214話 「プライリーラと馬車と思い出と」


 ソブカたちは馬車に乗り、中級街に向かう。


 そこにプライリーラが暮らす館があるのだ。



 グラス・マンサーかつ四大市民である各派閥の長は、暗殺などを防ぐために居場所を特定しないことが多い。


 ツーバも上級街にラングラスの本邸があるが、実際にはどこにいるかわからない。その時会えたとしても、三十分後には違う場所に移動していることもある。


 ツーバの場合は病人かつ意識不明とのことなので、息子のムーバが定期的に移動させているのだろう。スラウキンも会うたびに場所が違うと言っていた。


 ゼイシル・ハングラスは商売上、外に出ることも多いグラス・マンサーであるが、それでも情報統制に細心の注意を払っているようだ。


 一番用心深いのがグマシカ・マングラス。彼の居場所は誰も知らない。手がかりもない。


 アンシュラオンも独自に探っているが、いまだに尻尾も掴めない状態だ。


 会議にすら代理を立てているくらいなので、もう死んでいるのではないかという噂もある。あるいは本当に存在するのか疑う声すらある。



 そんな三者に比べ、プライリーラは実にオープンである。



 ジングラスの本邸は上級街にあるが、彼女は中級街の別邸に暮らしている。


 そのことは有名であり、近くの住人に訊けば簡単に教えてくれるので特に隠されてもいない。




「まだ別邸で暮らしているのですか?」


「子供の頃からいるから、あそこのほうが落ち着くんだよ」



 ソブカが問うと、プライリーラが軽く身体を伸ばしながら笑う。


 現在はあの大きな鎧は脱いでおりインナーだけになっている。鎧を着て馬車に乗れないこともないが、狭くなるし座り心地が悪いのであっさりと脱ぐ。


 その無防備な姿に逆に心配になるくらいだ。



「防犯は大丈夫なのですか? 襲われでもしたら…」


「おや、案じてくれるのかな?」


「あなたに何かあれば都市の人間が困りますからねぇ。心配はします。都市外の人間に狙われる可能性もあるでしょうし」


「…君はまったく女心というものを理解しないね。そこも変わっていない。減点だな。マイナス20点だ」


「それは手厳しい。では、今の私は80点ですか?」


「いいや、昨年の私の誕生日に何もしなかったから、すでにマイナス250点くらいにはなっている」


「…知らないところでけっこう減点されていますね。贈り物はしたと思いましたが?」


「あれはプレゼントではなく【貢物】だよ。キブカ商会名義だったじゃないか。実に形式的で気分を害したものだ。君自身が送らねば意味がないのだ。丁寧に真心を込めてね」


「物は物でしょう?」


「まったくけしからんね、君は。ファレアスティが苦労するわけだ」


「そうですか? 私のほうがフォローしている気がしますが…」


「それは会長としての当然の責務だ。それ以上に女性は男性を支えているものだよ。それに気付かないとは…また減点だ」


「厳しいですね…いったい何点まで下がることやら。減点の際はせめて通知が欲しいものです」


「こういうものは言われずとも自分で気にするものだよ。それも減点だな」


「困りましたね…」


「まあ、真面目な話をすれば、この都市に私を害するほどの相手はいないよ。仮に今、君が襲いかかっても私に触れることもできないだろうしね」


「でしょうねぇ」


「なんだか残念そうだね。そんなに私に触りたいのかい? うむ、いいだろう。特別に触らせてあげよう。ほら? どうぞ」



 なぜか胸を張り出す。そこに触れという意味かもしれないが罠としか思えない。



「淑女でしょう? はしたないですよ」


「だらしないな。それでも男かね」


「それで触るのならば、ただの変態です」



 たぶん、アンシュラオンならば即座に触る。というか揉む。あの男に遠慮という言葉はないのだ。


 ちなみにプライリーラの胸はそこそこ大きい。ホロロより若干小さいくらいなので、女性としては十分な大きさであろう。



(たしかに隙はないですねぇ。…また強くなったかもしれません)



