225話 「上下関係は大事だ! オレが神で、お前は犬だ! 前編」


 ドタドタドタッ ガタガタガタッ!


 バンバンバンッ!



「―――!!」


「―――っっ!?!?」



 ドサッ! ゴンッ!




「ん? なんだ? 外で何を騒いでいるんだ?」



 アンシュラオンがサナとラノアを激写しながら、ちゅっちゅぺろぺろ王国の建国を夢見ている時である。


 何やら外から物音が聴こえた。叫び声のようなものも聴こえたので誰かが争っているようだ。


 扉の前ではサリータが見張りをやっている。何かあれば対応するはずなので、この音は彼女が出しているものだろう。



 つまりは、異変が起きたのである。



 ホワイト商会の所業を考えれば、ここで敵の討ち入りがあってもおかしくはない。


 が、ホテル事業は領主であるディングラス家の管轄なので、グラス・マンサーであっても簡単には侵せない。


 特に今は勢力間で牽制しあっているところである。マフィアがやってきた可能性は低い。



「まったくあいつらは…人が感動しているときに。しょうがないな」



 アンシュラオンは波動円ですでに気配を察知していたので、特に慌てることもなくゆっくりと扉に向かう。


 そもそも自分がホテルにいる時に討ち入りは不可能である。


 波動円はホテル全体を超え、その周囲数百メートルまで展開されているので、何かあれば即座に知れるようになっている。


 さらに罠も仕掛けてあるので、討ち入りがあろうともホテルに入る前に全滅となるだろう。敵意のある者は水泥牢に囚われて溺死である。


 なので、ここに来られるということは、アンシュラオンが許可した人物であることを示している。



 ガチャッ



 扉を開けて廊下の様子を覗き見ると、予想通りの事態が起こっていた。



「おい、サリータ、何をしているんだ」


「あっ、師匠! この女が入ろうとしたので捕まえたところです!」



 まず見えたのは、扉の前で番犬のように見張りをしていたサリータ。


 そして言い争うのだから、彼女のほかにもう一人が必要となる。その一人は今、サリータに押さえ込まれて床で呻いている。



「せ、先生! なんですか、この人!? いきなり首を絞めようとしてきたんですけど!?」



 それはゴールデン・シャイーナと呼ばれる存在である。


 番犬のサリータとは違ってまったくの無力なので、いとも簡単に捕まっている。


 上から腕と頭を押さえつけられ、さらに胴体に乗っかられているため、その豊かな胸が床に潰されていた。妙にエロい。



「なんだそれは? オレへのアピールか? だが、まだ足りないな。もっと乳首を床に擦り付けて『あはぁ~ん、せんせぇ~い、イッちゃうぅう、ぺろぺろわぅ~ん』と言え」


「いきなり卑猥な言動!? 言わないですよ! 見ていないで助けてくださいーー!」


「言わないなら助けんぞ。サリータ、よくやった。正しい判断だ」


「師匠に褒められた! あ、ありがとうございます! 怪しい女め! 成敗してくれる!」


「ちょっとーーー! 見捨てないでください! こわっ! この人、こわっ!! 目が本気だ!! むぎゅうう! 死ぬーーー!」



 褒められて興奮したサリータに締め付けられ、完全に落ちる寸前だ。



(こいつ、暴漢に襲われたら一発でアウトだな。駄目な犬だ。しかし、サリータは武人以外には強いな。能力値を見ても一般人レベルでは勝てないし、門番くらいには十分使えるか)



