215話 「ファレアスティと馬車と想いと」


「やれやれ、呑気なもんだ。こんなんでいいのかね。よっこらしょっと、ふぃ~」


「ベ・ヴェル、行儀が悪いですよ」


「こんなに広いんだ。足を伸ばしたっていいだろう?」


「他家の馬車です。礼節は必要です」


「傭兵に行儀や礼節を求められても困るさ。求められるのならば強さがいい。それこそが傭兵の流儀だよ」



 ソブカとプライリーラが乗った馬車の後方には、もう一台の馬車が随伴している。


 こちらにはベ・ヴェルとファレアスティ、そして老執事のアーブスラットが乗っていた。



「それで揉められても困ります。こちらは護衛が二人しかいないのですから」


「それを決めたのはソブカだよ」


「そうですが…不満です」


「かといって全員を連れてくるわけにはいかないしねぇ。しょうがないさ」



 結局、帯同したのはファレアスティとベ・ヴェルだけとなった。明らかに護衛としては数が少ない。


 最初はプライリーラの提案通り、ファレアスティは全員を連れていこうとした。言質を取ったので遠慮なくそうしたのだ。


 が、ソブカに止められた。


 ファレアスティは執拗に粘ったが許可は下りなかった。


 冷静に考えれば当然である。こんな街中を武装したキブカ商会の面々が通れば、他の勢力にも問題が波及しかねない。


 キブカ商会は武闘派ではないので無駄に敵を増やせば対応できなくなり、組自体が潰れる可能性すらある。


 ただでさえ今はホワイト商会が暴れて大変なのだ。下手に目をつけられれば危ない。


 ということで、最終的にこの二人となったわけである。



「お茶を淹れました。粗茶ですが、どうぞお召し上がりください」



 アーブスラットが紅茶を淹れる。


 さすが執事というだけあり、その腕前はプライリーラ以上だ。室内に豊かな紅茶の香りが漂う。


 ただし、本来ならば安らぐ空間になるはずの室内は、微妙な緊張感に支配されていた。


 その原因は目の前の老執事であり、護衛が二人になった最大の理由も彼の存在ゆえである。



「しかしまあ強いね、じいさん。かろうじて強いということしかわからないよ」


「さようでございますか。ならば修練が足りぬということです。あなたはまだお若い。武人の世界では生娘のようなものですな」


「へぇ、ずいぶんと言ってくれるねぇ」



 ベ・ヴェルが対面に座っているアーブスラットを睨む。


 しかし、アーブスラットは涼しい顔をして威圧を受け流す。気にも留めない。差がありすぎて留める必要性がないのだ。



「ちなみに訊いてみるけど、あんたならあたしたちを何分で倒せる?」


「…何分? ご冗談を。六十秒も必要ありません」


「二人じゃないよ。キブカ商会全員をさ」


「承知しております。ですが、答えは同じです」


「…ったく、嘘じゃないから何も言い返せないよ。せっかく意気込んでやってきたのにねぇ。これじゃまた役立たずだ」



 そう、アーブスラットが強すぎるがゆえに護衛が何人でも意味がないのである。


 二人いようが十人いようが、五十人いようが同じ。アーブスラットが本気になれば六十秒ももたない。


 だからソブカは二人にしておいたのだ。ベ・ヴェルを選んだのはファレアスティに対する保険である。


 同じ女性であることと、仮にファレアスティが暴走しても止めるだけの力量を持っていることで選ばれた。


 けっしてジングラスと戦うための戦力ではない。そのことがわかるからベ・ヴェルも不満なのだろう。



「どうすればそんなに強くなれるんだい?」


「そうですな。この声が出せるくらい戦えば…でしょうか」



 アーブスラットの低く強い声。そこには武闘者に共通した不思議な韻があった。


 戦いのためだけに強い声を数多く発してきた者は、自然と独特の声帯に変化していく。


 格闘技を始めればそれに適した筋肉になるように、『戦いに適した声質』と言うのは妙だが、事実そうなるのだ。


 アンシュラオンの声が強く遠くまで響くのも、そうした影響があるのかもしれない。常に戦い、勝ってきた人間の声だ。



「良い武具をお持ちだ。しかし、少なくとも武器に頼っている間は私に勝つことは無理でしょう」


「武器も力だろう?」


「使いこなす実力がなければ、クズジュエル程度の価値しかありません」


「ははっ! あんた以外に言われたら怒っていたところだけど、事実ならばしょうがないね。そんなに強いってことは、何かあったらあんたがあたしたちを守ってくれるってわけだ」


