255話 「商店街でドンパチするよ」


 ホワイト商会が引き起こした「パニックナイト〈狂乱の夜〉」から三日が経った。


 あの夜だけで、ラングラスを除く各派閥の下部組織が12組、中規模組織の6組が潰された。


 上位組織に大きな被害はなかったものの、それはたまたま主戦場が下部組織の多い一般街から下級街だっただけのこと。これが上級街にまで波及してくればどうなるかわからない。



 グラス・ギースでは【制裁】と呼ばれる『私刑制度』が存在する。



 どこかの派閥の組織、あるいは特定の商会が秩序を大きく乱す行動を取った場合、他のすべての集団によって暴行または処刑(追放含む)が行われる制度である。


 日本でも昔はよくあった「村八分」といった絶縁、隔離制度も私刑の一種で、それによって異物を排除するのは一般的に行われることだ。


 悪く言えば「排除」であり「イジメ」でもあるのだが、腐った枝を放置しておけば樹木全体が腐ってしまう。排除も仕方がない。


 たとえば会社に働かない社員や不正を行う者がいれば、解雇処分にするのが妥当であろう。そうしなければ機能不全に陥って会社全体が壊れてしまう。


 さらに社会全体の秩序を考えれば、その後に訴追を行って損害の回復にあたるべきである。住民が平穏な生活を送るためにも必要な措置だろう。


 ただし、制裁は身内にも必要以上の恐怖を与えることになるので、四大市民の会議によって決められることになっている。


 こうなれば近々「四大会議」が行われるだろう。それは間違いない。



 しかし、それを待ちきれない者もいる。



 またいつホワイト商会が襲ってくるかもしれないのだ。悠長に待っていることなどできない。


 各組は自発的に自衛力を強化する方向に動き出し、「ホワイト商会を見つけたら問答無用で攻撃する」という指針を打ち出す。


 これも本来は勝手な振る舞いになるが、ソブカも言っていたように商会の自衛行為は認められている。その拡大解釈として発案したものだ。


 唯一の妥協点として、領主のお膝元の上級街にある事務所襲撃はせず、あくまで第二城壁内部で発見した場合に限るという条件を出すことで、これらの行為はグラス・マンサーからも黙認されることになる。



