234話 「ルアンという素材 前編」


 風呂場でのバカ殿騒ぎを終え、アンシュラオンはホテルの通路を歩いていた。


 隣にはサナ、後ろにはホロロが付き従っている。



「ホロロさん、大丈夫? 無理しなくてもいいよ」


「お気遣い、ありがとうございます。もう大丈夫です」


「本当? 股は痛くない?」


「違和感は少しありますが、これも愛された証。素敵な感触ですから…ぽっ」



 ホロロが頬を赤らめる。その顔は充実感に満ちており、今まで以上にやる気が漲っていた。


 アンシュラオンが下界に降りてから初めて交わった女性ということにも、当人は相当な満足感を得ているようである。


 風呂場でのはっちゃけぶりに一時は反省したものの、改めてやってよかったと思う。



(オレも久々にリフレッシュできたな。やはり自分のスレイブたちに囲まれて過ごす時間は最高だ。できれば一日最低八時間はイチャラブにあてたいものだな)



 身体からは石鹸の匂いと同時に、女性たちの香りが漂ってくる。実に心地よい。心に爽やかな風が吹くようだ。何度嗅いでも飽きない。


 その時間を一般人が労働している時間帯に味わうという、実にブルジョワ的に使っていることも素晴らしい。まさに勝ち組である。


 しかし、ある程度出したとはいえ、まだまだ満足はできない。今回は主に肉体的な部分の話だ。



(正直、物足りないな。肉体操作で出しても気持ちいいことはいいんだが…解放感がなぁ…まったく足りないよな。姉ちゃんのときは思う存分出せたし、遠慮なんてしなくてよかったからな。だが、普通の女性は乱暴に扱うと壊れてしまう。あれで限界だとすれば…オレが満足するには数百人は必要だろうな)



 相手がパミエルキならば、それこそ思いきりパンパンして好きなだけドクドクして、場合によっては叩きつけて、強く引っ張って、噛み付いて、引き裂くこともある。


 それでも姉はまったく動じない。そんな行動で彼女に傷を負わせることはできないので、アンシュラオンが何をしても無駄なのだ。


 ただ、今思えばそれが快感であったことも事実。


 全力で欲求を叩きつけられるというのは、気持ちよくてスッキリする行為だ。姉に支配されているストレスも、それで発散されていたと知る。



 しかしながら、今相手をしているのは普通の女性。



 パミエルキと比べればサリータも一般女性の範疇に入る。ファレアスティやベ・ヴェルだってそうだろう。それこそプライリーラでさえ、ただの一般人に該当する。


 もしさっきのような絡みだけとなると、数百人を相手にしてもパミエルキの半分にも満たない。これは実に困ったことだ。



(人数が多くなるのは仕方ない。少しずつ増やしていけば、本格的に後宮やハーレムのようなものも作る日が来るだろう。それはそれでいいんだが…この街に来てから手加減ばかりだ。力を半分も出していない。それにちょっと疲れているところはあるよな)



 なかなか面白い人間もいるし、そこそこ楽しめているが、時々全力を出したくなることもある。しかし、ここでそんなことをしたら、とんでもないことになるだろう。都市に壊滅的なダメージを与えてしまう。


 何よりも相手がいない。せいぜいガンプドルフ程度だろうが、彼を殺すような戦いをしても楽しいかは不明だ。



(あのおっさん、何か背負っている感じだったしな。ああいうのは面倒だ。もっとこう単純な戦いでいいんだ。ただただ力と力をぶつけあうような純粋な力同士の戦いを楽しみたいが…ここは火怨山じゃない。しばらくはお預けだな)



 火怨山では、あの化け物三人と毎日鍛練をしていたのだ。あの日々は全力しか出した記憶がない。出さねば殺されそうになるからだ。


 今はそれとは一変。まるで正反対。よちよち歩きの幼児と戯れる日々である。


 そのせいで身体が時々運動不足を訴えてくるが、違う欲求を満たすことで耐えている状態である。



(まあいい。今はスレイブが順調に集まってきているし、支配欲求という意味では満たされている。都市が安定したら殲滅級か撃滅級でも狩りにいけばいいだろう。どうせジュエルも必要だしな)





