250話 「パニックナイト〈狂乱の夜〉 前編」


 ほどなくして、アンシュラオンとサナがその場に戻ってきた。ハンベエたちも一緒だ。


 そこにいたのは、制御を取り戻しておとなしくしている闘人アーシュラと、無残に死んでいるアル先生であった。



「この男、口調がお笑いのわりにはがんばったようだな。こいつにこれだけの傷を付けるなんて普通の武人にはできないことだ。あんた、よくやったよ」



 アル先生に敬意を表する。


 実力差はすでに理解していたにもかかわらず最後まで戦いきったのだ。見事な散り際である。



(しかし、勝手に反応するんだな。操るときは気をつけないと危ないか。まあ、『武装闘人』や『闘神とうしん』のほうでなくてよかったよ。あれだったら、このあたり一帯が吹き飛んでいた可能性もあるし)



 正直なところ暴走は想定外。もともと制御下でしか使ったことがない技だったので過信していた部分はある。


 それ以前に火怨山三人組の前には捨て駒にしかならないので、そこまで使い込んだ記憶はなく、完全に油断していた。


 今後は制御下から外さないように気をつけたほうが無難であろう。


 ただ、これもまだ不幸中の幸い。仮に『武装闘人』や最上位の『闘神』であったならば、この程度では済んでいないはずだ。



 闘人アーシュラは初期型闘人であり、さらに進化させると武装してより強力な闘人になる。それを『武装闘人』と呼んでいる。


 現在非武装のアーシュラが鎧やら武具を装備するのだ。闘人には因子タイプは存在しないので、武具を自由に装備させることができるのもメリットだ。


 武装闘人の戦闘力は初期型の数倍。フル武装ならば三倍以上は間違いない。その状態ならアル先生は初手で即死だっただろう。


 さらにあまり使うことはないが、闘神操術を使った闘神『阿修羅』という持ち駒もいる。


 アンシュラオンが「オレの名前って阿修羅に似てない? カッケーよな!」と、元日本人らしい中二病を発揮して生み出した闘神であり、さまざまな特殊能力も持っているので戦闘力も闘人の比ではない。


 ただ、最初は楽しかったのでよく使っていたが、やはり燃費効率が悪く、自分で戦ったほうが楽ということに気付いてからは、ほぼお蔵入りにされている『神』である。


 ちなみに独特の造詣に興味を覚えた陽禅公が詳細を訊いてきたので、中二病知識を教えたらあっさりとパクられ、「十二神将」を模した闘神を作って対抗してきた。


 勝負の結果は、陽禅公の圧勝。


 遠隔操作の腕前は師匠のほうが数段上なので、数の暴力でフルボッコにされて酷い目に遭った。その意味でもトラウマだ。


 弟子の技をあっさりとパクる。怖ろしいほど卑劣だが、それほど強さに貪欲でなければ覇王になどなれないのかもしれない。



「お前はもう消えてろ。ご苦労だったな」



 アンシュラオンが闘人を消す。


 消え方は、バシュンと一瞬で弾けるようにいなくなる。まるで幻のようだ。




「敵は全員逃げたか死んだようですね。これからどうします?」



 闘人を物珍しそうに見ていたハンベエが訊ねる。



「今夜はこれでいい。こいつらのおかげでハングラス側に力が残っていないことがわかった。もう襲撃はないだろう」


「けっこう派手にやりましたからねぇ。では、次はこっちの番ということですね」


「そうだな。あいつらも襲撃を仕掛けてきたんだ。襲われても文句はなかろう。明晩、予定通りに一斉に仕掛ける。お前たちは各自担当エリアに戻って準備を進めておけ。倒れた馬車はそのまま残しておけよ」


