238話 「凡才が天才に勝つために」


「うう…うっ…」


「目覚めたか」


「ここは…僕は…」


「ホテルだ。あれからまだ一時間も経っていない」


「………」



 ルアンが目を覚ます。


 まだ寝ぼけているのか、呆けた顔で周囲をきょろきょろしている。



「そういえば…鎧と戦っていたような…はっ!? そうだ! 僕は!!」



 慌てて顔を触るが、そこに怪我の痕跡はまったくない。それどころか肌はつやつやしており健康体そのものだ。



「傷は治しておいたぞ。ついでに虫歯も治しておいてやった。感謝しろ」


「…そうか。僕は…負けて…」


「負けたというか完敗だな。実際の戦いなら死んでいたぞ」


「しょうがないだろう…まだ子供なんだから」


「他人が言うのならばいいが、それを自分の言い訳にするな。お前は負けた。実戦なら死んでいた。それだけのことだ」


「………」



 これが本当の戦いならば、殺されるか捕縛されていただろう。


 その際に騒がないようにと両手足を切られていたかもしれない。そう思うと気絶した段階で、死はほぼ確定である。



 負けたのだ。



 それだけが事実である。いかなる言い訳も通じない。


 だが、これはわかっていたこと。それで「お前は弱い」で終わっては意味がない。本題はこれからだ。



「自分の実力は身にしみただろう。もちろんオレは修行に協力するが、このままやっていてもたいして強くはなれない。おそらく限界まで鍛えたとしても、せいぜいが『下の中の武人』に匹敵するかどうかのレベルだな」



 ルアンのレベル限界は50。これだけを見れば、それなりに高いほうだ。


 ただ、因子がないので単純に身体能力が向上するだけであり、武人として大成は望めない。


 それが一般人ならば問題ないが、彼の目的を考えると未来はかなり絶望的だ。



「下の中…か。ちなみにお前はどれくらいだ?」


「そうだな…今までの経験からすると『上の中』かな」


「あれ? それだと『上の上』がいるってことか?」


「当然だな。オレより強いやつはいる。数は少ないだろうがな」



 姉、陽禅公、ゼブラエスは間違いなく上の上だ。姉の場合は、下手をすれば『特上』かもしれないが。


 単純に武人の階級が十段階なので、第三階級にいるアンシュラオンは『上の下』か『上の中』に該当するだろう。


 そのあたりは多少盛って『上の中』と言っておく。戦闘経験値が高いので同じ階級の敵でも勝てる自信はある。



「お前の目標はオレを倒すことだ。そうだとするとまったくもって届かないし、お話にならない。同レベルになるだけでも六回は限界を突破しないといけない。漫画じゃないんだ。そんな簡単にできるわけがない」


「無理だって言いたいのか!? 僕は諦めないぞ!!」


「無理とは言わん。とてつもなく困難だが可能性はゼロじゃない。お前が望むのならば…だが」


「なんだか遠回しな言い方だな。そういえばリスクがあるとか言っていたけど…何か危ないやり方があるのか? お前でもあまり好まないような…そんな危ないものが」


「まあ、そういうことだな。あまり使用例がないんで危険なんだが…こういうものを手に入れた」



 アンシュラオンが【小瓶】を取り出す。


 指で掴めるくらい小さな、縦長の半透明の瓶だ。口はゴム状のもので完全に密閉されている。



「何これ?」


「【アンプル】だ」


「アンプル…って、注射とかの薬?」


「ほぅ、物知りだな。その通りだ。これは―――【薬】だ」



 アンシュラオンが持ってきたのは、薬。


 ひどく遠回しに何度も意思確認を行っていたので、その段階でまともなものではないことがわかる。


 事実、これは普通の薬ではない。風邪の予防で打つようなワクチンではないのだ。



「オレは医者だからな。いろいろと伝手がある。お前のためにわざわざ仕入れたものだ」


「ど、どんな効果があるんだ!? 強くなれるのか!?」


「ああ、強くなれる。生体磁気を活性化させて身体を強化するものだからな。そのほかにもいくつか薬を持ってきた。筋力強化、視力強化、聴力強化等々、それなりに便利なものだ」


