245話 「サナちゃんの接近戦実験をしよう 後編」


(サナは攻撃を受けても痛がらないな。普段からあまり自己表現をしない子だが…もしかして痛覚がないのか? いやいや、さすがにそれはないだろう。単純に痛みを痛みとして認識していないのかもしれないな)



 常人には必ず痛みが付きまとう。これが一番厄介で、痛いからこそ身動きが取れなくなってしまうことが多い。


 逆に痛覚さえ消せれば、人間は怪我を負ってもある程度まで行動することができる。痛みがなければ楽なのに、と思った人は大勢いるだろう。


 しかし、生まれつき痛覚がない子供などは骨折したことにも気付かず、成人するまでに何十回も足を折ったりして足自体が変形してしまうことがある。


 当人も知らない間に骨折するのだから仕方ないのだが、痛覚にはそれなりの意味があるということだ。意味があるからこそ人間に与えられている。


 サナがどうなっているのか実際はわからないが、痛覚がないとは思えない。単に【表現の仕方がわからない】のだろう。



(折れてはいないだろうが最低でも重度の打撲。ヒビくらいは入ったかもしれない。弱った相手でなければ危なかったな)



 相手は全力ではない。


 アンシュラオンに太ももを斬られているため、蹴った左足からは大きな出血が見られ、サナの服にも血痕が残っているくらいだ。


 半分くらいの力で押すように蹴った、というのが実情だろう。本気で殺すための一撃ではないのが幸いした。


 さらに軸足のつま先と右腕もなくなったために動き自体が悪い。そのわずかな狂いによって攻撃の瞬間にズレが発生し、衝撃が少しだけ逸れたのだ。


 こうした幾多の幸運が加わり、なんとか耐えることができた。現状ではこれだけの差が両者にあるということだ。




「ふー、ふー」



 この一回の交戦の直後、狐面が発していた戦気が減少する。


 まったくなくなったわけではないものの量的には半分以下になった。これは弱ったのではなく【回復】に専念するためだ。



(サナが弱いと知って生体磁気の大半を回復に回したな。それでも十分勝てると踏んだのだろう。ごくごく当然の判断だ)



 大きなダメージを負っている狐面は、このままだと時間経過だけで死んでしまう。出血が止められないので、どんどん血を失うことになるからだ。


 武人にとって血は重要だ。因子の情報は血液に刻まれているので、因子の覚醒とは血の覚醒と言い換えてもいいくらいである。


 そのためよほどの生命の危機以外は、武人同士の輸血は禁止されている。迂闊に他人の血を入れるとショック死する可能性があるからだ。


 となれば、失った分は新しく生み出して補うしかない。今の狐面は必死に体内で血液を生産している状態である。それによって戦気が半減しているわけだ。



 その代わりに一度小剣をしまうと、今度は手裏剣を取り出した。



 接近戦をしろと言われたのはサナだけである。彼にとってはそんな縛りはどうでもいいこと。相手を倒すためにあらゆることをするだけだ。


 狐面が手裏剣を投げる。


 利き腕を失ったが『低級投擲術』を持っているくらいだ。投げるのはお手の物である。


 シュンシュンッ


 手裏剣は見事にサナに向かっていく。



 サナは横にかわして回避。手裏剣は後方に逸れていく。



 しかし―――曲がる。



 急速に減速して落下した手裏剣は、サナの背後の土に突き刺さり―――爆発。


 細かい土石が舞い、サナの背中に激突。爆発の勢いと撒き散らされた土によって動きが制限される。



(遠隔操作ではない。ただの回転。カーブだな。最初からドライブ回転をかけていたんだ)



 これは単なるカーブ。変化球である。


 よけられてもいいように最初から回転をかけていたのだ。手裏剣には爆弾が仕掛けられているので、こうした使い方もある。


 最初にサナがやったもののお返しであり、もっと上手い使い方だ。ちょっとした意趣返しかもしれない。


 余裕があれば回転を見切り、相手の行動を読むこともできるが、今のサナでは回避だけで精一杯。回転を見るほどの余力はなかった。



 それからも狐面は、手裏剣を投げ続ける。


 シュシュッ ボンボンッ


 サナは必死に手裏剣をよける。かわす、かわす、かわす。


 投擲攻撃をよけるのは、なかなか難しいし怖いものだ。それを実践できているだけでも素晴らしい。


 ただし、これはあまり良い傾向ではない。



(サナ、気をつけろ。間合いを測られているぞ。武人同士の戦いでは常に相手の間合いを測りながら戦うんだ。そのままだと危ないからな)