「了解しました」



 ハンベエと戦罪者は、すっと闇に消えていく。


 横倒しになった馬車をそのままにするのは、ここでいかにも両者に損害があったことを示すためだ。


 そのために半壊した仮面もいくつか置いておき、同時に毒で死んだやつの顔を破壊して見分けをつかなくさせる。


 これでホワイト商会にもダメージがあったと錯覚させることができる。所詮小細工だが、一日時間を稼げればいい。



 アンシュラオンはハングラスの襲撃を待っていた。



 これが一つのきっかけになることを知っていたからだ。


 プライリーラも言っていたように、他の派閥はハングラスの報復が終わるのを待っている状態だ。


 あわよくば、そこで終わってくれればいいとさえ思っている。自分たちはあまり関わりたくないのだ。彼らは諍いを欲していないのだから、誰だってそのほうがいいに決まっている。


 だが、そうはいかない。より多くの利益のために火種はさらに撒かねばならない。


 そのタイミングがここ。彼らが巣穴でじっとしているところを一斉襲撃である。それが明晩というわけだ。



「…じー、さわさわ」


「お面が気に入ったか?」


「…こくり」



 サナは今、お面を触っている。狐面が被っていたもので、当然命気で消毒済みのものだ。


 ハンベエたちが他の狐面を全滅させ、無事だったお面四つ(二つは割れた)を回収できた。


 詳細は鑑定屋で調べないとわからないが、アンシュラオンから見ても特に怪しい動作はないので、呪具といった怪しいものではないようだ。


 仮に呪具であってもアンシュラオンが触れば逆に支配下に置いてしまうので、精神汚染も形無しであるが。



「行くか、サナ。これからまだまだ燃え上がるぞ。そのすべてをお前に捧げよう。それを【喰らって】、もっともっと強くなるんだぞ」


「…こくり」


「と、リリカナさんを忘れていたな。あの人は戻してあげないと」



 その後、馬車で縮こまっていたリリカナを助け、白馬車でホテルにまで戻らせた。今夜はこれで終わりだ。







 時間は進み、翌晩。


 宵闇が広がり、街が静かに眠りに入ろうとしている頃、一般街の裏手にある事務所でゲロ吉が唸っていた。



「ううむ…」



 手に持っているのは、昨晩の戦いの報告書である。


 今朝方、組の者が現場を調査した結果をまとめたものだ。


 そこにはハングラス側の戦闘要員の多数が犠牲になったことと同時に、ホワイト商会側の被害も書かれていた。



(こっちの死者は二十八人、相手の損害は馬車二台と戦罪者四人…か。ホワイトの死体はなかったし、微妙なところじゃのう。オヤジには報告しづらいか)



 ゲロ吉の組(ゲロ吉が組長)は、「ハン・スザン商会」。同じ武闘派であるザ・ハン警備商会の下部組織に位置し、彼らの支援や、細々とした暴力系の仕事を担当する組である。


 戦闘力ではザ・ハン警備商会に相当劣るが、今回はグランハムの仇討ちという側面もあり、彼に任された経緯がある。


 だが、結果としては微妙。


 費用対効果という意味でも、正直割りに合わない被害が出ている。


 特に損害にうるさいオヤジことゼイシル・ハングラスに伝えるには、それなりの度胸が必要だろう。


 そして、もう一つ気になることがある。



(やはり先生は死んでしまったのかのぉ。死体は出てこなかったというし、黒狐の連中も行方知れず。あの後、いったいどうなったんじゃ…)



 調査では、アル先生と狐面の死体は出てこなかった。血痕は見つかっているが死体はないのだ。


 逃げおおせた組の連中も少なく、その後に何があったのかは誰にもわからない。そこで困惑しているというわけだ。



(先生のあの様子を考えるに、やられてしまったのかの…。あんな化け物に立ち向かうだけでも、それはそれで立派なことだと思うが…悔しいのぉ。先生には生きていてほしかったもんじゃ)



 わずかな付き合いだったが男を見せてくれた。さすが助っ人の先生である。


 大陸出身者は、こうして死に物狂いで結果を出すことで有名だ。だからこそ雇い手が増え、若手の拳法家の育成につながっていく。


 アル先生が死んだとしても無駄にはならないのだ。その勇姿は語り継がれることになるだろう。



(しゃあない。オヤジに報告じゃ。一応、ホワイトにもダメージは与えたはずじゃしな。なんとか勘弁してもらうしかないじゃろう)



