212話 「プライリーラ・ジングラス 前編」


 ここでもホワイト商会が活動を開始した頃と同じ現象が起きる。


 相手は威圧や威嚇程度の気構えでくるが、キブカ商会は最初から戦いを想定してやってきている。このギャップ現象である。


 実のところ、これは相当なショックだ。


 よく文句を言っていた妻が静かになって安心していたら、実は不満を溜め込んでおり、いきなり凶行に及ぶくらい突然の出来事。


 これをやられるとまったく対応ができない。想定していないのだから当然だ。


 気がつくのは、いつもこの瞬間、喉元に刃を突きつけられている時である。



「お前たち…何を考えている……」


「言ったでしょう? 私たちはこの都市の人々のために尽力したいだけだと。ここにある食糧は都市には必要なもの。どうか受け入れてもらえませんかねぇ。まあ、どうしてもと言うのならば…しょうがないですけれど。大を生かすために小を殺さねばならないのは時代の常です」



 ソブカ自らが剣を抜く。やや細身のレイピアに似た剣であるが、表面にはうっすらと炎のような輝きが揺らめいている。


 ベ・ヴェルに渡した大剣も相当なものだが、この剣はさらに上位の逸品だ。



―――準魔剣、火聯ひれん



 ガンプドルフが持っている魔剣と同種のものである。これを手に入れるために相当な出費をしたものだが、強い力が与えてくれる安心感は別格だ。


 うっすら輝いている炎は錯覚ではなく、切りつけた相手を燃やす効果がある。切れ味自体も凄まじく、紙を置いただけで切れるほどだ。まあ、その前に炎の効果で燃えてしまうが。



 ただし同種ではあるが、同ランクではない。



 魔剣といってもランクがあり、同じカテゴリーに属すというだけで強さや能力にはかなりの違いがある。


 ガンプドルフが持っているものはSランクの超が付くほどの希少なものであり、世界的に見ても珍しいものだ。


 あの魔剣は伝説の刀匠である名工十師が一人、セレテューヌスが打ったものであり、彼の国では国宝に指定されている。どんなに金を積んでも買えるものではない。


 一方のソブカの剣は魔剣とは呼ばれているが、せいぜいがB級のものであり、『準魔剣』あるいは『模造魔剣』と呼ばれる低級品である。


 もちろん普通の武具とは比べ物にならない力を秘めているので、あくまで上位の魔剣と比べると貧弱というだけのこと。


 むしろガンプドルフの魔剣のように強すぎるがゆえのペナルティが存在しないので、逆に使いやすいくらいである。



(やはり良い剣です。アズ・アクスに無理を言った甲斐はありますねぇ)



 武闘派ではないので、ソブカ自身が戦うことは非常に少ない。せいぜい訓練のときくらいだ。


 しかし、良いものはわかる。どうせ使うのならば名刀や名剣のほうが気分が盛り上がるというものだろう。


 この剣は、アンシュラオンが使っている包丁と同じアズ・アクス製で、仕入れのついでに手に入れたものだ。


 倉庫に眠っていた非売品だったのだが、無理を言って譲ってもらったのだ。当然、大枚をはたいた。これ一本で普通の剣が何百本も買えるほどの値段だ。


 ただ、以前のアズ・アクスならば買うことはできなかっただろう。どうやら経営者が変わったようで、近年では営業方針に変化が起こっており、今までの職人気質から利益重視に舵を切ったようだ。


 そのせいで組織内でいろいろと揉め事が起きているらしいが、ソブカにとっては良い物が手に入れば問題ない。思えば非常に良い時期に訪問できたものである。これも天運だろうか。


