254話 「道化の配役 後編」


「ぐあっ!!!」



 ワカマツの足にナイフが突き刺さる。



「くううっ…そおおっ!! やりやがった…なぁ! ホワイト!!」



 突然の攻撃と痛みに驚き、思わず足に触れようとするが―――



「ぼんっ」



 アンシュラオンの声と同時に―――爆発。



 ナイフにまとわせた戦気が爆発し、両足が吹っ飛ぶ。


 ついでに押さえようとしていた手も焼け焦げ、その際に指も何本か吹っ飛んだ。



「がっ!! あじがぁああぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!! てがぁがああぁあああああああああああああああああ!!」



 さすがにその事態は想定していなかったのだろう。


 絶叫とともに血を撒き散らしながら転げ回る。



「どうした? オレを殺すんじゃないのか?」


「ぐうううあぁああああ! ぁぁぁああ!」



 ワカマツは涙を流しながら悶え苦しみ、アンシュラオンを見る余裕もなかった。


 太ももの根元部分から下は、もう完全に失われている。ぐちゃぐちゃになった肉と骨が剥き出しになっているので、痛いのは当然だ。


 彼は武人のレベルにまで到達していないので、筋肉操作で止血することもできない。グラス・ギースの医療技術を考えれば、このままではすぐに失血死するだろう。


 さらに爆発した位置を考えると、男にとって絶対に失ってはいけないモノにまでダメージが及んだ可能性が高い。最悪である。


 だが、殺しはしない。



「そんなに痛いのか? ならば治してやろう」



 アンシュラオンは命気を放出して傷口を塞いでいく。


 ただし再生はさせないので、傷は治っても足と一部の指は失われたままとなる。


 手足を失った障害者のように、怪我の部分だけがつるんと丸みを帯びた皮膚で覆われる形で終わらせる。


 もとより命気は破損や欠損箇所の修復には向いていない。無理ではないが、ここまで粉々になると治療は面倒である。これで十分だろう。


 また、これでこそ意味がある。



「代償はもらったよ。オレにたてついた罰だと思え。お前は今後一生車椅子で過ごしな」


「ぐぞぐぞぐぞぐぞおごおごごあああああ!! ほわおいいととお!!」


「叫んだって足は増えないぞ。ははは、まるで芋虫みたいじゃないか。力の流儀を否定した者に相応しい姿だ。お似合いだよ。で、どうだ? 今の気分は? ええ、おい? ぐにっ」


「ぐやあああああ!」



 ギュウウウッ


 指が半分になった手を踏んでやる。ワカマツはジタバタするが、足がないので、もがくことしかできない。


 その姿は、まさに芋虫。何の抵抗もできない虫けらである。



「いやー、これでお前も弱者のお仲間入りだな。マフィアの世界は保障や介護保険はどうなっている? ちゃんと世話をしてくれるのか?」


「ほわほわ…ほわい…とおお!! よくもよくもよくもぉおおおお!! コケにぃいい! お、おれをぉおおコケけえええええにいいいいいい!! こけにいぃいいいい!」


「あん? 何を言っているのかよくわからないぞ。口は無事なんだから、もっとちゃんとしゃべれよ。じゃあ、オマケでこっちもやってやるか」



 ボッ メラメラメラ


 ワカマツの頭が―――燃える。


 アンシュラオンが火気を使って髪の毛を燃やしたのだ。毛が燃える嫌な臭いが立ち込める。



「ぎゃああああああああああああああああああああああ!! あづあづあづううううううううう!」


「はははは! 焼き芋虫だな。ほらほら、早く消さないと大火傷だぞ」


「がうあああああ!! ああああ!!」



 ゴロゴロゴロゴロッ ガンガンガンッ


 ワカマツはいろいろなところに頭をぶつけ、必死に火を消そうとする。


 その際に切ったのか、頭からは出血も見られた。



 ドンドンドンッ ガンガンガンッ


 ドンドンドンッ ガンガンガンッ


 ドンドンドンッ ガンガンガンッ



 そして、ようやく火を消し終えた後には、半ば炭化して黒焦げになった頭皮が残った。


 髪の毛は、ほぼ焼失。


 よく漫画で見るような、頭が燃えた人みたいな状態になってしまっている。



「あああーーーー! よくもよくも!! よぐもぉおおおおお!! ホワイトォオオオオオオ!! おまえは…ごろっ…ごろっ、ごろじてええええ! おばええおえおおおごろじでええええ―――がくっ」



