃型の剣士がいざ攻撃を仕掛けている最中に自分から飛び込む。まるでアンシュラオンがガンプドルフにやったように、まったく怖れることなく飛び込んだのだ。


 ただアンシュラオンと違って、彼女は防御に絶対の自信があったわけではない。ヤキチの一撃を完全に防げるとは思っていない。



 なればこそ―――先制。



 受け手に回ることが不利だと判断したからこそ、自ら突っ込む。



(ヤキチは乱打戦には強いが、動きには無駄が多い。今も大雑把に攻撃を仕掛けた。だが、マキさんの動きは無駄がない。当然、結果は見えているよな)



 互いに突っ込めば、ロスなく立ち回ったほうが先に到達するのは道理である。


 まだ刀を振り下ろそうと掲げているヤキチに対し、すでにマキの拳は放たれていた。



「ほぁた!!」



 ドゴッ


 マキの拳がヤキチの胸に直撃。メキメキと胸骨が軋む音が聴こえる。


 だが、それで終わらない。彼の身体が浮き上がった瞬間、さらに速度が上がる。



「うららららららららららら!!!」



 高速の拳撃が何発も繰り出される。


 常人からすれば何も見えないし、武人が見ても手がいくつもあるように見えるほどの速度だ。



 ドガドガドガドガドガドガドガドガッッ!!



 これが格闘ゲームならば、恐るべきヒット数が表示されるだろう。それだけの連続拳打が、ヤキチの顔面、肩、胸、腹に叩き込まれる。



「ごふっ…」



 ヤキチの体力が一気に削られ、ついに拳撃から解放された彼の身体が―――吹っ飛ぶ。


 ヒューン ドンッッ!!


 再び飛ばされて壁にぶち当たるが、今度は起き上がってこられない。それだけのダメージを受けたのだ。



「ふん、一昨日来なさい!!」


「おお、女衛士さんが勝ったぞ!!」


「キシィルナさん、すげーーー!」



 悪漢を倒して悠然と立つその姿は、まさに女傑と呼ぶに相応しい。周囲の衛士や一般人からも一斉に声援が飛ぶ。


 普段は門番なので出番が少ないだけであり、これだけの実力と魅力をそなえる女性も珍しいだろう。


 この都市にはプライリーラというアイドルがいるが、もし彼女がいなければマキがアイドルになっていたかもしれない。



(へぇ、速いね。あの攻撃力であの速度となると、ヤキチではさばけないだろう。同じ攻撃型ならば、パワーとスピードのあるほうが勝つからね。速度はアル先生のほうが上だろうが、威力では断然マキさんが上だな。さっきの踏み込みを見てもそれがわかる。拳の強さは踏み込みにも比例するからね)



 ヤキチの誤算は、マキも攻撃型であったことだろう。そして戦士であったことだ。


 攻撃型の特徴は、ただただ攻撃。相手よりも早く、何よりも速く攻撃することだ。マキはそれを実践したまでだ。


 勝負を分けたのは身体能力の差。


 身体も強靭で素早い剣士もいるが、それは特殊な事例として、基本的には運動能力は戦士のほうが上だ。単純な踏み込みの速度では身体能力が高いほうが有利である。


 しかもマキは腕力と速度に優れた【武闘家タイプ】の武人のようだ。勢いよく飛び出して加速し、真っ直ぐ一点を貫く攻撃は脅威である。


 中国拳法などでも攻撃の際は踏み込みを重視する。踏み込んだ足で大地を叩き割るつもりでいけ、と言われるくらいだ。加速しただけで石畳が割れるのだから、どれだけの威力があるかは簡単に想像できる。


 そんな強い攻撃をあの速度で叩き込まれたら、ヤキチの体力ではもたない。これは当然の結果。地力の差である。




 こうしてマキはヤキチを退けた。


 が、この場にいる戦罪者は彼だけではない。



「でも、こんなに強い武人が暴れているなんて、いったい何が―――っ!」



 次の瞬間、背後に気配を感じた。


 マキは振り向くことをせず、身体を前方に回転させながら後方に蹴りを放つ。


 バキッ!


 その蹴りが、彼女の背後にいた大男に当たる。



「…効かねぇな」



 だがその大男、マサゴロウはたいしたダメージを受けていない。



「なにこいつ!? こんなやつまでいるの!?」



 自身の蹴りがあまりダメージを与えていないことに驚く。まるで一般人が岩を蹴ったような感触が足に残っていた。


 だが、それも仕方ない。マサゴロウの耐久力は、そこそこ本気のアンシュラオンの攻撃を受けても即死しないレベルにあるのだ。


 マキが強いとはいえアンシュラオンには及ばない。逃げながら放った蹴りでは彼に通用しない。



(次はマサゴロウか。なかなかいい組み合わせだな。攻撃力が高いけれど打たれ弱い剣士は倒せた。では、耐久力の高い戦士が来たらどうするかな?)



 ヤキチは打たれ弱かったので対応できたが、マサゴロウは違う。


 懐に入れば先に攻撃するのは彼女だろう。しかしその間に捕まれば、あの男には引き裂きがあるのだ。


 いくらマキでもダメージは受けるに違いない。彼女は攻撃型なので防御は「C」と低い。最悪は身体が割れるかもしれない。


 が、こと戦いにおいてアンシュラオンは冷徹な男である。マキの適性を見るためにも、ここはぜひ戦わせてみたいと思う。



(最悪はオレが治療すればいい。死ぬことはない。それに身内に入れた場合、彼女には重要な役目を任せることも多くなるだろう。強い敵と戦うこともあるかもしれない。それならばマサゴロウ程度には勝ってもらいたいな。さて、どうするかな。普通なら慎重に―――)



 と思っている間に、マキは突っ込んでいた。


 さきほどと同じように速い踏み込みで懐に入ると、連打が始まる。



「うららららら!!」



 ドガドガドガドガドガドガドガドガッッ!!


 ヤキチにやったような高速の拳打が決まる。しっかりと腰を入れて回転させているので威力も高い。


 それによってマサゴロウの身体が揺れるが、ヤキチのように浮き上がることはない。こちらもさすがの耐久力だ。



「…掴めば勝つ」



 マサゴロウは殴られながらも腕を伸ばす。まさにアンシュラオンが予想した通りの展開である。


 マキが初見の相手の能力を知っているわけもない。だからマサゴロウの握力を知らないのも当然だ。


 こうなると接近したことが裏目に出るおそれもあった。




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