 だが、これによって被害はさらに拡大することになった。





 パシュパシュッ ドスドス


 パシュパシュッ ドスドス



 その日、グラス・ギースの一般街の表通りから一本裏側に入った裏通りで、聴き慣れない音が響く。


 空気が吹き出すような音と鈍い衝突音。どちらも一般人には馴染みがない音ばかりだ。


 しかし、そうした軽い音のわりに、起こっていることは実に目を疑うような惨劇。



「いつまで逃げてんだぁ、このやろうがぁ!!」



 パシュパシュッ



 ホワイト商会のヤキチが、逃げていく男たちを後ろから銃で撃っていた。


 最初は相手から仕掛けてきた戦いだったが、銃を奪って反撃を開始したら呆気なく逃げたので、今は追っているところだ。


 相手の素性は、もちろんマフィア。派閥はわからないが、どこかの武闘派組織だと思われる。



「ま、待て!! ここは戦闘禁止区域だぞ!!」



 男は手を振り、周囲に人がいることをアピールする。


 最初に戦っていたのは下級街の下層部だった。あのあたりは危ない店も多いので、いざこざは日常茶飯事だが、現在は一般街の表通りに近いエリアだ。


 一般の買い物客も多いし通行人だっている。流れ弾に当たれば死んでしまう危険性すらあった。



 よって、戦闘禁止。



 当然ながらグラス・ギース内部では、戦闘禁止区域での争いはご法度だ。


 プライリーラがソブカたちを止めたのも、こうした規定があり、なおかつ違反者には制裁が科せられる可能性があるからだ。


 この男もそうした決まりを知っているからこそ、この場所に逃げてきた。そうすれば停戦できると信じて。


 が、所詮はこの都市で暮らす人間の発想である。筋者でもルールに縛られているからこそ失念していた。



 無法者とは、法を守らないからこそ無法者なのだということを。




「それがどうしたよぉお! 死ねや!!」



 パシュパシュッ ドガドガッ


 ヤキチは迷わず発砲。撃った弾が近くの家の壁に当たって穴があいた。



「くっ、本当に撃ちやがった!!」


「当たりめぇだ! タマの獲り合いだからなぁ!!」」



 スカスカッ


 再び銃を撃とうとすると、空気が漏れる音だけで弾が出ない。弾切れである。



「使えねぇなぁ、こいつは! ったく、東側の銃はポンコツばかりだぜ!」



 ヤキチは西側から来たので、二発撃つごとにリロードしなければいけないグラス・ギース製の銃の不便さをよく知っていた。


 ただ、そもそもヤキチは銃の扱いが苦手である。良い銃でも当たらなかっただろう。


 ぽいっと銃を投げ捨て、いつものポン刀に手をかける。



「やっぱりこっちじゃねえとなぁ!! おら、待てやぁあ!!」


「ちくしょう!! ルールくらい守れ!!」


「なめてんのかぁよ! おらぁたちは天下のホワイト組! 無法者に法を説くんじゃねぇえ!! 馬鹿かぁ、てめぇはよぉ!」


「く、くそがぁあああ! ちくしょう!」



 草履なのにやたら速いヤキチが近くにまで迫る。


 男はナイフを持って抵抗しようとするが―――



「遅ぇえ!」



 ザク ブシャッー



「ぎゃっーーー!」



 ヤキチのポン刀が男を肩から切り裂き、そのままの勢いで真っ二つにする。


 どちゃっと血に塗れた身体が石畳に崩れ落ち、絶命。



「へっ、たいしたことねぇな。口ばっかりじゃねえかぁ」



 バシュパシュッ ドスッ



「いてっ」



 倒した死体を足蹴にして愉悦に浸っていたヤキチに、遠くから発砲があり、身体に一発の銃弾が突き刺さる。


 弾丸は腹に命中しており、サラシから血が滲んでいるのがわかった。


 が、戦気で身体をガードしているヤキチに対しては、所詮その程度にすぎない。皮と脂肪と、軽く筋肉を傷つける程度のダメージである。


 銃の威力が普通よりも多少弱いことと、遠くからの銃撃という条件下では、防御力の弱いヤキチでさえ倒すことは困難だ。


 しかも、ヤキチたちは自分たちの怪我を怖れる必要がない。


 ジュワァッと湯気のようなものが傷口から湧き上がり、急速にその傷を癒していく。



「ヤキチ、一人も逃すなよ」



 ヤキチの後ろから黒い少女を連れた白い少年が歩いてきた。


 二人とも仮面を被っているので顔は見えないが、存在感と圧迫感が桁違い。誰よりも危険な雰囲気を醸し出していた。



「表通りにも逃げたぞ。見せしめに両断しておけ」


「へい、オヤジぃ。わかってまさぁ」



 アンシュラオンの言葉を受けて、ヤキチは喜々として走っていった。その目は輝き、希望に燃えている。


 そう書くと青春物語のようにも思えるが、ポン刀を持って逃げた構成員を追う姿は、通行人からすれば悪鬼羅刹の類と何ら変わらない。


 事実、走る害悪となっている。



「おら、邪魔だ! どけっ!」


「ひぎっ!」



 ヤキチは曲がり角でカップルの男性を蹴り飛ばしてドリフトをかけ、速度を緩めずに表通りへの道を走っていく。


 あの先はここよりももっと人通りが多い場所なので、彼が暴れるだけで相当な迷惑になるに違いない。



 そして、害悪なのはヤキチだけではない。



「ぎゃーーー!」



 ヒューーーンッ ドガシャッ!!



