236話 「這いつくばって、噛み付いて、あがいて殺せ 前編」


「あとはこれだ。どこでもいいから巻いておけ。拳の保護のために手に巻いてもいいぞ」


「布…? 包帯?」


「本当は服だったんだが、腕以外は消し飛ばしたんで残っているのがそれだけだったんだ。どうやら効果は残っているようだから、巻いているだけでも価値はあるぞ」


「こわっ!? なんだよそのエピソードは!! 死人の物まで奪うなよ!」


「その小太刀だってそうだろうが」


「うげっ! そう思うと…なんだかきついな…」


「気にするな。道具は道具だ。良いも悪いもない。放っておいても無価値だから遠慮なく使え」



 これもまたグランハムが着ていた『反靭強装の術衣』の一部、両袖の部分である。


 物理、銃、術耐性の基本三属性をカバーしているので、装備するだけでダメージが半分になるという素晴らしいものだ。


 布になってしまったので範囲は狭いものの、まだ小さいルアンの身体ならば、いろいろなところに巻くこともできる。


 腹に巻けばヤキチよろしく強化サラシとして、手に巻けばボクシングのバンテージのように拳の保護も可能だ。


 見ると、ルアンはさっそく右手と腹に巻いていた。腹は以前刺された場所であるし、右拳は今しがた痛めたばかりである。



(学習能力は高いな。知識がなくてお人好しだから馬鹿ではあるんだが、頭はそこそこいいからな。こういったところは見所がある)



 いわゆる「あいつは頭がいいけど馬鹿だ」というタイプである。


 ただ、こうしてすぐに過去の経験を糧にするところは素晴らしい。一度犯したミスはしないという決意の表れだ。それだけ強くなることに真剣なのである。



「お前がオレの役に立てば、こうして手に入れた装備を渡してやろう。弱いやつが強くなるためには装備を整えるのが一番手っ取り早いからな」


「たしかにこれはすごいよ。お腹に刺さったら…溶けちゃうな。触れただけでも危ないし」


「では、さっそく訓練に入る」


「え? 今から?」


「当たり前だ。オレという存在がここにいる時間を無駄にするな。独りで鍛錬するよりも遥かに濃密な時間を過ごせるんだからな」



 パチンッ


 アンシュラオンが指を慣らすと周囲にあった家具が全部消えた。戦気で消失させたのだ。



 それから命気を薄く床と壁に展開させ―――結晶化。



 部屋が一瞬でクリスタルに覆われた世界へと変貌する。


 ドンドンッ


 アンシュラオンが軽く叩いてみるが、命気のコーティングが施された壁はびくともしない。



「ふむ、この硬さなら問題ないな。ヤキチが暴れても傷一つ付かないだろう」



 うっすらと展開させたので部屋の景観は損なわれていないが、そこだけ世界から隔離されたような異質な空間にも見える。


 実際、この部屋を壊せる人間はそうそういないだろう。


 命気結晶の硬さは相当なもので、作った分は自分で解除できるから簡単に処分できるものの、他人が作った結晶ならば壊すだけでもひと苦労だ。


 とはいえ、一応確認のためにダガーを取り出して思いきり振ってみる。ちなみにダガーは、以前ルアンに貸し与えたものである。


 シュンッ バキンッ


 斬りつけたナイフの刃が、根元からバキンと割れた。



「うむ、やはり問題ないな。結果的に無駄な確認だったけど…心配性だからな。二回試さないと気が済まないもんだ。これで安心。準備OKだ」


「………」


「ん? どうした? さっきから反応が微妙に薄いぞ。弟子ならば『師匠、さすがです!』とか言えよ。…とまあ、お前に言われても気持ち悪いだけか」



 ルアンは呆然とその光景を見ていた。


 弟子のサリータならば称賛の嵐だろうから少しだけ寂しい。


 しかし、黙っているからといって何も考えていないわけではない。ルアンの心の中では激しい感情が渦巻いていた。



(くそっ、なんだよ、これは! こんなことを簡単にできるなんて…こいつ、やっぱり異常だ! 僕がうっかり壁を叩いたときなんて凹みもしなかったのに…!)



