219話 「女、それは野獣の如く 後編」


「プライリーラ、今の話はもちろん冗談…」


「ではないから安心したまえ」


「…ですよねぇ」



(これは困りましたね。まさかここまで思い詰めているとは…回答を誤ると危険かもしれません)



 アイドルという立場と見た目の可憐さによって誤解されているが、その中身は「肉食系」である。


 自然界でもオスよりメスのほうが強いことが多い。ライオンだって狩りをするのはメスである。プライリーラはまさにその典型的な例かもしれない。


 本来は女性のほうが貞操を気にするものだが、今回の場合は自分が気にしないといけない事態に陥っている。



(彼女も仮面を被っている、ということですか。ストレスが溜まるのはわかりますがねぇ)



 ワッカンとのやり取りのようにジングラス総裁として気を遣う場面も多い。言いたいことがあっても我慢し、できるだけ協調を保つように心がける。


 それも彼女の温和な一面なのだが、もともと肉食系のプライリーラにとっては実にストレスが溜まるだろう。


 彼女の主戦場は「戦場」である。戦獣乙女なのだから戦いでこそ輝くべき存在なのだ。


 しかし今は外部との戦いもなく、言ってしまえば【暇】。闘争本能を満たすことができなくなる。そうなると今度は生殖本能のほうに気が向く。


 つまり今の彼女は「盛りがついた」状態である。その証拠に目がやたら鋭い。獲物を見つけた肉食動物そのものである。



「ちなみに私と結婚すれば魔獣の手懐け方もわかるぞ」


「それは魅力的ですね」


「だろう? とはいえ、これはたいした問題ではない。大事なことは私と君が愛し合い、子を成し、幸せな家庭を築くということだ。ついでにファレアスティもいるので君が性欲を持て余しても問題ない」


「あなたに全部吸われそうな気がしますがねぇ」


「なさけないな。若い男だろう。女の一人や二人くらい満足させてみたまえ」


「性欲や精力は人それぞれですよ。若いからといって強いわけではありません」


「不能ではないのだろう?」


「そうだと言ったら見逃してくれます?」


「ジングラスの総力を結集して、あらゆる手段で立たせてみせる。任せておきたまえ」


「…なるほど」



 もう何も言えなくなってきた。殿下の宝刀『なるほど』を何度も使う羽目になっている。


 なんとか諦めてもらうしかないが、その方法がいまいち見いだせない。頭の切れるソブカであっても、こちらの方面はあまり得意ではないのだ。



「まったく、さっきからの態度はなんだ。これほどの美女が誘っているのだから受けるのが筋だろう」


「そうは言われましてもねぇ。即決できる問題ではないでしょう」


「私が言っているのは当人の意思の問題だ。君がよいと思えば、素直に首を縦に振ればいいのだよ」


「ううん…」



 縦とも横とも取れるように動かす。これも必殺「なんとなく曖昧にかわす」戦法である。



「男たるもの、首はしっかり伸ばす」


「うぐっ」



 グギッ


 が、プライリーラには通じない。首を固定された。



「あなたの腕力だと首が折れかねません。優しくしてください」


「そんなことはどうでもいいよ。で、何が不満なんだい? 君にとっても悪い話じゃないはずだ。我々が組めば、より大きな発展が見込める。ジングラスとラングラスは相性がいいはずだよ。たしかに競合するところはあるが、求めるものが同じだということでもあるからね」


「そうですね。ジングラスとラングラスが手を組めばマングラスを凌ぐ最大勢力になります。それは間違いないでしょう。しかし、私はラングラスの分家筋。そんな権限はありませんから、結局はキブカ商会がジングラスに吸収されることになるでしょう」


「それの何が駄目なのかな? 君と私が組むことに変わりはない」


「駄目に決まっているでしょう。尻に敷かれすぎです。むしろ圧殺されている。それ以前に本家筋が認めるとは思いませんけどねぇ。うちは稼ぎ頭ですし」


「そこはこちらでなんとかしよう。『結納金』を割り増しにするさ」



 結納金は主に男性が女性に対して準備費用として送るものだが、グラス・ギースの慣習では「上位組織」が「下位組織」を買い取るときに使われる言葉だ。


 たとえば今回の場合、ジングラス本家がラングラスの分家をもらい受ける形になるので、その補償金という扱いとなる。


 ラングラスの稼ぎ頭であるキブカ商会を買い取るのだから相当な額になるだろうが、ジングラスの財力を考えれば払えない額ではない。プライリーラの個人資産で何とかなる可能性もある。


