242話 「サナちゃんが凄いことになってるぅぅううう! 前編」


 アンシュラオンがベンケイ先生を作っている間に、ハンベエと戦罪者たちは狐面御一行と戦闘を開始していた。


 敵の数は六。対するこちらは五。数としては一人足りないが、ほぼ五分である。


 ただし狐面たちはハンベエに三人、他の四人の戦罪者に三人と数を割り振ってきた。どうやら毒を使うハンベエを真っ先に倒したいらしい。


 ハンベエが試しに距離を取ると相手三人もしっかり付いてきた。やはり狙いはこちらのようだ。



(その判断は正しいですね。いざとなったら周囲を気にせずに使いますし)



 実際、ハンベエは味方のことなんて気にしていない。アンシュラオンから命令が出れば従うが、出るまでは自由にやるつもりだ。


 窮地に陥ったら、この場所でも躊躇なく毒を撒き散らすつもりでいた。


 ただ、こうまで接近されると毒を展開させる時間が必要となる。ひとまずこの場を凌がねばならない。



 先に動いたのは狐面。



 シュッシュッ


 中距離からの投擲攻撃を仕掛ける。投げたのは『十字手裏剣』に似た武器であった。


 たかが手裏剣と侮るなかれ。武人が投げる武器はコンクリートくらいは簡単に貫通する。それが三方から向かってくるのだ。普通の弾丸より大きいため、殺傷力は大型火器レベルだ。


 対するハンベエは手品のように何もない空間から鎖鎌を取り出し、手慣れた様子で鎖を振り回す。


 よくよく見ると術符が砕け散った痕跡があるので、空間格納術式を使って武器を取り出したのだろう。


 この術式は生み出す空間の大きさによって名称がころころ変わるため、術具屋では一畳から二畳程度の大きさのタイプを「押入れ君」やら「出し入れポン」「へそくり壺」という名称で売りに出している。


 一応コッペパンでは「押入れ君」で統一されているので、今後はそちらの名前で呼ぶことにする。(おじいちゃんは『出し入れポン』派)



 キンキンキンッ ボンッ



 手裏剣は鎖に当たって弾かれるが、直後―――爆発。


 細かい破片をばら撒きながら霧散する。いくつかはハンベエにも当たったが、仮面を被っているのですべて弾く。


 どうやら手裏剣には大納魔射津のような爆破系のジュエルが搭載されているようで、刺さった箇所を爆破するという凶悪な武器のようだ。


 ただし、本物の大納魔射津よりは威力が低い。爆発の規模は二割以下といったところ。本家は一発一発がそこそこ高価なので、手裏剣に搭載しているのは安価な代用品だろう。


 だが、手裏剣自体もかなりの威力のうえ、爆破まで加われば人体に致命的なダメージを与えるには十分だ。


 これが心臓付近にでも当たれば、HPの少ないハンベエは厳しい状況に追い込まれる。



(やれやれ、相手は全員が暗殺者タイプですか。速いのは面倒ですよね)



 周囲を三人の狐面が飛び回っている。その動きは非常に素早く、夜の闇に紛れながら撹乱してくる。


 ハンベエも防御ではなく攻撃で迎撃したいところだが、連携の取れた素早い動きを捉えきれない。


 彼らはすべて暗殺者タイプ。


 暗殺集団だからといって武人のタイプまで合わせる必要はないが、誰もが素早い動きをしていることから全員が暗殺者タイプと見ていいだろう。


 アンシュラオンが暗殺者タイプのファテロナに圧勝したため、あまり強いイメージはないかもしれないが、動きを捉えられないというのは非常に怖ろしいことだ。


 一発一発は対処できても、それが死角から雨のように襲ってくれば危険である。特に連携を取られると危険が倍増する。


 ハンベエもカテゴリーとしては暗殺者タイプだが、素早さよりも特殊スキルのほうに特化しているので、単純なスピード勝負では分が悪い。



(さて、どうしましょうかね。この様子を見ると吸気系の毒にはかなりの耐性がありそうです。暗殺者ですから、毒には人一倍警戒しているということですか。…だとすると、直接送り込むタイプで勝負するしかありませんね)



 狐面たちには、ゲロ吉のように気持ち悪くなって吐くようなそぶりは見受けられない。


 彼らもさきほど放った毒煙の中にいたはずなので、多少吸っているのは間違いない。それでもほとんど弱っていないということは、普通の毒耐性以上の対策を練っているということだ。



(あのお面が怪しいですね。あれは術具ですかね)



 あからさまに怪しいお面である。特別な意味がないのならば、実際に有用な効果があるから被っていると見るべきだろう。


 もしかしたら吸気系の毒を無効化できるのかもしれない。そういった術具も存在する。



 キンキンキンッ ボンボンボンッ


 キンキンキンッ ボンボンボンッ



 結果的に打開策がなく、ひたすら迎撃という防戦状態が続く。


 これがヤキチやマサゴロウならば突っ込むだろうが、ハンベエは単体で前面に出て戦うタイプの武人ではない。中衛あるいは後衛で毒による攻撃で支援するほうが向いている。


 こうして相手が毒対策を練ってきた以上、前に出て直接攻撃で強力な毒を送り込むしかない。だが、そうなれば自身もダメージを受けるのは必至だろう。そこで躊躇が生まれている。


