221話 「ソブカとプライリーラの会談 中編」


「君の言いたいことは、だいたい出揃ったようだね」


「ええ、一通りは」


「…そうか」


「何か間違っていますかねぇ?」


「いいや、問題はない。すべてその通りだろう。だが、足りないものがあるな」



 ソブカの言葉に嘘はない。すべて本当のことだ。


 貧困街も入植の件も懸念材料であり、けっして見過ごしてはおけないものである。


 しかしながら、これもアンシュラオンがよく使う手と同じだ。



 嘘はないが―――真実ではない。



 意図的に情報を統制して自分に不都合がないように編集する。あえてその要素と言葉を抜かす。政治家や団体がよくやる手法である。


 商談などでもよくあることなので、プライリーラはその手口を知っている。その手には乗らない。



「どうやら君はこの話題に触れたくないようだから、あえて私から訊くとしようか。正直に答えてほしいのだが…」



 プライリーラはすでにぬるくなってしまった紅茶を一口飲み、改めてソブカの目を見る。



 そして―――鋭い矢を放つ。




「君はホワイト商会と関係があるのかね?」




 プライリーラの目は極めて真剣だった。何一つ見逃さないようにとソブカを観察している。



(なるほど、これが本題でしたか。当然といえば当然ですが…相変わらず甘いですね。最初に問い詰めればよかったものを)



 おそらくこれが一番訊きたかったことなのだろう。そのためにわざわざここに呼んだのだ。


 ジングラスの総裁なのだからホワイト商会のことを知らないわけがない。なにせ今までの損害は彼らによって引き起こされたものだからだ。


 さきほどからタイミングの話をしていたのは、すべてこのため。ソブカとアンシュラオンの関係性を問いただすためである。


 ただ、プライリーラはやはり甘い。


 もしソブカならば、ジン・メイ商会がいた公衆の面前で問い詰めたことだろう。そもそも言い逃れなどできる状況ではないのだ。拘束などの強硬手段に出ることもできたはずだ。



(それをやらなかったのは、商会間の抗争には参加しないという戦獣乙女としての責任感か、あるいは旧友としての手加減か。どちらにせよ、そのあたりがまだ詰めが甘いですねぇ。これも武人としての力量があるからでしょうがね)



 プライリーラは武人として自分が優れていることを知っている。


 プロボクサーやプロレスラーが一般人に手出ししないように、自分の力を自覚している人間の多くは自制が利くものである。


 だからこそ【猶予期間】を設けることが多い。


 いざとなれば力づくで何とかなるので、それ以外の手段をすべて試そうとするのだ。もちろんこれが普通のやり方。アンシュラオンのように最初から暴力を振りかざすほうがおかしい。


 だが、それもまたソブカの想定内の出来事である。揉めた段階では博打ではあったが、おおかた予想していた通りに話が進んでいる。


 だからこそ慌てることなく予定されていた言葉を並べる。



「ホワイト商会ですか。名前は知っていますよ。最近、かなり暴れているそうですねぇ」


「ああ、我々の輸送隊も相当やられたよ。たしかに貧困街の人口増加は問題だが、それ以上にこちらが痛い。供給量が通常通りならば最低限の維持はできたのだからね」


「護衛は付けたのでしょう?」


「もちろんだ。しかし、すべて撃退されている。強力な裏スレイブもいるようだ。渡り狼程度では対応できないほど強いらしい」


「それは災難でしたねぇ」


「他人事のように言うが、君たちと関係性はないのか?」


「ない…と言いたいのですが、信じてはくれませんよねぇ」


「信じる…か」



 『信じる』という言葉にプライリーラは少し逡巡する。


 この場合、ソブカの性格という個人の問題ではなく、組織全体の話となってくるので今までとは意味合いが異なる。


 この信じるとは、キブカ商会を信じるかどうか、となる。


 ラングラスへの信頼であり、キブカ商会を今まで維持してきた者たちへの敬意であり、同じ城塞都市のグラス・マンサーとしてどうするか、という問題なのだ。



(信じるとは難しいものだ。そもそもすべてを信じていれば城壁など築かないのだしね)



