218話 「女、それは野獣の如く 前編」


 ソブカとプライリーラは応接室にいた。


 隣の大部屋にはファレアスティたちがいるが、防音対策もしっかりしているため音はまったく聴こえない。


 部屋の四隅にはジュエルがはめられた観葉植物があり、それが結界の役割を果たしているのだ。仮にどんちゃん騒ぎをしていても、ほとんど聴こえないだろう。


 同時に『術式封じ』もかかっているので低位の術式を起動することもできない。この中では術符はもちろん、ポケット倉庫なども使えない。


 プライリーラの鎧もポケット倉庫にしまわれてあるので、ある意味においてはチャンスではあるが、素で強い彼女に勝てる要素はソブカには何一つない。



「まあ、かけたまえ」


「ジングラスのトップの館にいると思うと緊張しますねぇ。足が震えそうです」


「見たところ君の足はしっかりしているけどね」


「いえいえ、こう見えても臆病でしてね。本当は震えているのです」


「面倒な男だね。素直にさっさと座ればいいじゃないか。子供の頃はよく来ていたんだ。知らない家でもないだろう」


「そうですね。では、失礼します」



 プライリーラに促され、ソブカはようやく座る。



「では、改めて茶を振る舞ってあげよう。それとも酒がいいかな?」


「まだ昼ですからね。お茶にしておきましょう」


「わかった。任せておきたまえ」




 プライリーラが茶を淹れ、茶菓子も用意してから二人がテーブルで対面する。



「君の部下を驚かせてしまったようだね。あの子たちの自慢がしたかったんだ。申し訳ない」


「ああ、ベ・ヴェルのことですか」


「ああいう反応をしてくれる人間は貴重でね。近年では珍しくなった。昔はみんなもっと驚いてくれたのに…」



 飼い主はいつだって自分のペットを自慢したいものだ。珍しいものを集めている者ならば特にその傾向が強い。


 プライリーラも多分に漏れず、そういった傾向がある。初めて来る人間には必ずあれを見せるので、今回の犠牲者がたまたまベ・ヴェルだっただけにすぎない。


 ただ最近は、周囲の人々が慣れてしまったので反応が希薄だ。その意味で彼女の反応は実に素晴らしかった。



「彼女は災難でしたが傭兵としては勉強になったことでしょう。魔獣を手懐ける技術があるなんて思いもしなかったでしょうしねぇ」


「私からすれば普通なのだが…そうだな。普通はそんなことはしないものだね」


「そろそろ仕組みを教えてくださいませんかねぇ?」


「ソブカ氏は油断ならない男だね。それだけは教えられないな。まあ、教えたとしても真似は難しいと思う。何事も代償を支払わねばならないからね」


「それは興味深い。何を失ったのですか?」


「さて、なんだろうね。おかげで普通の感性ではなくなった気がするよ。さきほどの女性が羨ましかったくらいだ」


「おや? それは昔からでは? 子供の頃からあなたが泣いたところなど見たこともない」


「酷いな。これでも女性だよ。寂しくて人知れず夜な夜な泣いているものだ。それを隠しているから意味があるんだよ」


「これは失礼いたしました。あなたの強さが目立ってしまい、どうしてもそうした面を失念してしまいますねぇ」


「君のお目がねにはかなわない、ということだね」


「武人としては十分すぎるくらいに認めていますよ」


「だが、女性としては興味の対象外なのだろう?」


「女性としても十分魅力的です」


「相変わらず世辞ばかりだね、君は」


「本心ですよ。私だって男ですからね。女性の良し悪しくらいはわかります」



 プライリーラは、女性として見ても十分優れた女性だ。


 顔立ちは洗練された美人であるし、プロポーションも良い。普段は鎧を着ているのであまり目立たないが胸も大きい。


 特徴的な髪の色もあり、そこには神秘性すら感じられる。さらに強いとなれば、都市のアイドル的存在になるのも頷ける。


 二十二歳という若さもあり、見合い相手の選択肢は多いだろう。この段階で彼女の将来は約束されている。



「それだけ美しいのです。貰い手は多いでしょうね。さて、相手は誰でしょうか…。そういえばマングラスのところに坊やがいましたね。多少歳の差が生まれますが身分は問題ありません。お互いにとって有益な結婚になりそうです。他の都市とは…ジングラスに関しては難しいかもしれませんしねぇ」



 クイット・マングラス。グマシカ・マングラスの孫であり、まだ年齢は十歳かそこらと聞いている。


 マングラスならばジングラスに相応しい家柄だ。身分はまったく問題ない。およそ十二年の歳の差ではあるが、あと五年もすればそれなりにお似合いになるはずだ。


 また、城塞都市になってからはあまりないが、他の都市との間で婚姻が結ばれることも珍しくはない。


 身分が高い者同士の場合は友好条約の助けにもなる。いわゆる政略結婚であるが、弱肉強食の世界において、その価値は計り知れないだろう。互いに助け合うことの恩恵は大きい。