「そうなります。お客人に怪我をさせたとなれば、リーラ様の名と羽馬の紋章に傷が付きます。お守りいたしますよ」


「そうかい。それは安心だ」


「ですが、あなた方が敵になる場合は遠慮なく叩き潰させていただきます」


「それは楽しみだよ。まあ、今のところ万に一つも勝ち目がないのは事実だね。おとなしくしているさ」


「そのほうが身のためですな」


「癪だねぇ。もっと強くなりたいねぇ」



 どうあがいても現状の戦力では、プライリーラとアーブスラットには勝てない。


 それならば無駄なことはするべきではないだろう。家紋付きの馬車に乗っていれば害される可能性はないのだから。


 それもまたプライリーラの意思表示。


 示威行動を行いながら、一方でこうした待遇をするということは、彼女のソブカへの気遣いが強く感じられる。


 そこには明らかな【好意】が存在するのだ。




(プライリーラ様は気付いておられない。気付くわけもない…か。幼馴染のソブカ様が自分を害そうとしているなど考えるわけがない。それが普通の感覚だ。私とて、そんなことはしたくないが…)



 ベ・ヴェルとアーブスラットが話しているのを横目で見ながら、ファレアスティは静かにこれからのことを考えていた。


 考えるのは当然、【計画】のことだ。



(これでプライリーラ様を…ジングラスのトップを引きずり出した。ここまでは順調な流れ。リスクを負った価値はある)



 プライリーラの居場所は誰もが知っているが、彼女が表側に出ることはあまりない。


 商談のためにお忍びで外に行くことも多く、いろいろと飛び回って何ヶ月も戻らないことがあるので、隠れてはいないのだが他のグラス・マンサー同様に見つけにくいのは事実。


 ソブカと会うのも二年ぶりというくらいだ。ジングラスの総裁とは、それくらい忙しい立場なのだろう。


 また、領主軍とは違う意味で都市を守るというジングラスの【お役目】があるので、外敵以外に彼女が力を振るうことはまずありえない。内部の抗争に対しては不干渉の立場を貫く。



 しかし、ホワイトがジングラスの供給ラインを潰していけば、いつか必ずプライリーラが出てくる。出てくるしかなくなる。



 仮に一回の輸入で五千人分の食糧を仕入れるとして、それが潰されれば6%以上の人間が飢えることになる。


 もちろん備蓄はあるのですぐに影響は出ないが、それが何回も起これば着実にダメージを与えることになるだろう。


 特に最近は一気に襲撃の頻度が高くなったので、無視できない段階にまで達していると思われる。


 ジングラス一派がピリピリするのは当たり前だ。さきほどの男たちを見ても相当怒り狂っていることがわかる。


 だが、都市の外で潰されているので簡単には対応できず、しかも護衛を増やしてもまったくの無意味という現実。金をかければかけるほど無駄になるという最悪の悪循環に陥っている。



 その事態に、ようやくプライリーラが動いた。



 供給量の低下が都市全体に影響を及ぼすレベルにまで至り、彼女も重い腰を上げたのだ。アンシュラオンが名刺を渡したことも大きかっただろう。あれは明らかな挑戦状である。


 彼女の理知的な性格上、普段は安易に乗らないだろうが、この点に関してはハンベエがドライバーを殺したことが奏功し、事態が一変した。


 死人が出た以上、プライリーラが出ないわけにはいかない。ジングラスそのものの沽券に関わるからだ。



 そして、それに合わせてキブカ商会が目立った動きをする。



 外部からの買い付けに関しては、ジングラス側にもわかるようにおおっぴらにやったのだ。輸送もゆっくりと目立つようにやってきた。


 だからこそジングラスは、キブカ商会が都市にたどり着く前に情報を得ていたというわけだ。しかも旧知の仲のソブカが動いているのだから、プライリーラの個人的感情も利用できる。


 すべて計画通り。アンシュラオンとソブカの思惑通りである。



(あとはソブカ様次第。彼女を上手く誘導できるかどうか…。しかし、この老人もいる。警戒は怠らないほうがいい)



 アーブスラットは、静かでいながらもしっかりとファレアスティたちを監視している。少しでもおかしな動きをすれば取り押さえられるだろう。


 この老人は、ただの執事ではない。むしろ執事の姿は擬態であり、本職は武闘者である。


 その彼に見られていると思うと寿命が縮む思いだが、幸か不幸か、今は自分の仏頂面に助けられている。


 いつもこんな感じの顔なので、緊張で強張っていてもあまり周囲からは不審がられないのだ。


 それと比べてプライリーラは笑顔でいることも多く、人受けがよくて誰からも好かれている。


 あの天然の性格も自分とは正反対だ。自然と人を惹き付ける魅力がある。同じ女性として、そこに若干の羨望や嫉妬がないわけではない。



(女としては彼女に勝てるところは一つもない。でも、私はソブカ様の傍にいる。それだけで十分だ)