 相手が苦しむ姿を見るのは好きだが、自分が傷つくのは嫌なタイプなのだ。そこはアンシュラオンに似ている。



(ゴリ押しは得意ではないんですよね。せめて一瞬だけでも隙が欲しいところですが…)



 シュッ シュッシュッ


 そう考えていると、次に放たれた幾多の手裏剣がハンベエの手前三メートルあたりに刺さり、爆発。周囲に土を撒き散らす。


 どうやらこれは最初から目隠しが目的であるようだ。土で視界が少しばかり塞がった瞬間に、他の二人が間合いを詰めて突っ込んできていた。


 ハンベエが防戦で手一杯と見て、一気に攻勢に出たのだ。これには覚悟を決めるしかない。



(仕方ありませんね。多少手傷を負ってもいいので、まず一人倒しますか)



 シュンッ


 ハンベエがそう決めて鎖鎌を振り回そうとした瞬間である。


 一本の弓矢が右から向かってきていた狐面に襲いかかる。


 狐面は回避。突然の攻撃でも咄嗟の反応でよける。このあたりはさすがスピードに長けた暗殺者である。



 が、弓矢が眼前を通り過ぎようとした瞬間―――爆発。



「っ!!?」



 よけようと軽く後退したところに激しい衝撃が顔に襲いかかり、そのままバック転するように吹き飛ばされる。


 目の前で大きな爆発が起きたのだ。さすがの暗殺者も対応ができず、爆風をもろに受けてしまう。


 バゴンッ


 不運にも、吹っ飛んだ先には大きめの石があり、思いきり後頭部を強打。



「っ…っ……がくっ」



 そして、そのまま意識を失った。


 被っているのは『お面』なので、後頭部は保護されていない。それもまた不運であった。



「っ!」



 予想だにしない攻撃に狐面たちの連携が崩れ、傾きかけていた流れが一気に止まる。


 たった一発の攻撃で場の空気が変わる。これこそ戦いの妙である。




(これは…黒姫嬢ですか)



「………」



 ハンベエが視界の隅にサナを発見。その手に持っているのは、彼女が愛用している変哲もないクロスボウである。



 しかしながら―――【矢】が違う。



 これは矢の尖端が大納魔射津になっている特別仕様のもので、原理としては敵が使っている爆発手裏剣と同じである。


 ただし、こちらは時間で起爆するので無理に当てる必要はない。最初の設定通りに、何もしなければ五秒後には自動的に爆発するようになっている。


 本家の術具なので威力もかなりのもので、特撮ヒーロー物の爆発くらいに範囲も広い。


 結果は見ての通り。回避されても周囲一帯を巻き込んでダメージを与えることに成功する。


 しかしながら本当に怖ろしいのはそこではない。武器の問題ではないのだ。



(敵の標的が私だとわかっているとはいえ、これだけの動きを見切るとは怖ろしいですね。オヤジさんに隠れていますが、実のところ『天才』なのではないかと疑ってしまいますよ)



 経験豊かなハンベエでさえ最近のサナの行動には目を見張る。


 特に相手の隙を見つけ出す能力に関しては、現状でも優れた武人の領域にあるだろう。今も相手が直線的な動きをした瞬間に狙い撃ちである。見事なものだ。


 さらに怖ろしいのは、敵の動きを五秒前には予測していたことである。


 もちろん爆発の時間になったらとりあえず撃っておけばいいのだが、そうすると今度は敵の狙いがサナ本人にも向くことになるのでリスクが高い。やはり待っていたと見るべきだろう。


 藪の中でひっそりと身を隠し、じっとこの瞬間が来るのを待っていたのだ。まだ年端もいかない少女が、である。


 そもそもサナが裏スレイブと一緒に行動しているほうが異常だ。そこに違和感がないほど馴染んでしまっている。



(いやはや、末恐ろしい。大人になったらどんな人物になるのか、今から楽しみでなりませんねぇ。まあ、その頃には私はとっくに死んでいますけどね。こんな逸材が見られただけでもよしとしましょうか。そんな素晴らしい素材を殺せないのが残念ですが…)



