226話 「上下関係は大事だ! オレが神で、お前は犬だ! 後編」


(ふむ、こんなものかな。上を作る以上、必ず下が生まれる。これは仕方がないことだ。だが、これでしか完全な秩序は作れない。そもそも人間は平等ではない。霊が違う以上、生まれながらに差があるのは当然だ)



 人間は生まれながらに違うし、才能に差がある。これは霊が蓄積した経験値の差が影響している。


 初めてこの世界に人間の霊として生まれる者もいれば、アンシュラオンのように何度目かの人生の可能性もある。


 前者は未熟なので失敗をよく犯す。後者は叡智を宿しているので失敗をしにくい。その差である。


 進歩の速度には個人差があり、現段階での到達点を比べてしまえば平等は存在しないことになる。



 これがいわゆる「人は平等ではないぃいいいいい!」という言葉の所以となっている。



 これは仕方がないことだ。人間が生きているこの宇宙は段階的に進歩するようにできており、地上だけで暮らしているわけではないからだ。


 仮に今は未成熟な人間であっても、アンシュラオンのように何度か再生して経験を積めば、より強靭な精神力を持った人間となることができるだろう。


 他人から「変態!」だの「ロリコン!」だの「エロ!」だの言われようが、まったく動じないメンタルを得ることができる。「だからどうした。悔しいなら〇〇〇をしゃぶってみせろ!」である。


 ただし、ある程度成長した霊は、地上でそれ以上進化できないと知ると、それ以後は霊界の新しい世界で過ごすことになる。



 この世界における霊界とは一般的に、女神が管理する【愛のその】のことを指す。



 これはどこにあるとかそこにあるとかいうより、次元やバイブレーションの違いなので、この星に重なるようにして違う世界が広がっていると思えばいい。


 戦気に使う神の粒子が肉眼に見えないように、霊視能力(霊の視力)でしか認識できない世界がある。


 空気と同じだ。そこにあっていつも利用しているが肉眼で見えない。それが霊界にも当てはまる。存在しているが見えないだけだ。



 そして、愛の園と呼ばれる霊界を管理しているのが女神と呼ばれる存在。この星の守護神霊たる光の女神マリスであり、闇の女神マグリアーナだ。



 アンシュラオンが転生する際に出会ったのが闇の女神。優しくて母属性全開の慈悲深い女性だ。彼女は光の女神が生み出す愛(霊)を物質レベルに変換する役割を担うので、再生の際に立ち会ったのである。


 これを人間に当てはめると、精神や心である「霊」を、肉体という「物質」で包んでいる状態。それによって霊が地上で活動するための媒体を与える、という仕組みである。


 意識というものは何かの物質とセットでないと維持できないシステムなので、心や精神がある存在は何かしらの媒体を持っている。霊の振動数でいえば、それが霊体、というわけだ。


 ただし、霊体と呼ばれているものも進化の程度によって振動数はそれぞれ違うので、地上の人間が霊がほとんど見えないように、同じ霊同士でも上位の存在は相変わらず見えない。


 また進歩して振動数が精妙になっていくと、地上で死んだ時のように新しい世界が見えるようになる。


 こうして無限の進化の世界が永遠と連なっているので、上の世界に行けば、この地上で高位の存在もまた低位からやり直しとなる。


 今まで六年生だと威張っていたやつでも小学校を卒業すれば、また中学生で下っ端からやり直しというわけだ。


 だが、上の世界なのでレベルが下がったわけではない。地区大会をクリアしたので、次は県大会にランクアップしたにすぎない。それは成長と進化である。



 このように連綿と宇宙は広がっているわけである。それはもう無限に。



 非常に前置きが長くなったが、その途上の世界である地上世界で平等を生み出そうとすれば、どうしても序列を設定する必要がある。



 つまりは、優れた者がそうでない者を支配するシステムである。




(階級制度はオレが作ったわけじゃない。絶対神が作ったシステムなのだから仕方がない。だから堂々と支配しよう。ぐへへ。最高だな!)



