220話 「ソブカとプライリーラの会談 前編」


「さて、本題も終わったことだし仕事の話に移ろうか」


「今のが本題だったのですか? 世間話では?」


「いいや、今のが本題だ」


「…そうですか」



 プライリーラにとっては生殖の話のほうが一番大事らしい。


 だが、そうした和気あいあいの「お話」もこれまでだ。


 これからはジングラス総裁とキブカ商会の会長という身分で対話をしなくてはならない。ソブカにとってはここからが本番である。




「単刀直入に訊くが、なぜあのような真似をしたのかな?」


「あのような真似、ですか。その口ぶりからすると、こちらが悪いことをしたような言い方ですね」


「違うのかい?」


「我々は正しい行いをしているという自負がありますからねぇ。もちろんすべての物事に絶対はありません。双方の価値観があり、言い分があり、見解の相違が生まれることは世の必定です。あなたはジングラスだ。ジングラス側の見解を支持するのは当然のことでしょう」


「もったいぶった言い方をするね。では、そちらの見解というものを聞かせてもらおうか」



 プライリーラから温かみが薄れ、代わりに少しばかりの緊張感を帯びた警戒心が滲み出る。


 この話題は実にデリケートで重要なものである。


 互いの派閥の利権が関わっており、何百という構成員だけではなく、何千何万という一般大衆の生活に直結する問題となるだろう。


 食糧を担当するジングラスの影響力は大きく、強い。そこに介入した以上、納得できる説明が必要となる。



「ジングラスの食糧供給率が下がっていることはご存知ですね」


「それを私に訊くことこそ、君が私に興味がない証拠だね。デリカシーの問題というべきかな」


「致し方ありません。お互いに立場がありますからねぇ。うやむやというわけにはまいりません」


「…供給率のことは当然知っている。その報を受けたからこそ戻ってきたのだ。本来ならば、まだ一ヶ月は戻らない予定だったのだからね」


「それは不運でしたね」


「どうかな。問題が起こったのは残念だが、早く露見したというのは朗報だよ。事態が悪化する前に対処できる」


「なるほど、たしかにそう考えることもできますね。さすがは『プライリーラ様』です」



(…様、か。やはり違和感しか覚えないが…それが大人になったということなのかな。寂しいものだがね)



 ソブカが様付けをすることで、これが互いの派閥間のやり取りであることを強調する。


 それに多少の寂しさを覚えながらも、プライリーラも総裁としての立場で会話を続ける。



「供給率が下がった。だから君は自分たちで仕入れを行った。これが言い分かな?」


「その通りです。あなたがおっしゃるように食糧は人間が生きるうえで必須のもの。欠かすわけにはまいりません」


「だからといって我々の分野に立ち入る権利があるとは思えないな。まずは打診を行うべきだろう。それが筋というものだ」


「打診は行いましたよ。しかし、必要ないの一点張りでした」


「私が留守の間は代理の人間が判断を下すが…当然の対応だね。まだ備蓄もある。他の派閥の力を借りる必要性は感じないな」


「そうでしょうか? 上級街や中級街、一般街などは問題ありませんが、下級街には少しずつ影響が出ています。特に下層部ですが」


「下層部の問題は今に始まったことではないだろう。あそこを改善しようとも不動産の利権を持つ領主が動かねば、我々は手出しはできないからね。それ以前にマングラスの下部組織も幅を利かせている場所だ。迂闊な干渉はできない」


「それを放置していれば手に負えなくなりますよ。すでに侵食は始まっているのです。少しでも『ほつれ』が生まれれば、そこからどんどん崩れていくものです。簡単に治安の悪化を招きます」