「…これを使えば…ごくり、強く…なれる」


「使っただけでは一時的なものだ。使いながらも鍛練を続けねばならない。それも常人が諦めてしまうほどの苦痛の中でだ。お前がこのホテルでやっていたことを何度も何度も続けるんだ。薬はその補助だと思え」



 術と同じで薬の効果は時間経過で薄れていく。ただ、薬剤は身体に残るため、術より効果が持続しやすい傾向にある。


 たとえば高血圧の薬がなくなっても慌てることはない。体内に一週間くらいは残っているので、いきなり病状が悪化したりはしない。このように薬には持続力があるのだ。



 アンプルの名前は、【凛倣過りんほうか】。



 一時的に身体強化を促す強化術薬で、これを使えば少年でも大人を超える腕力を得ることができる。効果としては賦気に近い一時的なドーピングと思えばいいだろう。


 比較的古い薬でラングラス一派においてはさして珍しいものではないが、劇薬指定されているので外部への持ち出しは禁止されている。当然、他派閥への流通も認められていない。


 これがファレアスティが言っていた薬物の一つである。ソブカたちもいざというときは、この薬を使って戦力強化を図るだろう。これも彼らから仕入れたものである。


 その他、今言ったようなさまざまな薬剤を手に入れた。注射もあれば錠剤もあり、それらは数十種類に及ぶ。


 この薬物強化に加えて、激しい鍛練とアンシュラオンの命気強化を同時に行う。


 どちらか一つでは効果が出るまで時間がかかりすぎるし、そもそも才能のないルアンでは結果もたかが知れているだろう。


 しかし、この二つがミックスすることで強くなれる可能性は劇的に高まる。あくまで可能性だが、確率が高いほうがいいに決まっている。



 ただし、強い力には必ず『代償』が存在する。



「安易に喜ぶな。薬である以上、『副作用』がある」


「副作用って…何が起こる?」


「いろいろとあるな。肝障害やら高血圧やら心筋梗塞やら性機能の減衰あるいは機能不全。精神的なものならば、うつ病やら被害妄想とか幻覚とか……あと、ハゲるかもしれん」


「最悪じゃないか!! そんなの誰が使うんだ!!」


「しょうがない。もし副作用がなければ、もっと使われているはずだ。デメリットがあるからこそメリットがある。ギャンブルだってそうだろう? 元手を失う可能性を受け入れてこそ利益の可能性が生まれる。これはそういうものだ」


「ギャンブル…か」



 父親であるレブファトからは、賭博をするような人間にはなるなと言われていた。それで人生を駄目にした者を多く見てきたからこその言葉だ。


 それは正しい。まったくもって間違いではない。


 だが、貧乏な人間が一日で大金を手に入れるためには、一か八かの勝負を打たねばならないこともある。



 そこで多くの者が選ぶのが―――ギャンブル。



 賭けるしかないのだ。


 しかも金という曖昧なものではなく、自分の命という明確で確実なものを。



「…ごくり」



 アンプルを見つめ、ルアンが喉を鳴らす。


 あまりの緊張感に目が若干泳いでいる。副作用があると聞かされたら誰だってそうなるだろう。


 だが、ここには常識を超えた存在がいることを忘れてはいけない。


 アンシュラオンは、ルアンの様子を見ながら愉快そうに笑う。



「くくく、ルアン、お前は幸せ者だなぁ。散々脅かしておいてなんだが、オレという存在がいれば副作用の心配はいらない。なぜならばオレには命気がある。今もやったように癒しの力があるんだ。副作用が出たら治してやるさ」