 アンシュラオンはエレベーターを降り、ホロロと一緒に一つ下の階、二十四階のエリアに足を踏み入れる。


 ホテルの二十四階はもともと無人のフロアだったが、現在はアンシュラオンが上の階同様に借り切っている。


 ここも万一の場合、戦場になるかもしれない。それに備えていろいろと準備が必要だからだ。


 加えて、もう一つの【預かり物】が保管されている場所でもある。



(さて、あいつはどうしているかな。オレがわざわざ会いに行ってやるんだ。少しくらい期待させてもらおうか)



 一番奥の部屋に向かい、波動円で中に人がいることを確認すると―――扉を開けた。




 バッターーーーンッ




「どわっ!!!」



 ドスーンッ


 ノックもなしに勢いよく開けたので、中にいた者は慌てふためき、バランスを崩してベッドから落下。


 ドガッと床に頭を打ち付けた。



「なんだ? そんなに慌てて。どうせオナニーでもしてたんだろう。犬っころのくせにイカ臭いやつだ」


「だ…誰がそんなことをするか!!」


「嘘をつけ。お前の年頃なんてエロいことしか考えてなかったぞ。その有り余る性欲を女にぶつけようと画策していたんだろう。油断も隙もないやつだ。これだからガキは困る」


「いきなりの誹謗中傷はやめろ! お前とは違うんだよ! 一緒にするな!」


「じゃあ、なんでそんなに慌てた?」


「いきなり開けられたら普通はびっくりするだろう!」


「オレはしない。勇者だからな」


「僕はするんだよ!」



 アンシュラオンはべつにオナニーを見られたところで動じはしない。


 ワイングラスを持ち、優雅に「何か用かね?」とジュニアを向けながら訊くだろう。勇者である。



「相変わらず口の減らないガキだな。まあ、元気そうで何よりだ」



 アンシュラオンは床に無様に倒れている少年、ルアンを見つめる。


 マングラスの監査官であるレブファトの一人息子だ。賭けに負けたので、今はアンシュラオンの支配下にある。


 彼はあれ以後、このホテルの二十四階で待機させていた。



「ホロロさんから聞いたぞ。ちゃんとこの階から出ていないらしいな」


「お前がそう言ったんだろう…って、ええ!? だ、誰!?」



 ルアンはアンシュラオンの顔を見て戸惑っている。


 目の前にいるのは自分とそう大差のない少年(中身は大人)だったからだ。



「何を驚いて…と、そうか。仮面なしは初めてだったか。そうだ。これが素顔だ」


「………」


「おい、感想はないのか?」


「…くっ…なんだよ! ブサイクとか顔に傷があるとかを想像していたのに…卑怯だぞ!」


「訳がわからないことを言いやがって。なんだ、嫉妬か? すまないなぁ、負け犬君。どんどん惨めにさせちゃって。これが格差社会ってやつだよ。とことん底辺を味わうんだな」


「そっちこそ相変わらず性格は最悪だな…」



 強いのに美形なのは、たしかに卑怯である。


 ルアンも普通に見られる顔をしているが、アンシュラオンと比べると月とスッポン、天と地だ。激しい格差社会に泣けてくる。世の中は理不尽だ。


 だが、それも弱いことが悪いのだろう。どんなにブサイクで醜くても強ければ認められるのだから。



 ここに来たのはルアンの様子を見ることも理由の一つだが、もう一つの用事があるからだ。


 その一つが、これ。



「それで、【トレーニング】のほうはどうした? サボってオナニーでもしていたんじゃないだろうな」


「だからどうしてそうなるんだ! そんなのするか!」


「それは嘘だな」


「な、なんでだよ!」


「こんな何もない場所で男がすることと言ったら妄想くらいしかない。おおかたホロロさんをネタにして、イヤらしいことでも考えていたんだろう!」


「なっ!!」


「ん? なんだその反応は? まさか本当にそうだったのか?」



 一般論で述べただけだが、ルアンの反応がシャイナを彷彿とさせる。実に怪しい。


 十二、十三歳の頃などエロいことしか考えていないもの。鉛筆が転がっても「勃つ」と言われるくらいだ。授業中の勃起など珍しくもない。


 そのうえホテル内で接触しているのはホロロだけだ。身近な若い女性に興奮してしまうのは男として当然の反応だろう。



「ホロロさん、オカズにされていたらしいね」


「なるほど、そうでしたか。それは思い至りませんでした。まさかこのような少年が私に欲情するとは思いませんでしたので。申し訳ありません」


「いいよ、いいよ。こいつの数少ない癒しだからね。妄想まで奪ってしまったら生きていく気力もなくなるだろう。しょうがないな。妄想だけに限って、ホロロさんをネタにする許可を与えてやろう。気持ち悪いだろうけど我慢してね」


