235話 「ルアンという素材 後編」


「はっきり言うぞ。お前は弱い。どれくらい弱いかというと、蛆虫くらい弱い」


「そもそも蛆虫って戦闘力あるのか?」


「面白い切り返しをするな。焼いて食べると甘くて美味しいらしいがな。そんな甘甘の蛆虫君が強くなるためには、どうすればいいかわかるか?」


「…ハエになる?」


「頭がいいのか馬鹿かわからんな」


「蛆虫にたとえるからだろう!」


「お前はハエ程度で満足できるのか? 求めている強さはそんなものではあるまい。ならば、お前に必要なのは『一日三十時間』の鍛練だ」


「三十時間!? そんなの不可能だろう! 一日は二十四時間だぞ!」


「時間的にはな。だが、これは【質】の話だ。濃密な一時間は怠惰な一年に勝る。それは理解できるな?」


「…ああ、あの時の一瞬は、今までの人生をすべてぶち壊すくらいの衝撃だったからな…」



 アンシュラオンが家にやってきた日、ルアンの世界は一瞬で崩れてしまった。


 十二年という歳月がこうも簡単に壊れる。それだけ激しく濃い中身が存在したというわけだ。



「それと同じだ。オレが課したトレーニングは、一般人からすれば逆効果のバッドトレーニングだろう。しかし、お前が本当に強くなりたいのならば、これを続けるしかない。ひたすら身体を痛めつけて、筋肉が痩せ細るまで負荷を与え続けるんだ」


「それで強くなれるのか?」


「なれる。オレが手助けをすればな」



 弱い人間が本当に強くなるためには、常人が思いもしないような特訓が必要となる。


 一見すれば矛盾するトレーニングであっても、アンシュラオンにはこれがある。



 ごぽごぽっ



 命気を放出して―――ルアンを癒す。



 身体全体に命気が絡みつき、皮膚から体内に侵入していく。そして、一気に身体全体に広がった。



「うっ…くっ!」



 まるで全身をふくよかな女性に抱かれているような至福の瞬間が訪れる。


 傷んだ身体、その細胞一つ一つに染み渡るように浸透して修復していく。



「うくうう! うっ!」


「変な声を出すな。気色悪い」


「しょ、しょうがないだろう! お前はいつも突然なんだよ! いったい何をしたんだ!?」


「これは命気と呼ばれる技だ。気絶していたから知らないだろうが、お前に使うのは二度目だな。傷を癒すための術だと思えばいい。身体の調子はどうだ?」


「…痛く…ない? 身体も…軽い。…すごい! どうなっているんだ!?」


「お前の腹の傷も治したんだ。これくらいはできる。…力が漲る感覚はあるか?」


「…ある、かな。うん、ある。絶好調って感じだ」



 試しに身体を動かしてみるが、明らかに動きがよかった。これほど調子がいい時も珍しいくらいに。


 アンシュラオンは、その様子を観察しながら頷く。



(ふむ、散々筋肉を痛めつけただけあって吸収率が高いな。ある意味ではサナよりも吸っているかもしれないぞ)