 いきなり首を絞めるサリータもサリータだが、あっという間に制圧されるシャイナにも不安を感じる。


 所詮は愛玩犬にすぎない。無力なものだ。一般人ではサリータに勝てないという証明にもなったので、これはこれでよしとしよう。



「サリータ、そいつはサナの飼い犬だ。放してやれ」


「え? この女が…ですか? ものすごく間抜け面ですよ?」


「言いたいことはわかるがな。馬鹿な犬ほど可愛いというだろう? これでも身内だ。そういう駄目な犬を飼うことで自身の成長を促すという深い理由があるのだ」


「なるほど! さすがサナ様です! 了解です!」


「うう…死ぬかと思った…。もう! なんですぐに助けてくれないんですかぁ!」



 サリータがシャイナを放すと、恨みがましい目で見てきた。


 すぐに助けなかったことが気に入らないらしい。



「また人相が悪くなったな。どうだ、売人は? 毎日が楽しいだろう?」


「え? 売人?」



 その言葉に反応したのはサリータ。


 これが初対面である。相手の素性など知らない。いきなり売人と聞けば訝しがるのも当然だ。



「そうだ。こいつは麻薬の売人だ」


「なっ! やはり敵のスパイか! おとなしくしろ!!」


「ぎゃーーっ! 変なこと言わないでくださいよ! 勘違いされるじゃないですか! あうううう! 首を絞めないでぇえぇえ!」


「事実だろうが」


「そ、そうですけど…って、なんなんですか! いきなり呼びつけたくせに攻撃されるって最悪ですよ!」


「師匠になんて口だ!」


「ぐえぇっ! この人、なんとかしてください! ちょっとおかしいですよ!!」


「おかしいのは認めるが、お前よりは役立つ番犬だ。どうだ。いいだろう? こいつがサリータだ。見た目も美人だぞ。…しかし、ふむ。犬が二匹か。うちは二匹も飼う余裕はないし、ゴールデン・シャイーナのほうはべつにいなくてもいいかな?」


「せ、先生ぃ~~、捨てないでくださいよぉ~~! サナちゃんに直訴させてくださいぃ~~」



 サナに直訴とは狡猾な女だ。


 自分が助かるためならば何でもする。それがゴールデン・シャイーナである。



「サナが気に入ってるからな。捨てはしないさ。安心しろ」


「うう…人間扱いされたい…」


「ほら、さっさと入れ」



 むにょーんっ


 乳を引っ張る。



「ぎゃー、また乳を揉まれたー!」


「なんだこの弾力は!? 相変わらずの餅だな。ほら、サリータも入れ」


「警備はどうしましょう?」


「問題ない。説明があるからお前も入れ」


「はい、師匠!」


「…なんで胸を張り出す?」


「あっ、いえ!? …そうやって入るものかと」



 そうやって入る = 胸を掴まれて入る


 なぜかそう思ったサリータも相当な頭の悪さだが、当人が望んでいるのならば試さねばならない。それが主たる者の責務だ。


 ふにふに


 …足りない。掴めなかった。柔らかさはあるが、さすがに持つほどの大きさではない。



「すまん。ちょっと無理っぽい」


「くうう! 自分で自分が恥ずかしい!!」


「うん、まあ…気を落とすなよ」


「先生、やっぱりおかしいですよ、この人!」


「お前ほどじゃない。さっさと入れ」


「さりげなくディスられた!?」



 このままでは埒が明かないので、二人とも中に入れてやる。


 ちなみにサリータを配置していればこうなると思って、あえてそのままにしておいたのだ。


 意味はない。ただ犬同士が出会ったらどうなるか見たかっただけだ。


 結果は予想通り。面白い見世物であった。





 中に入り、二人が改めて自己紹介を行う。



「サリータ・ケサセリアと申します。どうぞよろしくお願いいたします!」


「あっ、どうも。シャイナ・リンカーネンです」



 サリータは相変わらず手を後ろに組んで、軍人のように直立不動で立っている。あれがスタンダードのようだ。


 身長はサリータのほうが高いので、シャイナは見上げる形となっている。



(ふむ、こうして見比べてみるとなかなか対照的だな。金髪と銀髪だし、背の高さも胸の大きさも違うしな)