 この世界にいると信じることが難しくなる。他者が信じられないからこそ人間は武装して身を守ることを考える。


 だが、そうした現象は閉鎖された城塞都市では破滅しか呼ばない。



「信じるしかない。それが唯一破滅を回避する方法だ。ここではそれがルールだ」


「ルール…ですか。そのルールのせいで今の硬質化が起こっていることも事実ですよ」


「そうかもしれないが、信じることは大切だ。相手に信じてもらうには自分から信じるしかない。それが道理だろう? そうやってグラス・ギースは都市を維持してきたんだ」


「それで裏切られたらどうします? あなたは多くのジングラス派の人間を抱えている身だ。代償は大きくなりますよ」


「君は私を陥れたいのか? それとも心配してくれているのか?」


「さて、どちらでしょうねぇ。個人としては心配しています」


「では、組織としては陥れたいのかな?」


「穿った見方ですねぇ。一般論として述べたまでです」


「君の一般論こそ、いまいち信用できないな。常にこちらを惑わそうとするからね。結局、君は本心を語らないままだ」



 ソブカは簡単に相手が結論を出すのを許さない。二つの可能性を常に提示して揺さぶってくる。


 それが自分にとって有利な結論であっても、あえてそうすることで相手の不安を増大させるのだ。同時に自分の思惑を隠すやり方である。


 心が弱い人間ならばその手法に見事引っかかり、知らずのうちに誘導されてしまうので注意が必要だ。


 だが、それを知っていれば対処は可能である。



「はっきりと答えてもらおうか。彼らと関係はあるのか? ここで明言してもらいたい。なんなら一筆書いてもらおうかな。それが一番確実だよ。当然、虚偽だったら代償を支払ってもらうよ」


「そう言われると困りますねぇ。あなたが言ったように百の現象などありえませんし」


「それで誤魔化されるほど私はウブではないよ。さあ、答えてもらおうか。はっきり、すっきり、どっしり、ばっしり、くっきりとね」


「どっしりは違うのでは?」


「それだけ重みがある発言だということさ。よくよく注意して語るべきだね」


「仕方ないですね。…ホワイト商会はソイド商会と関係を持っている組織ですので、キブカ商会とは直接は関係ありません。ですが、ラングラス一派と関係しているのかと問われれば、間接的には関係している、としか言いようがありません。我々からすればソイド商会の『末端関連組織』といった扱いですしね」


「ソイド商会…ソイドビッグがいる商会か。たしか麻薬の製造販売が仕事だったね。なぜホワイト商会と関係を持ったのかな?」


「もともとホワイトは医者でしたからね。その取引で接触したのでしょう」


「その話はこちらも聞いている。ソイド商会が彼らに資金提供をしていることもね。その真意はどこにある?」


「むろん彼らも意図したことではないはずです。医者と麻薬組織の癒着はよくあることですしね。たまたま接触した相手が凶暴な存在だったということです。不運な事故だと思いますよ。事実、ソイド商会は関係を否定しています」



 取引先がブラックだったり、仲良くなった友達の親戚がヤクザだったり、出席したパーティーで出会っただけの人間が不正を働いて政治家が追及されるように、ある意味で交通事故のようなものである。


 当人にとっては災難や不運でしかない。まったく意図していないものだ。


 しかしながら被害に遭った人間にこの理屈は通じない。実際に受けた損害は大きく、しかも資金提供まであったとしたら言い逃れはできないだろう。


 そのためソイドファミリーは、半ば「村八分」状態になっている。微妙な嫌がらせから取引拒否など、徐々に損害が増してきているようだ。


 ただし、まだ抗争状態には突入していない。城塞都市の性質上、制裁を加えるには時間と手間がかかるからだ。



「そうだとしても歯止めが利かなくなった一端にはなっているようだね。しかもまだ関係は続いていると見るべきだろう。ホワイト商会のパーティーにビッグが出席していたという報告を受けている。これはどう説明する?」


「その情報は言葉足らずですね。そこには医師連合のスラウキン代表も来ていたはずです。彼だけではありません」


「ますますラングラスが怪しくなるじゃないか」


「医師連合は各派閥から独立した組織です。こちらも完全に干渉はできません。あくまで推測ですが、おそらくは治療に関しての相談…といったところでしょうね。彼の治療技術は脅威ですから医者としても興味を抱くでしょう。ビッグに関しては、ホワイトに釘を刺しに行ったと見るべきです。『これ以上やれば、うちも黙っていないぞ』というようにね。どうです? このほうがすっきりしませんか? ソイド商会が他派閥を敵に回すほうが、よほど非現実的です」