 ただ細胞を修復するのではない。その隙間から少しずつアンシュラオンの生体磁気を送り込んでいるのだ。


 傷んだ細胞は、まるでスポンジのように与えられた養分を吸い、急速に回復しつつ新しい力を取り込み『進化』していく。



 結果―――『前より強靭』になる。



 本当に少しずつであるが、細胞を作り変える作業に似ている。脆弱な一般人の細胞から、武人の細胞へと進化を促しているのだ。


 これは賦気に近いやり方であり、サナにも実践している技である。


 当然才能や資質、肉体の強さによって結果はまちまちだが、続ければ確実に強くなるだろう。



 この結果を受けて、ルアンは目を丸くする。



「本当に医者なんだな」


「まあな。偽物だけどな」


「どっちなんだよ!? …なぁ、これで今までのトレーニングが無駄になるってことはないよな? なんだか軽くて心配で…」


「ならば試してみるか? ほれ」



 そう言って、アンシュラオンは手を出す。



「手…? 握手か?」


「気持ち悪いことを言うな。オレの手を殴ってみろ。思いきりな」


「それならそうと言えよ! お前の手なら、いくらでも殴ってやる! うおおおおおお!」



 両親を脅した憎きホワイトの手である。殴ることにまったく躊躇いがない。


 ルアンは軽く助走をつけながら振りかぶると、思いきり拳を叩きつけた。



 ブーーンッ バシッ



 構えられた掌にナックルが当たり、そのまま押そうとして―――折れる。



 グギッ




「ぎゃぁあああああああああ!!」




 たかだかルアン程度の拳で、アンシュラオンの手を一ミリでも動かせるわけがないのだ。


 鉄壁を殴りつけたようなもの。当然、拳と手首を痛める。


 普通は自分から手を引いてあげて「お前も強くなったな」とか言ってあげるものであるが、この男にそんな度量はない。



「いってぇええええ! 手がぁあああ! 手首がぁああ!」


「ゲラゲラゲラ! 馬鹿め、引っかかったな」


「くうううう! いてて…わざとやったのか! なんて性悪なやつだ!」


「簡単に騙されるほうが悪い。まだお人好しなところは変わっていないようだな。相手の言葉を簡単に信じるもんじゃない」


「なっ! まさかトレーニングも!!」


「そっちは本当だ。前より筋力は上がっているぞ。走り込みも欠かさなかったようだな。足腰もしっかりしている。そこは評価してやろう」


「う、うん」


「なんだその『お子ちゃま』みたいな返事は」


「な、なんだよ! 褒められたからって懐柔されたりしないぞ!」


「お前に好かれるメリットを感じないな。もっと厳しいトレーニングを用意してやるから覚悟しておけ」


「望むところだ! 絶対にお前より強くなってやるからな!!!」



(ルアンのやつ、相変わらずの性格だな。弱い犬ほどよく咆える。しかし、その根性も相変わらずだ。オレが出したトレーニングを完璧にやりやがった。こいつのレベルだとかなり厳しいんだが…もしオレだったら投げ出していたな。ズルや手抜きをしたかもしれん。たいしたもんだよ)



 アンシュラオンが出した課題は、寝ている間以外は一日中身体を動かすようなメニューだ。まともにやれば常人では耐えられない。


 だが、ルアンは持ち前の根性で乗り切った。


 筋肉が断裂した激痛の中でも身体を動かし、痛くて眠れなくても我慢して、ただひたすらに修行に打ち込んだ。


 それしかやることがないとはいえ簡単にできることではない。



 それを可能にさせるのは―――【怒り】。



 不当な暴力や不条理に対する強烈な怒りに違いない。それが彼を突き動かすのだ。



(ルアン…か。面白い素材だが…)



―――――――――――――――――――――――

名前 :ルーアノーン


レベル:1/50

HP :60/60

BP :20/20


統率:F   体力:F

知力:F   精神:E

魔力:F   攻撃:F

魅力:E   防御:F

工作:F   命中:F

隠密:F   回避:F


【覚醒値】

戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0


☆総合:評価外


異名:正義と力を求めし才能無き愚直な少年

種族:人間

属性:

異能:正義感、根性、力への渇望、黒姫への恐怖心

―――――――――――――――――――――――



(特に変わってないな。この短期間で劇的に変化するわけもない。修行なんて何十年もかけて行うものだしな)



 すでにルアンの情報はサナと戦う前から得ていたが、特に変化はない。


 『正義感』と『根性』は最初からあったので、せいぜいスキルが二つ増えたくらいだ。


 最後のスキル『黒姫への恐怖心』は、おそらくサナに負けたことで生まれたものだろう。


 今もサナはアンシュラオンの隣にいるが、ルアンはあまり見ないようにしている。性的な意識過剰からくるものではなく、勝負に負けたことで植え付けられた恐怖心である。


 セノアやリンダを見ていてもトラウマの払拭は難しいし、それが子供の頃のものならばさらに難しい。


 下手に興味を持たれてサナのストーカーになられても困るので、これは良い傾向だろうか。



(『根性』はいいが…やはり大きな才能はない。そうでいながら『力への渇望』を持つか。求める者が総じて資質を持っているわけではない。…現実は厳しいな)



 正直、ルアンには才能がない。


 『力への渇望』を持ちながら可能性がないとは、これほど残酷なことはないだろう。


 特に武人の世界では因子レベルがないと技すら使えないので、0のルアンには致命的だ。


 しかし、少年はそれでも力を求めるのだろう。求めるのならば与えねばならない。それが彼との約束、契約なのだから。




「ルアン、強くなりたいか?」


「当然だろう」


「何度も言うが、お前に才能はない。そのお前が強くなるためには大きなリスクを背負う必要がある。それでもやるのか? 口うるさく言う意味はわかるな? 本当にリスクがあるからだぞ」


「弱ければ何も手にできない。何も守れない。安全だと思って穴倉に閉じこもっていても、いつかこじ開けられて、もっと強いやつに殺される! そうだろう!?」


「その通りだ。若いうちにそれを知ったお前は真理を悟ったと同じだ。正義には力が必要だ。自分の道理を通したいのならば押し通す実力が求められる。それを知っているようで知らなかった男は、死んだよ」