 シャイナがゴールデン・レトリーバーだとすれば、やはりサリータはシベリアン・ハスキーだろうか。


 あの犬も運搬や狩猟補助などの用務犬としての特性があるので、武人のサリータにはぴったりであろう。


 こうして並び立つとコントラストが際立っていいものだ。飼い主としては集めた甲斐がある。



「さきほどは失礼いたしました。まさかサナ様の身内の方だとは思わず…ご無礼をいたしました!」


「あっ、いえいえ。謝ってくれるなんて、意外といい人…」


「おいっ」


「あうっ!? いきなりお尻をつままないでください! 何ですか?」


「お前の反応が面白くてな。尻をつまんだことに意味はない」


「理由が酷かった!?」


「それとな、立場はサリータのほうが上だからな。それを忘れるなよ」


「え!? そうなんですか!?」


「そりゃそうだろう。サリータのほうがお前より六つ年上だし、能力面でも上だ。サリータもそのように振る舞え。こいつはお前の下だ」


「はい、師匠! よろしくな、シャイナ!」


「この人、急に偉そうになったんですけど!?」



 明らかにサリータの態度が変わった。上官が部下を見るように完全に見下す目である。



「まあ、体育会系だしな。上には従順で下には高圧的なんだ。そこは諦めろ。本当に年上なんだから、べつにいいだろう?」


「そ、そうですけど…また私が下なんですか?」


「しょうがない。それがお前の宿命だ」


「残酷すぎる言葉!?」



 一つ年下というだけの残酷な理由で、恐るべき上下関係が生まれる。それが体育会系の宿命だ。六つも離れれば、社長とアルバイト以上の差があるに違いない。


 サリータが一度シャイナを下と見たが最後、けっしてこの関係は崩れないだろう。


 上下関係に厳しい犬同士にありがちなこととはいえ、相変わらず不運な女である。





 全員がそろったところで大切なことを周知する。



「そうそう、ちゃんと【序列】を決めておくぞ。上下関係は明確にしておく必要があるからな」



 さきほどのサリータとシャイナの騒動は、これがはっきりしていなかったから起こったことだ。


 楽しかったが、毎度これでは面倒なだけだ。最初から序列が決まっていればこんなことは起こらない。



 アンシュラオンが目指す枠組みは―――【絶対支配制度】。



 そこには序列の存在が不可欠である。



(歴史上、今まで数多くの国や組織が滅んできた。その教訓を生かさないとな。資本主義は失敗だった。社会主義も衰退した。民主国家も専制国家も正しくはなかった。制度はそれなりによかったが人間に問題があった)



 いかなるシステムにもそれなりに良いところと悪いところがあるが、扱う人間が未成熟なのでいつも失敗に終わるのが常だ。


 しかし、今のアンシュラオンは個の生命体として、以前の星とは比べ物にならない力を持っている。




 目指すものは―――【絶対支配者による完全平等主義】




 である。



 アンシュラオンが絶対者となることで他を平等にする。一切の妥協や矛盾を挟まない【完全管理型の社会】である。


 すべてのものはアンシュラオンに帰属する。良いも悪いも決められるのはアンシュラオンのみ。もはや神である。


 そして、神の下でこそ人々は完全なる平等を得る。神以外はスレイブなのだ。間違いが起こることもない。


 子供を集めてちゅっちゅぺろぺろ王国を作ることも、お姉さんを集めてぺろぺろあはーん帝国を生み出すこともできる。



(す、素晴らしい。オレが神だ! 絶対支配者だ!! 制度も序列もオレが決めるんだ!! くくく、最高だな、おい! これだからスレイブはやめられないぜ。いつかオレのスレイブだけの国を創ってやるからな!)