 今度は違う方向から別の男が飛ばされてきて、建物の中に転がっていく光景が見えた。


 マサゴロウが違う組の構成員を追いかけてここまでやってきたのだ。


 気がつくと、そこら中で所構わず抗争が勃発しており、下級街だろうが一般街だろうが、表通りだろうが裏通りだろうが関係なく被害が出ているようだ。


 通行人も巻き込まれる事態になっているが、もはや誰にも止められる状況ではない。


 ヤクザ映画のように街中で抗争が起きているのだ。いったい誰に止められようか。




 ヒューーンッ ゴスッ



「ぐぎゃっ」


「…ん?」



 人が飛んでくるのは慣れているが、今度はさきほど投げ込まれた家屋から投げ返されてきたので、ふと目を向ける。


 するとそこは、自分がよく知っている店であった。



「ったく、昼間っから何事だ。店が壊れちまうだろうが!」



 そこから出てきたのは、大きな身体をしたハゲの男。武器屋「バランバラン」の店主であった。


 いきなり男が店に飛び込んできたので、邪魔だから放り出したのだろう。あの身体は伊達ではないようだ。なかなかのパワーである。



「よっ、おっちゃん。元気にしてた?」


「ん…? お前は…んん? なんかその仮面、見たことあるな…」


「オレだよ、オレ、わかる?」


「んむむ……」



 店主はしばらく怪訝そうに仮面を見ていたが、突如脳裏に【あの顔】が思い浮かぶ。



「って、小僧じゃねえか!!」


「おっ、さすがおっちゃんだ。よくわかったね」


「そりゃお前、そんな特徴的な仮面があればすぐにわかるだろうさ。白くなっているが自分が売ったものは忘れねぇよ。わかんねえやつがいたら、それはほんまもんの馬鹿ってやつだ」



(なるほど。やっぱりイタ嬢は頭が悪いんだな)



 店主でもわかるのだ。イタ嬢がおかしいことが証明された。


 あれだけの目に遭っていて気付かないとは、逆に器が大きいのかもしれないが。



「それにしても、こいつはどういう状況だ? どうやらお前も関わっているみたいだが…」


「前にオレが言っていたことを覚えている?」


「もしかして…ドンパチが始まるってやつか?」


「そうそう、それそれ」


「こいつは驚いた。本当に起こるなんてな…」



 店主は改めて裏通りの状況を眺める。


 すでに危険を察知した住人は逃げているので、巻き込まれて倒れている人間以外に人通りはまったくない。


 長年ここで商売をやっているが、こんなことは実に久しぶりである。



「どうりで客が来ないと思ったぜ。なんだこの営業妨害はよ!」


「それっていつものことじゃないの?」


「かー、相変わらずだなぁ。仮面を被っても何も変わりゃしねえ」


「まあ、被っただけだしね。それよりせっかくだ。銃をもらおうかな。ここにあるんだよね?」


「あるけどよ、商会証明書はあるのか? それがないとさすがに売れないぞ」


「ああ、大丈夫。ちゃんとあるよ。はい、これ」


「ホワイト商会(仮×22)? この数字は何だ?」


「長くなったからね。省略しただけ。普通にホワイト商会だけでいいよ」


「ホワイト商会…そういえば、この前来たやつらが話していたな。まさか小僧のところだとは思わなかったが…」


「おっちゃんも知っているんだ?」


「最近、ちょっとずつ客が増えてきてな。その大半がマフィア連中だったんで訊いてみたんだよ。そうしたら誰もが『ホワイト商会を倒すため』とか言っていたぞ」


「なら、売り上げが上がったことに感謝してもらわないとね。荒れたほうが武器屋としては儲かるでしょ?」


「感謝したいところではあるんだが…大丈夫か、これ?」



 それが外の荒野での話ならば大歓迎だが、店舗の目の前で起こっているとなれば話は別だ。


 都市内部かつ、こんな真昼間から人通りの多い場所で戦いが起きるようになったら、前に店主が言っていたように末期である。まったく未来が見えない。


 だが、逆の見方もできる。



「大丈夫かどうかは都市の生命力の問題だろうね」


「生命力?」


「そう、生きる力、活力だね。この都市は老人かもしれないけど、老人だって元気にがんばっている人はいるもんだ。この刺激に反応するだけの底力があるかどうかだよ」


「うーんと…それはつまりだ、老い先短い寝たきりのやつを強引に叩き起こして、走らせるみたいな感じか?」


「そんな感じかな」


「そんなことさせたら死ぬんじゃないか?」


「もしそうなったら仕方ないよ。どのみち家が潰れそうになったらどんな言い訳も通じない。死ぬ前に走って逃げるしかないんだからね。今起こるか後で起こるかの違いだけだよ。どうせ起こるなら少しでも若い頃のほうがいいでしょう? そのほうが生き残る可能性も高まるし」



