249話 「アル先生の覚悟」


「グゥウウウ」



 威嚇のような声を発し、アーシュラはアル先生を睨む。どうやら完全に敵だとみなしたようだ。


 ただし、敵という言葉は正しくないだろう。


 その目に宿る怒りの中には、自分よりも下位の存在を侮蔑するような光が宿っている。


 闘人からすれば、アル先生など子犬に等しい。子犬が軽く噛み付いたくらいである。


 普通の状態の人間ならば、それを許容できるだけの精神状態を維持しているものだ。「子犬だから仕方ない」「可愛いものじゃないか」と。


 しかし、もともと激怒して制御が利かない人間にそれをしたらどうなるか。



 子犬であっても―――ぶん殴る。



 全力で。思い知らせるように。その犬とはまったく関係ない事情で怒っていたにもかかわらず。


 理不尽な怒りをぶつける!




「オオオオオオオオオオオオオ!!!」




 アーシュラが駆ける。


 闘人が放出する戦気で周囲のものを破壊しながら、アル先生に直進してくる。


 そこからの拳。豪腕が唸りを上げながら迫ってきた。


 アル先生は地弄足で身体を揺らし、回避を試みる。



 それを軽く―――いなせない。



 咄嗟に腕を使ってガード。


 メキョメキョッ ぶしゃっ


 嫌な破壊音を発しながら、アル先生の腕が大きく抉れる。



(ぐっ!! このパワーでこのスピードアルか! さすがにいなせないネ!)



 地弄足は足技なので義足であることも影響したのだろうが、明らかに相手のパワーとスピードが桁違い。


 最初の鎧人形とは質が明らかに異なる。むしろ受けてみてわかる。


 あの鎧は、ボクシンググローブであったと。


 一見すれば金属の塊なので武器にも思えるが、あくまで本物の凶器を覆うための保護器具であったのだ。


 それがなくなり抜き身となった拳は、もはやそれだけで必殺技。荒々しい戦気そのものが、すべて武器。



「オオオオオオッ!」


「くっ! ガードを…」



 アーシュラが再び拳を放ってきたので、アル先生はダメージ覚悟のガード。


 一撃でもくらえば致命傷だ。かなり早い段階でガードの構えを取ったことは、誰にも責められないだろう。



 が―――振り抜かない。



 拳は途中で止まると、直後真下から強烈な蹴りが飛んできて、アル先生の腹を思いきり蹴っぱぐる。



 ドゴッーーーーー!



 一瞬、腹がなくなってしまったかのような衝撃が突き抜けるも、そこは大陸四千年の歴史。


 攻撃の威力に逆らうことなく回転してダメージを軽減させ、衝撃の大半を逃がす。


 それでも腹には痛覚を消していてもわかるほどの違和感が残っている。胃が破裂したか小腸がズタズタに破壊されたのだろう。



(フェイント…アルか…。まさか闘人がこんな動きをするとは…想定外ネ)



 仮に操者が近くにいれば、操られているのでフェイントだってするだろう。


 しかしながら、目の前の闘人は明らかに自己防衛システムで動いている。それがフェイントを使うなど想像もしなかった。


 となれば、思考アルゴリズムに「強者との戦いの記録」あるいは想定が刻まれているのだろう。


 つまりこの闘人は、常時フェイントを使わねばいけないほどの相手と戦ってきたのだ。そうしなければ戦えないような知的生命体と。



(とんでもないネ。これ以上の化け物がいるっていうアルか…。困ったネ、ほんと。ワタシが見てきた頂上なんて、所詮は小山だったってことヨ。世の中は広いアル)



 思わず笑いたくなる。何が大陸四千年の歴史か。


 この世界はもっと大きく古いのだ。もっともっと強大な存在がいてもおかしくはない。


 この闘人も、その一人。自動操縦だけでこれだけ強いのだ。おそらく操者はこの何倍も強いだろう。


 対峙した瞬間から、もう自分の死は確定している。




 あとは、【どう死ぬか】だけだ。




「だったら、もういいネ。全部出して終わるだけヨ! 武闘者として最期まで戦うだけアル!」



 ババババッ


 アル先生が印を結び、いざという時のために溜めていた気を解放する。


 この印に特に意味はない。間違って開かないように当人が勝手に決めた「鍵」であれば、なんでもいいのだ。


 ゴゴゴゴッ!!


