240話 「ハングラスの報復 後編」


 ドッゴーンッ ボォオオオオオッ



 リリカナが馬車内に入った瞬間、周囲から術の攻撃が始まった。


 さきほどと同じく火属性のもので、激しい炎が周囲に撒き散らされる。


 使われているのは因子レベル2の術式、火鞭膨かべんぼう。火を巨大な鞭状に変化させ、周囲一帯を薙ぎ払う広域技である。



(火の術式か。破壊力が高くて広域に広がるものが多いのが特徴だな。相手もなりふり構わなくなってきたというわけか)



 火属性の攻撃は今見ているように攻撃力も高いが、同じく高威力の雷術式と比べて範囲が広いのが特徴である。


 これを屋内で使うと部屋全体が包まれるので注意が必要だ。使った当人まで黒焦げでは泣くに泣けない。


 炎は馬車にも向かってきたが、アンシュラオンの戦気が迎撃。より強い力に衝突し、火は消える。


 だが、これは広範囲の術式である。周囲にも大きな影響を及ぼすのは間違いない。



 森が―――燃える。



 ボオオオオッ


 火は一気に広まり、アンシュラオンたちの馬車を囲むように広がっていった。



(火の広がりが速いな。油でも使ったか。まったく、貴重な資源だぞ。もっと大事にしろよな)



 グラス・ギース内部にある森は、この乾燥した大地においては貴重である。緑は人々の憩いの場にもなるし、最低限とはいえ実りを与えてくれる。


 その森を犠牲にしてまで攻撃を仕掛けるのだから、相手も相当な覚悟を持って臨んでいるのだろう。



 ドンドンッ ボッボッ


 それからも同じ火の術である『火痰煩かたんはん』などが飛んでくる。見た目はネバネバした火の塊だ。


 火痰煩は因子レベル1の術式で、粘着性の火が相手に絡みつくことによって継続ダメージを与えるものだ。


 焼夷弾やナパーム弾の炎に似ているので、受けた側はかなり嫌な術である。服に引火すれば常人では確実に焼死だろう。


 しかし、それも迎撃。すべて展開した戦気が消滅させる。馬車も無傷だ。



(ふむ、敵が出てこないな。このまま遠距離から攻撃を続けるつもりか? たいした攻撃じゃないが…うざいな)



 波動円を拡大して調べるが、半径二百メートル以内には誰もいないようだ。さらに拡大して調べると、ここから三百メートル先あたりにいくつかの反応があった。


 相手は遠距離からひたすら術攻撃を繰り返しているが、近寄ってくる気配がない。


 当然だが、術にも射程距離が存在する。火鞭膨は広域なのでがんばれば伸ばせるが、火痰煩などはそれほど長い距離に向いていない術だ。


 それでも無理に距離を伸ばす場合、術の威力を下げるしかなくなる。今降り注いでいる術も威力はそこまで高くはないので、距離重視の設定がなされているのだろう。


 この程度の攻撃で警備商隊を倒したホワイト商会を倒すなど不可能である。それは相手も承知のはずだ。



(敵は術士か? だとすれば遠距離に徹することも頷けるが、術式のレベルを考えると術符で十分間に合うものだ。それでも続けるとなると…もしかしたら人数は少ないのかもしれないな)



 大人数で来たのならば、警備商隊がやったように周囲を包囲すればいいだけだろう。


 ただ、それでも壊滅させてしまったので、相手が警戒して距離を取っている可能性も捨てきれない。


 たしかにこうして周囲を火で覆うだけでも脅威である。待ち伏せからの火攻め。戦術としては悪くないやり方だ。あくまで常人には、であるが。


 これが一般兵が多く含まれる領主軍ならば大きなダメージと混乱を与えただろうが、アンシュラオンを含めてここにいるメンバーは個に優れた者たち。これくらいでは動揺もしないしダメージも受けない。