 ちなみにファレアスティの剣もそこで手に入れたものであり、彼女のものは水の力が宿っている。そのせいか刀身はうっすらと水色だ。



 こうしてソブカたちは万全の準備を整えていた。


 そんな相手に無警戒のワッカンたちが勝てるわけがない。



「さあ、どうします?」


「くそっ…本気か?」


「そう見えないのならば、あなた方はずいぶんと鈍っていますねぇ」


「ふざけるなよ…! こんなもんでびびるかよ!」


「そうですか。ならば仕方ないですね」



 その言葉を受けて、ファレアスティの剣を持つ手に力が入る。


 たしかに彼女はこの戦いに乗り気ではない。だが、すでに土俵に上がってしまった以上、やらなければやられるのだ。


 その様子を見守っていたベ・ヴェルたちも戦闘態勢に入る。このまま衝突すれば、まず間違いなくキブカ商会が勝つだろう。



 そして、ファレアスティの目が覚悟を決め、鋭く冷たくなった瞬間だった。






―――「待て!!」





 美しくも凛々しい、力強い声が響き渡る。



 ドッゴーーーーンッ



 続いて何か重いものが大地に突き刺さった。


 それは両陣営の中心、ちょうどファレアスティとワッカンの近くに激突。一瞬大地が揺れ、中心部にいた二人は衝撃に身構えなければならないほどであった。


 改めて激突したものを見ると、白く重厚なものが太陽の光を受けて白銀に輝いている。



 それは―――巨大な槍。



 長さ三メートルを超える【ランス】や【馬上槍】と呼ばれるものが飛んできた。


 持ち手の周囲は大きく膨れ上がっており、そこは盾と同じような扱い方ができるので、盾槍と呼んでもよいものだろう。何より槍自体が大きいので大型魔獣とでも戦えそうである。


 ブスブスッ


 かなり強い力で投げつけられたのだろう。あまりの威力に大地が焼け焦げ、煙が出ていることがわかる。



「この槍は…」



 ファレアスティが、迷いなく上空を見上げる。



 それが飛んできたのは頭上。



 正面から投げても真上からは突き刺さらないので、必然的に上から向かってきたことになる。


 しかもこの速度を考えれば、下にいる人間が上に向かって放り投げたのではなく、上から直接投げつけたと考えたほうが自然であろう。



 そして、ファレアスティの視線の先には―――女性の姿。



 一人の女性が【宙に浮いていた】。



 逆光で姿はよく見えないが、太陽の輝きを受けて白く輝く髪。並の傭兵では扱えないような大きなランス。そもそも人間が空中に浮いている奇異な光景。


 これらを統合すれば目の前の人物の正体など一人しかいない。



(ようやく出てきましたね…待っていましたよ)