 戦闘中は相手の動き、スピード、技量、パワー、あらゆるものを測りながら戦うのがセオリーだ。


 一発で倒せればそれに越したことはないが、実力が拮抗しているとそうはいかない。下手をすると三日三晩戦い続けるという長い戦いになることもある。


 しかし、すでに多大なダメージを負っている狐面には余力がない。放っておけば死ぬので、どうしても短期決戦を挑むしかない。これはそのための準備行動である。



 そして、データを取り終え―――狐面が駆ける。



 その動きは本来の速度に近い素早いものだった。


 行動の大半を回復に割いた甲斐があり、わずかな時間だけでも本気で動けるようにしてきたのだ。


 ボクサーが最後の力を振り絞って、最終ラウンドに全力ラッシュを仕掛けるのと同じである。


 走りながら、片手で器用に手裏剣を三つ投げる。


 シュンシュンッ ボンボンボンッ


 サナは下がって回避。手裏剣自体は当たらなかったのでダメージはない。


 しかしながら、これは相手を攻撃するためのものではない。動きを制限するためのものだ。



 回避するだけで精一杯で、バランスが崩れたサナに突進。



 直線と曲線が交ざった複雑な動きで接近すると、小剣を抜いて切りかかる。


 サナはガードの姿勢。


 さきほどの一撃の威力を見たせいだろう。双剣を完全に防御に回して両手でガードをする。


 刃が激突。



 ガキン ガキンッ!



 金属が激突する音が響く。


 戦気があるので威力は狐面のほうが上。攻撃が当たるたびにサナの身体が浮き上がる。


 そのたびに少しずつ後退を余儀なくされ、じりじりと下がっていくことになる。



(これくらいのラッシュでも押されるとなると、サナの身体能力は高いとはいえないな。やはり数値通りといったところか。まあ、これでも粘っているほうかな。きっと『天才』スキルが影響しているのだろう)



 『天才』スキルは自分より強い相手と対した際、全能力値が二割増しになるという強力なスキルだ。


 仮に現状のサナの能力値が90だとしても、二割増しの108になれば能力的には「F」から「E]になる。もし1000ならば1200になるので、これは大きな違いだ。


 そのスキルがあってもサナのほうが劣勢である。ルアン相手に見せた体術がまったく出せていない。


 これは単純に狐面のほうが強いのだ。暗殺稼業をするくらいである。戦闘経験値もそれなりに高いのだろうし、最低限の技量もある。


 残念ではあるが、現状ではすべての面で狐面が上回っているとしかいいようがない。



(まだ戦気が使えないのだから仕方ない。使えれば互角にはなっていたかな? 本格的な対人戦闘も初めてに近いし、そのあたりも差し引かないといけないな。うーむ、圧勝するのは無理だな。辛勝でもいいから倒してほしいが…どうだろうな)



 心情的にはサナに勝ってもらいたいが、現状では予想は難しい。


 因子が覚醒していない状態では形勢逆転の技も出せないので、ますます難しくなる。


 と、アンシュラオンが少し落胆した時である。



 サナが蛇双を持ち直し―――回転した。



 ズバッズバッ


 虚を突かれたのだろう。不意のカウンターに狐面の胸元に傷が生まれた。ほんのわずかだが出血も見られる。


 それからもサナは相手の攻撃に対して、絶妙な間合いでカウンターを入れていく。


 かすり傷程度だが、少しずつ相手を削りながら後退するスタイルで応戦していた。



 これは―――モズの戦い方。



 ヤキチと戦っていた蛇双の元の持ち主。彼が得意としたのは小刻みなカウンター戦術である。


 それをサナがコピーするかのように完璧に再現したのだ。


 モズの実力は、おそらく狐面よりも上。そんな彼が編み出した技は蛇双との相性も良く、ぴったりとはまる。


 それによって少しだけサナが挽回を始めた。



(おっ、あの動きは、あの時のゴーグル男のものか。いや、驚いたな。真似というより、まんま【コピー】だ。ルアンの時もそうだったし、間違いなくサナの才能の一つだな)



 真似すら超えた相手の技をコピーする技術。


 因子レベルがないので技までは真似できないが、単なる戦技、テクニック、動きならば完コピが可能なようだ。


 驚くべきことは、サナは練習したわけではなく、一度見ただけでそれができるということ。


 これはれっきとした才覚。見て覚える能力が極めて高いことを示している。



(教えたらそのまま覚えるってことだ。これは素晴らしいな。技の習得にはもってこいの才能だ。…天才や! サナちゃんはマジもんの天才やで!!!)