 プライリーラは、こうしている間も常に周囲に気を配っている。


 彼女の言う通り、仮に自分が全力で斬りかかったとしても、かすり傷一つ負わせられるか怪しいものである。


 それは警戒しているのではなく、日常の彼女の姿。


 ジングラスグループの総裁という身分なので、可能性はかなり低くても常時暗殺の危険性はあるのだ。


 それ以前に彼女が生粋の武人であることも大きい。アンシュラオンを見ればわかるように、これが普通の状態だ。


 武人たるもの、常時臨戦態勢であれ。これこそ一流の武人の心構えである。


 プライリーラは幼い頃からアーブスラットに鍛えられているので、もともとあった才能をかなり開花させている。昔からやっていることなので、こうした臨戦態勢も苦ではない。


 感覚としては、肥満体型の人間が痩せて見えるように普段からお腹を引っ込めて何年も生活していたら、意識しないでもそれをやれるようになっていた、というものに近いだろうか。何事も習慣である。


 それでも危険はあるのだろうが、彼女は一つの信念を持って別邸に住んでいる。



「中級街からのほうが街がよく見えるからね。上級街にいては見えないものも見える。君だって同じだろう? 一般街に住んでいる。よりよく街を見るためだ」


「私はそのほうが都合がいいからです。商売のためですよ」


「そうだったね。君は建前でしか物を語れない人間だった。そういうことにしておくよ」


「………」



(プライリーラ…ですか。敵でなければ…あるいは違った未来もあったかもしれませんが…残念ですね)



 ジングラスという存在はソブカにとって邪魔である。商売上、競合することもあるので昔から組織としての折り合いは悪い。


 だが、お互いに知らない顔ではないし、彼女自身を憎んでいるわけでもない。


 憎んでいるのは、彼女の立場と身分だ。


 それゆえに複雑な感情を抱く。ソブカの目的を果たすためには彼女も排除しなくてはならないからだ。





 ガタゴト ガタゴト


 馬車は一般街を抜け、下級街に入る。


 往来する人間の数も増えたので、彼らが美しい羽馬の紋章が入った馬車に気付くと、そのたびに好奇の視線や噂声、あるいは歓声などが聴こえてくる。



「相変わらず人気ですねぇ。羨ましい」


「それは嘘だな。羨ましいなどと思ってはいないだろう?」


「バレましたか。ですが、人気があるのは事実ですよ」


「べつに人気が欲しいわけじゃないがね。粗茶だが、どうぞ」



 プライリーラが茶を淹れ終わり、馬車内に設置されたテーブルに紅茶が並べられる。粗茶というには高級すぎる茶葉なので、香りはかなり豊かである。



「…ふむ」



 だがそれを見て、なぜか淹れた当人が神妙な顔つきになっている。



「どうしたのですか?」



 それが気になってソブカが訊ねる。


 一瞬こちらの感情を読み取られたのではないかと、この男にしては珍しく焦ったからだ。


 だが、プライリーラはまったくそんなことに気づかず、顔を上げる。



「ああ、いや…茶を淹れることも久しいと思ってね。相変わらず上手くは淹れられないものだな。父上に言われて嫌々覚えたものだが、結局好きになれないまま終わったよ。こういうときは役に立つがね」


「あなたに淹れてもらえる紅茶というのは、実に貴重です。それだけでも価値があるものです」


「それはいけないな、ソブカ氏。茶の価値は茶そのものにあるべきだ。淹れた人間にあるべきではない」


「あなたらしい考え方ですね」


「間違っているか?」


「いいえ、あなたは正しい。ですが大半の人間は、その器にばかり目が向くものです。何を淹れたかではなく『どこの誰が淹れたか』、そちらが重要なのです。あなたの武具がそうであるようにね」


「痛いところを突くね。安茶でもジングラスの総裁が淹れたものならば価値がある、か。無体なものだよ」


「それも有名税のようなものです」


「税金ならばしっかりと払っているよ。追徴されるにしては理由があまりに残酷だ。生まれ持ったものはどうしようもない」


「…そうですね」



(ジングラスの総裁ではなく、プライリーラが淹れた茶、といったほうが正しいですがね)