「ホワイト様のご命令ならば喜んで。ルアン、たっぷり妄想しなさい。気持ち悪いですが我慢いたします。偉大なるホワイト様に感謝することです」



 動揺したルアンにホロロが冷笑を浮かべる。


 年頃の少年は綺麗なお姉さんに憧れるものだ。こんな冷ややかな視線を浴びせられたら、かなりのダメージだろう。正直、立ち直れない。



「なななな…!! あなたまでそんなことを! するわけないだろう! というか気持ち悪いって言うなよ!?」


「気持ち悪いに決まっているだろう。自分に置き換えてみろ。気色悪い根暗オタクに欲情たっぷりの目で見られたら、お前だって気持ち悪いだろうが」


「だから勝手に決め付けるな!」


「遠慮するな。オレがお前みたいなクソガキに許可するなんて、本当に特別なことだぞ。ありがたく受け取っておけ」


「くううう! そうやってまた僕を貶めるつもりかよ!」


「被害妄想もたいがいにしておけ。言っただろう。お前が考えることは強くなることだけだ。そんなものは何の役にも立たん。さっさと捨てるんだな」



 怒りや憎しみなどのマイナス感情は役立つことがある。が、その中でも被害妄想だけは役立たない。これだけはまったくの無価値だ。


 自分の弱さや不甲斐なさを何かのせいにしても、一銭の得どころか何億円もの借金しか生まない。それはマイナスではなく『ネガティブ』だからだ。



「で、オレの言いつけたトレーニングはやっていたか?」


「それしかやることがないからな。やっていたよ」


「ほぅ、全部か?」


「…そうだよ」


「身体を見せろ。服を脱げ」


「な、なんだよ! 何する気だ!」


「変なことを考えるな。誰が好き好んで男の裸を見たがる。証拠を見たいだけだ。ほら、さっさと見せろ。げしげしっ」


「いたっ! 蹴るなよ!」



 蹴られたルアンが渋々服を脱ぐ。


 身体つきは普通の少年と同じだ。太ってもいないし痩せてもいない。


 ただし、まだ幼いながらも、そこにはしっかりとした【修行】の痕跡があった。



「…ふむ、どうやら本当にやっていたようだな。オーバーワークで筋組織がかなり傷んでいる。これだと筋肉痛が酷くて眠れないだろう?」


「お前がやれって言ったんだろう。どんなにきつくたってやるさ」


「真面目だなぁ、お前は」


「まさか嘘とか冗談だったとか言うなよ。必死でやったんだぞ!」


「そんなことは見ればわかる。毎日走って、筋トレして、がむしゃらに棒を振っていた筋肉だ。身体は嘘をつかないからな。オレの言葉も嘘ではない。お前を強くしてやる。そのためのメニューだ」



 ルアンには、言うことを聞けば強くしてやるという約束をしている。


 これはそのための修行だ。敵が襲ってこない限りはまったくやることがないので、一日中トレーニングに費やせる理想の環境である。


 しかも娯楽が何一つないため、無心になって集中することができる。ただひたすらに言われた通りにやっていたのだろう。さすが真面目君である。



 ただし、現在の彼は明らかにオーバーワーク。



 本当に言いつけ通り、休む暇もなく身体を痛めつけていたのだろう。筋組織がかなり傷んでいるし、肩の腱には一部断裂も見られる。


 痛くても苦しくても、感情の赴くままに身体を酷使した当然の結果が訪れている。


 もし現代科学の信奉者が聞けば「そんなんじゃ筋肉なんて付かないよ。もっと合理的にやらないとね」とか言いそうなほど傷んでいる。


 それは事実だろう。人間には超回復が必要で、筋肉にも休む時間を与えねばならない。



 が、そんなものは―――弱者の理論。



 所詮一般人の理屈であり、武人の世界では通用しない。



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