 女性としての魅力は間違いなく負けているが、魅力があるからといって求めるものが手に入るとは限らない。


 その意味では、自分は幸せなのだ。今はそれだけでいいだろう。



「時にファレアスティ嬢」


「………」


「ファレアスティ嬢、聴こえているかな?」


「…はひっ!? えっ!? 私!?」



 と、そんなことを考えていると、突然アーブスラットに話しかけられた。


 まったく予想していなかったので変な声を出してしまう。



「こ、こほん。何でしょう?」



 慌てて取り繕うが、あまりに珍しい態度だったのかベ・ヴェルがじっと顔を見つめる。



「あんた、顔が赤いよ? 何か変なことでも考えていたのかい? そりゃまあ、若い女だってそういう気分になることはあるさ。突然悶々とすることも…」


「うるさい。あなたは黙っていなさい」


「なんだい、いきなり噛み付かないでほしいねぇ」


「失礼。考え事をされておられましたかな」


「いえ、問題ありません。それで、何でしょう? これ以上、謝罪をするつもりはありませんよ。キブカ商会もラングラスの上位組織です。いくらジングラスのトップだからといって…」


「いえ、そういうお話ではありません。事実、私もリーラ様も序列などに興味はありません。もしそれにこだわるのならば、このような柔軟な対応はしておりません。さきほどの場で即座に潰しております」



 アーブスラットもまた武を愛する男である。考え方はアンシュラオンやマタゾーに近い強硬策を好む。


 もしプライリーラがいなければ、彼は遠慮なくキブカ商会の面々を叩きのめしたことだろう。半分以上は見せしめに殺して。


 だが、プライリーラの執事兼補佐役である以上、彼女の意思が最優先される。彼女が望まない限りは、そういった武力行使はやらないし、できない。



「…では、他に何か?」


「正直に申し上げて、どうされるおつもりなのですか?」


「何がでしょう?」



 ファレアスティも一瞬、計画のことかと思ってドギマギした。奇しくも同じ瞬間、ソブカが前の馬車でまったく同じ状態になっていたりもする。


 が、次に老執事から発せられた言葉は、意外なものであった。



「いつソブカ様と結婚されるおつもりなのですか?」


「ぶっ―――っ!?」


「どわっ!」



 驚いたファレアスティが茶を吹き出し、隣にいたベ・ヴェルにかかる。



「ごほっごほっ、何をいきなり…! 冗談にしても程度というものがありますよ。もはやこれはセクハラです!」


「冗談ではありません。残念ながらリーラ様は、ソブカ様に好意を抱いているご様子。他人事ではないのです」


「それは…プライリーラ様のご自由でしょう。私は関係ありません」


「そういうわけにもまいりません。そのせいで婚期を逃し続けております。リーラ様もすでに二十二になられました。早くご結婚なされて子を成さねば、ジングラスの血が途絶えてしまいます。極めて重要なことなのです」


「ですから、そこでなぜ私が出てくるのですか」


「この朴念仁でもそれくらいはわかりますよ。ソブカ様が落ち着いてくだされば、リーラ様も相手探しに本腰を入れるでしょう。女性としての幸せにも憧れがあるようですので、ぜひ幸せになってもらいたいのです」


「つまりあなたは私やソブカ様の意思はどうでもよく、プライリーラ様のためだけに結婚しろとおっしゃるわけですね?」


「その通りです」


「………」



 微妙な空気が流れる。


 当然、それに耐えられないのは無関係なベ・ヴェルである。まったくもって、いい迷惑だ。



「なんだか面倒な話になってきたねぇ。それならファレアスティが、さっさとソブカと結婚すればいいんじゃないのかい? それで終わりだ」


「何を馬鹿なことを!! ソブカ様はラングラスの血筋です。私などが…」


「じゃあ、プライリーラがソブカと結婚すればいいんじゃないのかい? それで終わりだろう?」


「それは駄目です!」


「ええええええ!?」


「プライリーラ様はジングラスの長。やはり身分が違います。ですから駄目です」


「…そ、そうかい。あたしはべつにどっちでもいいんだけどね…」


「そう思うなら口を慎みなさい。下手に首を突っ込むと火傷どころじゃ済まないですよ」


「…へいへい。失礼しましたよ」


「まったくです!」



(これは長引きそうですな…。女性という生き物も面倒なものです。子を成せるのならば、何人とでも結婚すればいいとは思いますが…そんなことを言ったら私もただでは済まなさそうです)



 アーブスラット個人としては一夫多妻制でもいいとは考えている。ジングラスは女系なので『一妻多夫制』となるが、地球でもそこまで珍しいものではない。家の存続システムとしてはそれなりに見受けられるものだ。


 が、それはあくまで他人から見た状況であり価値観。当人たちが納得するわけではない。


 その後のファレアスティの不機嫌っぷりは凄まじく、さすがのアーブスラットもこれ以上は話を続けられなかった。


 気まずい空気が流れる中、馬車はプライリーラの別邸に向かうのであった。



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