 どちらにせよこのままでは話が進まないので、こちらから動くことにした。



「ハンベエ、お前の毒で敵をあぶり出せ」



 アンシュラオンと同じく馬車を降りて迎撃態勢を整えているハンベエに命じる。



「いいんですか? 派手にやっちゃいますよ?」


「かまわん。このあたりには一般人はいないはずだ。いたとしても運が悪かったということだ。遠慮なくやれ」


「ふふふ、ありがたいですねぇ」



 ハンベエは嬉しそうに懐からいくつか毒煙玉を取り出すと、周辺に投げつけた。


 ヒューーンッ ヒュンヒュンッ


 手首のスナップを利かせて投げた毒煙玉は、まっすぐに術が飛んできた方向に向かっていく。


 ただし、このままでは届かない。そこまで密集しているわけではないが周囲は木々に囲まれているので、近くの木にぶつかって破裂するのがおちだ。


 敵はそれも計算して距離を取って潜んでいるのだろう。実際、敵の術の大半は空から降り注ぐようにして放たれている。これも待ち伏せの利点。最初から攻めるポイントを決めているからこそできる攻撃だ。


 対するこちらは敵の場所はわかっても地形まではどうにもできない。不利な状況で戦うことを強いられる。



 ニュルニュルッ スルスル



 しかしハンベエが投げた毒玉は、まるで蛇のようにぐねぐね動きながら、木々の間をすり抜けて移動していく。


 軽く投げたように見えた毒玉も、重力に負けて落下するようなことにはならない。風に乗ったようにふわりと進んでいく。



(へぇ、遠隔操作か。こんなこともできたんだな)



 これは―――遠隔操作。



 ハンベエは毒玉を投げた際に自身の戦気で覆っており、それを操りながら奥へと誘導しているのだ。


 物質を戦気で覆うこと自体は難しくはないが、それを操作するのは『遠隔操作系』の武人でないと不可能である。


 飛ばした戦気の周囲を探知しつつ、木に当たらないように導く。それだけでも高等技術だ。


 しかも複数の玉を同時に操るのだから、かなりの腕前であることがわかる。



(ハンベエは遠隔操作系か。まあ、武人の一割は遠隔操作系って話だから、割合としては不思議じゃないな。オレや姉ちゃん、師匠もそうだし)



 アンシュラオンが手に入れた裏スレイブの中には、他に遠隔操作と思われる人材はいない。割合からすれば少ないくらいだろう。


 統計で全体の一割が該当するのならば、これまでにもっと多くの遠隔操作系と出会ってもよさそうなものである。


 が、そもそも自分の才能を自覚していない者も多いだろうし、戦気を操ること自体が相当難しいものだ。サリータのように戦気を扱えない人間も多い。



(となると、ほかにも眠っている逸材はいそうだな。ラブヘイアだって才能的には優れているし、ルアンも才能はなくても遠隔操作系の可能性だってある。なるほど、人材の確保と育成にはそういった楽しみもありそうだ)



 遠隔操作系だからといって強いとは限らない。


 ただ、ボクシングのサウスポーやサッカーのレフティのように、普通とは違う間合いを持っている者はそれだけで優位に立てるものだ。


 持って生まれた才覚なので後天的に身につくものではないことも重要だ。遠隔操作というだけで価値がある。



 ボンッ モクモクモクッ



 ハンベエの毒玉が、敵のいるあたりに命中。毒撒きに成功する。


 当人が派手にやると言っていたように、ここから見ても薄闇の空に灰色の煙が舞い上がっているのが見えた。


 かなりの量の毒が撒かれたようだ。相手はそのうち耐えかねて出てくるだろう。




 そう予想していたが―――術。




 再び周囲から術攻撃が放たれ、アンシュラオンたちに襲いかかる。


 それを迎撃しながら、ハンベエに文句を言う。



「おい、出てこないぞ」


「ですね。どうやら耐性を持っているか、術か道具で付与したかでしょう。攻撃が来るまで数秒の遅れがありましたから、おそらくは後者でしょうね」



 再度術の攻撃が来るまで数秒の時間がかかった。この間に毒に対する処置を行ったものと思われる。


 術は攻撃するものばかりではない。むしろ人間が扱える術式の中では攻撃以外のもののほうが多い。


 その中の一つに『消紋しょうもん』と呼ばれる防御術式が存在する。


 消紋系はその効果を打ち消すもので、『毒消紋』ならば毒になってから使えば毒素を消すことができ、毒になる前に使えば耐性を与えることができる。


 この反対に『化紋かもん』と呼ばれるものは、その状態を付与するものだ。たとえば『火化紋ひかもん』を使うと、武器などに火属性を与えることができる。


 ちなみにホロロにも消紋系の術符は渡してある。『物理無効』は物理攻撃しか防げないので、火消紋や雷消紋など相手が使ってきそうなものは一通り用意したものだ。



 敵が使ったのは、その毒消紋の可能性が高い。



 ハンベエの得意技は毒だ。ならば毒を封じてしまえばいい。こちらの情報が漏れているのならば、そう考えるのは自然なことだろう。


 警備商隊もやった遠距離からの術攻撃は、たしかにこちらに有効だった。前回は相手が守る側だったので接近しなければならなかったが、今回は逆の立場だ。守るものがないのならば近寄る必要性はない。


 ヤキチやマサゴロウ、さらに毒使いのハンベエがいた場合に備え、距離を取りながら毒対策もしてくる。あらゆる状況に対応できるように準備をしていることがうかがえる。



(なるほど。こう考えれば相手が姿を見せないことも納得だな。少しは考えているか。だが、まだまだ甘いな。オレが選んだ連中を甘く見すぎだ)



 毒を封じられたらハンベエは無力。



 と思う相手は、まだまだ彼の力を侮っている。



「クケケケ、私の毒をたかが消紋ごときで消せると思うとは愚かですねぇ。さあ、早く出てきてくださいよー。このまま毒で死にたくないでしょう? せめて私が見て楽しめるくらいの距離には出てきてほしいですね」



 ガサガサッ バタバタ ドスンッ


 アンシュラオンの研ぎ澄まされた聴覚が、離れた場所で何かが倒れたり落ちる音を捉える。


 ハンベエの毒にやられた敵が、次々と意識を失った音である。


 あの毒玉には、以前言っていたグバロパーン〈小竜噴毒蛇〉という魔獣の毒を使っている。西側では化学兵器の材料にもなる危険な毒物だ。


 このレベルになると普通の毒耐性程度では防ぐことはできない。せいぜい効果を薄めるくらいで『毒無効』スキルがなければ次第に衰弱していくだろう。


 なにせ彼の奥の手は『毒無効』すら貫通するほどなのだ。身体が強靭なのでそれで死ぬことはないだろうが、アンシュラオンとて油断はできない。


 今までハンベエを大きな戦闘に連れていかなかったことには理由がある。毒の効果が味方にも影響してしまうからだ。味方を巻き添えにしても気にしないような男だ。あまりに危険すぎる。


 が、こうして相手が離れていてくれるのならば遠慮なく使うことができる。敵が仕掛けた遠距離戦術が、逆に相手の首を絞める結果になるとは皮肉なものだ。



 それからしばし待つ。



 もし敵が出てこなければ、このまま毒攻撃を続ければいい。


 相手の火の術式はこちらにダメージを与えないが、毒攻撃はじわじわと相手に効いていく。すべては時間の問題である。



(相手が馬鹿だったら、これで全滅だな。つまらん終わり方だが、それならそれでもいいか。むさ苦しい連中にわざわざ会いたくもないしな)



 と思っていた時である。



 ザッザッ ガサガサッ



 森の中をこちらに向かって移動する気配を察知。波動円によって半径二百メートル以内に敵が入ったことを確認する。


 どうやら相手はただの馬鹿ではないようだ。こちらが毒を使えないエリアにまで接近することを選択したらしい。


 そして、炎の中を飛び越えて敵が出現。



 数は、六人。


 そのすべてが―――『おめん』を被っていた。



 何かの魔獣をかたどったもののようだが、日本風に言えば「黒狐面」と呼ぶべきだろうか。


 よくお祭りなどで見かける狐面の黒色バージョンのようなものを被っている。こちらの仮面に合わせたわけではないだろうが、なかなか奇妙な連中だ。



「オヤジさん、こいつら請負の暗殺者集団みたいですねぇ」


「知っているのか?」


「ええ、裏スレイブなんてものをやっていると、それなりに同業者には詳しくなりますからね。その中には暗殺専門の輩がいましてね。黒い面を被る連中がいたと記憶しています」