 霊の世界では、いわゆるヒエラルキーと呼ばれる完全階級制度が導入されている。


 地上では曖昧に感じられるが、直接霊界に行くとこの序列には逆らえなくなる。なぜならば、より力が鮮烈に表現される世界だからである。


 光の女神など、あまりの霊性の輝きに直視すらできない。まさに太陽を見るようなものだ。弱い者が見れば目が潰れてしまう。


 それだけ強烈に表現される世界なので彼女には逆らえないのだ。アンシュラオンなど即座にひれ伏すだろう。



 そう、神が宇宙を生み出した瞬間から、それ以前からも世界は完全管理社会なのである。



 ただし、おそらくアンシュラオンが考えている支配制度と、絶対神が作った支配制度は何か違うと思う。


 女神は愛をもって人を支配する。愛は何も傷つけず、ただ愛することで相手を魅了する。尊敬する人間にはどんな粗暴な人物でも敬愛の念を抱くように、心から自然とひれ伏す。だから偉大なのだ。


 一方アンシュラオンは暴力をもって人々を支配する。うん、まったく違う。


 違うのだが、こんな男でも女神にとっては「使い勝手のいい道具」なのだから、実に世の中は面白いものだ。


 たとえば戦罪者や人間のクズどもは、光を見ると一目散に逃げて、日陰の世界でうだうだとくだらない日々を過ごすだろう。それでは永遠に進化がない。


 一人たりとも見捨てない偉大なる女神様は、そんな連中を救うために「暴君」を用意する。ゴキブリのたまり場に殺虫剤を吹きかけて強引に散らして日の下にたたき出すように、特効薬を用意するのだ。


 蛇の道は蛇。悪は悪によって淘汰され、統一されて導かれる。停滞した未開の大地においては、こんな破天荒な男こそ相応しい。




「せ、先生! もう一つ質問です!!」


「ん? なんだシャイナ、まだ文句があるのか?」



 またもやシャイナが食い下がってきた。いいかげんしつこい。


 だが、当人にはどうしても気に入らない点があるらしい。



「お前な、しつこいにも程があるぞ」


「わ、私はいいんです! でもほら、あの人! あの人はどうなんですか!?」


「こら、ホロロさんと呼べ。お前より年上だぞ」


「年上なだけじゃないですか! いくら先生が年上好きだからって、それだけで上にいるなんて…ずるいです!」


「サリータも年上だ」


「そ、そうですけど…! どうしてあの人が! 納得できません!」


「お前の序列は最下位だぞ。納得する必要はない。ただただ受け入れろ」


「厳しい!?」


「当然だ。それが序列社会だからな」


「じゃあ、そんなのやっぱりおかしいですよ!」


「じゃあ、出ていけ。今日からお前は野良だ」


「厳しい!?」



 世の中は厳しいのだ。自由を求めるのならば、それを得るだけの力がなければいけない。



「野良は大変だぞ。お前はオレの財力なしで生きていけるのか? ああん?」


「ず、ずるい! お金を盾にするなんて卑劣ですよ!」


「その金を目当てでやってきたお前は卑劣じゃないのか?」


「そ、それは生活の知恵です!」



 ゴールデン・シャイーナらしい卑劣な理論だ。この犬は、いつでも自分を正当化しようとする。


 そんな駄犬に対してホロロが黙っているわけもない。



「ワンワンうるさい犬ですね。ホワイト様がお決めになったことに反論するとは、やはり恩知らずな女です。こうなったら保健所に持っていきましょう」


「ひぃっ! それはやめてください!? ワン権侵害ですよ!」


「勝手に変な言葉を作るな。生存権でいいだろうが」


「だって、だって~~! この序列だとホロロさんがすごい権力を持つじゃないですか!!」



 結局、嫉妬である。底の浅い女だ。



「そこは信頼度だ。ホロロさんは頭が切れるし冷静だ。お前より役立つ。それにオレの妻の一人になるんだ。上になるのは当然だ」


「ええええええ!! それだけの理由ですか!?」


「妹のサナが上なんだから、至極当然の成り行きだと思うがな。それに、さらに上に割り込む女性もいるぞ。マキさんと小百合さんが同列でそこに入ることになる」


「また増えたーー! 誰なんですか!?」


「だから、オレの妻たちだって」


「じゃあ、私もそこに入れてくださいよ!」


「駄目だ」


「即答だ!!」



 現在ホロロがいる序列三位の場所は、妻となる女性が入る予定となっている。


 マキと小百合もそれぞれタイプが違うので、おそらく三権分立みたいに系統は分かれると思うが、それぞれの分野における最高権力者になるだろう。


 ただ、あくまでアンシュラオンの好みで妻にしているだけなので、能力的に優れたスレイブが手に入るのならば、その補佐として何人か付けたいとは思っている。


 妻が大臣だとすれば、補佐役は官僚の事務次官のようなものであろうか。



「ということで、序列はこのままだ」


「全然納得できないんですけど…」


「だから納得する必要はないんだ。受け入れろ。ホロロさんはオレの秘書でもある。命令されたら文句を言わずに従えよ。そうしないと死ぬからな」


「えええ!? どういうことですか!?」


「これからいろいろなことが起こるということだ。その時、ホロロさんの言うことを最優先で聞け。わかったな? 死にたくないだろう? お前が一番やばいんだからな。自覚はしておけよ」