 技を習得するまで数多くの反復を要するものだ。この点に関しては武人も常人と大差ない。


 決められた型や戦気の形状変化を完璧にこなさないと技が発動しないこともある。もしコピーできるのならば、これほど楽なものはないだろう。


 教える側も、教えれば教えるだけ覚えるのだから面白いに違いない。


 しかし、コピーというものには一つだけ弱点があった。


 スカスカッ



 サナの攻撃が―――空振り。



 いい感じで応戦していたのだが、回転攻撃を放った時にうっかり空振りをしてしまった。


 相手がよけたといえばそうであるが、これはまさかのミステイクである。



(サナちゃんの腕が短かったーーーー!!)



 そう、モズの技はモズの体格や能力に応じて編み出されたものである。


 それをサナが真似すれば、どうしても誤差や差異が生まれてしまう。体格そのものが違うので、わずかに剣が届かなかったのだ。


 これが完コピの最大の弱点である。威力にも違いが生まれるので期待した通りの結果にはならない。


 サナにはまだ自分流に改良することはできないようだ。そのために時間を割いて努力することを知らない。



「…? っ!!」



 空振りをしたサナに対して一番びっくりしたのが狐面だろう。


 だが、気を取り直して反撃の一発。鋭い一撃がサナを襲う。



 サナはガード―――するも弾かれる。



 そこにさらに追撃。


 サナは避けるが、連撃が―――顔面にヒット。


 ブーンッ バキィインッ


 激しい衝撃を頭に受けてサナが吹っ飛び、そのまま地面に叩きつけられた。


 すごい音がしたのでサナを見ると、仮面に大きな亀裂が入っている。



 バリンッ ボロボロッ



 仮面が割れて、剥がれていく。


 元は鎧の兜なので防御力は高く、成人男性が鉄のハンマーを思いきり振っても、凹みはすれど割れはしない。


 それがバキバキに壊される一撃だ。どれだけの威力があったかはすぐにわかる。



 狐面は追撃。倒れているサナに対して、一気にトドメを刺しに来た。覆い被さるように小剣を突き立てる。


 ガキィッ ザクッ


 サナは必死に回避。仮面を上手く剣に当てて逸らした。が、それによって仮面が大きく抉れ、サナの愛らしい顔が露わになった。


 その額には血が滲んでいる。

 

 ドロリ


 額から顎へと、浅黒く美しい肌の上を赤い筋が伝う。


 脳震盪も起こしているのか、目も少しだけ泳いでいた。焦点が定まっていない。これは最大のチャンスだ。相手が逃すはずがない。


 そして、狐面がさらに攻撃を加えようとした瞬間―――




―――ゾワッ




「っ!?!?」



 狐面が、一瞬凍りついたように動きを止めた。


 止まったのは彼だけではない。この場にいたすべての人間、残りの狐面やハンベエ、戦罪者すら動きを止めていた。


 その全員から脂汗が滲む。まるでギロチンにかけられた死刑囚のように、その場にいた誰もが死を覚悟したほどだ。



 その根源は―――アンシュラオン。



 サナの血を見たアンシュラオンが、怒りを抑えきれずに殺気を放出してしまったのだ。


 その殺気は凄まじく、受ける者の心臓にざっくり突き刺さり身動きを封じる。これぞ魔人の怒り。殺気。触れてはいけないもの。


 彼の所有物に手を出した人間が等しく受ける残酷な罰である。



(…ふぅうう。おっと、危ない危ない。思わず殺したくなってしまった。これは鍛練だからいいんだ。我慢だ、我慢。だが、あの野郎…オレのサナに傷を付けやがって…八つ裂きにしても物足りないな。いやいや、違う。我慢しろって。ふぅううう、深呼吸だ)