 それよりは優秀なオスの確保のほうが重要である。そこにプライリーラの本気度がうかがえる。



「君が勧める本家筋同士の結婚よりは、よほどハードルが低いだろう? 本家筋は結託を防ぐために婚姻には複雑なルールがある。だが、分家の君ならば問題ない。身分にこだわる君の理屈にも沿うと思うがね」


「私はラングラスにそれなりの愛着がありましてね。簡単に見捨てるというのは…」


「では、子供をたくさん作って、その中の逞しい男子をラングラスに送り込めばいい。我々がバックアップしよう。君は分家筋とはいえ血筋的にはラングラス本家とそう変わりはない。ジングラスと強力につながっている子供がいれば、ラングラス側も無視はできなくなる」


「…ずいぶんと危険な発想をしますね。規定には本家への不干渉のルールがあったはずですよ。ある意味でラングラスへの侵略です」


「その垣根を取っ払おうというんじゃないか。君だって常々、この都市の在り方には不満を抱いてきたはずだ。そんな改革左派の君に反対されるとは思わなかったな」


「私が言うのとあなたが言うのでは責任の重さが違います。誰かに聞かれたら大事ですよ」


「ここには私と君しかいない。問題はないさ」


「やれやれ、私が敵だったらどうするのですか?」


「おや、そうなのかい? なら、遠慮なく子種をいただくとするよ。強引にね。敵なら無理やりでもいいだろう?」


「それでは獣ですよ」


「そうさ。男も女も本質的には獣だよ。私は食糧を担当するジングラスであり、より原始的な魔獣と近しい存在だからね。その本質は獣なんだ。戦獣乙女だからね」



 ジングラスが食糧と魔獣を支配するのは自然な流れなのかもしれない。もともとそういった野生的な人間だからこそ選ばれたのだ。


 動物にとって最重要なのは『食事』と『生殖』である。ジングラスは、その二つをもっとも大切にしている。


 そして、その考え方は『誰かさん』に似ていた。



(発想自体はホワイトさんそのものですね。女性版のホワイトさん、といったところですか。ただ、プライリーラのやり方では時間がかかりすぎる。それでは…間に合いませんね)



 プライリーラは武人であるせいか、考え方はかなりアンシュラオン寄りである。


 だからこそソブカにこだわるのかもしれない。自分とは違うタイプでありながらも本質が同じ存在だからだ。


 人間はタイプが違う存在も求めるが、まず最初に求めるのは同類である。彼女は本能でそれを知っているのだ。惹かれて当然だろう。


 もう一つ重要なことは、プライリーラはソブカほどではないにしても【各派閥の統合】を視野に入れている。


 彼女も都市の閉塞感を危惧しており、その打開策を考えていることがうかがえる発言だ。


 しかし、そのやり方は多少汚い面はあれど「正攻法」に近い。そのあたりに彼女の潔癖さが見て取れる。


 たしかに同じ獣同士だが自分やアンシュラオンとは違う。おそらく彼女が選ぶ方法では、時間的な意味で都市がもたない。すでに限界は近いのだ。



 そして、都市の限界の前に彼女の我慢の限界がやってくる。



「そうか。なるほど。これだけつれないということは、本当に私に興味がないということだね。わかったよ。納得した。君が私に冷たいのは単に趣味じゃないからなんだね。とても簡単な話だ。なるほど、素晴らしいよ」



 プライリーラは、ぷいっと顔を背ける。


 彼女はアイドルという立場には興味がないが、女性としてのプライドはそこそこ高い。これだけの美貌を持っていれば当然である。


 そうであるにもかかわらずソブカはまったく乗ってこない。彼女には怒る権利がある。



「わかったぞ。君は男が好きなんだな。この変態が!!」


「突然のいわれなき中傷はやめてください。違いますよ」


「どうだろうな。私やファレアスティにも手を出していないなんて普通はありえない。そう考えるのが妥当だ」


「へそを曲げたのですか? あなたらしくもない。まるで子供ですよ」


「子供も大人も関係ないさ。誰が何をもって『私らしい』と決めるのだろうね。私は私以外の何者でもなく、昔から何も変わっていない。ずっと『可愛いリーラ』のままさ」


「それを自分で言うのはどうかと思いますが…子供は大人になるものですよ」


「君までそんなことを言う。…大人になって何を得たのだろうか。社会常識か? 地位か? 金か? どちらにせよ価値がないものだね。そんなものは何一つ望んでいなかった。君はそう思ったことはないのか?」


「っ……」



 その言葉にソブカは一瞬驚くが、プライリーラも他意があって訊いたわけではないだろう。


 彼女も望んでジングラスになったわけではない。自分同様、生まれた時からそうだったのだ。



(プライリーラ、あなたは子供の頃から変わっていない。子供のまま大人になってしまったのですね。…いや、それは私も同じかもしれません。所詮人間の本質など変わらないのですから)



