216話 「戦獣乙女たる所以 前編」


 そうして二台の馬車は、奇妙な緊張感に包まれながら中級街の邸宅に到着する。


 小百合の社宅よりは南にあるエリアで、多少下級街寄りの場所だ。当然、上級街に近づいたほうが治安は良いのだが、彼女の館にそんな心配は要らないだろう。



 ガラガラガラガラ



 馬車が門に近づくと、自動的に開いた。


 よくよく見ると門には全身鎧を着込んだ騎士然とした者が数名立っており、馬車の到来に合わせて開閉作業をするらしい。



「さすが金持ちは違うね。門番が着ている鎧も高そうだ」



 館もそれなりに大きく、周辺の住宅とはまるで造りが違う。


 日本でも稀にあるが、下町の住宅街に突如広い欧米風の大きな邸宅が現れたような変な錯覚を覚える。


 ガチャガチャッ ガチャッ バッターンッ


 馬車が通り、門番が門を閉める。多少荒い閉め方をしたが、それ以外に不審な点はない。



(…ん? なんだか動きが妙じゃないか?)



 しかしベ・ヴェルは、その騎士の動きが不自然であることに気がつく。


 いつも人間を見ている彼女は人体の構造にも詳しい。今動いた者と自分の中の知識が噛み合わない違和感を感じていた。



「どうしました?」



 その様子を察し、ファレアスティが声をかける。



「あいつ、少し動きが変だね。怪我でもしているのかい? でも、それにしては周りの連中も同じだ…」



 動くたびに鎧がガシャガシャ動くし、歩き方もブリキの玩具のように不自然な動きだ。


 最初は怪我をしているのかとも思ったが、門番全員が同じように動くことから、その可能性は低いだろう。


 よって、ますますベ・ヴェルの疑問は深まる。



「まさか集団で変な薬でもやっているわけじゃないだろうしね…。ラングラスじゃあるまいし」


「ベ・ヴェル、それは偏見ですよ。ラングラスが医療担当とはいえ薬の乱用などしておりません。医薬品の管理は万全です。乱用があるとしても個人の問題であって組織の問題ではありません」


「へいへい、口が滑ったよ。悪かったね」


「口が滑るということは、心の中ではそう思っていたということですね。なるほど。本心が聞けてよかったです」


「八つ当たりはやめてくれよ。あんたがさっさと結婚すればいいだけの話なんだからさ」


「その話はやめなさい!!」



 火に油である。


 ベ・ヴェルはサリータとは対照的に陽気なタイプなので、ついつい軽口を叩く癖があるようだ。



「で、あれは何なんだい? ジングラスの構成員か何かかい? それとも傭兵?」


「そういえば、あなたは知りませんでしたね。ここにはジングラスが保有する【最大戦力】が存在します。あれもその一つです」


「あの騎士がかい? とてもそうは見えないけどね…」


「実際に見ればわかります。…嫌でも見せられるでしょうし」


「…?」




 馬車が停まり、最初に執事のアーブスラットが降り、前の馬車の扉を開く。


 プライリーラ、ソブカと降りてきて、それから再び後ろの馬車に戻ってきたアーブスラットが扉を開き、ファレアスティとベ・ヴェルが降りてきた。


 こういうところも序列を感じさせる一幕である。


 防犯のことを考えれば上の人間は後から出るほうがよいのかもしれないが、プライリーラにその必要はない。堂々とした態度で降りてきた。


 それに合わせて敷地内にいたであろう、さきほど見た騎士と同じような鎧を着た者たちが集まりだした。


 ジングラス当主の出迎えなので、それ自体におかしなところはない。



 おかしいのは、やはり騎士たち。



 依然としてガシャガシャしており、まったく落ち着きがない。



「ふむ、久しぶりだと全然駄目だね。列が乱れている」



 プライリーラはその光景を見て、溜息をつく。


 どうやら彼らの行動は、彼女が思い描くものではなかったらしい。



「も、申し訳ありません! しつけが足りませんでした!」



 騎士と一緒に出迎えに出てきた若い男、おそらくは使用人の一人が頭を下げる。


 年齢は二十代半ばといったところだろうか。見た目がぱっとしないので、謝る姿と相まってなんだか出来の悪い使用人に見える。


 しかし、さすがはプライリーラ。


 アンシュラオンならば激怒するところだが、彼女はその程度で相手を罵倒したりはしない。むしろ優しく受け入れる。



「いや、いいんだ。忙しくて放っておいたのは私のほうだからね。それより【餌】をもらえるかな」


「は、はい! かしこまりました!」



 使用人が優しさに触れ、改めてプライリーラへの忠義を強めつつ、玄関と庭の間に設置された物置に向かう。


 その使用人、名前はハウーロというが、彼はジュエルを取り出して物置の鍵を解除する。



(割符結界? わざわざそんなものを物置に設置するのかい? 金持ちってのは変なところに金を使うね)