「手をこまねいているわけではないさ。経済を破綻させないレベルで援助も行っている。炊き出しだってやっているだろう」


「それが正しい都市の姿ではないでしょう。都市の北側エリアに【貧困街】が生まれつつあることは、あなたも知っているはずです」


「貧困街…下級街からあぶれた者たちが作っている街か」


「それだけではありません。他の都市から流れてきた者たちが行き場を失い、そちらに合流しているのです」



 地図で見ると、第二城壁内部の北側には何もない。せいぜい水源となっている湖がある程度だ。


 事実、そこには何もない。森と荒れ果てた大地があるだけだ。


 しかし、一般街および中級街からは距離があるので知らない住人もいるが、実はこの北側のエリアに【街】が存在している。


 街といっても下級街にすら及ばない質素なものだ。ただ家が並ぶだけで店らしい店も存在しない。


 家にしても、馬車を解体した際に出る廃材を流用したものが多く、しかも素人が作ったものなので、言ってしまえばアンシュラオンが自作した診察所と同じレベルのものである。


 このあたりは温暖な気候なので凍えることはないが、そんな家では大人はともかく子供が暮らすには適さないだろう。その子供も路上で生活する者が大半である。



 そんな惨状から、ここを知る者たちからは【貧困街】あるいは【移民街】と呼ばれている都市の暗部である。



 名前の通り、グラス・ギースに来たものの金がない、または事業で失敗した者たちが下級街すら追われ、最後に行き着く場所である。


 こうした人々は昔からいる住人ではなく、他の都市から来た者が大半である。よって移民街と呼ぶこともできるのである。


 この貧困街に対する領主のスタンスは基本的に下級街と同じ―――不干渉。


 衛士たちの巡回もないので必然的に環境は悪くなる一方だが、一番の問題は【人口増加】である。



「グラス・ギースの経済規模ならば、およそ十数万の人間を養うことができるでしょう。現在の人口は八万ですから、今のところは問題ありません。が、これはあくまで公式発表の数字です。実際にはすでにキャパシティーを超えた人間がこの都市にいるのです。それもここ数年で一気に膨れ上がりました。それだけ南の情勢に変化が生まれたのでしょうね」


「すでにそこまでになっていたのか。…知らなかったな」


「外にいることが多かったですからね。仕方ありません。それ以前に領主の政策に問題があるのでしょう。無害な人間ならば手当たり次第に入れてしまいますからね。入れた当初は無害でも、その後に悪化することを考慮していません」


「かといって見捨てるわけにもいかないだろう。南から逃げてくる者も多いとなると、ここで見捨てたら絶望しかないからね」



 グラス・ギースは最北端であり、【最後の都市】である。


 この先には何もない。それどころか魔獣の巣窟である火怨山しかなく、そこから出てくる魔獣によって人々の生活が脅かされているくらいだ。


 そんな中で人間が住める場所はグラス・ギースが最後。ここで見捨ててしまえば、まさに死しか残されていない。



 あるいは―――スレイブになるしかない。



 モヒカンが多くの白スレイブを持っている理由も、それが最大の要因となっている。もはや選択の余地がないのだ。




「そうか…なるほど。君がこの話をした理由がわかったよ。すでに供給量を大きく下回っているということだね。私が見ていたのは所詮、書類上のデータだったというわけだ」


「残念ながらそうなります」


「もう人数は調べたのかい?」


「東門のデータを集計すれば推測は可能です。増えたのは、おそらく五万人規模。都市の人口は合計で十三万程度になっていると思われます」


「十三万…か。厳しいね。現状では特にね」



 実質的に都市に十数万、おそらくは十三万弱の人間がいるとすれば、八万人を想定している供給率などあてにはできない。


 現段階で、とっくに許容量を超えてしまっているというわけだ。



「貧困街の人々の食糧事情はどうなっているのだ?」


「移民者同士のコミュニティが少しはあるようで、そこで互いに物資のやり取りをしているようです。あとはグラス・ギースの保護団体やハローワークが動いて援助を行っていますが、それだけの人数をまかなうことは不可能です。多くは残飯を漁ったりしているようですが…問題は不法行為でしょうね」


「ふむ、問題だな。窃盗や強盗などが増えれば治安の悪化は目に見えている。北と南で対立が深まる可能性もある」


「病気も問題です。衛生状態の悪化によって疫病でも発生すれば城塞都市にとっては最悪です」


「たしかにな。…最初に訊いておきたいのだが、君は移民を規制すべきだと思っているのか?」


「逆ですね。増やすべきでしょう。都市が生き残る最上の策は人を増やすことです。人間の力こそが、この世でもっとも強い。それをマングラスが証明しているはずです」



 マングラスは、四大市民の中で最初からずっとトップにいる派閥だ。その理由はソブカが言った通りである。


 あらゆる力は人間から生まれる。労働力、知識、アイデア、愛情、夢、希望といったものまで、すべてが人間の霊から発せられる【創造力】なのだ。


 よって、牛や馬がいくら増えても人間の代わりにはなれない。人間こそが最大の力である。だからマングラスは強い。



 そしてソブカは、移民を積極的に受け入れるべきという考えを持っている。



 地球では移民が問題になることが多い。当然それはこの世界でも同じことだ。


 言語は共通かつ人種にこだわらないので差別はないが、貧富の格差や思想の違いは問題となる。


 しかしながらグラス・ギースのような中小規模の都市が生き残るには、さらなる力の拡大が必要だ。しかも今が絶好機である。



「他の地域で侵略や紛争が勃発すれば、さらに多くの難民が押し寄せるでしょう。最近も南の騒動で多くの人々が北上を開始しています。ですが、それはチャンスなのです。彼らを保護し、力に変える。それによってグラス・ギースはさらなる発展を遂げます。ハピ・クジュネよりも大きくなり、豊かになり、最後の都市ではなく【希望の都市】になるのです。絶望の果てに来る都市ではなく、希望を求めてやってくるようになります。ここには衣食住と職があることをアピールすれば、いくらでも都市は強くなれるのです。また、強くあらねばなりません。我々には都市を守る責務があるのですから」