 高級ホテルの壁なので、化合石材でがっしりと強化されている。ルアン程度が殴っても壊れることはない。


 せいぜい表面を覆っている木が少しダメージを受けるくらいだが、それでもダガーを使えば傷一つくらいは付けられただろう。



 目の前の男は、そのダガーすら簡単に壊れる壁を一瞬で生み出す。



 鍛練を始めたからこそわかる。これは異常だ。普通じゃない。


 初めて会った時は状況についていけなくて半ば混乱していたから気付かなかったが、今になって目の前の人物が怖ろしい存在であることがわかるのだ。



(でも、だからこそ…! こんなやつを野放しにしてはおけない! 僕が強くならないと…)



 ルアンの幸運は、出会った存在が単なる悪党ではなかったということだ。


 よく悪党に拾われて強くしてもらう、という話はあるが、それが覇王の系譜の悪党であるなど、宝くじで一等を当てるより何百倍も難しい確率なのだから。





 準備が整ったところで、改めて宣言。



「これより訓練を始める」


「訓練って…何をするんだ?」


「もちろん戦う」


「…お前とか?」


「いや、オレと戦ってもあまり意味がない。実力差がありすぎるし体格的な問題もある。仮にお前が悪と戦うとしてだ、相手はどんなやつだと思う?」


「白い服を着たやつ…いたっ!?」


「真面目に答えろ」


「いったぁあ…なんで石を投げたんだよ!? というか、どうして石があるんだ!?」


「投げるために常備しているのだ」



 自分がやられて地味にムカつくことは何かを考えた結果、「石を投げられること」という答えに行き着く。


 なので、相手に嫌がらせと制裁を加えるために石は常備してある。ポケット倉庫の間違った使い方の一例だ。術具屋のメーリッサもびっくりだ。



「ちゃんと答えろ。次はゴールデンボールを狙うぞ。どんな音がするかな? ニヤニヤ」


「わかったよ! 言うからそれはやめろ! …普通に考えたら…大きな男かな? 大人の男?」


「そうだな。我々がイメージする悪党は、たいていは大人の男だろう。しかも『ハゲ、デブ、モヒカン』の三大権威だ」


「なんでその三つなんだ!?」


「しょうがない。この三つが定番だ。受け入れるしかない」



 世紀末において、この三つは外せない。間違いない!



「オレのようなサイズの大人のほうが少ないだろう。たいていは身長が百七十センチ以上ある男が敵になる。しかも武人の因子が覚醒している場合、二メートル超えも珍しくはない」



 因子が覚醒しているから身長が高いというわけではまったくないが、パワー型の武人は身体が大きくなる傾向にある。


 ゼブラエスもそうだし、ソイドダディーやビッグもそうだ。傭兵の中にもそれくらいの人間は大勢いる。マサゴロウなどその極みで、三メートル近くあるので、もはや種族が違うのではないかと思えるくらいだ。


 アンシュラオンの見立てとしては、地球とは大気や重力が違うのも大きな要因だと思われる。


 地球でも酸素濃度や二酸化炭素濃度を上げると昆虫や植物が巨大化する。それと同じようなものがこの星の大気に含まれているのかもしれない。


 魔獣のような巨大な生物が存在する理由も、それならば頷けるものだ。


 よって、子供が戦う場合、そのほとんどが自分より大きな相手となる。



「オレと戦っても実際の戦いではまだ役立たない。まずは大きな相手と戦う訓練をする。そこで、しばらくはこれを使う」



 アンシュラオンはポケット倉庫から『鎧』を取り出した。


 全身鎧であるが、ところどころがボコボコになって破損している箇所もある。



「鎧? ずいぶんとボロボロだけど…」


「そうだな。これも死体から剥ぎ取ったものだし」


「だからそういうのはやめろよ!? どんだけ背徳的なんだ!?」


「道具を放置して錆びさせるほうが背徳的だろう。使えるものは何でも使うんだよ」


「…お前とは『徳』の価値観が違うってことがよくわかったよ…」



 アンシュラオンにとっての徳とは、すべてを有効利用することだ。


 逆に使えるのに使わない姿勢、もったいぶったり甘ったれた姿勢を罪や背徳と呼ぶ。実に合理主義者らしい考えである。


 この鎧も警備商隊の隊員が着ていたものを奪ったものだ。


 特に能力はないただの鎧であるが、金属製だったので何かに使えるかと思って剥ぎ取らせた。今回はそれを使う。



「お前がそれを着るのか?」


「違うな。そもそもサイズが合わないだろう。だからこうするんだ」



 アンシュラオンが鎧の中に戦気を送り込むと―――人型になる。


 以前領主城で使った分戦子という技である。



 ゴトゴトゴトッ ガシャンッ



 ルアンの目の前に、全身鎧の大男(中身は戦気で、表面を命気でコーティング)が生まれた。


 身長はおよそ百八十センチ。この世界の一般的な成人男性の身長であり、元の鎧の持ち主の身長でもある。


 試しに動かしてみると、ガシャガシャしながらも機敏に動く。その動きはプロボクサーのように素早い。



「な、なんだこれは…! どうなっているんだよ!?」


「こいつはオレが遠隔操作で動かせる人形だ。これがお前の相手だ。こいつと戦ってもらう」


「こんなのと…戦う?」


「生物ではないから気が楽だろう? 本当は誰か本物の人間を用意したほうがいいんだが…ホテルだしな。外に出たら適当な相手を見繕ってやるから、これで我慢しておけ。こっちは素手で戦うが、お前はさっき渡した小太刀を使え。それで対等…ではないが、大人相手に小太刀で戦う練習だからな。それでいいだろう」



 どんな道具でも使いこなさねば意味はない。


 ルアンにあげた猩紅の小太刀自体は上物だが、使う人間が弱ければ真価を発揮できないのだ。



「準備はいいな?」


「ま、待ってよ! あと十秒だけ心の準備を!」


「まったく、しょうがないな。十秒だけだぞ」


「う、うん」



(この小太刀ってのは、前に使ったダガーより少し長いな。僕が使うと剣みたいに感じる。重さはあまりないけど…これであの鎧に通じるのかな?)