 納得するかはともかく、ホワイト商会相手に被害は出せたのだ。グランハムでもできなかったことを思えば、これだけでも価値があることだ。


 そう思って立ち上がった時である。



 コンコン



 扉がノックされる。



「オジキ、俺です」


「ああ、ザメかい。入れ」



 扉を開けて入ってきたのは、ザメス・ゴン。


 ハン・スザン商会の若頭をやっている男で、ゲロ吉の一番の部下となる。その彼は、なんとも言えない表情を浮かべていた。



「なんじゃ、変な顔をしてからに。何があった?」


「それがその…今、来てまして…」


「ん? 誰がじゃ?」


「その…雇った連中なんですが…」


「雇った連中? まさか、先生方のことか!?」


「は、はぁ。た、たぶん」


「たぶんとはなんじゃ! おお、生きておったんじゃな! よかったのぉ! 下にいるんか?」


「へ、へい。ですが、その…」


「こうしちゃおれんわ! もてなしの用意じゃ!」


「あっ、オジキ!」



 ゲロ吉はザメスの言葉もよく聞かず、急いで階段を下りて応接室に向かう。


 その顔には興奮した様子がありありと浮かんでいた。



(先生が生きておった! ちゅーことは、死んだのはベンケイってやつのほうかい! こりゃ愉快じゃな! ホワイトのやつも、さぞ悔しがっているに違いない)



