222話 「ソブカとプライリーラの会談 後編」


 ソブカはプライリーラを誘導していく。


 会話の中で不自然にならないように、少しずつ少しずつ情報を出していき、相手の興味を引き付けていく。


 知力と魅力がBなので、皮肉な性格に多少引っかかるところはあれ、どうしても話術では勝てないのだ。(※プライリーラ 魅力A 知力D)


 これに対抗するには、アンシュラオンのように対話能力では劣っていても熟練した経験がなければ難しい。


 ただ、彼女もそこそこ頭の切れる女性である。この程度では納得しないだろう。追及は続く。



「質問を変えよう。なぜ食料品を選んだのかな?」


「必需品だからですよ。人間は飢えなければ死ぬ確率は相当低くなります。当然の判断です」


「ハングラスのジュエルはどうかな? あれも必需品だと思うよ。倉庫が襲われたのだから、まず最初に援助してもいいはずだ」


「勘弁してください。そんなことをしたら私は彼に殺されてしまいますよ。縄張りには非常に神経質な御仁ですからねぇ。以前、間違ってジュエルを搬入してしまった商会がどうなったかご存知でしょう? 怖い人たちがいますからねぇ」


「その心配はないだろう。ザ・ハン警備商会はかなりのダメージを負ったそうだ。すぐには動けない」


「いえいえ、それでも執念深さは相当なものです。私は恨まれたくないですねぇ。あとで必ず復讐されますから」


「私ならば恨まれてもいいというのかね?」


「そんなことは思いませんが…マングラスとハングラスと比べれば、少しは知った仲です」


「見くびられたものだね。これでもジングラスの総裁だ。やるときはやらねばならないよ」


「私もキブカ商会の看板を背負っています。組員を守るためには手段を選びません」


「それがあの武力行動か」


「実際には衝突していませんから、あなたと同じく示威行動と取るべきでしょう」


「詭弁だね。…ソブカ氏、君は矛を向ける先を間違えているのではないか? あまり言いたくはないが、その憤りはラングラスに向けられるべきだろう。君がラングラス本家に怒りを覚えているのは知っているよ。君の母親だって…」


「私はラングラスだけに不満があるわけではありませんよ。それを言い出したらキリがありません。食料品を選んだのは必需品だからです。それ以外に理由はありません」


「………」



 ソブカの強い否定にプライリーラは黙るしかない。だが、その言葉こそが胸に怒りを抱えている人間の態度である。


 冷静で狡猾なソブカであっても抑えきれない感情があるのだ。それもまた彼の魅力の一部ではあるのだが、危うさのほうを強く感じる。



(ソブカ氏、君はまだ怒りを覚えているのだろうな。…当然だ。人間の怒りは簡単には消えない。それどころか加速していくものだからね…)



 プライリーラはソブカがラングラス本家を嫌っていることを知っている。序列や評価だけが人を動かす原動力ではない。怒りや恨みもまた大きな力になる。



 ソイドビッグが子供の頃、誘拐されるという事件が起こった。



 その際、都市外の勢力の関与があったわけだが、内部情報を漏らしてしまったのがソブカの母親である。


 人柄がよく温和で、あまり他人を疑うことを知らなかった女性だったので、そこを狙われてしまったのだろう。


 結果的にビッグは助かり事なきを得たのだが、彼女には都市外への追放という処分が下った。これでも分家筋なので処分は軽減されたほうである。本来ならば殺されても文句は言えない。


 城塞都市は内部の結束を最重視する。開かれた都市ならば「そこまでしなくても…」と思うことでも、厳罰対象になることが多い。追放もやむなしである。


 母親はその後、ソブカの父親の援助もあって他の都市で暮らしていたが、人生なんてものは呆気ないもの。強盗に刺されて死んでしまった。あっさりと、簡単に。



 それからだ。ソブカが変わったのは。



 権力を握ることに異様に執着し、多少のルール違反などまったく気にせず強引にのし上がっていった。本来ならば組長になるのもまだ先だったが、半ば父親を蹴落とす形でトップになったのだ。


