213話 「プライリーラ・ジングラス 後編」


「どうやら双方とも落ち着いたようだね。最近はごたごたが多くて困ったものだよ。私まで出る羽目になろうとはね…」



 槍をアーブスラットに渡すと、プライリーラは再びソブカに向かう。



「ふむ…」



 それから縦に長く続いているキブカ商会のトラクターと道を塞いでいるトラクターを見る。


 もしプライリーラが来ていなかったら、ここで争いが勃発していただろう。間違いなく死者が出る戦いになっていたはずだ。



「さて、状況を説明してもらえると助かるな。いったいなぜこのようなことになっているのかな。都市内部での諍いは禁止のはずだ。特に我々の間ではね。そういう取り決めだろう?」


「あちらの方々が通してくれなかったものでしてね。致し方のない措置でした」


「お頭! キブカ商会のやつらが縄張りを…!」


「こら、何度言ったらわかるんだ。私は総裁だ。いつまでも田舎都市のギャング気分では困る。ここに来たのならば、あくまで商会として振る舞ってほしいな。君もジングラスグループの一員なのだからね」


「うっ、す、すみません…」



 プライリーラに睨まれ、ワッカンは萎縮する。


 さすがに自分たちの組織のトップに直接睨まれては、威勢のよかった強面男も形無しである。



「ジングラスも戦力を強化しているようですねぇ。都市の外から来た者も多いようです」


「彼はそこまで新参ではないが、まだこの都市に来てから日が浅いのは事実だ。君の素性を知らない人間も多くなった。失礼があったのならば謝ろう」


「いえいえ、お互い様です。それにあなたに謝ってもらうと、こちらのほうの立場が悪くなりますからねぇ。あなたはジングラスで、私はキブカランですから」


「そういう物言いは好きじゃないな。どちらが正しいかが重要だ。道理や正義とはそういうものだろう?」


「それが通じる場所ではないはずです。多くの人間は立場でしか物を考えられない。アイドルのあなたと揉めたとなると、どのみちこちらが悪者になります」


「私はアイドルなどというものになったつもりはないが…」


「それは他者が決めるものです。少なくともあなたはジングラスグループの総裁だ。立場は明確にするべきでしょう。ここは私が謝りましょう。そのほうが丸く収まるはずです」


「…そう…だな」



 少しだけプライリーラの顔に影が差し、目を閉じる。


 だが、それも再び目を開ける頃にはなくなっていた。ジングラスの長として動く以上、私情を挟むわけにはいかないのだ。それでは示しがつかない。


 まずは格下のソブカが格上のプライリーラに謝罪する。今回の騒動が起きたこと自体の詫びだ。


 ただし、それは表面上のこと。重要なのは、その原因である。



「それで、揉めた原因は何かな?」


「総裁、やつらが勝手にうちらのシマを荒らしたんです。あそこにあるのが証拠です!」



 ワッカンが顔を真っ赤にして、「ほら、そこ! そこ!」といったジェスチャーでキブカ商会のトラクターを指差す。


 その姿はまるで親に言いつける子供を彷彿させ、仲間なのに失笑する者たちもいた。


 が、これは仕方がない。


 立場からすれば、子会社の平のサラリーマンが親会社の会長に話しかけるようなものである。それだけプライリーラの権限が強いということだ。彼だっていつもの余裕はないだろう。