 ベ・ヴェルはその様子を不思議そうに見つめていた。


 たかが物置に倉庫区で使うような割符結界を使うなど、明らかに金の無駄遣いである。


 それとも金持ちの成金趣味らしく、黄金のホウキでも使っているのだろうか。だとすれば結界も頷ける。



 が、ハウーロが取り出したのは、【バケツ】のようなもの。



 この位置ではよく見えないが、その中に何か入っているようだ。バケツを持って再び戻ってくる。



(んん? 何をやっているんだい? さっきから変なことをするね)



 プライリーラが使用人からバケツを受け取っている様子を、ベ・ヴェルが首を傾げながら観察していた。


 当然、その視線には彼女も気付いている。



(ふふふ、気になっているようだね)



 プライリーラは、それを意図的に見せていた。


 特にベ・ヴェルは初めてこの館にやってくるので、興味津々でこちらの様子をうかがっている。それが楽しくて、ついついこれをやってしまうのだ。


 一方、すでに事情を知っているソブカとファレアスティは、なんとも微妙な表情を浮かべながら様子を見守っていた。



「ほらほら、まっすぐに並ぶんだ。はいはい、こっちだぞ」



 パンパン ガシャガシャッ


 パンパン ガシャガシャッ


 パンパン ガシャガシャッ



 手を叩くたびに騎士たちも列を正そうとするが、なかなか上手くはいかない。


 それでもプライリーラは何度もそれを繰り返していく。そのたびに列は少しずつ綺麗になっていった。



(なんだか…変な光景だね。まるで子供じゃないか)



 ベ・ヴェルが想像したのは、【子供】たちの群れ。


 彼らはいつだって自由で好き勝手なので、大人が何かを命令しても簡単には聞いてくれない。聞いたとしても完璧には程遠い出来になる。子供なので当然だ。


 だが、目の前の騎士たちはかなりの大柄で、身長も二メートル以上はあろうかという者たちである。


 あれが子供であるはずがないので、ギャップがものすごいのだ。そこに違和感がある。



 そして、数分かけてようやく列が完成した。



「よしよし、よくできたね。オヤツをあげよう」



 ガタッ!


 ガタッ ガタッ ガタッ ガタッ

 ガタッ ガタッ ガタッ ガタッ



 その言葉に騎士たちが一斉にざわつく。せっかく作られた列も大きく乱れてしまった。



(なんだってんだい、オヤツぐらいで…。大人がオヤツをもらって嬉しいのか? それともやっぱり薬か?)



 大人ならば薬のほうが嬉しいかもしれない。それはそれで怖い話だが。



「しょうがないな、君たちは。まあいいだろう。では、投げるからちゃんと受け取るんだぞ」



 引き続き訳もわからずにその光景を見ていると、プライリーラがバケツの中から【骨付き肉】を取り出した。


 大きさは地球の一般家庭で並ぶようなフライドチキンくらいなので、さして大きいとは思わない。二本指でも軽々持てる程度だ。


 だが、そんなものをわざわざ結界で守っていることは、あまりに常軌を逸している。意味がわからない。


 ヒョーーーイッ パシュッ


 プライリーラが肉を投げると、目の前の騎士の兜のあたりで―――消える。



(…ん? なんだ? 今何が起こった?)