「だったら最初から言えよ! びっくりしたな!」


「リスクがあるのは本当だ。なにせオレも初めてだからな。これを使って何が起こるかはわからない。オレの技と組み合わせてどうなるかも初めてやることだ。データがない以上、とんでもないことになる可能性だってあるんだ」


「…失敗するかもしれない…ってことか?」


「その可能性もゼロではない。強くなるかもしれんし廃人になるかもしれない。植物人間になる可能性だってある。だが、お前も痛感したはずだ。武具で強化はしてやるが、それを使いこなせねば意味はない。すべての戦いは最終的に自分の肉体能力に依存するということだ」



 グランハムが持っていた武器を使っても、ルアンは彼を超えることはできない。常人と武人の間にはそれだけの差が存在するのだ。


 伝説級の武具を装備したとて最後に物を言うのは自分の力である。それがルアンには圧倒的に足りない。その教訓を教えるための戦いでもあったのだ。



「はっきり言っておこう。オレがやろうとしていることは【人体実験】だ。はたして常人が武人を超えることができるのか。努力と薬でなんとかなるのか。いわば『武人という天才を、常人の努力家が超えられるのか?』ということだ」





―――「努力家は天才を超えられるのか?」




 まさにスポーツにおける永遠のテーマである。


 漫画では上手いこと話が進み、最後の最後に努力でなんとかなってしまうものだが、所詮は空想の世界だけの話だ。現実は厳しい。



「成功したやつは『自分には努力する才能があったんです』とか言うが、それは嘘だ。努力なんて誰だってやる。今のお前のように死に物狂いでな。だが、届かない。生まれ持った才能が違うからだ」



 たとえばゼブラエス。彼は天才でありながらトレーニング大好き人間である。


 それはもうひたすら鍛練を続ける。趣味なのだから、やりたいだけやる。休みの日だって、火怨山でも独りで黙々と鍛練を続けていたものだ。そうなったら努力だけでどうにかなるレベルを超えてしまう。


 もう一つたとえるならば、競走馬、サラブレッドなどがそうだ。強い馬を掛け合わせて才能のある馬を意図的に作り上げていく。


 陽禅公が「武人は血統遺伝を遺すために近親婚をしているところも多い」と言っていたが、優れた血筋を遺すために必死なのである。


 そんな連中が相手では、凡才に付け入る隙がまったくない。あまりに酷い話だ。



「お前も…そうなのか? 才能があるのか?」


「そうだ。根本的な才能が違う。オレはそれを知っているから、この身体を選んだ。…といっても薬の副作用みたいなものもあったけどな。人生は上手い話だけじゃないんだ…オレだって苦労しているんだぞ」



 副作用 = 姉



「お前はひどく平凡だ。生まれた時から障害を持っているようなもんだ。だが、才能がないからと諦めるような男でもない。ならば薬でも呪いのアイテムでも使って強くなればいい。この考えをどう思う? 邪道だと思うか?」


「…お父さんなら、きっとやめろって言うよ」


「だろうな。レブファトはそういう男だ。そして、この点に関してはオレも同意見だ。べつにお前が戦う必要はないしな。慎ましく生きればいいと思うぞ」


「正義を踏みにじられたままでか!? それで何も知らない家畜のように生きろっていうのか!! ただ搾取されるだけの存在になれと!! ふざけるな! そんなことは絶対に認めない!! お前の好きにはさせないからな!」


「…そうか。お前ならばそう言うと思ったよ。だが、気をつけろ。そう言って死んだやつは大勢いるぞ。その小太刀の持ち主だって、あっけなく死んだからな。だが、唯一違う点はオレが味方にいるということだ。これは最大で最高の違いだ。オレがいる限り、簡単に死なせはしない。…この薬は置いていく。使うかどうかは自分で決めろ。薬を使う際は一緒に置いていく水を飲んでから行うこと。それだけは守れよ」


