244話 「サナちゃんの接近戦実験をしよう 前編」


「何か知らないけど、すごいことになってるじゃないか! どういうこと!? サナちゃんが天才だってこと!? うん、そうだ! 絶対そうだよ!! すごいぞ、サナ! お前は天才だ!!!」


「…こくり」


「ひゃっほーーー! 育て甲斐のあるやつめ。すりすりすりすり! かーいいのー、かーいいのー!」


「………」



 ズリズリズリズリッ


 興奮したアンシュラオンが頬ずりするが、お互いに仮面なので金属がこすれるような音しかしない。



(よくわからんが、サナに才能が芽生えたのならば最高の展開だ。そもそもこの戦いを始めた一つの動機も、サナにいろいろなことを教えるためだ。最初は感情面ばかりを考えていたが、こうなれば話は違う。もっともっと積極的に戦闘に参加させて才能を引き出してやろう。くくく、戦士の覚醒限界も3あるしな。どんな技を教えようかなー。オレと一緒に『ダブル雷神掌!』とかやったら格好いいだろうなぁ~!)



 3もあれば、一般的な覇王技はたいてい覚えられる。アンシュラオンがよく使う雷神掌や風神掌も覚えることが可能だ。


 これはまさに「サナ、あれをやるぞ!」「うん、お兄ちゃん! ダブルゥーーー」「ライトニングフィンガー!」とかいう合体技が可能なのではないだろうか。


 一人の敵に二人がかりで攻撃する卑劣な技だが、愛の前ではすべてが正当化される。「愛のラブラブダブル雷神掌!」なども候補に挙がる。


 これは実に素晴らしい。ぜひやりたい。そんな願望が実現するとあれば、俄然やる気が湧いてくる。


 一瞬、討滅級魔獣を倒させて一気にレベルアップを~などと考えたが、慌てて思いとどまる。



(待て待て待て。焦っちゃいかん。期待で胸がバクバクしてるが、焦ってサナを壊したら元も子もない。時間をかけてゆっくりと育てよう。成長率を見ても肉体能力はさほど高くない可能性があるから、やっぱり武器を使った戦いが得意なのかな? それはそれで合体攻撃に支障はないよな)



 あくまで合体攻撃にこだわる兄。まだ「オレたちの下半身を合体させて~」とか言い出さないから、頭はまともだ。



(因子の限界が上がったとしても、今はまだ『0』だ。0と言ったら0だ。この段階では一般人と変わりない。ならば、やることは一つだ。強い敵と戦わせて因子を覚醒させてやればいい。ただし、あくまでサナに見合う相手だ。サナよりも少しだけ強い相手と戦わせるのが無難だろう。そうだな…何かないか…)



 サナは大切な妹なので、じっくり育てると決めたはずだ。ここは慎重に事を進めたい。


 何か手頃な相手はいないかと思い、周囲を見回したその時である。


 

 さきほど爆発で吹っ飛ばされて昏倒していた狐面が、むくりと立ち上がった。



 頭を振りながら意識を覚醒させ、再び戦線に復帰しようとしている。


 それを見て、アンシュラオンがニヤリと笑った。



「おー、おー、いい実験台がいるじゃないか。あの程度の雑魚ならちょうどいいかもしれんな。これはぜひとも捕獲しよう」



 今回の標的に選ばれたのは、自分たちを襲ってきた馬鹿な連中の一人。彼らは雇われただけなので責任はさほどないが、こちらにたてついた以上、実験台にしても何ら問題はないだろう。