 世間では強い男性も好まれるが、やはり可憐な女性を好むものである。


 ジングラスグループの総裁よりも、美しく凛々しい女性アイドルのほうが価値があるに違いない。


 だが、それについては当人には言わないでおく。言ったところで彼女がさらに神妙な顔つきになるだけだろうから。




「父上も紅茶が好きな人だった。懐かしいな」


「ログラス様…ですか。おおらかな人でしたねぇ。私にも優しかったのは覚えています」


「私にはまだ信じられないんだ。父上があんなことになるなんて…」


「逸材でしたからね。惜しい人物を亡くしたものです」


「ああ、それはそうなんだろうが…いや、今する話ではなかったな」


「…? 何かあったのですか?」


「うむ……」


「そう悩まれると気になりますねぇ」


「そう…だな…ううむ…」



 しばらくプライリーラは迷っていたが、踏ん切りがついたのか話し始める。


 それは少々意外な話であった。



「…ソブカ氏ならば問題ないだろう。君が関わっているとも思えないしな」


「どういう意味ですか?」


「父上の死は事故死となっている。それは知っているね?」


「ええ、都市の外での事故だと聞いておりますよ。詳しい話は知りませんがねぇ」



 ログラス・ジングラスはプライリーラの父親であり、先代のジングラス総裁である。


 その手腕はかなりのもので、当時は三位だったジングラスの勢力をマングラスに匹敵させるまでに引き上げた敏腕経営者だ。


 今思うと三位だったのは意外だが、女系一族であったジングラス家に久しく女子が生まれず、象徴となるべき存在がいないまま低迷していたという。


 それゆえにプライリーラが生まれた時は、まさにお祭り騒ぎだったと聞いている。


 当然、ログラスは娘を溺愛した。ついでに同年代のソブカやビッグなどにも優しかったので、もともと子供好きだったのだろう。


 ソブカも彼のことは好きだった。自分の父親以上に尊敬の念を抱いたものである。



 そんな彼が亡くなったのが、三年前。



 他の都市との商談の帰りに事故に遭い、死亡。その一年後に娘のプライリーラが総裁になった。


 というのが世間一般の認識である。が、真実は違う。



「父上はこの都市内部、本邸で死んだのだ。事故はあとから捏造したものだよ」


「…それは…少しショックな事実ですね。しかし、死因を隠蔽するとなると何かしら問題があったということです。…もしかして暗殺ですか?」


「そうだったらよかったのだが…いや、この発言もおかしいな。おそらくは病死だとは思うのだが…」


「歯切れが悪いですよ。何があったのですか?」


「私もわからないのだ。気付いたら父上が死んでいた。賊が侵入した形跡はないし、内部の犯行でもないようだった。父上に殺される理由などなかったからね」



 グラス・マンサーは互いが利益を得るようになっている。ジングラスの食糧によって都市が潤えば、それだけ人口も増えてマングラスは儲かり、それに伴ってハングラスやラングラスにも益が出る。


 ジングラスの好調を妬む者がいても、結局は自分の利益になるのだから殺す理由にはならない。



「となると怨恨か、あるいは都市外部の勢力の仕業かもしれません。ですが、襲われた形跡がないのならば前提が違うのかもしれませんねぇ。病死だと思った理由は何ですか?」


「うむ…信じてもらえるかはわからないが…父上は―――若返っていたのだ」


「それはまた…奇妙にも程がありますが…」


「だろうね。誰だってそう思う。私も実際に見なければ信じなかっただろう。だが、その時の年齢は三十歳くらいまで若返っていた。自分の父親だからね。見間違えるわけもない」


「では、それが原因で死んだと?」


「死因はショック死か何かだろうと思う。急激に老化する病気もあるというが、急激に若返っても身体には良くないのだろう。自然の理とは相反することだからね。法則に反した罰とでもいうべきか…」


「検死はしたのですよね?」


「ああ、前の医師連合の代表がね。極秘と念を押したので、知っている人間はその人物くらいなものだろう。その彼も、もういないがね」



 スラウキンの前の代表である。その人物はその後、誰にも語らず行方知れずになったので消息は不明だ。


 それゆえにスラウキンは、この事実を知らない。知っていればまた違う仮説を立てられたかもしれないが。



「それから一年、私は原因を探った。総裁になるのが遅れたのは、それが理由だ。今も時間があれば探っているが…すべてが謎のままだ。奇病と言われればそれまでなのだがね…」


「そうでしたか…さすがに衝撃的な内容でした。しかし、それをなぜ私に? 医療関係のラングラス一派だからですか? 何か手がかりがあると…」


「理由はないさ。過去は過去。起こったことは、いまさらどうにもならない。茶を淹れて思い出しただけだよ。今となれば、こういう話ができる相手も少なくなったのかもしれない。君がいてくれて私は嬉しいと思う。それだけのことなんだ」


「………」


「迷惑だったかい?」


「…いえ、あなたに信頼されているのは嬉しいことですよ」


「そうか。ならばよかった」



 そう言って無邪気に笑う。その顔は子供の頃と大差ないように見えた。



(やはりたちが悪いですねぇ、この人は。私などよりもよほど…)




 ガタゴト ガタゴト



 馬車は向かう。プライリーラの別邸に。



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