 ルアンはその十秒の間に、もらった小太刀の感触を確かめる。


 刃物はこの前使ったので持つことに違和感はないが、そもそも素人の少年である。武器を持って戦うこと自体の経験が少ない。



「8…7…6…5…」



 アンシュラオンが残りの時間を数える。



 ドキドキッ バクバクバクッ



 その間も心臓は早鐘のように鳴り響き、否応なしに緊張感を高めていく。



(はぁはぁ…緊張してきたな。落ち着け。落ち着くんだ…これは訓練だ。前みたいな殺し合いじゃない。だから大丈夫だ)



「4…3…」



(あと三秒…。まずは相手の動きを見てから―――)



 と、残り三秒の時間が告げられた時である。




 目の前にいた鎧が動き―――腹を蹴る。




「えっ…」



 一瞬、何が起きたのかわからなかった。残り三秒という言葉に気を取られており、目の前で起こったことを認識できない。


 だが、起こったことは変わらない。


 開始三秒前に鎧人形が動き、間合いを詰め、その大きな足でルアンの腹を蹴っぱぐったのだ。



 ボスッ ミシイイイッ



 サッカーのトゥキックのように、つま先が上に向かって叩きつけられ、ルアンが宙に浮く。


 つまりは体重以上の圧力が、その一点に叩きつけられたのだ。



 ドガッ ヒューーンッ ドサッ



 そのまま天井にまで叩きつけられ、落下したルアンが床に激突。



「が―――はっ! げほっげほっ!! がぼっ…ぐえぇ」



 ルアンが吐血。


 凄まじい威力の一撃だったので内臓が破裂したかもしれない。腹が爆発したように痛い。



「ぐあぁあああああ! ああああああ!」



 あまりの痛みに、腹を押さえてのた打ち回る。


 その姿をアンシュラオンは冷めた目で見ていた。



「ルアン、さっさと立て。始まったばかりだぞ」


「がっ…なっ…なっにっ…をっ……まだ…がはっ…三秒……」


「もしかして鵜呑みにしたのか? 馬鹿が。襲ってくる相手がこっちの言い分なんて聞くか。オレだから七秒も待ってやったが、本物の敵ならば遠くから無言で銃を撃ってくる可能性だってあるんだぞ。甘えるなよ」


「そんっ…なっ…だって…くんれん……」


「命がけの戦いでないと訓練になどならないだろう。特にお前は弱いんだ。常に実戦だと思え」


「がっ!!」



 ドガッ


 寝転がっているルアンに鎧人形が追撃。足でさらに蹴り飛ばす。


 ドガドガッ ドスドスッ


 まるでリンチを加えるかのように蹴り上げて踏みつける。


 そこに相手を労わる気持ちなど微塵もない。暴漢が襲う時のように本当に殺すつもりで蹴っている。



 ドガドガッ ドスドスッ


 ガスガスッ バキバキッ



(ぐうううっ!! こ、殺される!! 本気で殺すつもりだ!! 訓練なんかじゃない! これは…あの時と同じだ!!)



 ルアンの脳裏をよぎったのは、サナとの戦い。


 あの時も相手は殺す気で向かってきた。彼女に殺気そのものはほとんどなかったが、躊躇なく思いきり攻撃してくる点は一緒だ。


 最初の一撃も腹に巻いた強化サラシがなければ死んでいたかもしれない。それほどの一撃である。



 ドガドガッ ドスドスッ


 ガスガスッ バキバキッ



 蹴りは相変わらず続き、次第に身体が傷ついていく。



 ドガッ ミシィッ パキッ



「くっ!!」



 激しい激痛。ついに腕の骨にヒビが入る。こうなると腕でガードしてもつらい。



(このままじゃ殺される!! どうする!? どうする!? …そうだ! 動け! 動け! 動くしかない!)



 寝転がったままでは一方的に攻撃されてしまう。このままでは死を待つばかりだ。


 ルアンは身体を転がしながら必死に逃れようとする。



 だが、相手は簡単に逃がしてはくれない。



 鎧人形は―――ジャンプ。



 転がっているルアンを踏みつけようと襲いかかった。



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