 ただし、ジングラスは魔獣を操る秘術を持つなど機密情報も多いので、他都市との縁組は今まで事例がない。



「しかしまあ、妻となる女性を南から連れてきた領主の事例もあります。ジングラスは女系ですし、他の都市に有能な人材がいれば連れてきても文句は言われないでしょう。ハピ・クジュネの領主もそろそろ代替わりで、息子はお見合い相手を探していると……おや? どうしました?」



 ソブカが視線をプライリーラに戻すと、彼女は少しだけ不機嫌そうにしていた。


 さきほどは機嫌が良さそうだったので、いきなりの変化に戸惑う。



「ソブカ氏、私に魅力があると言いながら、他の男を結婚相手に推薦するとはどういう了見かね」


「一般論を述べたまでですが…お気に障りましたか?」


「ああ、障ったね。マングラスの子供になんて興味はないよ。他の都市もまっぴら御免だね」


「なぜですか? 身分的には申し分ないはずですが?」


「君は結婚を身分で決めるのかい?」


「組織をまとめる以上、仕方のないことでもあります」


「言いたいことはわかるよ。私もジングラス総裁だ。だが、女性は心で結婚を決める。身分ではない。感情であり感性であり、愛情だ」


「…はぁ、愛情ですかぁ。なんとも曖昧な基準ですねぇ」


「気のない台詞を吐くものだ。やはり君はマイナス380点だね」



 再び知らない間にすごく減点されてる。



 しかしこの直後、そんなマイナスの点数など吹っ飛ぶような発言が生まれる。



 プライリーラがソブカをギラリとした目つきで見つめ―――





「ところでソブカ氏、私と【結婚】しよう」





 何か言ってきた。


 すごいことを言ったような気がする。



「………」



 しばし時が流れる。


 その間、ソブカは静かに茶を飲み、茶菓子をかじる。


 それから少し肩をほぐし、外の景色を軽く眺めて心を静めてから、改めてプライリーラを見た。



「…もう一度いいですか?」


「ところでソブカ氏、私と【結婚】しよう」


「聞き間違いですかね? 私と結婚と聴こえましたが」


「間違ってはいないよ。そう言ったんだ」


「『ところで』と『結婚』がつながらないような気がしますが…」


「ああ、そうかもしれないな。ならば言い直そう。じゃあ、結婚しよう」


「あまり変わっていないように思えます。むしろおかしい」


「そんなことはないさ。『ところで』と『じゃあ』はまったく違うはずだ」


「論点がずれてきましたねぇ。…真意を訊いてもよろしいですか?」


「真意も何もない。若い男女が密室に二人きりだ。自然な成り行きだろう」


「若い男女である前に、ジングラス総裁とキブカ商会長です」


「君ともあろうものが形式を気にするのか? らしくないな。いいかい、この誘いに対して君が述べられるのは『はい』か『イエス』か『OK』のみだ」



 全部肯定である。とんでもないパワハラだ。



「プライリーラ、落ち着いてください」


「落ち着く? 落ち着いていられると思うのかい? 私はもう二十二歳だ。結婚適齢期は過ぎているんだよ。誰のせいだと思っているのかな?」


「あなた…ではなく、何でしょうねぇ」



 ものすごく睨まれたので、「あなたのせい」とは言わないでおく。



「他にいい男がいないのだ。年齢が近くて実力があり、好ましいと思える相手を探すのは非常に難しい。今のところ君が最有力候補に挙がっている。幼馴染補正もある」


「補正と言われましても…幼馴染ならばソイドビッグもおりますよ」


「ソイドビッグ? ああ、あの『はなたれ』だね。懐かしいな。男のくせになよなよしていたから、よく殴ったものだよ」



 プライリーラはソイドビッグとも知り合いだ。ソブカと三人で遊んだこともある。


 そもそもビッグのほうがラングラスの本家筋であり、うっかり忘れそうになるがソブカより身分が上である。プライリーラと付き合うことになんら問題はない。


 ただ、彼は意外と引っ込み思案な性格で臆病だったので、活発な彼女によく殴られたり投げ飛ばされたりしたものだ。おかげでビッグはプライリーラが苦手になってしまった。


 それ以後は、頭が切れて胆力もあるソブカがプライリーラの相手をすることが多くなり、すっかり馴染みになってしまったというわけだ。



(ビッグがおとなしい婚約者を選んだ原因は、間違いなくプライリーラでしょうねぇ)