 そもそもサナのためならば誰であっても犠牲にするので、結局のところ誰でもいいのだが。



 アンシュラオンが一瞬で間合いを詰め、狐面の背後に出現すると、軽く手刀を放つ。


 ズバッ ゴトッ



 鋭く放たれた一撃によって―――腕が落ちる。



 狐面の肩口から右腕が切り離され、地面に落ちた。


 ブシャーー


 それと同時に切り口から血液が大量に迸る。



「っ!!」



 突然腕を失い、驚いた狐面が自分の肩口を見る。


 気付いたら腕がなくなっているというのは、実に猟奇的で嫌なものだ。まさに悪夢でしかない。


 が、悪夢はこれから始まるのだ。


 すでにアンシュラオンが狐面の首を背後から掴んでおり、身動きが取れなくなっていた。完全に硬直する。



「よしよし、捕獲完了だ。ふむ、利き腕は落としたが…一応本職の暗殺者だしな。さすがにまだサナには厳しいか。じゃあ、もう一ついっておくか」



 さきほどの戦いで右腕が利き腕なのはわかっていたので、それを取り除く。


 だが、それだけではまだ足りない可能性があるため、今度は左足に手刀の一撃。


 ズバッ ブシャッーー


 左足の太ももから大量出血。ただし、切断まではしない。あまり弱体化しすぎても実験台にはならないからだ。


 狐面は必死に筋肉を操作して傷を塞ごうとするが、アンシュラオンが傷口周辺を凍結させているので一向に塞がらない。


 残念なことに腕も一本になっている。押さえられるのは、右肩か左足の一箇所。しかも今は身体が動かないので結局どうしようもなく、ボタボタと血が流れ続けるのを見つめるしかない。


 さすがの暗殺者も、これにはパニックに陥る。



「っ! っ!!」


「いいか、よく聞け。これからあの子供と戦え。制限時間は、お前が死ぬまでだ。その出血では長くはもたないぞ。全力で戦えよ」



 そう言って狐面をサナに向かって放り投げると同時に、周囲に戦気壁を展開させる。


 戦気壁はドーム状に広がり、二人を外界から隔離する空間が生まれた。これで一対一の環境が整ったわけだ。



(本当は周囲の環境を利用した戦いをさせたいが、逃げ場があると相手の気が削がれる可能性がある。まずはこれで様子を見よう)



 武人の本領は「あらゆるものを使って勝つ」ことにある。


 武器や道具にとどまらず周囲の環境も存分に利用すべきだ。木一つだって立派な盾にもなる。それを生かしてこその戦いだ。


 だが、まずはサナの基本性能を再確認したい。すべてはそれからである。



「サナ、そいつを殺せ。ただし、今回は接近戦を主軸にすること。できるだけ近い距離を意識して戦ってみろ。やり方に制限は設けない。自分でやりたいようにやってみればいい」


「…こくり」



 サナはモズから奪った双剣、『蛇双ニビルヘイス』を取り出して装備。彼女が装備すると普通の長剣を二本持っているように映る。


 鑑定してみた結果、この双剣には『切れ味強化』の術式がかかっていた。通常の半分の力で十分斬れるので、腕力の弱いサナには向いている武器だ。


 特に装備制限などはなく、普通に扱えるようだったのでそのまま渡してある。



(サナは剣士タイプの可能性がある。剣を持たせるのは悪い選択ではないだろう。あとは剣士の中でどのタイプかだな。盾を使うタイプなのか剣だけで立ち回るタイプなのか、あるいは格闘もいけるタイプなのか、そのあたりも見極めたいところだ)



 剣士にもそれぞれ特徴があり、剣だけを自在に操って戦う軽装タイプと、剣と盾を使う準装タイプ、重装で大型武器を振り回すタイプなどがいる。


 中には戦士ではないかと疑うほど格闘戦が得意な者もいる。「戦士型剣士」と呼ばれる存在だが、そういった者は戦士の覚醒レベルも高いので、サナにもその可能性は残っている。


