237話 「這いつくばって、噛み付いて、あがいて殺せ 後編」


 ドオオオンッ!



 跳躍した鎧人形が落下し、その頑強な両足で攻撃。


 これを受ければ人間など簡単に潰れてしまう。筋肉を潰し、骨を砕き、抉り取る。


 子供のルアンならば即死だってありえる一撃だ。



 肉が―――切り裂かれる。



 案の定ルアンの肉が引きちぎれ、ジュバッと血が滲んで服が赤に染まった。



「ぐっ…! いっつうう!」



 灼けるような痛みに顔をしかめる。


 肉が抉れるというのは相当痛い。これだけでも絶叫したくなる。


 しかし、叫んでも何も解決しないことを前の戦いで知っていた。だからこそ歯を食いしばって耐える。



 幸いなのは、抉れたのは―――太ももの一部。



 ごろごろ転がったおかげで危機一髪のところで急所への攻撃を免れたのだ。



(た、助かった! 間一髪だった! これも動いたからだ! 動いたから助かった! そうだ、動かないと何も始まらないんだ!)



 これは単なる「ラッキー」ではない。自ら招き、引き寄せた結果である。


 アンシュラオンとの出会いで学んだ一番のことは、動かねば何も起こらないということ。


 ただ黙っていてもやられるし、声だけ張り上げても潰される。実際に身体を動かさねば悪い事態は打開できないということだ。


 このまま転がっていても、こうして攻撃されて殺されるだけ。それならば戦うしかない。



 ルアンは勢いをつけて立ち上がる。



 が、すでに鎧人形は目の前にいた。ルアンの顔面目掛けて拳を振るう。



「くそっ!! 速い!! わっ!」



 ブーンッ バゴッ



 咄嗟にしゃがんだおかげで拳は空を切り、壁に当たる。


 壁は結晶化しているので傷つかないが、あまりの威力に自らの手がひしゃげた。


 ただ、それも内部から戦気が膨張することで整形され、再び元の形に戻る。


 金属の鎧がひしゃげる威力もすごいが、ひしゃげたものを内部から元に戻す力も凄まじい。



(ちくしょう! 本気じゃないか! あんなのくらったら顔が潰れるぞ!)



 青ざめながら視界に入ったアンシュラオンを見ると、何事もないような涼しい笑みを浮かべていた。


 これでニヤニヤしながら見ていれば思うところもあるが、極めて普通に見つめている。



 それに―――驚愕。



 彼にとって、これくらいの暴力は当たり前に存在するものなのだ。


 耐性のない人がスラム街の暴力を見れば嫌悪と驚愕を感じるものだが、そこに住む人間にしてみれば日常の光景だ。


 病院に入院すると重病患者ばかり見るので、いつしかそれが当たり前に感じるようなもの。違和感を違和感として理解できない状態になるのだ。


 それが怖ろしい。


 アンシュラオンがいる世界では暴力が当たり前にあり、自分もまたそこに入り込んでしまったことを痛感するからだ。



(でも、相手のほうからやってくる以上、それを防ぐだけの力がないといけない! 僕は強くなるんだ!! どんな手段を使っても!! あらがう力を手に入れる! …武器を…小太刀を!)