 アル先生の戦気が一気に増大。火山の噴火のように噴き上がる。



 秘技、『匪封門ひふうもん丹柱穴たんちゅうけつ』。



 大陸に伝わる秘技の一つで、身体中のすべての力を開放して一時的に強化状態にする技である。これを使えば自己の戦気を数倍にすることもできる。


 ただし、普段は外に流すような「悪い気」まで体内にとどめるため、身体に悪影響が残ってしまうというデメリットもある。


 最悪、死に至る可能性も否定はできない。それだけの技だ。



 これは一般的に『オーバーロード〈血の沸騰〉』と呼ばれる【禁じ手】に属する禁術と考えればいいだろう。



 オーバーロードとは、従来すべての人間に宿されている「無限の因子」から、強制的に因子を読み込んで能力を数倍にも数十倍にも引き上げる技だ。


 そもそも武人とは、人間すべてに宿されている「母神の無限因子」をある程度解放した存在を指す。


 その意味では、誰であっても因子の覚醒限界を10にする可能性を宿している。一般人だってそうだ。それを強制的に引き上げるわけである。


 が、血の沸騰と呼ばれているように、それをやると血液因子が暴走して下手をすると数秒で死に至る。武人が扱えば数分から数十分はもつが、一度でも使えば必ず死ぬという非常に危険な技だ。



 では、『匪封門ひふうもん丹柱穴たんちゅうけつ』と何が違うのかといえば、オーバーロードは元来が「母の因子」であるという点だ。


 母の因子、つまりは母性本能の開花、何か大切なものを守る時にしか使えないという『制約』が存在するので、血の沸騰を意図的に使うのはなかなか難しい。


 これが防衛側の人間に多く見られる現象である点が、それを証明している。


 たとえば大国に攻められた小国が、異様な粘りで何年も持ちこたえるなどの現象は、多くの騎士が血の沸騰を発動させることに起因している。


 まさに自爆技。神風特攻。自国を守るために死を覚悟してでも相手を殺しにかかるので、大国は苦労するわけだ。


 ガンプドルフの母国、DBDがルシア帝国らの侵攻を防げたのも、騎士たちが血の沸騰を果たしたからである。



 一方この秘技の場合は、血の沸騰のような制限なく誰でも発動できるメリットがある。


 ただし、アル先生のように幼い頃から戦気術を学び、悪い気質すら体内に蓄えておくという日々の努力が必要なので、それなりの腕前の拳士でないと使えないものである。



 使えば、まず死ぬであろう禁じ手。それを使ったのだ。



 とはいえ、もう死ぬ覚悟を決めた彼にとっては、それもどうでもいいこと。


 ただ自分の全力を出して死ぬことしか考えていない。なぜならば、それが武人だからだ。



「いくネ!!」



 アル先生が決死の突貫を仕掛ける。


 アーシュラはそれを堂々と迎え撃つ。



 両者が激突。再び乱打戦となる。



 アーシュラの凄まじい拳の攻撃に対して、アル先生は自分のスタンスを崩さない。


 ひたすら連打で対抗。秘技で強化した身体が悲鳴を上げても、戦岩削で相手を削っていく。



 ドガドガドガドガッ バリバリバリバリバリバリバリバリッ!!


 メキメキッ ぶちゃっ



 両者の拳は互いにヒットする。


 アーシュラは自身のダメージなど気にしないのでそのまま受け、まったく無造作に拳を繰り出す。


 それを致命傷にならない程度にかわして反撃するアル先生。


 闘人の攻撃の三割はヒットしている。強化した戦気でもあっさりと貫通し、肌や筋肉を破壊してくる恐るべき攻撃を受けながらも、紙一重でよけて攻撃を続ける。



 削る削る削る 削る削る削る


 ドガドガドガドガッ バリバリバリバリバリバリバリバリッ!!


 抉られる抉られる抉られる 抉られる抉られる抉られる


 メキメキッ ぶちゃっ メキメキッ ぶちゃっ



 その攻防はどれだけ続いただろう。武人の戦いは音速を超えるため、常人には数秒にも満たなかったかもしれない。


 その間に幾多も打ち合い、削り、抉られを繰り返し、最終的にどうなっただろう。



 答えは明白。明瞭。簡潔。




 アル先生が―――膝をつく。




「ぐっ…はっ……」



 身体中から血を噴き出し、力なく崩れる。



(当然の結果ネ。わかっていたことヨ)



 闘人はダメージを受けても戦気が減るだけだ。多少身体を構成する要素が減るにすぎない。


 一方の人間は生身にダメージが蓄積する。すでに足をやられているアル先生が持久戦を挑めるわけがない。


 秘技による生体磁気の汚染も進んでおり、じわじわと動きが鈍っていき、最終的にはこちらが先に参ってしまう。


 なんて簡単な話。子供だって理解できる。



(それでも、それでも…最期までは!!)