 想像しただけで、よだれが止まらない。


 完全なる支配と(自分だけの)自由の世界。これこそが理想郷である。


 その第一歩として、この小さな集団で実践してみる。ギアスがない段階での貴重な実験となるだろう。



「いいか、一番上は当然オレだ。オレが神だ! 逆らうことは許さん! わかったな! そして、次に妹のサナ。この序列は絶対に覆らない。覚えておけ。サナが死ねと言ったら死ね。わかったな。…まあ、サナは今のところしゃべらないけどな」



 この序列は絶対だ。すべては自分とサナのためだけにある。


 たとえれば、アンシュラオンという神の下で統治される「サナが女王の国」のようなものである。


 スレイブが何人になろうが、グループや組織がいくら大きくなっても、ここだけは変わらない。



「次にメイド長のホロロさん。それから同じくメイドのセノアとラノアが続く。それにサリータが続いて、最後にシャイナだ。わかったな。以上だ! 質問はあるか?」


「先生、質問です!」


「なんだね、シャイナ君」


「私が最後なんですけど…」


「何が不満なんだ?」


「それで不満に思わないほうがおかしいですよ!! なんで私が最後なんですか!?」


「うん、犬だし。何度も言っただろう。そろそろ覚えろ」


「いいかげんその立場はなんとかなりませんか!? だってその、犬でも子供よりは役立つと思いますよ!」



 犬であることは認めているようだ。



「あ、あの…わ、私たちは…その…メイドですから…サリータさんとシャイナさんよりは下ではないでしょうか?」



 このやり取りに対し、恐る恐るセノアが意見を出す。


 いきなり年上の女性二人より上と言われて、びっくりしているのだろう。顔が強張っている。



「年齢は関係ないさ。君のほうが上だ」


「で、でも…その……」


「困惑する気持ちはわかるが、君たちはまだまだ伸びる。術の才能もあるし、もっと自信を持ってごらん」


「…は、はい」



 主人にそう言われてしまっては、セノアは受け入れるしかない。


 ただ、誰だって認められるのは嬉しいものだ。まだピンときていないので心からではないが、なんとなく嬉しそうではある。



「シャイナはこれ以上、何も期待できないしな…やっぱり最下位だな」


「わ、私だってまだまだ伸びますよ!」


「医者を目指すのならば、そうかもしれんな。たしかにお前が医者になれば、そこそこ役立つだろう。術式以外の医療術も人間生活には必須のものだ。術が使えない場所だってあるんだし」


「せ、先生が私を褒めた!?」


「お前ががんばれば、の話だ。オレの目は確かだ。看護や医療の素質はあるさ。ただ、最重視するのは【力】だ。まずは強さ、それから特殊な能力を持つ者が優先される。その点でロゼ姉妹はお前の上にいるってことだ」



 ロゼ姉妹は『念話』という貴重なスキルを持っている。


 しかも術の才能があるので、鍛えてやればこれからもっと伸びるだろう。希少な術要員は大切にしなくてはならない。



「そのうちもっと増えたら文武ごとに分けるかもしれんが、ひとまずこの序列でいいだろう。サリータもいいな? お前の代わりはいるがロゼ姉妹の代わりはいない。これが理由だ」


「はい! 問題ありません!」


「よし! 各人はこの序列に従うように。下の者は基本的に上に逆らうなよ。一つ上程度ならば少しは意見を言ってもいいが、二つ上になったらほぼ服従だぞ」





〇序列発表



1位 アンシュラオン 役職:神


2位 サナ・パム   役職:妹女王


3位 ホロロ     役職:メイド長


4位 セノア・ロゼ  役職:おどおどメイド


5位 ラノア・ロゼ  役職:なでなでメイド


6位 サリータ    役職:サリータ・ハスキー(番犬)


7位 シャイナ    役職:ゴールデン・シャイーナ(愛玩犬)




※男スレイブはすべて女性スレイブより下の序列となる。というかゴミと同価値である。




 以上、現状での序列が決定。


 アンシュラオンにとってはすべて平等なのだが、その下の世界では凄まじき競争が生まれるシステムだ。


 完全格差社会、ここに極まれり。




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