 ただ、プライリーラはそんなワッカンの姿を笑うことはない。ただ黙って話を聞いている。そこからも彼女の聡明で温和な人柄が読み取れるようだ。



「やはり積荷…か。ソブカ氏、確認したいのだが、運んでいるものは何だ?」


「食料品です」


「…なるほど。理由を訊いてもいいだろうか?」


「都市の食料品が不足していると聞いております。その援助のために持ってきました」


「そんな言い訳が通じるかよ!」


「ね? ああいう感じなんですよ」


「なんだと!! どっちが悪いと思ってんだ!」



 ワッカンが喚き、ソブカが肩を竦める。その人を舐めた態度にさらにワッカンは激怒するという構図が続く。


 その悪循環にプライリーラが溜息をつく。



「ふぅ、相変わらず君は他人を逆撫でするのが好きだな。そんな態度できたら誰だって怒るものだよ」


「そうですか? 私は普通に話しているだけなんですけどねぇ」


「自覚がある分だけ、たちが悪い。いつからそんなにひねくれたんだい?」


「もともとこういう性格ですからね」


「そうだったかな…。昔はもっと真っ直ぐな男だった気がしたけどね」


「人は成長するものですよ」


「それが成長だと胸を張れればいいのだが…」



 昔からソブカを知っているので、プライリーラは複雑な心境だ。


 本心から言えば、こんなことで揉めたくはない。しかし、自分はジングラスの総裁である。毅然とした対応が必要だろう。



「それが揉めていた理由で間違いないね?」


「そのようですねぇ」


「そんなやつら、さっさと制裁してくださいよ!!」


「君も落ち着きなさい。野次を飛ばしても物事は解決しない」


「で、ですけど…明らかにこいつら意図的ですよ」


「だろうね。当人もそう言っている。しかし、グラス・マンサーの上位組織を簡単に制裁などはできない。それには四大会議での議決が必要だ。その前に平和的な方法を探るべきだろう。ラングラスの長と話をつけないといけないからね。そのうえでどうしても必要ならば制裁が行われる。時間がかかるんだ」


「で、でも…それじゃ…」


「いいかい、この都市内部にはちゃんとしたルールがある。制裁もまたルールだ。勝手に発動などできないんだ。私たちは狭い世界で暮らしている。できるだけ話し合いで解決すべきだ。それはわかってくれるね?」


「………」


「君たちの怒りはもっともだ。それだけちゃんと仕事をしてくれている証拠だろう。その気持ちは私が受け取ろう。だから今は任せてくれないかな?」


「…わかりました。お任せいたします」


「うん、任されたよ。ありがとう」



 プライリーラの真摯な眼差しにワッカンも黙るしかない。


 だが、怒りや不満を溜め込んでいる様子はなかった。むしろ尊敬と敬愛の感情を抱いているようだ。



(さすがプライリーラですねぇ。だから人気がある。ただ、彼女の場合は無意識でやっているのが怖いところですが。さすが『人たらし』です)