 最後に危ない性癖を吐露しつつ、機を逃すまいと再度向かってきたもう一人の狐面に対して鎖鎌を放つ。


 シュッ ゴロゴロ


 相手は転がるように鎌を回避して、そのままの勢いでこちらに向かってくる。


 ハンベエは鎖を引っ張り鎌の軌道を変化させて追撃。


 相手はそれも回避。すでに予測していたのだろう。余裕をもってかわすが―――



 鎌が―――さらに軌道変化。



 ブーーーンッ ザクッ



「っ!!」



 鎌の尖端の一部が、狐面の肩を抉った。


 ハンベエの遠隔操作である。今度は鎌にまとわせた剣気を利用することで強引に軌道を変えたのだ。


 これは完全に狐面のミス。凡ミスである。かわせた攻撃と言わざるをえない。


 よくよく注意して観察すれば、最初の毒煙玉の時点でハンベエが遠隔操作系ということはわかったはずだし、彼らもそれがわからないほど未熟ではない。注意はしていたはずだ。


 それでも無警戒だったのは、焦っていたからだ。


 自分たちの間合いで有利に攻撃しようとしていたところを邪魔され、半ば力押しで攻めてしまったことで普段の冷静さがなくなったのだ。これもサナによってもたらされた効果の一つである。



 当たったのは刃先の一部。これ自体はたいしたダメージではない。


 だが、ハンベエにとってはこれで十分。狙い通りである。



「ぐっ…! うう!」



 突如狐面の動きが鈍りだし、ハンベエにあと数歩のところで完全に身体が動かなくなってしまった。


 即効性の毒が一瞬で身体に回ったのだ。吸気系の煙と異なり、直接注入する毒は非常に効果が高い。


 まず刃が突き刺さった肩の感覚がなくなり、ほぼ同時に顔の感覚が失われる。この段階で自分に起こった異変を悟るだろう。


 それによって視界が奪われ、脳も侵食され、冷静に物事を考えることができなくなる。痛みは感じずとも理解が及ばなくなるのだ。


 フラフラ バタッ


 そして、脳の情報が伝わらなくなった足がもつれ、ついに転倒。そのままビクビクと痙攣して意識を失う。



「ふふふ、私の毒は軽く触れただけで死亡確定ですよ。あなたに毒耐性があってよかった。普通ならば即死に近いですから、少しは楽しめますよ」



 そのままハンベエは残り一人の処理に向かう。


 彼の技量を考えれば、一対一ならば苦戦はしないだろう。相手は離れても鎖鎌を警戒しないといけないし、毒はかすればいいので接近しても非常に危険である。


 改めて生物にとって毒がいかに怖ろしいかを再認識する戦いであった。





(ハンベエは問題ないようだな。他の連中も…まあ、なんとかなるだろう)



 その様子をアンシュラオンが見つめていた。いつの間にかサナの隣にいる。


 ハンベエ以外の戦罪者たちも最初は苦戦していたが、だんだんとスピードにも慣れて対応ができるようになってきた。


 基本的にホワイト商会の裏スレイブは力づくのゴリ押し戦法なので、自分たちもかなりダメージを負うが、最終的には敵を倒してるという状況になるだろう。


 命気で回復できるアンシュラオンがいるからこその特攻戦術である。効果はグランハムたちとの戦いで見た通りだ。


 傷ついても傷ついても何度も向かってくるのだから、相手としてはたまったものではない。



「サナ、よかったぞ。タイミングもばっちりだった」


「…こくり」



 そして、サナを褒める。


 爆発矢は初めて使ったのでドキドキだったが、上手くやれてひと安心である。



(五秒後に爆発だしな。緊張して思わず撃ち損じたら、それだけでゲームオーバーになりかねない。だが、さすがサナだ。至って普通に発射していたな)



 サナに緊張という言葉はないのだろう。淡々と処理する機械のようだ。


 ただ、当たり前だが彼女も人間。思わず力が入ってしまうときもあれば、ミスを犯すこともある。


 さきほどの攻撃も当人は当てるつもりで放ったのだ。たまたま相手がバックして避けたため、結果的にああなったにすぎない。


 もし相手が気絶しなかったらサナに向かってきたかもしれない。そう思うと、まだまだ危なっかしいところはある。



(まあ、オレが一緒ならば問題ないな。さて、ベンケイ先生も…うん、大丈夫だな。あっちはあっちでやらせておいて、こっちはサナの教育に集中するか)



 現在、生み出したベンケイ先生はアル先生と戦っている。


 こうしてサナの面倒をみつつも遠隔操作で戦っているので、巷で流行りの「ながら戦闘」をしている状態だ。


 分身と違って分戦子の扱いには慣れており、波動円で常時動きを把握できているので問題はない。


 こうして「つまらない戦い」に付き合っているのも、サナがいるからだ。彼女の成長こそが最大の楽しみなので雑魚戦も非常に楽しめている。


 今回は爆発矢のテストを兼ねてだったが、見事期待に応えたサナに興奮を隠し切れない。



 そこで思う。



(…そういえば、久しくサナの能力を見ていなかったな。今はどんな感じになっているんだ? もっと小まめに見ないといけないんだが…数字ってのはあまり当てにならないしな)



 事実、こうして武器を上手く使えば、明らかに実力が劣るサナでも暗殺者相手に戦うことができる。


 数字だけ突出した選手が勝つとは限らない。人間は生命体である。そこには見えない何かが存在していることを忘れてはいけない。



(といっても数字は大切だ。確認しておこう)



 と、自分で思ったことを半ば全否定しつつ、サナのデータを確認してみた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます