239話 「ハングラスの報復 前編」


 アンシュラオンはルアンの部屋を出て、ほくそ笑む。



(ルアンは間違いなく薬に手を出すだろう。当人の意思があれば堂々と人体実験ができる。はたして本当に強くなれるのか…。強くなれるのだったら、このノウハウは大きな財産になるだろう。女の子には危険だから、まったく同じ手口は使わないが…データが集まればいろいろと使い道はある)



 アンシュラオンは武人が強くなる方法は知っているが、一般人が強くなる方法には疎い。当人が生粋の武人なのだから仕方がない。


 しかしスレイブが増え始め、ソブカと付き合うようになり、一般人の強化という題材にも挑まねばならなくなった。


 彼らは自分と比べて極めて脆弱だ。何かあれば簡単に死んでしまう。有能な人材の場合は非常に困った問題である。


 もしルアンがこのやり方で強くなれるのだったら、男のスレイブを強化して兵隊にしてもいい。男の場合は副作用があっても使い捨てにできる駒なので問題ない。


 また、その中から副作用がない新しい強化方法が見つかれば、それを女の子スレイブに適用することもできる。


 サナはもちろん、ホロロも強化してあげたい。強ければ強いほど人生は明るくなるのだから。



(すべてはオレの計画のためだ。ルアンには実験台になってもらおう。その代わり、あいつの求める強さを与えてやればいい。これは【取引】だ。代償と同じ分だけのメリットを与えてやらないとな)



 賭けに勝ったのでルアンの身柄はアンシュラオンが管理しているが、これは対等な取引でもある。


 取引は相手が納得して行うものなので、失敗しても気分は害さないで済む。すべてはルアンが望んだことなのだ。


 彼が望めば、レブファトが役目を果たした際にはそのまま親元に帰すつもりでもいる。それまでのデータがあれば他の人間でも続きができるだろう。


 どちらにしても損にはならない。



「ホロロさん、ルアンのことは定期的に報告してもらえる? もし発作や異常が出たらすぐに教えてね」


「かしこまりました」


「でも、ホロロさんは上の階で忙しいし、薬の影響であいつがおかしくなるかもしれない。そうなると襲われる可能性も否定できないな…。おっ、そうだ。あいつはリンダにでも面倒をみさせてよ。リンダなら襲われてもいいしね。彼女は元気でやってる?」


「はい。ただ最近は、薬の副作用が少し出ておりまして、手の震えが止まらないときもあるようですが…」


「おー、そうかそうか。それは好都合だ。ルアンにはちゃんとリンダが薬漬けだってことも教えてあげてね」


「まだ子供です。圧力になりませんか?」



 これから薬を使う子供に対して、あえてリンダを当てる。


 なんとも奇妙な提案だが、そこには意図がある。



「いいんだよ。あいつは追い詰めたほうが力が出るタイプだ。サリータと同じ匂いがするしね」



 人にはそれぞれタイプが存在する。褒めて伸びるタイプ、叱って伸びるタイプ、放任して伸びるタイプ、まさに三者三様である。



 褒めて伸びるタイプの筆頭はサナだろうか。


 彼女は頭がいいので無理に追い詰める必要性はない。こちらの言うことをしっかり聞いて学び、着実に強くなっていく。素直なので叱るところがないともいえるだろう。


 ホロロもそうだろうし、おそらくセノアもこのタイプである。こういうタイプは逆に叱ると伸び悩むかもしれない。褒めて褒めて褒めまくるつもりだ。



 叱って伸びるのはサリータだ。むしろ叱られることに愛情と喜びを感じるので、どんどんスパルタで覚えさせるほうが向いている。


 ルアンもこのタイプ。理解力はあるが直情的なので、サリータ同様のやり方が合うだろう。


 意思が強すぎるので進む道を誤らないようにどんどん課題を押し付け、それに集中させてやるほうがいい。



 最後の放任タイプは、ラノアあたりが怪しい。


 かなり能天気な性格らしいので教えるだけ教えて、あのままフリーダムにやらせるのがいいと考えている。


 構ってアピールをしてきたらしっかり褒めて、あとはフリーにやらせるといった感じだ。


 シャイナもここ…というより、放置プレイばかりなので、結果的にこのカテゴリーに入れられているのが現状である。



(こっちでやることは全部終わったな。あとは相手がどう出るかだが…いくつか保険をかけて計画を進めればいいだろう)



 こうして一通りの準備は整った。


 ホテル側は、これで終了だ。





 アンシュラオンとサナは仮面を被り、ホテルの馬車乗り場に向かう。


 専用の白い馬車の前には、一人の女性がすでに待っていた。



「やっ、リリカナさん。もう日が暮れちゃったけど、これからよろしくね」


「はい! よろしくお願いいたします! いつもありがとうございます!」



 出迎えたのは、以前も白い馬車の御者をしてくれた日焼け肌に栗色の髪の女性。名前をリリカナという。


 念のために調べてみたが、ただの一般人であった。無害かつ無関係な人間。単なる労働者だ。



「お声は治ったんですね。よかったです!」


「ああ、ありがとう。医者の不養生とはよく言うけどね。まさか自分がなるとは思わなかったよ」


「仕方ありませんよ。誰だって病気になることはありますし」



 ロゼ姉妹が身代わりをしている間は、この白い馬車でよく移動をさせていた。


 その際、声が出ないという設定にしてあり、彼女たちには一言もしゃべらせていない。


 そもそもサナは前からしゃべらなかったので、セノアだけ喉の病気ということにしておいたのだ。


 ホロロが代理でしゃべっていたため、リリカナも特に不審には思わなかったようだ。



「はい。これが今日のチップね」


「ありがとうございます! って、ええええ! 札束ですよ!?」


「いいっていいって。いいことがあったんだ。お裾分けね」


「いいんですか? ありがとうございます! うわぁ! これで子供に新しい服を買ってやれます!」


「うんうん、それはよかった。そんなに喜んでもらえるとあげるほうも楽しいよ。これからもよろしくね」


「はい! こちらこそ!」



 リリカナに五十万を渡しておいた。相当な大金なので服以外にもいろいろと買ってあげられるだろう。商売道具である馬車の補強もできるに違いない。


 ただし、今回のものはただのチップではなく、【迷惑料】。


 これから起こることに対しての詫びとして事前に渡しておくものだ。当人はまったく知らないで喜んでいるが、それを含めたものである。



「まず事務所に寄ってね。それから一般街までよろしく。ああ、ゆっくりでいいよ。急いでいないから」


「了解です!」






 ガタゴト ガタゴト



 馬車が静かに事務所に向かっていく。


 隣にいるサナの様子をうかがうと、心なしか気分が良さそうだった。リフレッシュしたのは自分だけではないようだ。


 思えば彼女も子供なのでストレスを感じることは多かったのだろう。しゃべらないから意思表示しないだけであり、実際は疲れていてもおかしくない。



(そうだよな。サナだってあんな連中と一緒にいると心が荒むよな。ごめんな。もう少しの辛抱だからな)



 サナの髪の毛に触れると、手にしっとりと絡みつくような滑らかな感触が味わえる。


 同じ女性たちに一生懸命世話をしてもらったので、髪の毛の調子も抜群だ。サナのためにも行ってよかったと改めて思った。


 その様子に満足しながら、馬車は進んでいく。




 事務所に到着すると、そこには二台の馬車が待っていた。ハンベエと戦罪者四人も近くにいる。


 アンシュラオンは一度降りて合流。



「おや、いい匂いがしますね? いいなぁ、ホテルでお楽しみなんて。羨ましいですね」



 アンシュラオンから発せられる花のような香りにハンベエが気付く。石鹸と女性たちの匂いだ。


 一方、ここに漂う臭いは、それとは正反対のもの。


 アンシュラオンにとっては慣れたものだが、ホテルから出てきたばかりだったので、その対比に少しばかりむせ返りそうになる。



「やれやれ。せっかく洗い流してきたのに、着いた途端に血の臭いか。ここは荒んでるな」


「仕方ないです。そういう場所と人間ですからねぇ」


「それもそうだな。で、首尾は?」


「予定通り、火が灯りましたよ」


「そうか。あっちも上手くやっているようだな」



 ソブカたちとは安易に接触できないため、街中にあるさまざまなものでやり取りをしている。


 今回は館の灯りが増えるという比較的簡単なものであるが、よほど疑っていないと見破ることはできないだろう。


 実際、何も知らない構成員がうっかり灯りを付けてしまい、ついついやりすぎてしまったこともあったくらいだ。そういうアクシデントも楽しみながらアバウトにやっている。


 ただ、今回のものは側近しか入れない部屋の灯りなのでミスの心配はないはずだ。




 そしてこの合図は、作戦が【次の段階】に移行することを示していた。




(遊びも終わりか。もう少し緩く楽しみたかったが…いつまでもそれでは飽きてしまうしな。ホテル側の用事も片付いたし、悪くないタイミングだ。そろそろやるか)



「ヤキチたちに準備をさせておけ。明日の夜に一斉に潰す」


「ついにやりますか」


「ああ、敵も本気で動き出すだろうから気をつけろよ」


「それこそ私たちの望みですよ。今日はどうします? 予定通りですか?」


「ああ、ハングラスの倉庫に向かう。一応な」


「わかりました」



 ハンベエは館にいた戦罪者に伝言を残すと、準備していた者たちと馬車に乗り込む。




 ガタゴト ガタゴト


 白馬車と二台の馬車は、西門に移動。


 イタ嬢のおかげか、あるいは領主のいつもの無関心のせいなのかはわからないが、相変わらず検問なしの素通りである。


 今晩アンシュラオンが向かうのは、一般街にあるハングラスの倉庫。


 前も襲った場所だが、前回取り損ねた物資を頂戴しようという計画である。



 だがこれは―――フェイク。



 べつにいまさらハングラスから頂戴するものなどない。術具やジュエルはいくらあっても困らないが、取り立てて欲しいものは何一つない。


 西門を抜けて中級街の端に着くまでおよそ六キロメートル。その地域には森と未開発の荒地が広がっているだけである。



 その郊外、森の中を通っている時―――【魚】が餌に食いついた。



 ボンボンッ ドゴーーーンッ


 アンシュラオンが乗っていた馬車の前に爆炎が踊る。それは文字通り躍るといったもので、道を塞ぐようにとどまり続けていた。


 明らかに普通の炎ではなく【術式】によるものだ。


 馬たちも突然の炎に驚いて、足並みがまったくそろわない。それによって馬車は急停止。



「どわわっ!! 何事ですか!?」



 御者のリリカナが馬をなだめるが、言うことを聞かずに立ち往生する。


 馬は敏感で臆病な生き物だ。炎よりも、それを発した相手からの『敵意』に反応しているのだろう。



「リリカナさん、大丈夫?」


「は、はい。大丈夫ですが…何か飛んできたみたいで…!」


「うん、敵の攻撃だね」


「て、敵!?」


「まあ、いつものことさ。医者は恨まれる職業だしね。リリカナさんは危ないから中に入っていて。あとはこっちでやるよ」


「で、でも、お客様の安全を守るのも私の役目ですし…」


「ここで死んだら何の得にもならないよ。旦那さんと子供のためにも今は従ったほうがいいと思うな。それにほら、オレには護衛の傭兵連中もいるから大丈夫。問題はないさ」


「で、ですが…」


「大丈夫、大丈夫。ほらほら、入って」


「わ、わかりました! そうさせていただきます…」



 アンシュラオンは半ば強引にリリカナを中に押し入れる。


 怪我をしても治してあげられるが、無関係な人間なので極力被害を与えたくないとは思っている。


 これが男なら放っておくが、彼女はなかなか好意的だし嫌いではないタイプだ。巻き込まないほうがいいだろう。


 もともと囮役として抜擢されたので彼女の仕事はこれで終わりだ。その意味でもお疲れ様である。



(さて、この馬車を襲ったということは間違いなくオレの客だな。誰かと問う必要もない。当然【ハングラス】だよな)



 白馬車は各商会の家紋や商紋と同じようなもので、この目立つ馬車に乗っている者がいれば、それは十中八九、ホワイトであることを示す。


 それを狙うということは、標的は自分だということ。


 ただし、今まで相手側が積極的に仕掛けることはなかった。事務所にいる時もホテルにいる時も襲われることはない。


 各派閥が牽制しあっているからであり、様子見をしているからだ。自分だけ動いて痛い目に遭うのは避けたいと誰もが思っている。


 その中で唯一、アンシュラオンを積極的に狙う理由と資格を有する者がいる。



 それがゼイシル・ハングラス。



 倉庫を襲うという禁忌を犯しただけでなく、お抱えのグランハムと警備商隊を壊滅させた憎き相手である。


 面子のためにいつか襲ってくることは明白であり、今日のフェイク情報も彼らの動きを引き出すための餌であった。



(グラス・マンサーのゼイシルってやつは、かなり神経質で根に持つ男らしい。オレが二度目の襲撃を計画していると知ったら激怒は必至。必ず襲ってくると思っていたさ)



 ゼイシルが一度目の襲撃で激怒しているのは裏の情報屋と通じるモヒカンからも聞いた話であるし、襲撃の情報自体もファレアスティから示唆されていたため、なんら驚きはない。


 そして、予想通りに襲撃は決行されたわけだ。


 ここで仕掛けてきたのは、上級街で騒ぎを起こさないというルールに従ったからだろう。


 この森の中ならば多少大きなことをやっても都市に被害は与えない。カップルのデートスポットが消えるくらいだ。



(さて、まずはハングラスの部隊を潰して狼煙を上げてやるとするかな)



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