 スーーーーハーーーー


 アンシュラオンの呼吸とともに殺気が収まり、ようやく全員が金縛りから解放される。


 自分で仕掛けた鍛練でキレるというご法度を侵すあたり、さすが独占欲が強い男である。


 そして、この一瞬の隙がサナにチャンスを与える。


 サナは這いずって立ち上がり仮面を脱ぐと、それを狐面に被せた。



 ガポッ ぐるん



 仮面を回転させて裏側で視界を完全に塞ぐ。


 狐面は視覚だけに頼っているわけではないので効果はないように思えるが、この仮面を被せたことで聴力を少しばかり抑える効果がもたらされた。


 サナはまったく意図していないものだったが、こうした幸運もまた生き残るためには必要な要素だ。



「っ!!」



 攻撃されるのならばいざ知らず、謎の行動をされたので狐面は一瞬パニックに陥る。


 アンシュラオンの殺気を受けたことで頭が真っ白になっていたことも災いし、二秒という致命的な時間をサナに与えてしまう。



 その間に―――切り裂く。



 ブシャッ


 狐面が武器を持っている左手首を切り裂く。切断まではいかなかったが、小剣を持つ手から握力が低下する。


 続いて唯一無事だった右足に蛇双を突き刺した。


 ブシャッーーー


 戦気で防御されていたが、サナが全体重をかけたことによって、彼女の腕力でも右足に深く突き刺すことができた。


 これによって狐面は軸足を失い、立つことができなくなる。


 ただ、狐面もただではやられない。右足の筋肉を凝縮させて蛇双を抜けなくさせる。相手の武器を封じるつもりだろう。


 蛇双を失ったサナは、すかさず狐面の首元に蹴りを放つ。迷いない蹴りが襲いかかる。


 狐面はその音を聴覚で捉えていたものの、腕を切られ、足も刺されている状態では完全に回避できない。


 さらに仮面を被せられたことで、上手く首をカバーできず―――ヒット。



 メキィイイッ



「ごぶっ…」



 渾身の蹴りが喉に突き刺さり、思わず狐面が悶絶する。


 肉体操作で痛みを消していても、身体の違和感は消すことができない。呼吸が止まれば練気もできなくなる。


 このあたりもラーバンサー戦を彷彿とさせる。サナは常にアンシュラオンの戦いを見ているのだ。その経験が生きる。



 こうなれば、あとは一方的。



 サナは相手から小剣を奪うと右胸に突き刺した。


 本当は心臓を狙いたいが、右腕のない安全な右側から攻めたのだ。このあたりも慎重である。


 小剣は刺さったままにしておき、次はポケット倉庫からメイスを取り出す。


 サイズとしては一メートル程度の、いわゆる棍棒に近い形状をしている。


 これも警備商隊が持っていた術具の一つで、『軽量化』『反動軽減』『硬質化』などの術式がかけられているため、子供のサナでも思いきり振り回すことができる。



 それを―――フルスイング。



 バッゴーーーーンッ



 まったく躊躇なく、全力のフルスイングで仮面ごと狐面の顔面を叩く。



 バッゴンッ バッゴンッ バッゴンッ


 バッゴンッ バッゴンッ バッゴンッ


 バッゴンッ バッゴンッ バッゴンッ



 仮面の形が変わり、ボロボロと破壊されていってもお構いなしに攻撃を続ける。


 相手が倒れてもやめない。執拗に頭を狙ってメイスを振り続ける。


 アンシュラオンに言われた通り、心臓と脳を潰そうとしているのだ。迂闊に心臓を狙うより、こうして無防備な頭を狙ったほうが安全という判断からだろう。



 バッゴンッ バッゴンッ バッゴンッ


 バッゴンッ バッゴンッ バッゴンッ


 バッゴンッ バッゴンッ バッゴンッ



 その攻撃がどれくらい続いただろう。


 五十回くらい殴ったあとにアンシュラオンが止める。



「サナ、もう死んでいる。お前の勝ちだ」



 割れた仮面の中からは血が流れ出ている。その身体に力はまったく入っていない。



 狐面は、すでに事切れていた。



 サナの勝利である。




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