 人間は日々成長していく生き物だが、その根幹の部分にはどうしても変えられないものが存在する。


 魂の奥底に刻まれた傾向性といったもの。その本質。本性の部分だ。


 ソブカは、自分の胸の中が焼けるような痛みを覚えた。



 そこに―――【獣】がいるから。



 心の奥底には自分でも手に負えない野獣がいる。



 プライリーラがソブカを欲するように―――ソブカの中の獣もプライリーラを欲していた。



(まだだ。まだ燃えるな。今ではない。ああ、なんてことを思うのでしょうかねぇ。プライリーラを見て、こんなことを思うなんて…)



 無防備な姿のプライリーラを見て、思わず【情欲】が込み上げる。


 だがそれは彼女が言うような「オスとメスの関係」ではない。


 多くの男性ならば、その美しい容姿と豊かな身体に欲情や劣情を抱くのだろうが、ソブカが抱くのは―――血に染まる彼女。



 ソブカの剣で斬られて首から血を流しているプライリーラ。



 その目は淀んでおり、もう二度と自分に話しかけることはない。ただの屍になった『可愛かったリーラ』の姿だ。


 そんな彼女の前で自分は笑っているのだ。愉悦と快楽にのたうち回り、最高に楽しそうに笑っている。



 まさに血に飢えた獣。



 彼の中にある、束縛され、すべてに怒り狂っている化け物である。その獣は破壊だけを欲していた。


 獣は、自分を支配するものを許さない。プライリーラの申し出は好意的だが、あくまで上から彼を支配するものである。束縛するものである。自分を奪おうとするものである。


 それが許せない。それが誰であろうと何であろうと、獣は激しい暴力性をもって立ち向かうだろう。



 そう、ソブカの仮面の下にあるのは、何よりも怖ろしい怪物である。



(ああ、彼女をここで殺せたら…それはどれだけ甘美なことか。しかし、釘を刺されていますからね。そんなことはできませんし、そもそも不可能なこと。これを見越してのことならば、やはりあの人は怖ろしいですねぇ)



 ソブカにはそれはできない。状況がそれを許さないし、何よりもアンシュラオンが許さない。



 初めて会った日、白き魔人の赤い目が―――自分の中の獣を見ていた。



 かつて同じ獣を飼っていた同属が忠告を残していった。


 感情のまま、欲情のままに力を解き放てば、その先にあるのはただの破滅である、と。


 一瞬の快楽に満足できるかもしれないが、何一つ手に入れられない人生。それをホワイトことアンシュラオンはよく知っていた。


 あれは一度そういった人生を歩んで後悔した人間の目である。そこには妙な説得力があった。それがソブカを押しとどめる。



(ホワイトさん、あなたは後悔したのですか? だから忠告したと? …それにしても不思議な人だ。もしあなたがいなければ私は行動しなかったかもしれない。それなのに、いざ行動すれば寸前で止められる。これほど酷なことはないでしょう。…が、これはこれで面白いですけどねぇ。それに【人間の私】は、きっと彼女を殺せないでしょう。少なからず愛情はありますからね)



 幼馴染を喜々として殺せるほど凶悪な存在になれば、どのみち自分は血に酔ってしまう。そうなれば破滅しかない。


 なれば、少なくとも今の段階では彼女を殺せない。アンシュラオンもソブカも、求めているのは殺しの快楽ではないのだ。そこを見誤らないようにすべきだろう。




 ソブカは迷いを断ち切るように、少しだけ意思を込めてプライリーラを見据える。



「私は欲しいものは自分で手に入れます。誰かに与えられるものに興味はありませんねぇ。もし結婚するとしても相手は自分で決めます」


「では、私のことが欲しくなれば自分自身で奪うというのかい?」


「そういうことです」


「ふふふ、君も獰猛なオスだったということか。これは面白い」


「それで納得してくれますか?」


「いいだろう。君の口からそれが聞けただけで十分だ。それに私は自信があるのだよ」


「自信?」


「君はきっと私のことが好きなんだと思うよ。性根が捻じ曲がっているから素直になれないだけさ」


「根拠は何ですか?」


「女の勘さ。それ以外には必要ないだろう」


「ふっ、あなたは昔から変わりませんね」


「君もな」



 二人が笑う。


 まるで子供の頃に戻ったように。


 しかし、この二人が心底笑いながらお互いを見たのは、この瞬間が最後となった。


 まったくもって人生とは残酷なものである。




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