「うう…わかりました」



 とりあえずシャイナは理解したようだが、そんな彼女を見ていると若干不安になる。



(スレイブ・ギアスを付ければ、こいつもおとなしくなるのかな? もし効かなかったら最悪だな。面白いが和を乱すことになる。やはりギアスの調整は急務か…。この争いが終わったら最優先でジュエルを確保しよう)



 あくまで予感だが、シャイナにはギアスが効かないような気がしてきた。付けてもワンワンうるさいに決まっている。


 だが、ある意味でそれは才能だ。魔人の影響力に屈しないというのは、むしろ誇るべき特異な才能である。



(まっ、いいか。それはそれで面白い。飼うなら珍しい犬のほうがいいしな)





 序列はこれで確定である。


 そして、さっそくその序列が効果を発揮する。



「おいシャイナ、ジュースを買ってこい。全員分だぞ」


「サリータさんが鬼になってますけど!?」



 先輩による後輩への命令が始まった。


 さすがサリータ。「ジュース買ってこい」という基本的なところを押さえるとは、まさに体育会系のお手本といえる。


 一度こうなると、「弁当買ってこい」「お前が謝ってこいよ」「今日間に合わせがないんだけどよぉ、金貸してくれない? いつか返すからさ(二百年後くらいにな!)」「んん? ちょっとジャンプしてみろよ。なんだぁ、これは?」から「尻を出せ」まで、実に高度な命令へと発展していく。


 泥沼である。もう終わりだ。これが序列の怖ろしいところである。



「せ、先生! 序列が一つ上程度なら文句を言ってもいいんですよね!? ね?」


「駄目だな」


「駄目!? なんでですか!?」


「お前はいつも反抗的だからな、ちゃんと先輩犬にしつけてもらえよ。サリータ、教育は任せたぞ」


「はい、師匠! 任せてください! ほらシャイナ、ダッシュで買ってこい! ダッシュ、ダッシュ!」


「ひぃいいいい!! やめて! お尻を叩かないでください!!」



 パンパンパンッ


 馬の尻を叩くようにサリータが催促をする。


 恒例のダッシュである。これもパシリの宿命だ。



「あっ、私がお茶を入れます」


「セノア、こいつらに気を遣うことはないぞ。お前のほうが上だからな」


「そうですよ、セノア様。こんなやつに気を遣うことはありません」


「あっ、いえ…様というのはちょっと…」



 サリータは律儀に序列上位のセノアに様付けである。



(サリータは、なんか生き生きしているな。やっぱり上下関係が好きなんだろうな)



 自らアンシュラオンのスレイブになりたがる女性である。最初から頭が飛んでいるのは間違いない。


 支配されることが快感なのだろうか? 行き過ぎると怖い趣味である。



「私とラノアのことは普通に呼んでください」


「そうですか? わかりました! セノアの姐さん!」


「それ普通じゃないですよ!? 呼び捨てでいいです。敬語もその…普通で大丈夫です」


「わかりました。…じゃなくて、わかった。これでいいかな?」


「はい。そのほうが落ち着きますから」


「自分は落ち着かないが…」


「サリータ、それも上のやつからの命令だぞ」


「なるほど!! ならば喜んで受け入れます!!」



 やっぱり命令されるのが好きらしい。危ない趣味だ。



「お茶の練習もしているので、一度味見をお願いします。ご主人様、いいですか?」


「ふむ、そういうことならばいいか。命拾いしたな、シャイナ」


「命拾いってなんですか!? 怖い!?」



(セノアはいい子だな。こんな犬たちにもちゃんと礼節を守ろうとする。ほんと泣けてくるよ)



 セノアがいなければ誰も抑える人間がいないので、怖ろしいことになっていたかもしれない。


 アンシュラオンやサナ、ホロロとサリータは、何の躊躇いもなく権利を行使するだろうから。


 まさにシャイナは命拾いである。これを抜け出すには『さらに自分より下』を生み出すしかないのだ。


 実はこれもアンシュラオンの狙いである。



(自分が一番下になるのを誰もが嫌がる。そうなれば積極的に下の人間を増やそうとするだろう。こうやって人材を集めていけばいい。くくく、予想通りだな)



 こき使われるのが嫌なので、新しい舎弟を生み出そうとがんばって集めてくれるだろう。ほぼネズミ講の仕組みである。


 自分で自分の才能が怖い。実に素晴らしいアイデアだ。




(ご主人様に淹れるお茶だから慎重にやらないと…)



