247話 「怒れる闘人 前編」


 サナが狐面と戦いを始めようとしていた頃、ベンケイ先生とアル先生も戦っていた。



 準備が整った二人は真正面から激突。



 まずはベンケイ先生が強引に掴みにかかる。


 まさに体格を生かした力任せの攻撃だ。この大きな腕に掴まれれば、アル先生など簡単に引き裂かれてしまうだろう。


 ここでアル先生は―――下がらない。


 むしろ加速して相手の懐に飛び込むと、後ろ手にしていた拳を抜く。



「あーたたたたたたたたたたたっ!!」



 ドガドガドガドガドガッ


 ドガドガドガドガドガッ


 ドガドガドガドガドガッ



 アル先生の高速拳。


 もはや視認することができないほどの速さでベンケイ先生の腹をぶん殴る。


 当然ながら拳には戦気をまとっている。サナと狐面との戦いを見てもわかるように戦気の存在はかなり重要だ。


 しかもアル先生の戦気は、さすが外部からの助っ人と言わんばかりに洗練されている。威力も狐面の比ではない。一発で鉄板一メートルは軽くぶち破る。


 それがこの一瞬で二十発。常人ならばこれだけで即死だろう。



「………」



 が、そのすべてが直撃するも、ベンケイ先生にダメージはない。よろけもしない。


 鎧の外にまで展開されている戦気によって、すべて弾く。



 次はベンケイ先生の反撃。


 シュシュッ ボンボンッ


 その大きな体躯に似合わない目の覚めるようなジャブが繰り出される。


 軽く放たれたにもかかわらず、爆発したのような音を発して周囲の空気が爆ぜる。それによって生じた衝撃波で大地が大きく抉れるほどだ。


 アル先生は、ゆらゆらと揺れる動きで回避。豪腕高速の二連打を難なくよける。


 『地弄足ちろうそく』と呼ばれる足技の一つで、膝と足首を上手く使って上体を揺らし、相手の攻撃をいなす戦技である。


 衝撃波も戦気を見事に操作して受け流す。こちらもノーダメージだ。


 そのままアル先生は下がらずに跳躍。放たれた相手の腕に片足を絡めながら、顔面に蹴り。


 バキィイッ ゴギッ



 ベンケイ先生の顔に蹴りがクリーンヒット。首ががくんと曲がる。



 小柄な体格を生かした見事な体術である。サナと違って実力が高く、このレベルの戦いでも小回りが利く戦いができる。


 足にも強力な戦気を展開しているため、これほどの大男でも首が折れるほどの威力だ。


 ぐい ガコンッ


 がしかし、ベンケイ先生は軽く首を傾げるような動作で兜の位置を直しただけ。ダメージを受けた様子はない。


 続いて、お返しとばかりにベンケイ先生の前蹴り。



 アル先生は上空に回避するも―――足が伸びる。



 ベンケイ先生の膝が可動域を超えて、足が折れたかのようにがくんと反対側に曲がる。



「っ!」



 これにはアル先生も対応ができず、足が胸元をかすめる。ザクッと服が裂け、胸に軽く傷が付く。



 それを見て、アル先生は鎧を蹴って一度後退。距離を取る。



(今の攻撃、完全に関節を無視した動きネ。よもや『軟体拳』の使い手アルか?)



 軟体拳とは、身体の関節を外して攻撃する武術の一つである。肘や手首の関節を外して鞭のように扱うことができるので、非常に間合いが測りにくい。


 あまりやりすぎると「所詮は女子供の護身術」とか言われそうだが、無手で武器を再現できるのでなかなか厄介である。


 当然、ベンケイ先生の中身は無人であるので、単に鎧の可動域を無視した動きをしただけだ。ルアンの時では守っていた制限を解除しただけである。


 たったそれだけが非常に怖ろしい。間合いが掴みにくいだけで回避が難しくなるからだ。


 ただし、初見でそれに対応するのだから、アル先生もまた強者であることを示していた。



「せ、先生! 大丈夫ですかい!」


「問題ないネ。それよりもっと下がっているヨロシ。アナタ巻き添えにしても責任取れないアル」


「わ、わかりやした!」



 ゲロ吉は素直に下がる。


 最初の交戦を見た瞬間、自分の手には到底負えないと思ったのだろう。賢明な判断だ。


 それがわかる程度には強いということだ。本当の素人ならば頭に「?」を浮かべながら呆然としていただろう。


 グランハムの弟なだけあり、最低限の強さの基準くらいは知っているらしい。



(あの体格であの速度。これは凄い使い手ネ。戦気の質も、今まで見たことがないくらいに滑らかヨ。あの拳をくらったらワタシでも危ないネ)