「お前が…殺したのか?」


「そうだ。敵だったからな。だからこそお前が持つに相応しいだろう。オレとの約束を守ったんだ。まずはこれをくれてやる」



 アンシュラオンは、赤い革鞘に美しい装飾が施された一本のダガーを取り出す。


 グランハムが持っていた術具だ。彼はサブ兵装として装備していたが、このダガーもかなりの上物であった。



「…赤い。綺麗だ」


「抜いてみろ」


「…ごくり」



 スルリ ギラッ


 ルアンが恐る恐る抜くと、赤い刀身が姿を見せた。照明に当てるとオレンジ色にも見える。



(刃物…か。怖い…怖いけど、これは【力】だ。自分と自分の大切なものを守るための力なんだ。受け入れるんだ)



 一瞬、自分の腹に突き刺さったダガーを思い出したが、勇気を振り絞って恐怖を抑え込む。



(やはりメンタルは強いな。心の弱いやつならば、しばらくはトラウマだ。戦場帰りの兵士がPTSDになるようにな。心が強いことは武人の一つの素養だ。この点は優れているんだが…)



 ルアンの葛藤はアンシュラオンにはお見通しだ。


 彼に足りないのは心の要素よりも、実際の強さの面である。だからこれを渡したのだ。



「鑑定させたが、これは『猩紅しょうこうの小太刀』と呼ばれるものだった。こいつには面白い能力があってな。刀身を触ってみろ」


「…ん? こうか?」


「柄を持っている手から刀身に力を流し込むイメージを固めてみろ。刀身を指でしっかりと押さえてな」


「んと…んっ…こう…かな?」



 ルアンが意識を集中させると術具が発動し―――熱くなる。


 ジュウッ


 熱された刀身が、ルアンの指を焼いた。



「…え?」



 あまりに熱いと感覚が鈍くなり、その一瞬はよくわからないものだ。



 だが一秒後、骨肉にまで熱が達して―――気付く。



「あっちぃいいいいいいいいいいい!!! あちあちっ! ふーー、ふーーー!!」


「ゲラゲラゲラゲラっ!! 何やってんだよ! あははははは!」


「お前が触れって言ったんだろう!? あつっ! あっちっ! 熱いってレベルじゃないぞ! もう感覚がないくらい熱いっ!! あー! 指紋が消えてる!!」


「術具だからな。それくらいの力はある。そのダガー…正確には小太刀だが、そいつの能力は刀身を熱くして切れ味を高めるというものだ。触れただけでその熱さだからな。押し付ければ、お前でも鉄くらいは斬れるぞ」



 たとえばカッターを熱してから消しゴムを切ると、とても簡単に切ることができる。それの強力版だと思えばいい。


 昔はロボットアニメでヒートソードなどがあり憧れたものだが、今では百円ショップでもヒート式カッターは売っており、工作で活躍してくれる。


 原理は簡単。されどなかなかに使えるアイデアである。多少時間はかかっても、鍔迫り合いになれば相手の武器を切断することも可能だ。


 鑑定では、これ一本で二千万円である。グランハムが持っていただけあって高級品だ。



「どうだ? 良い物だぞ。嬉しいだろう」


「渡すなら普通に渡せよ!」


「それが物をもらう人間の態度か? まあいい。お前はそういうやつだからな。まったく、親の教育が悪いと子供はいい迷惑だよな」


「お前にだけは言われたくない…つっ…なんだ? 急に目眩が…」


「言い忘れたが、その術具は持ち主の生体磁気を吸収して動力にしている。お前の磁気量では常時発動は無理だろうな。実際に使う時だけにしておけ」


「それも最初に言ってくれよ…」


「何事も経験して学ぶんだ。誰かに言われたことなんて、すぐに忘れるからな。目で見て、肌で感じて、肉で味わって、魂で受け取るんだ。それでこそ強くなれる」


「なんだか先生みたいだな」


「自覚してなかったのか? 一応、お前はオレの弟子扱いだぞ。まあ、弟子見習いってところだろうがな。オレが男を弟子にするなど普通ならばありえないことだ。もっと喜べ」


「それが嬉しいのかどうかもわからないよ。くそっ、悪党の弟子になるなんて…最悪だ」


「どう思おうと自由だ。好きにしろ。やることは変わらん」



 ルアンはまだ知らないし、知る由もないだろう。


 陽禅公の弟子であるアンシュラオンに習うということは、【覇王の系譜】に名を連ねる可能性があるということを。


 しかも男の弟子など貴重にも程がある。本当の幸運というものは、一見すると凶報に思えるものである。これもまた皮肉なものだ。



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