 壮絶な表情を見せながら、ワカマツが気絶。


 火傷の痛みというよりショックと怒りのほうが大きかったようだ。激しい精神の高ぶりで意識を失ったのだろう。


 目を見開き、口を大きく開け、現世を憎む悪鬼のような顔つきになっている。人間の憎悪とは、いかに凄まじいかを思い知る姿だ。


 人間の可能性は上に向くこともあるが、下に向かうこともある。


 最高の愛を示す女神になることもできれば、このように負の感情に囚われて鬼になることもできるのだ。


 彼が目覚めた時、最初は夢だったのかと思うかもしれないが、その足を見て大きな衝撃を受けるだろう。



 そして、ジワジワと心が蝕まれていく。激しい、とても激しい感情に。



 それが後悔なのか怒りなのか、それ以外の感情なのかは当人にしかわからない。



 それからアンシュラオンは、モザートに向く。



「一応訊いておくけど、グマシカの居場所って知らないよね?」


「知ってどうされます?」


「ずいぶんと良いご身分みたいだからね。その財産を分けてもらおうと思っただけさ」


「うちらは人を商売道具にしています。そう簡単に奪えるようなものではないと思いますがね」


「そうだね。人間ってのは面倒だからね。でも、オレが欲しいのはスレイブだ。それだけ奪えればいいかな」


「スレイブ…ですか。ご自分の王国でも作られますか?」


「あんたらはスレイブをずいぶんと低く見ているようだね。まあ、それも自由だけどね。ただ、気に入らない相手は遠慮なく潰させてもらうよ。もう一度訊くけど、グマシカはどこにいる?」


「知りません。本当です。私のような下っ端では、到底オヤジの居場所なんて知れるわけがない。そのあたりはもうご存知なのでは?」


「…そっか。やっぱり普通に捜しても見つからないようだね。何か抜け穴がありそうだな…」



 ここに来る前、マングラス一派の組を二つ潰している。


 その中にはスレイブを担当するラギャット商会も含まれていた。モヒカンの八百人もそこにみかじめ料を払っているので、前々から存在は知っていた商会だ。


 そこの組長も問い詰めたが、グマシカの居場所についてはまったく知らなかった。


 こうなると普通の方法では見つからない気がしてきた。やはり裏側から攻めるしかないようだ。レブファトに期待しよう。



 そんなアンシュラオンの様子をモザートは静かに注視していた。



(知能のある魔獣ほど怖ろしいものはいない。人間の狡猾さと魔獣の強さを持っていれば、それはもう化け物だ)



 彼らにとっての一番の脅威は魔獣なので、モザートもアンシュラオンを魔獣にたとえる。


 だが、その魔獣がグマシカを捜していることに妙な引っ掛かりを感じてならない。



「ホワイトさん、オヤジには近寄らないほうがいいですよ」


「どうして? 勝てないと思った?」


「いえ、どうでしょう。いくらあの二人が強くても、あなたならやれそうな気がしますよ。ただね、なんというか…『会わないほうがいいんじゃないか』…と、そう思っただけです」


「ん? 不思議な言い回しをするね。どういうこと?」



 今までの組長は誰もそんなことを言わなかったので、ふと興味を惹かれる。



「根拠なんてありません。ただの勘です。勘ですから、それが『誰にとっての不幸』かもわからない。ただなんとなくそう思っただけです」


「…なるほど、勘か。気をつけたほうがいいかもね」


「馬鹿にしないんですね」


「勘ってのは直感だ。理屈も大事だけど、そっちのほうが人間にとっては一番重要なものだと思うよ。最後は結局インスピレーションだからね」



 どんなにデータが揃っても、最終的にどうするかは「印象」「感覚」「直感」といったもので決めるしかない。


 その中でも印象や感覚は先入観に囚われがちなので間違えることも多いが、直感だけは前触れもなく突如として正解を導き出すことがある。


 しかもたいていの場合、すでに根拠となるものを得ていることが多い。


 それが言葉にできないものなので勘という言葉に頼るしかないが、どこかの段階で「結論」になった瞬間、直感となって示されるようになる。


 だから直感こそ、もっとも信用できるものなのだ。


 アンシュラオンがサナを選んだのも、シャイナやサリータを選んだのも感覚や感性、直感といったものが大きなウェイトを占めている。


 そして、モザートは長年の経験を大事にして生き延びてきたタイプの人間だ。


 その彼が忠告するのだから、何かしら気になっていることがあるのだろう。だが、問い詰めたところで当人は口にしない。口にできないのだ。あくまで感覚だから。


 そういった忠告は素直に聞いたほうがいい、というのが前世からの教訓である。


 もちろん会わないわけにはいかないので、気をつける程度のことしかできないのだが、注意してしすぎることはないので心に留めておく。




「それじゃモザートさん、挨拶もそこそこで申し訳ないけど、オレたちは帰るよ。まだ今晩中に襲わないといけない事務所がいくつもあるんだ」



 倒れたワカマツを足でどけながら、アンシュラオンは部屋の入り口に戻っていく。



「ホワイトさん、ここまでやったらもう止められないですよ。あなたは今までギリギリのラインで止まっていた。だからこっちも本格的には動かなかった。だが、事務所を襲ったらもう終わりだ。制裁は間違いなく起こります。マングラスだけじゃない。他の派閥も加わります」