「グオオオオッ!!」



 アーシュラがとどめを刺そうと拳を振り上げた瞬間―――アル先生が飛び込む。


 もう自分の足では到底ダッシュはできない。それでも一足の間合いならば詰められる。最後の最後で死んだふりをして相手を引き付けていたのだ。


 そして、最後の技を放つ。



 覇王技、羅刹でアーシュラの体内に手を突っ込むと、そこから裂火掌の構えに入る。



 いわゆる「キャンセル技」と呼ばれるものであり、発動した技の硬直を防ぐ高等テクニックの一つだ。


 アンシュラオンがガンプドルフに羅刹を使った時のように、普通は技発動後の硬直が発生する。


 その硬直は完全な無防備になるため技を使う際は気をつけねばならない。


 が、キャンセル技を使えば、これを無視して次の技に入れる。当然、こちらのほうが有利である。


 しかしながら、そのような技があれば誰だってやっている。それをしないことには理由がある。



 ブチブチブチッ



 突然技を変更したので、アル先生の筋肉が断裂。


 そう、キャンセル技をすれば自身の肉体に過大な負荷をかけ、前の技の反動が襲いかかってくる。


 いかにダメージを抑えるかが重要な武人の戦いでは致命傷になりえるのだ。


 ただし、これが最後の一撃ならば問題はない。最後の技さえ発動させればいい。



 手を体内に入れてからの―――裂火掌。



 戦気の塊である体内に手を入れた段階で、重度の火傷を負っていたが、無視。


 そのまま自分の手ごと裂火掌を発動。



 ドバーーーーーンッ



 体内で裂火掌を放てば、粉々に吹き飛ぶ。それが生物ならば身体の中は滅茶苦茶だろう。


 闘人にとって最大の弱点は、戦気を自分で再統合できないことだ。もし腕を切り離せば、自分ではくっつけることができない。


 離れた部位は闘人としての定義を失い、消失する。これも無駄な戦気を浪費するというデメリットの一つである。


 アル先生が唯一勝てる方法があるとすれば、闘人を上下に分断する、あるいは四肢を切り離すしかない。


 これが残された最後の一撃。これで身体が分かれてくれれば、おそらく下半身部分は消失するはずだ。



「グルルルウウウウッ」



 アーシュラが激しい怒りの目をもってアル先生を睨む。




―――五体満足の姿で




 内部で爆発した裂火掌は、自身の腕を完全に破壊したものの、闘人は五体満足の状態であった。


 依然としてこちらを睨んで立っている。



「…まあ、そうなるネ」



 アル先生に落胆はない。


 戦気の質が違いすぎるのだ。自分の決死の一撃も、腹に少しばかりの穴をあけた程度。


 それが限界。言ってしまえば「才能の限界」であった。


 時には才能の無さを恨むこともあったが、自分はここまで来られた。それだけの努力はした。



 だから、もう十分だろう。




「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」




 闘人が怒りの―――ラッシュ。




 もうそれをよける気力も体力も、彼には残されていなかった。




「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」



 ドガドガドガドガドガドガッ ドガドガドガドガドガドガッ

 ドガドガドガドガドガドガッ ドガドガドガドガドガドガッ

 ドガドガドガドガドガドガッ ドガドガドガドガドガドガッ

 ドガドガドガドガドガドガッ ドガドガドガドガドガドガッ

 ドガドガドガドガドガドガッ ドガドガドガドガドガドガッ

 ドガドガドガドガドガドガッ ドガドガドガドガドガドガッ

 ドガドガドガドガドガドガッ ドガドガドガドガドガドガッ



 アル先生の身体のすべて、顔以外のすべての箇所を凄まじき拳が襲う。


 バキグチャ ドゴメチャ グジャバギギャッ!!


 擬音では表現しきれない壮絶な破壊音とともに、一瞬にして身体が砕け散った。


 それはもう爆発事故。身体中に仕掛けられた爆弾が一気に破裂したように、身体が『炸裂』していく。



 どちゃっ



 殴られた衝撃で宙に浮かんでいたアル先生が落下。



 断末魔すら上げる暇もなく―――そのまま絶命する。




「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」




 闘人は怒りの雄たけびを上げ続けた。


 顔以外を殴ったのは、おそらくアンシュラオンの注意がサナの頭に向いていたからだろう。


 制御を失った闘人は、操者の意識が向いたところ以外を攻撃したのだ。


 よって、顔だけは綺麗で身体は滅茶苦茶という凄惨な処刑法になってしまった。



 そこにあったのは、圧倒的な暴力。


 積み重ねた努力をあっさりと踏みにじる純然たる力そのもの。


 その姿は、まさにアンシュラオンの奥底に眠っている激情を体現したものだった。



 これによって、決着。


 ハングラスの報復は、逆に無慈悲な逆ギレによって鎮圧されることになる。



 そして、報復のあとの報復、理不尽な弾圧が始まるのだ。




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