 視線は鎧人形から外さずに腰を探ると、幸いながらそこには小太刀があった。


 今自分が頼るべきは、この武器だけ。武器を使って相手を倒すことだけだ。



「はぁあああああああ!」



 ルアンは迷わずに鎧人形に切りかかる。


 相手は動かなかったので、さして苦労もなく胸部に当たる。



 ガキインッ



 が―――弾かれる。



「あっ!!」


「馬鹿者。何のために鎧を着ていると思っている。身を守るためだろう。わざわざ全身鎧を着るくらいだ。防御は鎧に任せて攻撃に集中するのが目的だ。こんな感じでな」



 弾かれて体勢が崩れたルアンに、鎧人形の前蹴り。


 押し出されるような蹴りが腹に当たり、吹っ飛ばされて壁に激突。



「がはっ! げほっ…!!」



 我慢していた痛みが再燃し、腹が焼けるように痛い。だが、その痛みに根性で耐えて、すぐさま立ち上がる。


 正直、吐きそうだ。内臓ごと吐いてしまいたくなる。それでも血反吐を飲み込み、耐え続ける。


 頭の中にモヤがかかったようで思考がはっきりしない。痛みで気が狂いそうだ。



 それを発散させるために、突っ込む。



「ふーーー! ふーーー! 殺す…殺す!! うおおおおおお!」


「愚か者。感情の爆発だけで勝てるか。それは才能があるやつだけの特権だ」



 才能があれば激情で覚醒することもあるが、残念ながらルアンは凡才である。


 よって、当然の結果が訪れる。



 ブーンッ バキッ



 真正面から向かってきたルアンを鎧人形がぶん殴る。


 容赦のない右フックが頬に激突し、頬骨に亀裂を入れるとともに脳を揺らす。



「ぐうっ…げぼっ!!」



 殴られたショックで歯が何本か折れ、口からボタボタとかなりの勢いで血が流れる。



―――ブツン



 視界がブラックアウト。意識が飛ぶ。


 持ち前の根性で耐えていたが、我慢の限界を肉体が超えてしまった瞬間である。



 フラフラッ ばたんっ



 ルアンが自ら吐いた血の上に倒れる。


 これは当然の結果。アンシュラオンが操る鎧人形など、この都市で倒せる者は存在しない。


 屈強な武人ならいざ知らず、ただの子供であるルアンが戦える相手ではない。


 しかし、そんなことはアンシュラオンにもわかっている。そんなことを確認したいわけではない。




(…暗い。真っ暗だ。…眠い。あぁ…眠いなぁ)



 意識が闇に沈む中、眠りへの誘惑が訪れる。このまま眠れたらどれだけ快感だろうか。


 だが、真っ暗な世界の中で唯一光るものがあった。公園での昼寝のように、それがあまりに眩しくて眠るに眠れない。



(なんで…こんなに邪魔ばかり…僕はただ…正義を…正しいことを貫きたいだけなのに…お前が来たから…お前がいたから…!!!)



 その光、【怒りの炎】が照らし出すのは―――真っ白な悪魔の姿。


 世界を破壊し、自分の大切なものをすべて奪い去る魔人であった。このまま寝てしまえば、また以前と何ら変わらない人生が続いてしまう。


 ただただ奪われるだけの日々、奪われていることすら気付かない世界に戻ってしまう。



 それだけは―――許せない。




(僕は…僕はっ―――寝ている暇などないんだ!!!! 動け、動けよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)




「うううっ…ぐうっ……」



 ぐぐぐっ


 倒れたルアンの指が動き、少しずつ腕に力を込めていく。


 非常にゆっくりとした動きであるが、身体全体の力を使って起き上がろうとしているようだ。


 金縛りにあった時、身体が眠りに入って意識だけが覚醒している時、そこから動かすことは非常に困難だ。諦めたくなる。やめてしまいたくなる。


 だが、もどかしい気持ちを我慢しながら、必死になって最後まで動かすことをやめない人間だけが、その先のステージに行ける。



「そうだ、ルアン。それでいい」



 這いつくばって今にも死にそうな少年。才能も力もなく、あるのは根性だけ。


 それしか取り柄がないのならば、ひたすらそれに頼ればいい。持っているものを見いだし、力を引きずり出せばいい。



 ぐぐっ ぐぐぐぐっ!!



「うおおおおおおおお!!!」



 多少ふらつきながらもルアンは立ち上がる。その目には、まだまだ光があった。


 サナとの戦いの時も、戦う意思を最後まで捨てなかった。目には力と光があった。


 それしかないと言われればつらいところだが、何も無いよりはましである。



「どんな時でも戦う意思を忘れるな。弱いお前は、何があっても意思だけはなくしてはならない。この世界は意思が具現化しやすい空間だ。常に相手を殺すつもりでいろ。這いずってでも立ち上がれ。武器がなければ噛みつけ。そうやってあがいてあがいて最後には死んでも殺せ」


「はぁはぁ…!! ぐうう!!」


「意識をはっきり保て。朦朧とした時こそ冷静に考えろ」


「無茶を…言う…よな」


「無茶なんて言葉は無能な人間の言い訳だ。そうやって誤魔化して生きていくだけの人生だ。お前はそうなりたくないのだろう? シミトテッカーのようにはな」


「っ!! うおおおおおお!」


「馬鹿。正面から行くなと言っているだろう」


「いだっ!?」



 石を頭に投げつけて強引に止まらせる。


 鎧人形で殴ってもよかったが、もう一発入れると本当に死ぬかもしれないので石にしておいたのだ。これも師匠の優しさである。



「自分より大きな男に正面から向かっていくな。何のための体格差だ。前の戦いの時とは逆になったんだぞ。今のお前は非力な子供だ。ならばどうする?」


「どうする…どう…ううっ!」



 いくら考えても頭の中が曖昧で、世界がぐらぐら揺れるだけ。まるで呼吸ができない水の中にいるようだ。


 これでは打開策など浮かばない。



「ええい、くそっ!! はっきりしろ!!」



 ブスッ


 ルアンが自分の左腕に小太刀を刺す。


 加減ができなかったのでずっぷり刺さって痛いが、もともと骨に亀裂が入って動きにくい腕だ。どのみち必要ない。



(痛い。すっごく痛い…けど、少しは頭がはっきりしたぞ!!)