 父親はその時、何も言わずに身を引いたという。母親の負い目があったのだろう。それもまたソブカにとっては不愉快だったと思われる。


 組長になってからは、さらに陰湿な手を使って利益を上げていった。そのせいで同じラングラス一派の組織からも煙たがられているが、そんなことはまったく気にしていない。


 彼の中には、けっして許せない激情が眠っているのだから。



 母親が死んでから、彼は常々こう言っていたものだ。



―――「オレがラングラスを変える。腐った街も変えてやる」



 と。



 その少年が大人になり、今こうして活動していることは偶然ではないはずだ。心の中に大きな何かを秘めている。



(もともと激情を宿していたソブカ氏が、ホワイト氏によって刺激を受けてしまった。影響を受けたのは間違いないだろう。利用しているのも間違いない。あるいはすでに結託していると考えるべきかもしれないな)



 父親の代からいるジングラスのご意見番の中には、そうした見解を述べる者もいた。


 ソブカの様子を見る限り、その可能性も否定はできない。また、彼自身も完全否定はしていない。


 ただし、プライリーラは彼の事情も性格も知っている。そこに感情の乱れが生じた。



(ジングラスの総裁としては、ここで認めるわけにはいかない。しかし、彼を放っておくわけにもいかない。なんとかこの流れから救い出さねばな。彼を救えるとすれば私しかいない。この私しか…)



 プライリーラの個人的感情が、ここで大きな決め手となる。


 それもまたソブカの予想通りであるのだが、女性が感情で動くことは有史以来変えられない絶対の事実でもある。




「話はわかった。これ以上君を問い詰めても同じ意見しか出てこないだろう。となれば答えは簡単だ。私がホワイト商会を何とかしよう。彼がすべての原因なのだろう? そこを止めればいいだけだ」


「制裁ですか?」


「形はどうなるかわからないな。制裁には四大会議の決議が必要だが、話を聞く限りでは商会認定はされていないようだ。それは間違いないね?」


「ええ、マングラスが常時潰していますので、彼ら自身が商会を名乗っていても扱いは一般人のようなものです。ラングラスも派閥として認めていません。どこかの武闘派が動いても文句は言われないでしょう」


「だが、それで動かないのはホワイト氏が強いからだね?」


「その通りです。誰も止められないのです。ザ・ハン警備商隊がやられたのも大きいでしょうね。あそこを超える武闘派集団はなかなかいません。どの派閥も独断で動いてパワーバランスが崩れることを怖れています」



 グランハムたちは非常に強い戦闘集団だった。もしアンシュラオンがいなければ、戦罪者だけでは勝てなかった可能性も高い。術具と術符の攻撃はそれほど強烈だったのだ。


 それが簡単に壊滅。


 こうなると実害がない限りは動けない。もし自分たちが返り討ちに遭えば、各勢力のバランスが崩れてしまいかねない。



「ふむ、グランハムは私でも少しは手こずる相手だろう。それを倒したというのは気になるな」


「あなたほどの武人でも自信はありませんか?」


「ソブカ氏、あくまで単体での話だ。私個人の力はアーブスラットとそう大差はないよ。しかし、戦獣乙女の本領は魔獣と一緒になってからだ。武具もそのために調整されている」


「なるほど。噂の守護者ですか」


「そういえば君は見たことがなかったね。まあ、ジングラスの機密だから当然だな。自信過剰に聴こえるかもしれないが、私と【アレ】が組み合わされば不敗だ。グランハムたちが何人いても負ける要素は何一つないよ」