 アル先生はベンケイ先生を観察。


 あの大きさで自分に匹敵する速度を出すのだ。間違いなく強い相手だ。


 戦気の質も非常に上質なので、ジャブが直撃していたら危なかっただろう。受けるのではなく、回避を選択して正解だったようだ。軟体拳も使うようなので、さらなる警戒が必要となる。


 しかし、若干気になる点もあった。



(強い。強いアル。…ただ、反応に若干の鈍さがあるネ。鎧を着ているせいアルか? でも、これだけの戦気アル。そもそも鎧を着る必要性があるとは思えないネ。ちょっと不思議な感じがするヨ。さっきの動きもぎこちないところがあったアルし…)



 アル先生も「語尾がアル」という致命的なお笑い要素があるものの、人生のほぼすべてを武術に捧げた武人である。


 生まれはここよりもさらに東の地、『大陸』と呼ばれる独自の文化が発達している国の出身である。


 元中国人の転生者が作った国なので、中国系の思想がより多く取り込まれており、中国拳法や陰陽術のようなものがかなり発展している。


 実は陽禅公の出身国であり、陽禅流の中に拳法風の動きが多いのはそのためだ。そこに魔獣との戦いを想定した動きを取り入れ、最強の武術として確立している。


 もともと武芸のレベルが高い国なので、その出身であるアル先生の実力も高い。ハングラスが大枚をはたいて連れてくる価値がある武闘者だ。


 その彼の目に、ベンケイ先生なる存在はとても不可思議なものに映っていた。


 ただ、分戦子とは思っていない。彼も分戦子は知っているが、このレベルで動かせるとは思わないからだ。さらにアンシュラオンが外皮部分を命気で保護しているので、中を探知できなくしているせいでもある。



(まあ、いいアル。これだけの相手と出会えるなんて嬉しいネ。久々に本気を出すアルよ!)



 ボウッ ギュルルルッ


 アル先生が両手を広げると掌に戦気の球体が生まれ、急速に回転を始める。



「ううっ! なんて風圧じゃい!」



 余波は離れて見ているゲロ吉にすら及び、その肥満体が宙に浮きそうになるほどだ。


 周囲の木々も巨大台風に襲われたように、ぐわんぐわん大きく揺れている。それだけ戦気の威力と回転が強いのだ。



(潰しにこないネ? …ならば、そのまま撃たせてもらうヨ!)



 普通これだけ溜めがある技ならば、それをさせまいと迎撃するものだが、まったく反応しない。



 ならば遠慮なく―――放出。



 回転して竜巻状になった戦気が大地を抉りながらベンケイ先生に襲いかかる。


 これだけだとアンシュラオンがやった修殺・旋に似ているが、放出された戦気はそのまま消えずに残って攻撃し続ける。


 覇王技、赤覇せきは竜旋掌りゅうせんしょう


 因子レベル3の技で、掌から発した戦気を回転させて、そのまま相手を破砕する技である。


 イメージとしては、フードプロセッサーやミキサーの回転する刃を想像するとわかりやすい。高速で回転する戦気の刃に巻き込まれれば、そこらの魔獣など簡単に細切れである。


 さらにこれを両手で行うと、赤覇・双竜旋掌という因子レベル4の技に昇華する。当然、威力は倍増だ。


 つまりアル先生は、因子レベル4の技を使えるだけの猛者というわけだ。



 ブオオオオオオッ



 左右から巨大な戦気の激流が襲いかかった。



 ベンケイ先生は両手を伸ばして―――受ける。



 ガリガリガリッ


 戦気と戦気が激突する激しい音が響き渡る。


 受け止めはしたが竜旋掌の威力はかなりのもので、ベンケイ先生の両手は防御で精一杯だ。


 これも下位の討滅級魔獣程度ならば大ダメージを受ける一撃なので、受け止められるベンケイ先生がすごいのである。



「このままいくヨ!!」



 当然、それで終わらない。両手で竜旋掌を維持しつつ、アル先生が間合いを詰める。


 そして一気に接近すると、足の裏を押し当てるように蹴りを放った。


 ボシュンッ


 蹴りは見事に膝にヒット。同時に、気の抜けた炭酸ボトルを開けた時のような音がする。



(これでどうネ! 戦気を貫いてしまえば、どんな戦質でも意味がないアルよ!)