 ソブカがその姿を見て、薄く笑う。


 彼女を見る視線は珍しく熱っぽく、その登場を待ちわびていたことがわかる。


 ただし、その場にいた全員が視線を向けていたので、その真意は悟られなかった。なぜならば誰もが驚きと羨望の眼差しを向けていたからだ。




 その視線を受けながら、女性は大地に降りてきた。まるで風に舞うかのように、ふわりと降り立つ。


 こちらに向かって歩くたびに石畳がコンコンと甲高い音を立てるのは、全身に鎧を着ているからだ。


 全身鎧というには所々が開いた構造になっており、特に胸元はかなり開いているので、どこぞの美少女ゲームに出てきそうな露出度の高い鎧である。


 が、特に肩や足には大きな装甲が見受けられるので、鎧としての機能は最低限果たしているといえる。


 ただ、普通の鎧と違うのは全体的に流線的なデザインをしていることと、それが単に身を守るためだけの防具ではないことだろうか。


 『暴風の戦乙女』と呼ばれる武具であり、今浮いていたのも鎧の特殊能力である。



 これを着られる人間は現在のところ―――ただ一人。



「両者ともに、そこまで! 都市内部でのこれ以上の諍いは認められない!」



 声は非常に可憐ながら、さきほどと同じく力ある言葉が響いた。


 とてもよく耳に残る余韻があり、言葉がずしっと心に引っかかる。普段からも誰かに指示を出している者の声であり、人々の上に立つ資質を持つ人間特有のものだ。


 よくよく見ると、さきほどは全部が白く見えた長い髪の毛も、頭頂部から徐々に緑色にグラデーションしていることがわかった。


 なんとも不思議な色合いだ。


 清い純白でありながらも緑の若々しい活力を感じさせ、強さと優しさ、偽りと真実、儚さと強靭さを併せ持ったような独特な印象を他人に与える。


 その場にいたすべての人間が、彼女だけに集中している。目が離せない。惹き付けられる。




 そう、この女性こそ―――




「お久しぶりですね。プライリーラ・ジングラス様」



 ソブカが女性の名を呼ぶ。


 プライリーラ・ジングラス。ジングラスの名を完全に受け継ぐ現役グラス・マンサーの一人である。


 ソブカのような分家などではなく、文字通りにジングラス本家の頂点に立つジングラスファミリーの頭目、【総裁】だ。


 そして、『ブランシー・リーラ〈純潔の白常盤〉』と呼ばれる都市のアイドルでもある。



 そのプライリーラは、ソブカを見つけるとまっすぐに近寄ってきた。



「ソブカ氏か。久しいな。いつ以来だろう」


「あなたの総裁襲名記念パーティー以来ですから、二年ぶりかと思いますよ」


「そうか。もうそんなに経つのだね。ふむ…」


「何か?」


「いや、君は変わらないと思ってね。その癖毛も前に見た時のままだ」


「そうですか? これでも気を遣っているのですが…」


「むぅ、いかんな。それでは私の【婿】にはなれないぞ。私はよくても周りが認めない」



 プライリーラは、気安げにソブカの髪の毛を引っ張る。


 一瞬ファレアスティが何かを言いたそうにしたが、場の空気を読んで黙っていた。



「プライリーラ様、お互いに子供ではないのです。そういうことはやめてくれますかねぇ」


「恥ずかしがることはない。君と私は幼馴染ではないか。それに『様』などつけないでくれ。気持ち悪い」


「そういうわけにはいきません。あなたは…ジングラスのトップですから。それにしても、さらにお美しくなられましたね」


「どうせ世辞だろう? 私が一番嫌いなものだ」


「事実なんですけどねぇ」


「信じてもらえないのは普段の行いが悪いせいだろうね」


「耳が痛いことですねぇ。しかし、人々は常々あなたのことを噂しておりますよ。この都市の【女神】だと」


「それこそ世迷言だ。多くの者は私の顔など見たこともあるまい。だから噂は嫌いなのだ」



 プライリーラのソブカを見る目には、敵意といったものはない。


 ソブカもグラス・マンサーの分家筋にあたる存在。彼女がジングラスの総裁になったパーティーに参加するくらいの地位と面識はある。


 彼女にとってソブカは少し遠い親戚くらいの感覚である。一緒に会社経営をやっている者の同世代の子供、といったところだろうか。


 それが近いのか遠いのかは難しい感覚だが、形式上の人口が十万人にも満たない都市においては、かなり身近な存在ともいえる。



「まあ、君の言うことも事実だ。女神かどうかはともかく、今はジングラスのトップとしてここにいる。まずは用事を済ませないとね」



 プライリーラは、さきほど放り投げたランスを手に取る。かなりの重量があるのだろうが、軽々と片手で持ち上げた。


 巨大な馬上槍は、すらっとした体躯の彼女が持つと異様に大きく見えるが、流線的な鎧を着ているせいか、ばっちりと似合っている。


 よくよく見ると、デザインがかなり似ている。


 この鎧と槍を含めて『暴風の戦乙女』なのだ。いわゆるセット装備と呼ばれる武具である。同時に使うことで最大の効果を発揮するものだ。



じい、頼む」


「はっ」



 プライリーラが無造作に槍を後ろに放り投げると、いつの間に現れたのか、初老の男性が槍を受け取った。


 白髪にモノクル〈片眼鏡〉に執事服と、まさに「ザ・執事」を体現したかのような男性で、プライリーラの気品と相まってか、こちらも非常にマッチしていて違和感がない。


 ただし、その槍を軽々と受け取ったことに加え、誰にも気配を感じさせなかったことを考えると思わず背筋が冷たくなる。


 プライリーラの膂力が並外れていることは見た瞬間わかるし、老執事の佇まいも明らかに普通ではない。



 両者ともに―――武人。



 それもかなりの腕前であることがわかる。


 その姿を見た時から、ベ・ヴェルや傭兵たちの間にも緊張感が走っていた。


 今にも始まろうかとしていた戦闘の熱が冷めていく。二人のあまりの圧力に警戒しているのだ。


 たった一撃。プライリーラが放った槍一本で、この場が掌握されてしまった。



(さすがはジングラスの【最大戦力】ですかねぇ。まともに戦うのは分が悪いようです。やはり術具による付け焼刃程度では、彼女たちには勝てませんか)



 ジングラスにも目の前のジン・メイ商会のような武闘派はいるが、食料品の搬送護衛や管理が主な仕事のため、戦闘特化という意味での武闘派は少ない。


 しかし、彼らが勢力を維持するためには武力も必要だ。いざとなれば力こそが物を言うことも知っている。



 そして彼らが保有する最高の力こそ、目の前の女性と執事である。



 プライリーラは生まれながらに武人の血が覚醒していたし、老執事のアーブスラットも武芸の達人という話だ。


 アーブスラットは領主軍にいるマキの師匠としても有名で、年老いて体力に不安は残るが、短時間での実力は間違いなくマキを上回るだろう達人だ。


 実力としては、魔剣を使わないガンプドルフに匹敵すると思われる。


 若い頃に外から流れてきた武芸者だった彼をプライリーラの祖父が受け入れ、それ以来はずっとジングラスの戦闘隊長を務めてきた強者だ。


 いくらソブカたちが術具で強化しているとはいえ、明らかに素の実力が違いすぎる。この二人と真正面から戦えば負ける確率のほうが遥かに高いだろう。それを知っているから気勢が削がれたのだ。



 フランクな対応をしながらも、さすがジングラスの長である。



 さきほどの槍の一撃は―――示すため。



 どちらの実力が上かをはっきりさせるための示威行為であった。



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