 ソブカはアンシュラオンとスラウキンの会合の内容を聞いてはいない。ビッグに関しても、なぜ呼んだかも知らされていない。


 両者は協力関係にあるが、事が始まってしまった以上、迂闊に接触するのは危険である。多少のイレギュラーやアドリブが入るのは仕方がないことだ。


 よって、これもすべてソブカが自ら考えて察したこと。


 アンシュラオンならばこうする、という予測に基づいてのフォローなのであるが、ほぼ実態通りであるのはソブカの能力が高いからだろう。


 ガンプドルフの祖国を調べ上げた情報力も侮れない。裏側に強力な情報網を持った誰かがいるのかもしれない。


 そして、事実がゆえに言葉には説得力がある。それにはプライリーラも頷くしかない。



「…相変わらず筋は通っている。筋だけはね。だが、この状況では彼らを弁護するのは難しいな」


「では、制裁しますか? 疑わしきは罰せずのほうがグラス・ギースらしいとは思いますがねぇ」


「あの時も言ったが、私としては制裁はしたくない。こんな狭い世界で身内を潰すのは自殺行為でもあるからね。だが、庇いきれない部分があるのも事実だ。その点に関してラングラス側はどう考えているのかな?」


「さて、どうでしょうねぇ。特に本家から招集はありません。自分たちとは無関係だと思っているのでしょう。こちらに被害はありませんからねぇ」


「それは少々無責任ではないかな」


「ホワイトという人物の独断ですからねぇ。こちらとしても商会を認可していません。下手に動くとラングラスが関係したことを示すことになります。逆に動けませんよ」



 ラングラス側としては静観という立場を崩していない。


 ソイド商会が接触したことはすでに【噂】で知っているだろうが、それはあくまで上位組織が行った取引の一つであって、彼らがホワイト商会と盃を交わしたわけでもない。


 そうなれば他人事。要するに関係ない、無関係という立場である。


 むしろそこで躍起になって対応を始めたら付き合いがあったことを示すことになるし、そうした実態はないのだから無視するのが一番だろう。そういう考えである。



「では、彼らがラングラス以外の派閥を襲う理由は何かな? すでに我々ジングラスとハングラス、マングラス共に被害が出ているが、なぜかラングラスには攻撃を仕掛けていない。とても不思議だと思わないかな?」


「まったく不思議ではありません」


「その理由は?」


「考えてもみてください。我々ラングラスは医療を担当しています。医者の彼からすれば、さして魅力的ではないでしょう。そもそも不思議な術を使って癒しているのです。医療器具や薬品を奪っても転売くらいしか価値がありません。わざわざ襲う理由がないのです」


「ソイド商会とつながっている理由は?」


「唯一、麻薬が別物だからです。睡眠薬、痛み止め、興奮剤、こうしたものは病人以外にも需要があります。それで金になると思ったのでしょうね」


「金、か。その発想はまるで節操のない盗賊だな」


「襲った場所を見ている限りは正しい認識だと思いますよ。どうやらホワイトという人物は欲望に忠実な様子。自分が欲しいものを狙っているのでしょう」


「食べ物、女性、ジュエル…理解はできるがね」


「納得していただけましたか?」


「理解はしたが納得はしていないな。問題の根幹が解決されていない。ホワイトなる人物がこちらにちょっかいを出した時期に、君が堂々と食料品に手を伸ばそうとしている。これを疑うなというほうが難しいだろう」


「それも言った通りです。彼が横暴な略奪を働くので都市の住人が困っています。都市機能の維持のためです」


「そのスタンスは崩さないわけだね」


「残念ですが、これ以上の釈明は不可能です。なにせこちらも【災厄】には困っているのですから。お互いに被害に遭っている者同士です」


「災厄…か。面白い表現をするね」


「ええ、彼は災厄ですよ。ファレアスティが言い始めたのですが、あながち間違ってもいないでしょう」


「…ふむ、災厄ね」



 災厄という言葉にプライリーラは少しばかり反応を示した。顎に手を当て思案している。



(どうやら興味を持ったようですね。災厄という言葉は我々には特別な意味を持ちますからねぇ。戦獣乙女としても見逃せないものでしょう)



 今のプライリーラはジングラス総裁として物事を考えているが、もしホワイト商会が『災厄』ならば、戦獣乙女として活動しても差し障りないのである。


 かつてグラス・タウンを破壊した災厄。それを防ぐための存在が彼女なのだから。


 ファレアスティが言い始めた言葉だが、ここで利用できたのは大きい。



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