 『暴風の戦乙女』は単体で使われることを想定していない。あの武具は『守護者』と一緒に戦場を駆けるために用意されたものだ。


 よって、単体での力はあまり重視されない。そのままでも強いが、たとえばガンプドルフの魔剣のように依存するほど特筆すべきものではないだろう。


 しかし、両者が合わされば劇的に強くなる。


 もし完全な状態でグランハムと対峙すれば、おそらく秒殺が可能だ。それだけの力の差はあると自負している。



「なるほど。さすが頼もしいですねぇ。多くの人々があなたを待っています。その力でぜひ悪を成敗してください」


「悪というのは言いすぎだね。ホワイト氏にも何か理由が……聞いている分ではなさそうだが、どちらにせよ強い武人であることは間違いないようだ。強い人間には強い理由があるものだよ。強くなりたいという動機は必要だからね」



 初期動機 = 優雅に姉とイチャラブしたい



 もはや懐かしいが、彼の動機は至って不純である。今もほとんど変わっていない。



「ホワイトは外から来た存在。言ってしまえば外敵です。それを討つための戦獣乙女でしょう。正当性はあります」


「それはそうだ。だが、私が動くためにはいくつかの条件をクリアしなければならない。強い力を持っているからね。迂闊には動けない。何かしらのきっかけが必要だな」


「ジングラスにも死人が出たと聞きましたが」


「総裁として動く分には問題ないが、それでは弱いね。少なくともアレは出せない。そうなるとグランハムを倒したホワイト氏と正面から戦うのは分が悪いだろう」


「案外慎重なのですね」


「もちろんだ。どんなに強くなっても警戒を怠るべきではない。それにハングラスが報復の動きを見せている。どちらにせよそれが終わらねば動けないだろうね」



(さすがに慎重ですね。簡単には出てきませんか。現段階で動いても無傷で勝てない以上、ジングラスだけが損害を受けることになる。総裁としては当然の判断ですねぇ。逆に他派閥でもう少し暴れてくれたほうがジングラスにはプラスですか)



 人間でも魔獣でも強くなれば慎重になっていくものだ。一つのミス、一瞬のミスが命取りになることを知っている。


 プライリーラを都市に戻すことまでは成功したが、戦場に出すにはあとひと工夫が必要らしい。


 そちらはアンシュラオンが大々的に暴れれば問題ないだろうが、一応こちらからも押してみる。



「では、状況が整えば出るのですね?」


「おや、君のほうが乗り気じゃないか。そんなに私の戦う姿が見たいのかい?」


「それは見たいですねぇ。訓練は見たことがありますが、実戦を見ることなどほとんどありません」


「仕方ないね。魔獣を使った実戦訓練は人目のつかない遠方ですることが多い。見る機会はないだろうし、見られては困る」


「さぞかし美しいのでしょうね。もともと美しいのです。さらに綺麗になることは間違いありません」


「うむ? それはお世辞だな? そういうのは嫌いだと言ったはずだよ」


「いえいえ、世辞ではありませんよ。こうして話していて、ふと思ったのです。私はあなたの本当の魅力に気付いていないのではないかと。日常のあなたしか知らないということは、魅力の半分しか知らないことになりませんか?」


「ふむ…そうだね。君が同性愛者でない限り、私にこれほど興味を示さないのはおかしいと思っていた。なるほど。たしかにそれは言える。私は武人だ。戦ってこそ映える」


「ええ、そうです。だから見てみたいという欲求はあります。直接見る必要はありませんが、ホワイト商会を潰して凱旋する姿を見れば新しい発見があると思うのです」



 今自分ができることは会話だけだ。ならばそれを生かすしかない。


 その中でソブカが取った戦術は至って単純なもの―――【ヨイショ】である。


 ひたすら持ち上げてその気にさせる。ただそれだけだ。


 プライリーラは世辞が嫌いだと言っているが、人間は褒められると嬉しい生き物である。


 それも普段は滅多に褒めない人間であり、少なからず好意を抱いている相手であると効果は抜群だ。



 事実―――乗ってきた。



「君にそう言われると悪い気はしないな。どうやら少しは本音みたいだしね」


「そもそもあなた以上の美人は、この都市にはいないでしょう。いや、他の都市にだっていない」


「そう言う者もいるね。まあ、好みはそれぞれだし、私はそこまで言うつもりはないがね。ただ、少しは気を遣って管理しているのは確かだよ。この髪の毛は自慢だし、肌だって艶を保つようにしている。若いといっても二十歳を過ぎれば衰えていくものだ。普段の食事にだって気を遣っている。女性は大変なんだよ」