 ビッグがリンダと婚約していることはソブカも知っている。


 リンダの性格はプライリーラとは正反対だ。きっと過去のトラウマが影響しているのだろう。哀れなものである。



「当然、彼は論外だ。というか枠外にも入らない。私の中では存在すらしていないぞ」


「さすがに存在くらい認めてあげてください。泣きますよ」


「あれのことはどうでもいい。そうだな…うむ。君は性格が捻じ曲がっているようだが、それは私が直せばいいことだ。それ以外のところはまったく問題ない」


「一番肝心な問題が残っていると思いますけどねぇ。もっと気にするポイントがあるはずです」


「…なるほど、たしかに」



 プライリーラが、ソブカを見る。



 その―――【股間】を。



 そして、恥じらいも何もなく訊いてきた。



「ソブカ氏、君の【精力】はどうなのだ? ちゃんと役立つのだろうね?」


「…プライリーラ、冗談はやめてください」


「冗談!? 冗談などではないよ! 男にとって精力は大事だ! 子を成すためには精子が必要だからね!! 私の子宮に仕込むためには元気な精子が必要なのだ! とても大事なことだよ! わかるかね、ソブカ氏!」


「…え、ええ、まあ…原理的には」


「原理的!? いかんな、君は。もっとこう野獣のような衝動は覚えないのか? 私を見て襲いたいとは思わないのか? この胸を好き勝手したいとか思わないのかね!! 私の中に情欲をドクドク解き放ちたいとは思わないのか!? それでこそ男だろう!」


「あなたこそ乙女でしょう? はしたないですよ」


「乙女だから困っているんじゃないか!!」



 プライリーラは『戦獣乙女』である。乙女なのだから処女だ。そうでなければ詐欺である。



「戦獣乙女を維持するためには処女である必要性があるのでは? よく言うじゃないですか。乙女は獣に好かれやすいとか。それを考慮しての乙女なのでは?」


「いや、まったく関係ないね。魔獣を操ることは父上でも可能だ。性別は関係ないし、ましてや処女かどうかなど関係ない。あんなものは人間が勝手に作った迷信だよ。だから結婚しよう。安心して私に精液を注いでくれたまえ」


「…なるほど」


「私は知っているよ。その『なるほど』は、男が困った時に使う台詞だとね」



 グルメリポーターが料理が不味い時に使う名台詞が「なるほど」である。


 言葉に窮したときにはぜひ使っていただきたい。



 使用例:「金を返せ!!」「…なるほど」


 使用例:「子供ができちゃった」「…なるほど」


 使用例:「そろそろ働けよ!」「…なるほど」




「私としてもジングラス本家の責務はある。子供は産まねばならない。だから子種をくれ」


「その『だから』の意味がやはりわからないのですが…」


「いいかい、私は焦っているのだ。父上が急死して予定が狂ってしまった。花嫁修業をする時間が総裁の職務になってしまったんだ。これは由々しき事態だ。忙しくて恋をする暇もない」


「そうですか…それには同情しますが…私でなくてもよいと思いますよ」


「君はそんなに私が嫌いなのかい? …なるほど、ファレアスティか。君は彼女のほうがいいんだね」


「彼女はただの秘書です」


「秘書!? やりたい放題じゃないか! このケダモノ!! あっちの穴のほうが好みか!」


「乙女が穴とか言わないでください」



 もはやオッサンの発想である。あるいはアンシュラオンの発想である。



「プライリーラ、もっと落ち着きましょう」


「君は『メス』の本能を侮っているようだね。その執念を知らない。私は戦獣乙女だよ。獣のような乙女ということだ。いざとなれば君と力づくで交尾をしよう。なんなら今襲ってもいいんだよ。完全防音の部屋に二人きりだしね」


「それはその…やめてほしいですねぇ。私にも意思というものが…」


「必要ないよ。君は情欲のままに精子を出せばいいだけだ。感情と欲求だけで行動すればいい」


「いや、しかしさすがにそれは…」


「そうか、わかった。前の女が気になるというのだね。ならばファレアスティを妾にしよう。それなら何の問題もなく結婚成立だ。三人で仲良くやろう。この好き者め! 思う存分楽しむといいさ!」



(駄目です。話がまったく通じないですねぇ…本気で貞操の危機を感じます)



 結婚適齢期を逃し『オス』に飢えている獣乙女が、密かに婿候補に入れていたソブカと出会い【興奮】している。



 ベ・ヴェルが適当に言った言葉がまさかの的中。



 密室という環境が彼女の本能を刺激したようで、その姿はまさに野獣。魔獣と長く付き合っていると影響を受けるのだろうか。実に怖ろしい。




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