 アル先生の蹴りは、【戦気を貫いていた】。


 鎧の周囲に展開された戦気は上質で、普通の打撃技では到底打ち破ることはできない。


 マタゾーがやったように一点に集中して突破する方法もあるが、それができるのは『一点の極み』を体得した彼だからこそだ。


 しかも全エネルギーを注入して、ようやく貫けるような代物。マタゾーがそうだったように、それで倒せねば直後に反撃を受けて倒されてしまうだろう。


 アル先生もやろうと思えば、マタゾーとは違う「連打」によってそれができるかもしれないが、最終的には彼と同じ運命を辿るだろう。


 自分の立場は、野球やサッカーでいうところの「助っ人外国人」なので、マタゾーのように我欲だけで冒険するわけにはいかない。


 助っ人ならば助っ人らしく、しっかりと結果を出さねばならないのだ。



 そこで選んだ技が、覇王技『蹴透圧しゅうとうあつ』。


 発勁の内当ての一種で、人体の内部に直接ダメージを与える技である。



 最大の特徴は―――『戦気貫通』効果。



 自分の戦気を押し当てるように発し、振動させ、相手の戦気と中和させる。それによって一瞬だけ戦気を無効化するのである。


 戦気がなければ防御力は激減するので、防御の戦気が強い相手には非常に有効な技である。


 水覇・波紋掌と原理はほぼ同じなのだが、こちらは力を内部で振動させるのではなく、相手の背後に打ち出すように放つ。相手の戦気ごと押し出すイメージである。


 普通の発勁よりは威力が小さいが、隙がなく確実にダメージを与えることができる。



(手応えあったアル! 鎧さえ貫いて内部にダメージを与えるネ! まだまだ続けるアルよ!)



 ドンドンドンッ


 続けて股間、腹、胸にも蹴透圧を繰り出す。


 発勁を足でやるという曲芸じみたことをやっているので、実はかなり難易度が高い技である。これも大陸直伝の長い拳法の歴史があってこそであろうか。


 「語尾がアル」は伊達ではない。



 だが、ここで一つだけ誤算があった。



 もし本当に中身があれば、打たれた場所が押し出されるように破壊される怖ろしい技なのだが、ベンケイ先生こと鎧人形の中身は戦気である。戦気で作られたのだから戦気しか入っていない。



 そして、蹴透圧が戦気を貫通するのならば―――すり抜ける。



 アル先生が放った攻撃のすべてが、まずは鎧の上の戦気をすり抜ける。次に鎧をすり抜け中に展開されるのだが、中身も戦気のためにそのまま背中まで突き抜ける。


 そしてまた鎧の上の戦気をすり抜け、空中に放出されて霧散。


 結局、無傷。


 これは仕方ない。非常にがんばってくれたアル先生には申し訳ないが、戦気なのだからどうしてもすり抜けてしまうのだ。


 力の大半が身体の中心部に集まるように調整しているので、せいぜい鎧が少し変形した程度。ダメージを与える以前の問題だ。


 シュゥウウウ


 竜旋掌の発動も終わり、ベンケイ先生は何事もなかったように立っている。これにはさすがの先生も驚愕だ。




「そ、そんな…こんなことが…! ワタシの技がどれも通じないなんて…」



 赤覇・双竜旋掌は因子レベル4の大技である。満を持して出した必殺技だ。


 それを簡単に両手だけで押さえ込み、蹴透圧さえ突き抜けてしまう。これでは手の打ちようがない。


 アル先生は歴史ある大陸で修行したかもしれないが、そこの出身であり、それどころか覇王にすらなった陽禅公にとっては児戯に等しいものだ。


 その弟子であるアンシュラオンに通じるわけがない。アル先生が悪いのではなく、あまりに相手が悪かったのだ。



 さらにもう一つ、哀しいお知らせがある。




―――ゾワリ




「ひっ!! 何アルか!?」



 ゾワッ ゾワゾワゾワッ!!


 突如、アル先生の背筋が凍りつく。


 まるで撃滅級魔獣と遭遇したような絶対的な圧力が周囲を多い尽くす。それはゲロ吉も感じたようで、石像になったかのように硬直している。



 そう、ちょうどこの瞬間、サナが傷つけられたことでアンシュラオンが「キレた」。



 それだけならばよかったのだが、操縦者がキレたことでベンケイ先生もそれに反応する。


 戦気は闘争本能の顕現なので、アンシュラオンの殺意がすでに展開されている戦気に反映されるのだ。


 戦気の質が一気に変わり、殺気と呼ぶにも生温い強大なオーラが噴き出していた。



 ゴゴゴゴゴゴッ バキバキバキッ



 凄まじい戦気が放出され、鎧そのものが内部から破壊されていく。


 そして、行き場を失ったアンシュラオンの怒りが、この場に『表現』された。





「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」





 戦気が―――咆える。



 髪の毛はボウボウと燃えるように立ち上がり、両拳は激しい暴力衝動に晒されて鋭くも頑強に肥大化し、目は怒りに満ちて真っ赤に燃えている。


 修羅。


 もはやそう呼ぶに相応しい形相の戦気の『闘人』が、圧倒的な存在感とともに出現した。



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