 まだ軽く世界が揺れているが、寝起き数分後くらいにまでは意識が回復。少しは考えられる状態が生まれた。


 そこで現状まで得た情報から、彼我の戦力差と特徴を見極めようとする。



(相手は全身鎧だ。特に胸部はがっちり守られている。普通に斬ったくらいじゃ駄目だ。じゃあ、この武器の能力を使うか? …いや、あれだけの硬さだ。押し付けて焼き切るまでに攻撃を受けてしまう。それ以前に相手の間合いに入らないといけない。力じゃ相手のほうが何倍も上だ。取っ組み合ったらすぐに殺される! どうする? どうすれば…あっ、そういえば…あの子はあの時…)



 ルアンの視界の中にいる黒髪の少女。今は仮面を脱いでいるので素顔でいる。


 改めて見ると驚くほど可愛い顔をしているが、見るたびに恐怖心が湧き上がるようだ。腹の底から嫌なものが込み上げる。


 しかし、その嫌な記憶にこそヒントがある。



(あの時、体格では僕のほうが上だった。でも負けてしまった。彼女の意外な行動が原因だったけど、その前の動きが重要だったんだ。そうだ。当たり前だ。真正面から大人と組み合っても負けるだけだ。なら、素早さを生かすしかない。捕まらないように身を低くして、どんな攻撃でもしっかり対応できるように膝を曲げて…)



 トットットッ


 ルアンが身体を揺らしながら小刻みにステップを踏む。


 腰を落として身体を屈め、小さくして、いつでもどの方向にも素早く動ける態勢を整える。


 そのルアンに向かって鎧人形が蹴りを放つ。


 シュッ


 相手の挙動を注視していたため、蹴りを回避成功。そのまま逃げるスペースがある左側に流れて、次の動きに備える。


 その動きを見て、アンシュラオンも頷く。



(そうだ。それでいい。小回りならば身体の小さいほうが有利だ。身体が大きくて素早い武人もいるし、レベル差が大きいと駄目だが、そこらの傭兵程度ならばそれで十分対応できる)



 身体が小さいほうが素早いのは、どこの世界でも同じことだ。


 アンシュラオンもパミエルキやゼブラエスと戦う際は、小回りを重視して戦う。


 単純な速度だけならば負けるが、前後左右の細かい動き、回転する動きなどは小さい自分のほうが上である。


 陽禅公も小柄なので、ひょいひょい相手の死角に移動してイヤらしく立ち回るものだ。


 鎧人形の動きはソイドファミリーのレッドハンター程度を想定しているので、これに対応できるのならば良い動きである。


 ただし、ルアンに直接教えることもないし、動きを褒めることもない。ただただ実戦で学ばせていく。


 身体に痛みを与え、それを回避するように考えさせる。そうしないと死んでしまうので嫌でもそうするのだ。すべてを実戦の中で修得していくやり方といえる。


 これこそアンシュラオンが受けた修練そのもの。ビッグも受けた『陽禅流鍛練法』である。


 命をかける必要があるが、その分だけ成長率が高いという最大のメリットがある。力を欲するルアンにとっては最適な修練だろう。むしろこれしか方法がない。




 それからもルアンは、小刻みに動くことで攻撃に対応を続ける。


 だが、逃げているだけでは勝てないことも知っていた。



(はぁはぁ、なんとか動きにはついていける。あとは攻撃だ。さっきのは失敗だった。よく考えていなかった。攻撃するのならば装甲の薄い部分。それと斬るのは駄目だ。腕力がないから弾かれるし、熱くなる効果を使えるのは一回か二回くらいだ。無理はできない。なら…攻撃する箇所は…)



 ルアンの目が、全身鎧をくまなく観察。


 頭や肩、胸、腰、足など、人体の急所部分はかなり頑強な造りになっているものの、人間の可動域に合わせているのでおのずと弱い部分は見えてくる。



(関節部分は脆そうだ。腕は…無理だ。あんなに素早く動く腕を捉えることなんてできない。じゃあ、足…か。人間は足を動かせないと移動ができない。僕も彼女に膝を蹴られた時、痺れたように動けなかった。膝、膝の裏、そこに…刺す!)