 アル先生の決死の覚悟が実ったのだろう。やはり最後は正義が勝つのである。




 ドンドンドンドンッ ガチャッ


 転がるように階段を降り、急いでドアを開ける。



「先生! よくご無事で―――げぇえぇえ!?」



 ゲロ吉が思わず硬直する。目を見開き、凝視せざるをえない。



 なぜならば、視線を向けた先にいたのは―――鎧。



 応接室の中には、なぜか全身鎧を着た何者かが座っていた。その隣には黒狐が二人いるが、鎧のほうが気になってしまって目に入らない。



「………」


「どうしたアル? 何かおかしいアルか?」



 呆然としているゲロ吉があまりに不自然だったのか、アル先生(鎧)が話しかける。


 その声に正気を取り戻し、ゲロ吉が跳ねるように姿勢を正した。



「あっ!? い、いえ…せ、先生…ですよね?」


「そうアル。ワタシ、アル先生あるヨ」


「は、はぁ…ですよね。しかしその…なんと言いますか…ずいぶんと変わられたような…」


「どこがアルか?」


「いえ、その……身体とか…急に大きくなっていやせんか? それにその鎧は…?」


「ああ、なるほど。驚くのも当然ネ。じゃあ、証拠見せるアル」



 すぽっと鎧の兜を脱ぐと、そこにはアル先生の顔があった。



「どうアル? これで信じたアルか?」


「え、ええ。疑ってすいやせん。…で、その御姿は?」


「戦いで身体を失ってしまったアル。だから敵の身体を奪ったね」


「そ、そんなことができるんですかい!?」


「これが証拠アル。すぽっ」


「ぎゃーーー! 首が、首が取れとる!!」



 なんと、アル先生の首が取れた。さも当たり前のように、自分ですぽっと持ち上げる。



「驚くことないヨ。中国…じゃなくて大陸四千年の歴史があれば、これくらいは簡単アル」


「そ、そうなんですかい…こりゃ驚きやした」


「わかったならヨロシ」


「それで先生、あのあとはどうなったんです?」


「うむ、あの闘人を倒し、ホワイトを追い詰めたネ。でも、身体が限界で動けなくなって、最後は逃げられたアルよ。すまんアル」


「いえいえ、十分な働きです! ありがとうございやす! これで兄貴も少しは報われます」


「そうアルか。なら、今日は金をもらいたいアル。金を使って身体を整備するネ。これ、大陸四千年の秘術ネ。金がかかるアル」


「あっ、こりゃ失礼。おい、先生に金を用意しろ!!」



 さまざまな契約があるが、傭兵稼業は成功報酬で金をもらうことが多い。


 アル先生のような、ある程度の実力者になれば前金で払うこともあるが、ラブヘイアがそうだったように後払いになることもざらだ。


 アル先生は組員がテーブルに並べた金を数え、そっと懐に入れた。



「うむ、たしかにもらったある。これでひと安心アルな」


「へい。先生のおかげでホワイトもしばらくは動けないでしょう。助かりやした」


「ところでゼイシルさん、今どこにいるアル?」


「へ? オヤジ…ですかい? オヤジに何か?」


「いやいや、ちょっと売り込みをしようかと思っただけアルよ。この街、気に入ったアル。用心棒として雇ってもらおうとしただけネ」


「なるほど。じゃあ、こっちから話を通しておきやす。オヤジは定期的に場所を変えるんで、わしも今どこにいるかはわからないんですよ。兄貴ならともかく、わし程度じゃせいぜい直轄の連絡係に会えるくらいでして」


「…そうアルか。なら、べつにいいアル」


「そうですか?」


「そうアル。だって、嘘アル」


「嘘? 何がです?」


「この首アル」



 アル先生は再びすぽっと首を抜くと、テーブルの上に置いた。


 仕掛けを聞かされていなければ誰もがびっくりする光景だ。こんなの怖すぎる。


 しかし、なぜ彼がこのような真似をするのかがわからず、ゲロ吉は首を傾げる。



「これが…何か?」


「この首、嘘アル」


「首が嘘…?」


「わからないアルか? やっぱりゲロ吉あるな」


「は? …え?」


「ハハハハハハハハハハ。ゲロ吉、愉快ネ! だから楽しいアルよ!! ほわたっ!!」



 アル先生が拳を―――自分の頭に叩きつける。



 バリンッ!! バラバラッ


 あっけなく頭が粉砕。粉々になる。


 ただし頭は凍っていたようで、シャーベット状の塊が周囲に飛び散ったくらいだ。テーブルそのものは汚れてはいない。



「ひぃいいいっ! せ、先生…何を!! 顔が! 顔が潰れちまいやしたよ!! オエエエエッ、グロっ!!」


「だから嘘アル」


「嘘って…偽物の首…ってことですかい? うぇっっぷっ」


「そう、【偽者】。ワタシ、偽者ネ。だから、今日でここも終わりアル」


「は? え?」


「ゲラゲラゲラゲラッ! まだわからないのかよ! ゲロ吉ぃいいい!! わっしょい! どがっ!」


「いたっ! 誰じゃ、後ろから蹴ったやつは!!!」


「オレだよ、オレ。まさかもう忘れたわけじゃないよな」



 ゲロ吉を後ろから蹴ったのは、狐面の男であった。


 アル先生に注意が向いていて気付かなかったが、その男はやけに身長が低かった。



「あれ? そんなに小さかったかの?」


「ほあたっ!」


「ぐえっ!! なに…すんじゃぁ…オエエエエエエ!! オロロロッ」


「ははは! 腹を軽く叩いただけで吐くなんて、やっぱりゲロ吉だな! さて、つまらん芝居も終わりだ」


「何を言って…」



 狐面の男が装束を脱ぐ。



 そこに現れたのは―――白スーツ。



 黒狐のお面に白スーツの男がそこにはいた。



「そのスーツ…は……まさか!」



 見間違えるわけもない。こんな白いスーツを恥ずかしげもなく堂々と着る人物など、今のグラス・ギースでは一人しかいない。


 そう、ホワイトことアンシュラオンその人である。


 アル先生の首を鎧人形にくっつけて芝居をしていたのだ。強いて言えば、単なる余興だ。意味はない。



「アル先生は死んだぜ。狐面のやつらもな。さすがにお前もわかっただろう?」


「なっななっ…!! まさかそんなことが…!!」


「オラッ!」


「がぼっ!!!」



 ボゴンッ ドカーーンッ


 アンシュラオンの声に連動して鎧人形が動き、ゲロ吉をぶん殴る。


 吹っ飛ばされたゲロ吉は壁に衝突。ぐらぐらと事務所が揺れた。




「さあ、お前たちが恐怖と混乱の中で踊り狂う『パニックナイト〈狂乱の夜〉』の始まりだ。手始めにこの組を潰させてもらおうかな」





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