 サナや自分のスレイブのために都市の安全性は確保したいが、この程度で揺れるようならば安易に信じるのは危険だろう。


 普通に生きていても騒動に巻き込まれるので、アンシュラオンは事前に自分の敵を排除しているだけなのだ。


 家に出たゴキブリを追い回して、床をドタドタ走っているだけにすぎない。


 もし仮にこれで潰れるようならば、そもそも家屋そのものが弱っていた証だ。いつ台風が来るかもしれないのに、そんな家に悠長には過ごしていられない。


 逆にまだがんばれるだけの力があるなら、それはそれで結構なことだ。引き続き住んでもいいだろう。


 ただしそれならば、なおさらゴキブリは排除しなければならない。どのみち抗争は不可避である。



「うーむ、起こっちまったものはしょうがないな」


「いいの? 街が滅茶苦茶になるかもよ?」


「今回の原因はよくわからんが、昔はこうした争いもそこそこあったもんだ。城壁内部にいると鬱憤が溜まるからな。適度に発散させないといけない。そもそも喧嘩が駄目なんて思うほうがおかしい。どっちが上かをはっきりさせないと争いってのはなくならないしな」


「はは、その通りだね。おっちゃんとは気が合いそうだ」



 武器屋の店主をやっているせいか、彼の考え方も非常にはっきりしているようだ。そのあたりは好感が持てる。



 同時に、その考えの中には【住人の総意】も垣間見えた。



 上下関係がはっきりしないから諍いが起こる。ならばそのあたりをはっきりさせて、さっさと治安を回復してくれ、というものだ。


 普通に暮らしている人間にとって、裏側の利権などどうだっていいことだ。彼らは日々の生活を送り、それなりに幸せな人生を得られれば十分なのである。それ以上は望んでいない。


 となれば、争いを否定して鬱憤を溜め続けるより、損害が少ない段階で白黒はっきりさせたほうがいい。


 もちろん本心としては誰もが「喧嘩は外でやってくれよ!」という心境だろうが、城壁で覆われているのだから仕方がない。それも城塞都市で暮らすための知恵と受容なのだろう。




「ほら、銃だ」


「サンキュー」



 店主がカウンターの下にあった銃を一丁、放り投げる。


 衛士たちが使っている銃と同じで、二発装填タイプの木製銃である。


 アンシュラオンとしては不満が残る低品質のものだが、サナやホロロに渡した改造銃は数が少ない。


 こうして戦いが頻繁に勃発するとなると、いくらか多めに予備を手に入れたほうがいいだろう。もうホワイト商会は悪事が知れ渡っているので、武器屋で買っても問題はないはずだ。



「何丁いる?」


「今は一丁でいいや。あとでまた発注するよ。弾だけたくさん頂戴」


「おうよ。どう言えばいいのかわからんが、がんばれよ」


「余所者だけど応援してくれるの?」


「んなもん関係ねえよ。俺たちだって最初は外から来たもんだからな。どんどん外から血を入れないと衰退しちまうってもんさ」


「それもそうだね。サンキュー、がんばるよ」





 銃を持ってサナと一緒に外に出る。


 思えば地球時代に本物の銃を持ったことがなかったので、なんとなく肩に担いでみたりして気分を出してみる。



(銃か。昔は憧れたもんだが、今になってみれば貧弱な武器だよな。弾丸を直接投げたほうが強そうだ。…さて、あいつらはもう敵を始末したかな?)




 そう思って曲がり角に向かって歩いていくと―――



 ドヒューンッ バゴンッ!!



 何かが飛んできて、少し離れた場所の街灯にぶつかり、そのままへし折ってしまった。



 飛んできたものは、人間。



 そこにはヤキチが転がっていた。



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