「そうだろうね。ぜひそうしてほしいよ」


「…それが狙いですか。正直、私には正気とは思えませんよ。それとも老いましたかね」


「人間には限界がある。分を知るのは悪いことじゃない。あんたという人間は自分の器を知り、そこで満足している。それだけのことじゃないかな」


「では、あなたはどこまでいけば満足なさるんですか?」


「ははは、あんたらは大げさに考えすぎだなぁ。こんな小さな都市だから大きく見えるけど、この東大陸全体から見れば小さな事件でしょう? 都市が滅亡するなんて珍しくもないって話だからね。それと比べればたいしたことじゃないさ。こんなものは遊びと同じだよ。だからあんたも楽しめばいいのさ」



 そう言って、アンシュラオンたちは出て行った。


 ゲロ吉と同じく、残ったのは組長であるモザートだけ。あとはかろうじてワカマツが生きているくらいだろう。


 マフィアの下部組織の組長は、そのさらに上の組織の構成員なので、これがマングラスに致命的なダメージを与えるわけではない。


 しかし、戦いの火蓋が切られたのは間違いない。ここまでやったのだ。もう話し合いでどうにかなるレベルではない。



 ただ、アンシュラオンを直で見たモザートは、そこに奇妙な「期待感」を感じてもいた。



 自分の組をここまで壊された人間ならば激怒は必至だろうが、なぜかそうした感情が湧いてこない。


 今自分の目の前で倒れているワカマツとは、まったく真逆のことを考えている。



(フロンティア…か。久々に聴いたな。俺が若い頃、親父の世代は口癖のように言っていた。そうだ。ここはフロンティアだ。この大地に生きる者ならば【夢】を見なくては生きているとは言えない。腑抜けたのは…俺らのほうか)



 この時、モザートは気付いた。


 マングラスの中に取り込まれて機械的に生きてきた自分が、いかに小さな存在であったかを。


 循環する優れたシステムに『生かされてきた』ため、自分で生きることを忘れてしまっていた。


 何かをするにも上にお伺いを立て、許可が下りたら実行する。そんなことを繰り返しているうちに自分を見失っていた。



(俺たちはまるで『人形』だ。自分で考えることを忘れていた。…だが、俺の器ではこれが限界。これ以上は無理だ。…だが、あの男ならば…)



 制裁が起こることを楽しんでいるようなそぶりすら見受けられる。


 そこにあるのは自己の強さへの矜持なのか、あるいは狡猾さなのか、それ以外の何かか。


 どちらにせよ、良くも悪くも期待感を抱かせる男であったのは間違いない。あの男は何かをしでかす。そう思えてならない。






(やれやれ、またハズレか。まあいい。サナの養分にはなったしな)



 外に出たアンシュラオンは、汚れたサナを綺麗にしていた。


 (お面だが)その顔はとても嬉しそうだ。返り血を浴びたサナが成長していくのが嬉しいのだろう。


 殺せば殺しただけ強くなる。それもまた陽禅流の教えだ。



「…オヤジ、【アレ】は殺したほうがよかったんじゃ?」



 アンシュラオンにマサゴロウが話しかける。



「あの男のことか?」


「…おれにはわかる。あいつは…害悪になる」


「それは裏スレイブの直感ってやつかな」


「そんなところです」



 長いこと裏の世界にいたマサゴロウは、直感的にワカマツが危ないとわかったのだろう。


 殺せる時に殺すことはとても大事だ。それによって安全を確保できるので躊躇ってはいけない。アンシュラオンも常々そうしてきたつもりだ。


 しかし、「危険を欲する」のならば話は別だ。



「それでいいんだよ。大きなステージには【道化】も必要だ。あいつがその役どころになってくれるのならば、それでいい。他にも種は蒔いたし、どれか一つだけでも実ってくれれば御の字さ」


「…オヤジは怖いな」


「そうか? こんなに優しいやつはいないと思うけどな。だって、オレが支配したほうが(男以外は)みんな幸せになるしな。なぁ、黒姫。お前もそう思うだろう?」


「…こくり」


「そうかそうか。それじゃ、次行くか。次もたっぷり血を吸わせてやるからな」




 その後もホワイト商会の襲撃は続き、次々と組が滅んでいく。



 彼らは、一線を越えた。



 表に出ていた兵隊を殺すならばまだしも、その巣穴に直接乗り込んできたのだ。こうなれば相手も必死に反撃するしかない。



 裏社会の抗争が、ここからさらに激化していく。





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