211話 「ジングラス侵食 後編」


 ファレアスティは、アンシュラオンを災厄と呼ぶ。


 もはや人間ではないと。あれは災厄そのものであると。



「災厄とは穏やかではありませんねぇ」


「では、言い換えるのならば『天災』です。すべてを破壊して荒らし回って、気が済んだら去っていくだけの存在です。その後のことはお構いなしに」


「なるほど。あなたにはそう見えているわけですね」


「極めて事実に近い表現だと思っています。彼は責任などまったく考えていません。自分が楽しむことと、それに付随する利益のことしか頭にないのです。そんな人間が益になるとは思えません。ただの害悪です」


「ふふふ、嫌ったものですねぇ。ですが、恵みをもたらすものは太陽だけではありません。大雨や嵐のような日々があってこそ余計なものが取り除かれ、新しい種が飛んできて芽吹くものです。太陽だけならば、あっという間に干上がってしまいます。この大地のようにね…」



 この大地は、ほとんど雨が降らない。年に数回降ればいいほうだろう。


 大災厄以前は雨も頻繁に降っていたようだが、それ以後は干上がってしまい、ただ乾燥した大地だけが広がっている。


 だからこそ水に余裕がないのだ。それはグラス・ギース周辺だけではなく、東側の多くの土地にいえることだ。


 乾燥した大地では人は生きていけない。地球でも多くの荒野が放置されているのは、人が生活するには適さないからだ。



「彼が雨風になってくれれば、たとえそれで家屋が壊れ、何千という人々が死のうが結果的には益になる。そうは思いませんか? 停滞して乾燥した大地に、これ以上の発展はないのです。必要なのは変化の力です」


「おっしゃりたいことは理解できます。しかし、危険です」


「あなたは不安なのですね、他の者たちと同じように…。それが普通の感性でしょうから仕方のないことですが」


「私の命はソブカ様のものです。お決めになったことに従うまでです」


「そうだとしても、感情はあなただけのもの。隠す必要はありませんよ」


「………」



 それに対してファレアスティが答えることはなかった。


 冷たい態度が他人を威圧してしまうが、秘書としては優秀であり、これだけの量の食糧を集められたのも彼女の手腕によるところが大きい。


 ただ、ソブカと唯一違う点は、ホワイトを危険視している点だろう。



(他人には彼が怖く映る。なぜ怖いのか…簡単ですねぇ。彼は【破壊者】だ。人間は自分が住んでいる場所に変化が起こることを怖がる生き物です。大型の嵐がやってきたら、家が壊れないか、何かを失わないかと怯える。それが動物の自然な感情というものです)



 ファレアスティは感情をあまり外に出さないが、その態度こそ感情豊かな証拠である。


 こうして話していても、彼女がホワイトを怖がっていることはすぐにわかる。


 怖い。怖いのだ。


 人間は、自分のテリトリーを侵す存在が怖い。だから排除しようとする。感情を消すことも、感情を必要以上に露わにすることも怖いからだ。



 それによって自分が変わってしまうことが―――怖い。



(結局、私を理解できるのは私自身と彼だけですか。似た者同士、お互いに孤独だということでしょう。といっても理解されたいとも思わないものですがねぇ)



 ソブカを理解できる人間は、おそらくアンシュラオンだけである。


 なぜならば、同じだからだ。両者共に闇を抱えている。破壊的で暴力的で、煮えたぎるような激情を宿している。


 それが武力だろうが精神力だろうが、強すぎる力を持つ者はいつだって孤独なのだ。そして、それを理解されたいとも思わない。ただ思うままに振る舞い、他者を蹂躙することを楽しむ。


 ソブカもまた、この地に必要な激動の力であった。皮肉なことにファレアスティが怖れるアンシュラオンと同じ破壊の使者として。





 キブカ商会のトラクターは、そのまま一般街の北にある倉庫区に向かう。アンシュラオンがハングラスの倉庫を襲った場所である。


 あの騒動の後、一時は物々しい雰囲気に包まれて出入りも制限されていたが、今では多少落ち着いている。倉庫区はこの都市の心臓部。危険でも使わないわけにはいかないのだ。


 ソブカも荷物を倉庫に入れ、流通させるまで管理するつもりでいた。しかし、しばらく進むと異変が起こる。



「…さて、来たようですよ」



 ソブカが視線を送った先には、一台のトラクターが道を塞ぐようにして停まっていた。


 自分たちのクルマを発見すると、そこからわらわらと強面の男たちが出てくる。彼らもまた変化を怖れている者たちである。



「いかがいたしましょう?」


「こちらからは手を出さないように。まずは相手の様子をうかがいます」


「はい」



 ソブカとファレアスティがクルマを降りると、男たちは威圧感を放ちながら近寄ってきた。



「キブカ商会だな。あんたが責任者か?」


「ええ、そうですよ。私が会長のソブカ・キブカランです。何の御用でしょうか?」


「あんたら、どこに行くつもりだ?」


「こちらが名乗ったのですから、そちらも名乗っていただきたいですねぇ」


「ふん、『ジン・メイ商会』のワッカンだ」


「ジン・メイ商会…たしか倉庫区の管理を行っている商会ですね」



 ジン・メイ商会は、ジングラス一派の都市内部における管理商会の一つである。


 ミッシュバル商会などが輸入した食料品を、都市内に流通させるまで倉庫で管理するのが仕事だ。


 倉庫区は非常に重要な区域なので、ザ・ハン警備商会のように防犯用に武装した者たちが配置されていることが多い。


 目の前のワッカンという男もその一人。都市内部においても武装し、傭兵のような格好をしている。


 ソブカはワッカンに見覚えはないが、こうした警備隊は常時外から人員を補充するものなので、ここ何年かで新しく入った人間なのかもしれない。ソブカの顔を知らないのが、その証拠だ。



「話を戻すぞ。どこに行くつもりだ?」


「どこと言われてもねぇ。この道の先は一つしかありません。荷物を倉庫に持っていくところです」


「持っていってどうする?」


「不思議なことを訊くものです。商品を保存しておくための場所が倉庫ではないのですかねぇ。そうでなければ倉庫の意味がありません」


「つまりは、売るってことか?」


「それを商品と呼ぶのですよ。あなたでもそれくらいはわかるでしょう?」


「んなっ…なめやがって! おうおう、誰に断って商売してんだ、おら!!」


「そうだ! ふざけんなよ、このやろう!」



 ソブカの言葉が引き金になったのか、他の男たちも喚き出す。


 まさにチンピラが恫喝するような態度だが、その声がソブカに恐怖を与えることはまったくない。


 同じ裏側の人間、マフィア同士である。特に修羅場を多く潜っているソブカに対し、恫喝は無意味だ。



「クルマを停めろ!! 荷物を降ろせ!」


「おっと、勝手に触らないでいただけますかねぇ。これは我々が必要だと判断して仕入れたものです。我々の財産ですから」


「それがどうした。中身は食料品だろう! しらばっくれても無駄だ! こっちは情報を得てんだぞ!」


「ええ、そうですよ。食料品です。それが何か?」


「み、認めやがったな!」


「事実ですからねぇ」



 ソブカはこともなげに認める。どうせ調べればわかることだ。隠す理由もない。


 だが、その開き直った態度がワッカンを刺激する。



「そっちの管轄とは違うはずだ! うちらのシマを荒らす気か! ああん!?」



 食料品は彼らの領域であり、大切な資金源である。それを侵されれば怒り狂うのは当然だ。


 しかし、こちらにも言い分はある。



「そのようなつもりはありません。ただ、現在のグラス・ギースは食糧が不足している状況だと聞いております。どの食料品も品薄で高騰しているとか」


「それがどうした! あんたらには関係ねぇ!」


「関係はありますねぇ。我々もこの都市に住む人間です。都市機能が正常に機能していないのならば、それに対して思うところはあります。逆にお訊ねしますが、なぜこのような事態になっているのですか?」


「うっ…あんたには関係ねぇ。それこそ、うちらの問題だ。責任はうちらが取る」


「なるほど、道理ですねぇ。我々があなた方に干渉する理由も権利もありません」


「そうだ。わかったなら…」


「ですが、人々が困っているのを見過ごすわけにはいきません。ここは私にとっても大切な街です。愛すべき故郷です。都市機能を維持するために尽力したいと思うのは、同じ街の人間としては当然でしょう?」