 セノアがお茶を淹れている姿は、案外さまになっていた。昔から家事をやっていたことがうかがえる。


 何度か確認しながらゆっくり淹れていき、室内に紅茶のいい匂いが広がっていく。



「よし、大丈夫そうかな」


「ラーちゃんがもってくー」


「大丈夫? 気をつけるんだよ」


「うん!」



 茶を受け取ったラノアが、おぼんを持って運ぶ。とてとてと歩く様子が異様に可愛い。


 こうして見ると、やはり女の子としてのグレードが相当高いのがわかる。モヒカンは人間のクズだが、女を見る目だけはある。さすがスレイブ商だ。



「そっとよ。そ~っとね」


「うん」



 何が起こるのかわからないので、セノアも並行しながら安全に気を配る。



「あっ―――」



 だが、そういうときこそ思いがけないことが起きるものだ。


 自分が床に置いたヌイグルミに足を取られ、ラノアがおぼんを揺らす。



 グラグラグラ



 紅茶も揺れ、中身がカップからこぼれそうになる。



 この時、セノアは焦った。



(あ、危ない! ご主人様の前でお茶をこぼしたら役に立たないと思われちゃう! 私たちみたいな子供にも優しい、すごく素敵なご主人様だけど…できるだけ失敗はしたくない!!)



 普通の女の子がゆえに彼女は失敗を怖れた。


 いくらラノアが子供でも、それに甘えていてはいけない。自分たちは買われた立場なのだ。少しでも役に立たないといけない、と。



(なんとかフォローしなきゃ! 届いて!!)





「チョエエエエエエ!!!」





 もはや反射的に湯飲みに手を伸ばす。力が入りすぎたのか卓球選手のような奇声を発するほどに必死だ。


 しかし、セノアは才能があるとはいえ、現在はただの女の子。武人でもないので運動神経は普通以下である。


 その彼女が一生懸命手を伸ばしたとて間に合うわけがない。むしろ慌てている分だけ危険だ。




 指先がカップに当たり、弾かれて吹っ飛び―――







―――シャイナにかかる。







「あっつうううーーーーーーー!?!???!」





 そのままだったならば、きっと誰にもかからなかったはずの湯飲みが、見事にシャイナに飛んでいった。


 先輩の理不尽な命令から逃れ、ほっとしていたところに熱湯の一撃。


 完全に油断していたので、気付いたのは当たってからだ。思いきり頭の上にぶっかかっている。



「ひっ、ひぃいいいいいい!」



 それに青ざめるセノア。


 まさかこんな結末になるとは思わなかったに違いない。慌てて駆け寄る。



「しゃ、シャイナさん! 大丈夫ですか!? も、申し訳ありません!」


「あつあつっ!! な、何が起きたの!? なんでかけたの!? はっ、まさか嫌がらせ!? まさかあなたまで私を狙うなんて!? す、末恐ろしい!」


「ち、違います! なんとか押さえようと思って…!! じ、事故なんです!」


「セノア、見事ですよ。正しい判断です。よく教えを守っていますね」


「あっ…え? あ、ありがとうございます、ホロロさん!」


「なんで納得したの!? お礼まで言ってるし!」


「シャイナ、飼い主たる師匠の前でなんて粗相だ! ちゃんと拭いておけ!!」


「サリータさんが酷い!? 私じゃないですよ!」


「あはははははは!! ゲラゲラゲラ!」


「先生も笑わないでくださいよ!? 私だけ集中砲火じゃないですか! あんまりです!」


「しょうがない。いじられキャラがお前だけだからな」


「ふ、増やしてください! いじられキャラを増やして~~~!」



 なんだか急に賑やかになった。それが楽しくて笑ってしまう。



(こうしていると家族みたいだな。出自は違えど、オレという存在がいれば一つにまとまるんだ。う~ん、感動だなぁ)



 そして、それはサナも同じ。



「…じー、パンパン」



 サナも皆の感情に反応するように身体を動かしている。


 ソファーを叩いているのは怒っているのではなく、感情をどう表現していいのかわからないのだろう。



 サナは―――【楽しい】のだ。



 それは気のせいではない。ちゃんと騒動を眺めている。身体全体から「楽しい」といった雰囲気を醸し出して。



(サナ…そうか。そうだな。楽しいもんな。大丈夫。これから何があってもオレがお前に楽しさを教えてやる。楽しい身内をたくさん作ってあげるからな)



 そのことがアンシュラオンの心を揺さぶる。


 サナのためにもっとスレイブを増やそうと誓うのだった。主にメイドを。



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