 ルアンが小太刀を右手で握り締め、脇をぎゅっと絞めて固定する。


 それは斬るための握りではなく『刺す』ためのもの。ドスを持つヤクザのような持ち方である。



(それが正解だ。あの武器の形状は、小太刀というよりダガーだ。あれが本当の小太刀っぽい形をしていたらコレクションに入れたかったが…やっぱりダガーだよな。ほんと、外人が作ったなんちゃって小太刀みたいだよ。ともかく子供の腕力で大人を攻撃するのならば刺すほうが確実だ)



「うおおおおお!」



 ルアンが突っ込んできた。再び真正面から向かってきている。


 鎧人形は迎撃。低く構えて向かってきたルアンに対して、蹴りで対応。



 顔面に向かって鎧人形の足裏が迫る。



 ズザザッ


 その蹴りがルアンの顔面を掠め、耳に命中。


 ジーンとした熱い痛みが走ったが、ルアンは無視。一切動じない。さらにそのまま加速する。


 最初から耳など捨てるつもりだったのだ。半分ちぎれかけているが、当人は前しか意識していない。凄まじい根性である。



 そして軸足に身体を絡ませるようにしがみつき、膝裏に小太刀を突き刺す。



「おおおおおおおおおおお!!」



 ガキインッ


 硬い感触が手に響く。滑り込みながら回り込んだので勢いが足りなかったのだ。


 だが、ここで小太刀の能力を発動。刀身が―――灼熱と化す。



 ジュウウウウッ



 真っ赤になった刀身が少しずつ鎧を侵食していく。その光景は『はんだごて』で、はんだを溶かすのに似ていた。


 熱が浸透するまでは反応がないが、溶けてしまえば一気に突き進む。


 さして力を入れていなくても、ぐいぐいと中に入り込んでいく。さすが高級術具。子供が使っても威力が高い。



 鎧人形は、足にしがみついたルアンを叩き潰そうと殴りかかるが、鎧の死角に隠れるようにしてかわしていく。


 身体が大きく、さらに鎧の可動域が決まっているため、なかなか上手く動けないのだ。


 当然、アンシュラオンが鎧の可動域を守って動かしているからであるが、実際の相手でも同じようになるだろう。


 だが、これで終わりではない。鎧人形は軸足を振り上げてルアンを壁に叩きつける。



 バンバンッ ガンガンッ バキッ



「ぐううっ!! 離すもんかあああああああ!! 貫けえええええ!!」



 壁に叩きつけられながらも小太刀を離さない。身体に痛みが走ろうが、実際に骨が折れようが戦う意思だけはなくさない。


 相手に突き刺すと決めたら突き刺すのだ。その意思がついに実る。



 小太刀が―――貫通。



 膝裏の装甲を貫通して中身にダメージを与える。


 もちろん中身は戦気なのでダメージなど受けないが、もし中に人間がいたら足が使えなくなっていただろう。



「や、やった!!!」


「馬鹿者。たかが足を貫いたくらいで喜ぶな」


「えっ―――がはっ!」



 油断して力を抜いたルアンの上に鎧人形が倒れてきて、下敷き。



「ぐえええええ!! お、重いぃいい…!!」


「足がやられたんだ。倒れてくる可能性もある。刺したらすぐに移動しろ」


「ががががっ―――がくっ」


「あっ、落ちた」



 そのままルアンは気を失ってしまった。血が混じった赤い泡を吹いて倒れている。


 内臓も損傷しているし、身体全体には打撲の傷痕。骨折した箇所もある。さすがに限界が来たのだろう。




「サナ、どうだった? ルアンは使えそうか?」


「…こくり」


「そうか。サナは優しいな。最後に気を抜いたからマイナスにしてやりたいところだが…サナに免じて許してやるか。まあ、子供のわりにはよくやったさ」



 アンシュラオンはボロ雑巾のようになったルアンを持ち上げる。



「ルアン、レブファトが施した英才教育など忘れさせてやる。雑草のようにゴミクズのように、惨めになりながらも下から這い上がってみせろ。ただ怒りと矜持だけを胸に秘めてエネルギーにしろ。どれだけ強くなれるのかオレに見せてみろ」



 こうして最初の稽古は終わった。


 だが、ルアンにとっての地獄はこれから始まるのだ。



 

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