「………」



 ルアンは、じっと薬を見つめている。


 その足はわずかに震えているので彼の中の倫理感が警告を発しているようだ。


 こうしたシグナルは極めて正しい。直感が危ないと叫ぶ時は、だいたいが正解である。


 しかし、それは常人の直感。それを超える存在になりたいのならば、どこかで決断しなくてはならない。





 その一線を―――越える決断を。





 ちなみに水は、命気水を薄めたものだ。薬の副作用を抑える効果があれば…いいなぁと思ってのことだ。


 サナはよく飲んでいるが、それだけで効果があるかはわからない。それもまた実験である。





「それと、これも置いていく」


「まだあるのか…って、仮面? 白服? なんだこれ?」


「オレがどうして仮面を被っていると思う? 実は命気を使うとな、呼吸器系に異常が出るんだ。この仮面を被らないと外の空気が吸いにくくなる」


「ん? どういうこと? それとこれと何の関係あるんだ?」


「つまり命気を受けたお前も仮面が必要になった、ということだ。オレがすぐにホテルに行かせたのはそのためでもあるんだ。この階から出るなと言ってあっただろう? それはそういう意味だ」


「なっ! そんなこと言ってなかったじゃないか!」


「今、初めて言ったしな。知らないのは当然だ」


「くっそーー! なにか騙された気分だ! じゃあ何か!? これからずっとお前と同じ仮面生活ってことなのか!? なんてこった!」


「強くなるためだ。それくらい受け入れろ。そのうち全身鎧でも用意してやるさ。今は用意している暇がないから、それを使っておけ。外に出る際は絶対に着用しろ。わかったな」


「くうう…変なことになってきたぞ…本当にこんなものを身につけるのか? うわ、だっさい」


「ダサいとか言うな」


「いてっ!? 石を投げるなよ!」


「オレだって好きで被っているわけじゃない。苦労を思い知れ」


「…わかったよ。そういう事情なら仕方ないな…」



 自分が一番嫌う者と同じ格好をする。それこそ皮肉である。


 が、当然ながら全部嘘だ。


 冷静に考えてみればわかるが、呼吸に服の色は関係ない。ただ、仮にそうつっこまれても「白い色のほうが皮膚呼吸がうんたら」と誤魔化すつもりでいるが。


 これでとりあえずの「新影武者」完成である。この二号は最悪死んでもいいので気が楽だ。



「じゃあな。オレの用事は終わりだ」


「お父さんとお母さんは無事なんだろうな?」


「特に訃報は聞いていないから無事だろうさ。便りがないのは元気な証拠ってやつだ」


「すごく心配だ…」


「子供は自分の心配だけしていればいいんだ。親と再会する前に薬で死んだら困るからな。焦って大量に服用するなよ。ほどほどにしておけ」



 バタン



 そう言ってアンシュラオンたちは出ていった。


 言いたいことだけ言って去っていくのは相変わらずのようだ。



 それからルアンは、改めて自分の目の前に置かれたものを見る。どれもが強くなるための道具だ。



「武具に…薬…か。これは僕が望んだ…力。あいつに追いついて…倒すための第一歩。…くっ、怖い。怖いけど…僕は……」



 普通ならばここで止まってしまう。やめてしまう。


 そのほうがいいに決まっている。誰に訊いてもそう答えるだろう。



 しかし、彼の中の正義感が、ズタボロにされた心が泣いている。



 もしここで諦めてしまったら、一生そのトラウマを背負って生きることになる。毎日寝る前に今日を悔いて生きることになる。


 それは父親と自分たちを裏切ったシミトテッカーと同じ生き方だ。それだけは絶対に嫌だった。



「やってやる! やってやるからな…!! 僕は強くなってやる!! どんな手段を使っても強くなって正義を守ってやる! それが正しいことなんだ!! 僕は…僕だけは絶対に諦めないからな…!」



 正義を求め、少年は力を渇望する。


 それがどんなに薄汚れた力であっても、正義のためと言い聞かせて修羅の道を歩む。



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