 あまりの速さにベ・ヴェルの目にはよく見えなかったが、投げられた肉がなくなったのは間違いない。


 となれば騎士が受け取ったのだろう。が、手はまったく動いていない。鎧の音もしなかったので高速で動いたということもない。


 だが、肉だけはしっかりと消えており、フルフェイスの兜の中からポリポリという音が聴こえてくる。その騎士が食べているのは間違いないようだ。



「順番に投げるぞ。ほーれ!」



 ヒョーーーイッ パシュッ


 ヒョーーーイッ パシュッ


 ヒョーーーイッ パシュッ



 プライリーラが順番に肉を投げていくと、そのたびに兜の前で消えていく。


 ベ・ヴェルが非常に不審な視線を送っていると、遠くに投げた肉が若干ずれた。


 投げる際に滑って手元が狂ったのかと思ったが、プライリーラが笑っていたので、わざとそうしたものであることがわかった。


 その意図を計り兼ねていたところ、突如それは起きる。




 騎士の兜の隙間から―――【触手】が伸びた。




 それは見事にずれた肉をキャッチして、恐るべき速度で再び兜の中に戻っていく。


 それから他の騎士と同じく、ポリポリと骨ごと肉を咀嚼するような音が響いた。



「っ…っ!??」



 ベ・ヴェルは自分の目が信じられないというように何度もそれを見つめるが、起こったことは変わらない。


 今見たものは現実なのだ。



「なっ、なっ…何が……今何を……何か変なものが…」


「ふふふ、驚いているようだね。愉快愉快」



 プライリーラがベ・ヴェルの驚きの表情に満足する。その顔はイタズラが成功した子供のようだ。


 それが彼女の美貌と相まって、なんとも言えない魅力を放っていた。見ているのが男性だったならば、思わず見惚れたことだろう。


 だが、女性かつそんなことは気にしないベ・ヴェルにとっては騎士が気になる。



「な、なんだい…あれは!? さっきから何をしているのさ!」


「うむ、もっともな疑問だね。あれは私の【ペット】だ」


「ぺ、ペット? あの騎士がか?」


「ふむ、騎士か。たしかに騎士なんだろうけどね。私からすれば『犬』に近い感覚だよ。ほら、こっちに来なさい」



 プライリーラが一人の騎士を呼び寄せる。


 その騎士は、また餌がもらえるのかと小走りでやってきた。相変わらず関節を無視したような不思議な走り方である。


 プライリーラの前に来ると、止まる。



「兜を取って」


「…ギギッ」


「…へ?」



 騎士が変な声を出したことに驚くが、その直後にさらに驚愕の光景がベ・ヴェルの目に映った。



 騎士の顔が―――無い。



 その兜の下には何もなかった。


 より正確に述べれば、人間の顔をしたものは存在しなかった。



 あったのは―――触手。



 さきほどベ・ヴェルが見た触手だ。ただしデアンカ・ギースのように一本一本が大きいものではなく、クラゲのように細いものが何十本もウネウネと出ている。



「っ!? っ!!?」


「そんなに驚いてくれるとは嬉しいな。せっかくだ。全部見せてあげなさい」



 ベ・ヴェルがあまりに驚いていることに気をよくしたのか、プライリーラがそんなことを言い出す。


 すると、触手の部分が徐々にせり上がり、何かの塊が頭部に現れた。



 ゴボゴボ ゴボゴボ ゴボゴボ



 配水管が詰まるような音をさせながら、鎧から何かが出てくると同時に兜がカランと地面に落ちた。


 そしてようやく、すべてが露わになる。


 ゴボゴボ ズルンッ ボチャッ



「ひっ!!」



 その音に、思わずベ・ヴェルが下がる。


 それも仕方がない。出てきたものを見れば、誰だってそうするだろう。




 出てきたのは―――大きな『イソギンチャク』のようなもの。




 見た目によっては大きなナメクジに大量の触手がついた、なんとなくイソギンチャク的なもの、と形容するしかない。


 ウネウネしており、ウニウニしており、ぐちゃっとしていて、ぬるっとしたものだ。



「ひっ、ひっ、ひっ…」


「ベ・ヴェル…?」



 ファレアスティが彼女の異変に気付く。


 いつも自分の強さに執着し、なめられまいと強気な態度を崩さない彼女の顔が、どんどん引きつったものになっていく。



「ひっ、ひううう、ひうううう!」




 身体中からブツブツが浮かび上がり―――限界。





「きぃややあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」





 プライリーラの私邸から、絶叫が響き渡った。



 この声は周辺の住宅や道路にも届いたが、このあたりに住んでいる人間にとっては珍しいものではない。


 プライリーラが常時いた頃は、毎日のように誰かしらの悲鳴が上がったものだ。



「またプライリーラ様のお屋敷からか…」



 誰もがそう受け流し、今日も至って平和な日常が続いていたという。




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