「あんなお面を被るなんて変なやつらだな。どこかのカルト集団か?」


「それ、オヤジさんが言います?」



 自分たちだって仮面を被っているのだ。完全に似た者同士である。



(裏スレイブには裏スレイブか。当然の選択ではあるな)



 ハングラスが用意した駒は―――こちらと同じ裏スレイブ。


 

 もともと裏スレイブは抗争用の道具として用意されたものだ。グラス・マンサーが使うことに違和感はまったくない。


 ただし彼らは長期間のスレイブではなく、一回一回仕事を請け負うタイプの裏スレイブであり、ほぼ傭兵と同じ扱いを受けている。


 スレイブと傭兵の最大の相違はギアスであるが、仮にギアスがない場合は『命の価値』で違いが生まれる。傭兵よりスレイブのほうが安価。命の値段も安いというわけだ。


 契約上の問題でいえば、傭兵と違って損害保障をする必要がないので気軽に依頼できるメリットがあり、受ける側も仕事が増える。


 そして、その分だけ激闘が期待できる。


 立場的には傭兵とあまり変わらないが、彼らもまた命を捨てることを厭わない狂人だということだ。




「ホワイトぉおおお! 今日こそお前の命日じゃぁああぁぁあああ!!」



 その連中のほかに、何やら丸くてでかいやつが出てきた。


 ちょっとオブラートに包んでみたが、正直に一言でいえば【肥満体】である。着ている黒スーツもパンパンだ。


 こちらはお面を被っていないが、パンチパーマに色付きメガネかつ、ごてごてのヤクザ風の顔つきであったので明らかにマフィアだろう。


 ここまでステレオタイプのヤクザは、ヤキチ以来である。ある意味では爽快だ。



「誰だ、お前?」


「わしは…げほげほっ! ぐおええええ!! ゲロゲロッ!」


「うわっ、汚ぇ! いきなり吐くなよ!」


「うるさいわい! お前らが毒なんぞ…おぇええええ! 使うから…おお! じゃろうがぁああ! オロロロロ!」


「ゲロ吉が何の用だ?」


「誰がゲロ吉じゃ!?」


「何事も第一印象が大事なんだよ。今日からお前はゲロ吉だ」



 登場していきなり吐くとは、あだ名はもう「ゲロ吉」しか浮かばない。


 あだ名とは残酷だ。最初の出会いが不幸だったばかりに、一生その名で呼ばれることになる。



「で、あんた誰?」


「忘れたとは言わさんぞ! よくも兄貴をやってくれたな!」


「兄貴? お前…『厚い胸板の魔族』だな! 気色悪い! 近寄るな!!」


「違うわい!! どういう頭の構造しとんじゃ!」



 兄貴 = 超兄貴


 『厚い胸板の魔族』だけで話が通じることに驚愕である。疑惑はさらに深まる。



「兄貴は兄貴でも、グランハムの兄貴のことじゃ!」


「あっ、そっちか。ふーん、あいつの舎弟か」


「違うわい! 本物の兄じゃい!」


「ええぇ~~!? 嘘だわ~~。それ絶対嘘だわ~! 全然似てないだろうが!」


「なんじゃ、その言い草は!? そっくりじゃろうが!」


「いやいやいや、ないないない。あいつはムカつくほど真面目なやつだったが、顔とかそこそこイケメンだったし体型は締まっていたぞ。お前のようなデブじゃない」


「デブとか言うな!? ぽっちゃりと言え!」


「出た! うざいタイプだ。デブをデブと言って何が悪い!! このデブが!! それでよく人前に出られたもんだなぁ! 死ね、デブ!」



 差別表現をまったく怖れない男。それがアンシュラオンである。



「ちくしょう、なんて野郎じゃ! 人の傷を抉るな!」


「いいか、デブなんてものは根性の問題なんだよ。遺伝子の欠損で生まれつきデブならしょうがないが、それ以後に太ったなら単なる過食だ。この根性なしが!!」


「これは個性―――いてっ! 石を投げるな!」


「現実を受け止められないやつへの制裁だ」



 冷静に考えるとアンシュラオンが制裁する権利などない。太っているのは相手の自由である。


 ともかく、また変なやつが出てきたことは間違いない。相変わらず臭い世界である。



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