 どれもそれぞれ長短があり、どれが強いというものはない。その見極めも重要である。



「ふー、ふー! っ!!」



 バシュッ


 様子をうかがっていた狐面が戦気壁に触れた瞬間、足先が消失。自らの行動でいきなりダメージを負うという失態を犯す。



「逃げようとしても無駄だ。お前程度では抜けられない。放っておけば失血死するし、どのみち戦う以外に生き残る道はないぞ」


「………」



 くるり


 戦気に触れたことでアンシュラオンの実力を理解したのか、狐面はサナに向き合った。


 伊達に暗殺者などやっていない。もうこちらに勝てないことはわかっただろう。


 それでも死ぬ瞬間まで戦い続けるのが武人である。目の前に敵がいるのならば戦うしかない。


 黙っていても死ぬのならば、最期まで戦い続けるだろう。その意味では実験台に最適だ。



 これで準備は整った。



(今回のテーマは、サナの身体能力の測定だ。遠距離武器を使っての戦いはずっと見てきたからな。だいたいのことはわかった。今度は接近戦での戦いが見たいな。ルアンのような素人ではなく、強い相手に何ができるかが見たい)



 サナには身の安全のために遠距離から相手を攻撃する術を教えてきた。それは見事成功し、それなりの成果を挙げている。


 さきほどのように術具を上手く扱えば、武人相手でも対応は可能だろう。


 だがしかし、武器が尽きればどうなるのか? 道具がなければどうなるのか?


 いつだって準備万端で戦えるわけではない。スナイパーライフルで狙撃ばかりできれば一番だろうが、いきなり敵の伏兵に襲われて格闘戦になることもある。


 そういった場合に対応できないと死ぬしかない。今さっき『過保護』スキルを見たこともあり、このままではいけないとも思ったわけだ。



(剣士や術士はともかく、戦士の因子レベルを上げるには痛めつけるしかない。極限まで身体を酷使して戦い続けるしかないんだ。サナが傷つけられるところを見るのはつらいが、これも修行だ。我慢しよう)



 サリータにも教えたように、武人が強くなるにはひたすら死地に赴くしかない。そこで限界を超えて生き延びてこそ成長が見込める。


 今のアンシュラオンのように弱い敵とばかり戦っても、一ミリたりとも成長は見込めない。常に強い相手と戦ってこそ価値がある。



 幸いなことに、ここはサナにとって最高の【餌場】である。



 彼女より地力に勝る相手は山ほどいる。こうやって襲いかかってくる連中と戦っていれば、対人戦闘の経験もたくさん積めるのだ。


 その最初の相手が、あの狐面である。


 一応データを確認してみる。



―――――――――――――――――――――――

名前 :黒狐くろこN6


レベル:29/40

HP :110/420

BP :75/130


統率:D   体力: E

知力:E   精神: E

魔力:E   攻撃: E

魅力:F   防御: F

工作:D   命中: D

隠密:D   回避: D


【覚醒値】

戦士:0/0 剣士:1/1 術士:0/0


☆総合:第九階級 中鳴級 暗殺者


異名:黒狐面の暗殺者

種族:人間

属性:

異能:集団行動、暗殺、低級投擲術、毒耐性、即死耐性

―――――――――――――――――――――――



(取り立てて強いというわけではない。一般的な暗殺者タイプの性能だな。ファテロナさんが上忍だとすれば、こいつはそこらに出てくる下忍ってところか。ただ、サナにしてみれば強敵になる。普通にやれば勝てる相手ではない。傷を負わせたことでどれだけ弱ったかが鍵だな)



 アンシュラオンからすれば雑魚だが、サナからすれば強い相手だ。


 その相手にサナがどれだけやれるかが見物である。





 最初に動いたのは―――サナ。



 腰から術符を取り出し、発動。


 風鎌牙が前方の大地に叩きつけられ、吹き飛ばされた土やら砂やらが周囲に舞った。一瞬で視界が塞がれる。


 いまだ状況が呑み込めていない狐面にとって、この目隠しはかなり有効である。それに乗じて襲いかかる算段だろう。


 実はこれ、狐面がさきほどハンベエに対してやった行動である。それを丸パクリしたのだ。



(良いものはすぐに真似をする。これも一つの才能だな。サナが持っている『観察眼』スキルも影響していそうだ)