「………」


「…と、少し行き過ぎましたね。申し訳ありません」


「いや、かまわない。感動していただけだよ。君の中にこんな熱い情熱が燃えていようとは…少し意外だった。私の目に狂いはなかった。結婚しよう、ソブカ氏」


「その話は終わったはずですよ」


「ますます気に入ったよ。が、君は情熱だけで生きる男ではない。自信満々にそう言うからには具体的なビジョンがあるのだろう?」


「ええ、一応は。ただ、私の意見が採用されることはありませんからね。この都市の権力構造が変わらねば、グラス・ギースはいつまでも最後の都市のままでしょう」


「結婚すれば変えられる」


「…なるほど」



 もうこれ以上、「なるほど」を使わせないでほしいものだ。



「それはともかく、こちらはジングラスのテリトリーを侵すつもりはありません。単純に都市機能を維持するための行動だと理解してください」


「貧困街を含めれば食糧供給率は赤に近い状況だ。…理屈は通っている。だが、君たちがそれを行う動機は何だ? キブカ商会は慈善団体ではなかったはずだろう? それとも理想のためかな?」


「もちろん慈善ではありません。うちは経済組ですからね。商売を抜きに動くことはできないのです。これを機会に我々に食料品の流通の一部を任せてもらいたいと考えています。ジングラスが想定していない分だけでかまいません」


「一部…か。君の言い分からすれば、それは五万人近い分量にならないだろうか。それを一部と言えるのかは疑問だね。結局は我々のテリトリーへの侵害にあたるのではないかな?」


「それが気になるのでしたら、我々は無償で物資を提供いたします」


「慈善ではないと今言ったばかりだろう」


「これも投資の一部です。都市の混乱を避けるために形式的に売り物にする必要性はありますが、それを我々が行えば問題が生じます。ですので、もし無償が嫌ならば、その役割をジングラスが担ってもらっても結構です」


「君が仕入れたものを買い取れという意味かい?」


「そうであれば助かりますねぇ。しかし、品目はこちらが選んだものですし、そちらの事情もあります。できる限りでかまいませんよ。あくまで流通のお手伝いと思ってください。臨時のアルバイトみたいなものです」


「…ふむ」



 ソブカの言い分は一応筋が通っている。武力行使も都市を想ってのこと、と言い張ることも可能だ。


 しかし、プライリーラも伊達に総裁をやってはいない。ソブカが本心を語っていないことも理解していた。



(彼が都市のことを憂いているのは事実。子供の頃からそうだったからね。もともと真っ直ぐな心根の男だ。情熱があっても不思議ではない。だが…なにかこう…危険な香りがするな。彼がこのタイミングで動くことも気になる)



 それは理屈というよりも感性。直感に近いものであるが、女の勘はいつだって凄まじい。その奥にある不吉なものを感じ取る。


 このまま鵜呑みにはできないだろう。



「君がこのタイミングで動いた理由は何かな?」


「供給量の低下では満足してもらえませんか?」


「それは理解しているつもりだ。だが、ここまで大胆なことをするとは思わなかった。君は頭が切れる男だ。勝算のない戦いは絶対にしないはず。他に明確な理由があると思うのだがね」


「純粋な使命感では駄目ですかね」


「君の性格は知っているからね。話半分で聞いても多いくらいだ。本音を言ってほしいな」


「ですよねぇ。…強いて言えば、西側の入植の可能性です。すでに領主に接触しています」


「…噂のDBDの魔剣士だね。『ディスオルメン=バイジャ・オークスメントソード〈称えよ、祖を守護せし聖なる六振りの剣を〉』。通称『六奏聖剣王国』…だったか。王制っぽい名前だけど共和国らしいね」


「ルシア帝国などの侵攻を受けて王派閥は解体されたようですね。現在では傀儡政権の共和国となっています。その抵抗勢力の代表格が、あの魔剣士殿です。まあ、ほかにも魔剣士は五人いるようですが、行方知れずになっている者もいるようですから内情は不明ですねぇ。どちらにせよ厄介な火種ですよ。場合によっては本国から追っ手が差し向けられる可能性もあります」


「よく調べたね。西側の小国だろう?」


「死活問題になれば必死で調べるものです。変化を怖れて隠れていれば遅らせることはできますが、いつか起こることが確定している以上、逃れることはできません。今から動かねば間に合わないのです。いつ彼らの【移民船団】がやってくるかわかりません。その際、相手が強硬策を取ってくれば抵抗はできませんよ。魔剣士一人でさえ脅威なのです。それが数人いれば、彼らだけでグラス・ギースの全戦力を軽く上回ります」


「ふむ…道理だね。さすがの私も戦術級魔剣士数人とは戦えないな…。一人でもどうなるかわからないだろうしね。そもそもグラス・ギースに軍隊らしい軍隊はない。領主軍も素人が多いし、武人だらけの統率された本物の騎士団が相手では分が悪い」



 グラス・タウンがグラス・ギースになったように、望む望まないにかかわらず変化はやってくる。


 すでにガンプドルフたちが入植の準備を進めている以上、それが友好的であっても油断はできない。自ら動かねば手遅れになるだろう。


 そして、変化を受け入れないものは淘汰される。それが自然のシステムである。



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