「なるほど、なるほど。それだけの価値はありますね」


「ソブカ氏も成長しているようだね。そういうところに気付けるのはよいことだよ。うむ」



 今までそんな行動はまったくなかったのだが、急に髪の毛を触りだしたり、肌に触れたりしている。これは意識を始めた兆候である。


 たとえば「その髪の毛、綺麗だね」と褒められる。すると鏡を見た時、自分でも何度も見返し「そうよね。やっぱり綺麗よね」とニヤニヤするものだ。男だって「イケメンだね」と言われれば、同じことをしてしまうだろう。



 他人に褒められるというのは、こういうことである。



 褒められて嬉しくない女性はいない。よほどの人間不信を除いて、自分に自信がある人間ほど効果的である。


 ここでのポイントは「少しでもいいから本音であること」が重要だ。完全なお世辞では見破られるので、本当にそう思っていることを重点的に攻めるといい。


 実際に思っていることなので、そこに嫌味があまりないわけだ。



「人の中身は外見にも表れるものです。あなたの強さと美しさがブレンドされた戦獣乙女こそ、真なる姿なのだと思っていますよ」


「うむ、そうだな。私は武人であることに誇りを持っている。戦ってこその私だ」


「もうあなたしかおりません。他の人間はあてにできないです。我々のためにも、ひと肌脱いでもらえませんかねぇ。ラングラスも大事な都市のパーツ。部品です。結果的に都市のためになります」


「ううむ、都市のため…か。耳障りがいい言葉だな」


「あなたには個人的に期待しているのです。私の憧れですからね」


「ふむ、そこまで言われるとな…迷うな」



 いろいろと迷っているようだ。迷うということは、あとひと押しで動く。


 最後にとっておきの一言。


 これだけは使いたくなかったが、ここで最大の力を発揮する言葉を口にする。



「わかりました。では、この戦いが終わったら【結婚】しましょう」


「すべて私に任せておきたまえ」



 即答だった。


 完全に死亡フラグで使われる台詞だが、飢えている女性にはこれが一番だったようだ。



 ガタガタガタ バタバタバタッ



 プライリーラがものすごい勢いで書類の準備をしている。


 普段からの信用がないせいか、口約束だけで終わらないように覚書を用意するようだ。



「うむ、できた。ほら、手を出したまえ。朱肉に付けて…ポンと。よし! これで仮契約は終わりだ! 約束を破った際はキブカ商会の全財産を没収する。これでいいね」


「…ええ、たしかに。…ちなみにですが、『子供は最低二人以上かつ、女性が生まれるまでは無制限に精子を提供する』と書いてあるのは気のせい…」


「ではないから安心したまえ」


「ですよねぇ」


「この幸せ者め。こんな美人とやりたい放題だぞ。羨ましいものだね」


「…なるほど」


「うむ…うむうむ!! やる気が出てきたぞ!! なんだこの私の身体に溢れるパワーは!! 自分で自分が怖い!! やれる! 今の私ならば何でもできるぞ!!!」



 「戦いが終わったら結婚しよう」は、奇しくもアンシュラオンがマキたちに言った台詞と同じであったが、意味は完全に真逆だ。



(仕方ありませんよねぇ。こうするしかないですし。頼みますよ、ホワイトさん。もしあなたが負けたら私は餌になってしまいますからね…。そうなったら恨みますよ)




 こうしてプライリーラの参戦が決定した。



 そしてその後、この結婚話を聞いたファレアスティが怒り狂ったのは言うまでもない。とばっちりを受けたのはベ・ヴェルたちであったが。



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