 彼女の資質の中に『真似』というものがある。


 某ゲームでも『真似る』というスキルは強力だったので、それがそのまま使えるのならば有効な技になるだろう。



(やはりサナは頭がいい。ルアンのように感情だけで飛びかかったりしないからな。相手が手負いであっても油断はしないか。…だが、今回は相手が違う。今までのような一般人ではないぞ)



 アンシュラオンの目には、サナが回り込んで狐面を攻撃しようとしている姿が見えていた。


 常人ではまったく見えない砂埃の中でも、武人ならば見ることができる。


 狐面の男もお面を被っているくらいだ。目潰しという意味での効果はほとんどないし、常にそうしていると考えると視覚だけに頼っていないことがうかがえる。


 そして直後、アンシュラオンの見立てが正しいことが立証される。


 サナが蛇双を構えて低い体勢から斬りかかろうとした瞬間、狐面が向きを変え、完全にサナを補足した。



(波動円じゃないな。…『聴力』か)



 狐面は波動円を使っていないようだ。波動円を使えば理論的には全方位をカバーできるが、けっして万能ではない。


 周囲に展開するのが苦手な武人もいるし、薄く伸ばして広げるだけで力を消費してしまう。感知が遅ければ、逆にもたついて危なくなる場面だってあるだろう。


 波動円を使い続けることにはデメリットもあり、割り切って戦闘中は切る武人もいる。敵に援軍がいないことさえ確定すれば、それでも問題はない。それ以上に強ければいいのだ。


 暗殺者や忍者の中には耳が良い武人も多い。この男もその一人であり、サナの動きはすべて音によって察知していた。



 狐面は左手で小剣を抜いて迎撃。やや大振りに振り抜く。


 サナはその場で立ち止まり、防御。左手の蛇双を盾にする。


 この蛇双ニビルヘイスという双剣は、柄のほかにもう一つ取っ手が付いており、トンファーのように腕に沿って構えることができるようになっている。


 サナはあらかじめ左手の剣を逆手に構えていたので、咄嗟に防御用として活用することにした。


 小剣を左手の蛇双でガード。ガキィイインッという音を立てて火花が散る。


 上手く防御したように見えたが、ここで【二つの差】が生じる。



 まず、負傷しているとはいえ相手が成人男性であったこと。



 体格はすらっとした長身だが、大人として平均的な筋量はあるだろう。データを見ても、少なくともサナよりは腕力がある。



 さらにそこに―――戦気が加わる。



 アンシュラオンがサリータに説いていたように、戦気の有る無しは武人にとって生命線だ。身にまとうだけで攻防能力が劇的に向上する。



 よって―――弾かれる。



 ガキィンッ



 サナの腕が大きく上に跳ね上がった。なんとか踏ん張って剣は離さなかったが、左腹ががら空きである。


 そこにすかさず蹴りが放たれる。


 ドガッ


 がら空きの左腹に蹴りをくらい、サナが吹っ飛ぶ。


 そのまま地面に倒れるが、飛ばされた勢いを利用して転がりながら立ち上がった。



「………」



 サナに痛がるそぶりはない。黙って蛇双を構えている。


 が、その動きにわずかながらの鈍さが見受けられた。左腕を上げる速度が、右腕よりも若干重い。



(相手は本職の武人だ。やはりこうなったか)



 戦気を扱えない人間がなぜ不利なのかが、これで実証された。


 同じ攻撃でもまったく質が違う。軽い一発が致命傷にもなりえるのだ。


 さらにルアンに教えた「小柄な人間は小回りで勝負しろ」というやり方も、相手が暗殺者タイプだと少々厳しくなる。



 狐面は強い。



 サナにとっては、実に有意義なテストになりそうだ。



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