 ソブカは、プライリーラのことを『天然の人たらし』と称する。


 この態度は計算してやっているわけではない。アンシュラオンのように狡猾に先を読んで動いているわけではない。


 これが素なのだ。


 ワッカンなど本当に下っ端にすぎないが、そんな相手でもしっかりと受け止めて対応する。だから信頼されて人気が出る。


 たしかに都市のアイドルになったのは出自や容姿、強さが大きな影響を与えたのは事実だろう。それでも彼女は自らの態度でその資格があることを示している。


 その様子を見ている者たちが自然と惹き付けられる。好意を抱く。まさにカリスマであり人気者であり、そのうえ人格者だ。文句のつけようもない。



 ワッカンが落ち着くのを見計らい、改めてプライリーラがソブカに向かう。



「しかし、だからといって何もしないわけではないよ。食料品は我々の領分だ。これもルールでしっかりと定められている。言わずともわかっているね」


「…ええ、もちろん」


「君たちが武装している点も気になる。まるで最初からそうするつもりだったようだ」


「それは誤解です。彼らには道中の警備を担当してもらったまでです」


「ここは都市内部だが?」


「遠足は帰るまでが遠足。搬送は倉庫に入れるまでが搬送です。現に襲われそうなところを助けられました」


「なるほど、道理だね。君の口先も変わっていないようで安心したよ。それで、ここで彼らと衝突が起こってもかまわないと思ったのかな?」


「荷物を守るためです。それも致し方ないとは思いましたよ。都市内部でも財産を守るための自衛は許可されているはずですしね」


「我々と争う覚悟があるということかい?」


「それも事実の一端でしょう。そう捉えることもできます」


「………」



 プライリーラが、じっとソブカの目を見つめる。


 ソブカもまた、プライリーラの目を見つめる。


 静かな対峙ではあるが、二人とも組織のトップに立つ者だ。その間には言いようもしれない強い圧力がある。



 しばし見つめあい、プライリーラのほうから目を離す。



「ふむ、どうやら簡単に済みそうな話ではないようだね。ソブカ氏、我々と一緒に来てもらえるだろうか。ゆっくり話し合おう」


「ええ、もちろん喜んで」


「ソブカ様!」



 その軽い返事にファレアスティが声を荒げる。


 縄張りを侵されたジングラスからの直接の招待である。そこに危険がないとは思えない。



「行かないほうがよろしいかと」


「彼女は話し合いを求めています。何か問題が起これば、まずは互いに話し合って決めるものです。とても簡単なことではありませんか」


「危険です。何をされるかわかったものではありません」


「それは酷い言われようだね。私がソブカ氏に危害を加えるとでも思うのかな?」


「可能性はゼロではありません」


「可能性が百の事象など、この世界にはないと思うよ。すべてはいつだって不確定だ。だから我々は百に近づける努力を続ける。これもその一つにすぎない」


「答えが明瞭ではありません。保証してください」


「保証と言われてもな…信頼してくれとしか言えないな」


「信頼できません」


「やれやれ…君も昔から変わらないな。ソブカ氏のことになると、まるで番犬…いや、狂犬だ」



 プライリーラはファレアスティのことも知っている。


 彼女は幼い頃からソブカの近くにいたし、ソブカのことになると前々から過剰なほどに噛み付いてくる。



(さすがの私でも理由はわかるがね…。同じ女だ、気持ちはわかる。女性は常々何かを、誰かを愛したいと思うものだから)



 ファレアスティは認めないだろうが、彼女がソブカに対して愛情を抱いているのは間違いない。


 それが男女のものか、あるいは違う感情によるものかはわからないが、強い執着を見せているのは確かだ。


 彼女が赤子の頃にソブカの父親に南で拾われてきてから、ソブカとはずっと一緒に育ってきた。姉のような感情があってもおかしくはない。



「狂犬でもかまいません。それが護衛の役割ですから」


「誰に対しても姿勢が変わらないのは好意的だがね。あまり騒ぎを大きくすると、そちらの危険が増すことになるかもしれないよ」


「脅しですか?」


「私はそういった可能性を低くしたいだけなんだ。…それとも君たちはここで戦いたいのかな? キブカ商会はいつから武闘派になったんだい?」


「自衛のためならば致し方ありません」


「冷静になりたまえ。我々が争っても得にはならないはずだ」


「それはそちらの言い分です」


「心配なら君もついてくればいい。そちらは護衛を何人つけてもかまわない。それでいいだろう?」


「では、そうさせていただきます」



 ファレアスティは相も変わらずに冷たい視線をプライリーラに向ける。


 周囲の人間は、いつプライリーラが怒り出すかとヒヤヒヤしているものだが、そんなことはお構いなしである。


 そして、そのフォローをするのは、いつもソブカの役目だ。



「プライリーラ様、申し訳ありません。ファレアスティが失礼をいたしました。この空気で少し過敏になっておりましてね」


「問題ないさ。私も会話を楽しんでいるよ。ベルロアナ嬢ではないが私も友達は少ないのでね。こういう付き合いも悪くない」


「彼女を友達だと思ってくださるのですね」


「この業界に年齢が近い女性は少ない。そう思っては迷惑だろうか?」


「いえ、ありがたいことです」


「それでは行こうか。ああ、荷物は倉庫に搬入してかまわないよ。私が許可しよう」


「よろしいのですか?」


「持ってきたものを無駄にすることはないだろう? 事情はだいたい察している。まずは現実を受け入れよう」


「さすがですね。器が違う」


「やめてくれ。私は一人の武人であるほうが気楽なんだよ。なかなか状況がそれを許してはくれないがね…。では、この場にいる者たちは一度解散してくれ。結果は追って通達する」


「みなさん、くれぐれも武力衝突などは起こさないようにしてください。双方の立場がありますからねぇ」



 こうして戦いは回避された。


 ソブカたちに絡んでいた連中も、プライリーラに言われれば矛を収めるしかない。


 しかしながら根本的な問題は解決されていないし、プライリーラはこれから起こることを何も知らないのだ。


 その証拠に、ジン・メイ商会の人間が苛立ちを隠さないのに対して、キブカ商会の人間は落ち着いていた。


 すでに覚悟を決めているからである。その違いが如実に表れるのは、もう少し先のことだ。




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