「あんたらの管轄は医療品だろう。ラングラスは医療品だけやっていればいいんだよ。こっちに関わるな!」


「やれやれ、人の話を聞かない人ですねぇ。あなたでは話になりません。もっと上の人を出していただけませんかねぇ」


「なにっ!!」



 ソブカのニヒルな笑い方は、時に人を不快にさせる。


 もともとソブカ自身に譲るつもりがないことは会話でわかるので、その挑発に相手は上手く誘導される。



「てめぇ!!」



 シュッ



 ワッカンが思わずソブカに掴みかかろうとした瞬間―――剣が突きつけられた。



 ファレアスティが剣を抜いてワッカンの首筋に押し付けたのだ。その動きに迷いはなく、正確に確実に男の首元に吸い付いている。



「うっ!!」


「迂闊に動かないほうがいい。この剣はよく切れる。お前の首が飛ぶぞ」


「てめぇ…抜いたな!! やるつもりか!?」


「小物が吠えるな!!!」


「っ!!」



 ファレアスティの凄みのある声が場に響いた。


 怒気というよりは、やはり凄みのある声と形容したほうが正しいだろう。彼女も裏社会に属する人間である。場合によっては人を殺すことも厭わない。


 そうした決意が凄みとなって周囲の者たちを制止させているのだ。しかも最初から殺気立っているので、ぱっと見ると手が付けられないヒステリックな女にさえ見える。


 事実、少しでも動けば首を切り裂くつもりでいた。


 それでもファレアスティの不満は収まらない。



「礼を失しているのはお前らのほうだ。たかだか平の組員の分際で、誰にそんな口を利いているのかわかっているのか? うちの組長に手を出して、ただで済むと思っているわけではあるまいな」


「くうっ…」


「それとも経済組だからと甘く見たのか? なめられたものだな。お前たちはソイドファミリーでも同じことをしたのか?」


「そ、それは…」



 ソイドファミリーは武闘派として有名である。もし彼らが相手だったならば、また違った態度になっていただろう。


 アンシュラオンに雑魚扱いされているビッグですら、ワッカンたちからすれば手に負えない獣である。しかもソイドダディーはもっと強い。そんな相手に掴みかかったら間違いなく殺される。



 つまりは、キブカ商会は【なめられている】のだ。



 ジングラスの上位序列にも入れないジン・メイ商会の小物が、ラングラス序列四位であるキブカ商会のソブカという組長に対して、この態度はあまりに非礼である。


 相手のシマを侵したという点以外は、ファレアスティの言葉は何ら間違っていない。ここでワッカンを切り捨てても正当性は証明されるだろう。



「おっと、揉め事かい」



 その様子をうかがっていた大剣を担いだ女性が、後ろのトラクターから降りてきた。サリータと一緒にいた大剣のお姉さん、ベ・ヴェル・ヘルティスだ。


 それと同時に、わらわらと武装したキブカ商会の構成員が降りてきた。その中には新たに雇った対人戦闘を得意とする傭兵もいる。その多くは仕入れついでに、ハピ・クジュネよりもさらに南で雇った者たちだ。


 遠くの外部で雇った人間は本質的には他人事なので、相手が誰であろうとも殺すことに躊躇いはない。裏スレイブとは違うが、こうした外部の抗争専門の傭兵もいるわけだ。



「揉め事なら、うちらの出番かねぇ」


「いえ、まだ揉めているわけではありませんよ。もう少しで揉めそうですけどね。ベ・ヴェルは先走らないようにしてください」


「はいよ。でも、うちらはいつでもいけるからね。遠慮なく声をかけてくれ」


「ふふ、頼もしいことですねぇ」


「いろいろしてもらったんだ。借りは返すよ」



 アンシュラオンの見立てでは、ベ・ヴェルの実力はサリータと大差ない。ならば戦力としては頼りない部類に入るはずだ。


 しかし彼女が持っている大剣は、アンシュラオンと一戦やりあった時とは違うものである。


 今は鞘に納められているが、ひとたび抜けば、そこに宿された術式によって従来の何倍もの戦力になってくれることだろう。


 彼女が着ている革鎧も普通のものではないし、他の構成員が装備している武器も防具も、そこらの武器屋で手に入るような代物ではない。



 これらはすべて―――術式武具。



 戦罪者が倉庫でザ・ハン警備商隊に苦戦したように、術具を装備するだけで戦闘力は何倍にもなる。


 ベ・ヴェルのように、まだ満足に戦気が使えない傭兵であっても、こうした術具を装備すれば簡単に強くなることができる。


 術式武具の提供も報酬の一部であり、満了後もこのまま彼女に与えられる契約になっている。この武具一式だけでも相当な額になるだろうが、さらに多額の金銭も与えられる。


 傭兵にとって報酬の大きさこそが自己の評価であり、存在意義である。その対価を支払うまで彼らは絶対に裏切らないだろう。それはどこか裏スレイブにも似ている。


 アンシュラオンは武で、ソブカは金で彼らを雇った。



 そう、明らかにキブカ商会は戦闘を想定している。



 最初からそうなっても仕方ないという態度で、この場にいるのだ。



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