「第二幕 後編 『戦獣乙女という偶像』」

210話 「ジングラス侵食 前編」


 大量の荷物を載せた大型トラクターが、グラス・ギースの南門から次々と入っていく。


 それは一台や二台ではなく、十台、二十台と続いていた。


 トラクターを見慣れている衛士たちも、普段とは違う光景に少しばかり違和感を感じながら、門を過ぎ去る黒いトラクターの群れを見送る。


 それらは今日も外からグラス・ギースに入ろうとする人々の群れを追い越し、東門に集まっていった。



 その異様な光景に慌てて門番の衛士が駆け寄る。



「こ、これは…何事だ?」



 男の衛士は、こんな積荷が来ることは聞いていないので、この反応は当然のものだろう。


 ここ東門では、街に不審な人間が入り込まないように厳重にチェックしている。それは荷物も同じで、場合によっては商人であってもクルマから荷物を降ろしてチェックされ、改めて馬車に乗り換えるなどの措置が必要となる。


 城塞都市という性質上、外からの攻撃には強いが、中に入り込まれれば致命傷になりかねないからだ。


 だから、彼がトラクターに近寄ったのは職務をまっとうするためである。



「あー、もしもし…」



 ガチャッ


 衛士がドアをノックしようとする前に、クルマの扉は開いた。


 そこから出てきたのは、メガネをかけた一人の女性。ロイヤルブルーの髪をサイドアップにしたファレアスティである。



「あっ…えと…その…」



 衛士は彼女を前にして、しばし沈黙。


 それは彼女が妙齢の美人だったからではない。その視線が冷たかったからだ。まるで蛇に睨まれた蛙のように衛士は硬直していた。


 ファレアスティはそんな衛士を静かに見据えると、手に持っていたカードを渡す。



「キブカ商会です。荷物の搬入手続きをお願いいたします」


「あ…キブカ商会…さん?」


「はい。そうです。ご確認をお願いします」


「は、はい!」



 衛士は少しだけ怯みながら、そのカードを受け取る。



(何か…やたらと殺気立っているようだが…大丈夫か?)



 ファレアスティは男の衛士よりも年下であるし、彼もこの職に就いてからそこそこ経つので、そこまで気圧される理由はないはずなのだが、その凄みに思わず怯んでしまった。


 なぜか目の前の女性からは、殺気と呼んでもよいほどのやたら強い気が発せられていたからだ。



 そして、キブカ商会という名前。



 門番をやっている衛士の中で、キブカ商会がマフィアであることを知らない者はいない。


 内部での地位に不満はあれど、グラス・マンサーの一人であるラングラス一派の中で序列四位に位置する組織である。


 近年では業績も伸びており、外資で儲けた彼らがグラス・ギースで消費することによって、この都市の経済もかなり回っているという。


 そのキブカ商会が荷物を運ぶのは問題ない。



 問題なのは―――その【中身】である。



「中身は…食料品ですか?」



 商会の取引カードを手元のジュエルで照会すると、そこには食料品を示すマークが表示される。納入品の書類にも同じ記述があった。



「はい。そうです」


「その…消費する分には多いと思うのですが…何かパーティーでも?」


「いえ、商売品です」


「これ全部が、ですか?」


「そうです。これが全部そうです」


「十台以上はあるように見えるのですが…」


「合計で二十台です」


「は、はぁ…なるほど」



 そこには大量の食料品が積み込まれている。穀物や野菜はもちろん、魚介類などの珍しい乾物もハピ・クジュネから仕入れている。


 さらにもっと南の都市とも付き合いがあるので、そこからも物資が次々と送られてくる予定となっている。今回運ばれたものは、その一部にすぎない。



「あの…その…」



 書類を確認した衛士が、おずおずとファレアスティに視線を向ける。



「何か?」


「い、いえ、これはその…都市の中に入れるのですか?」


「それ以外に見えますか?」


「あ、ああ、そうですよね。だから運んできたんですよね、ははは。ですがその…大丈夫ですか?」


「特に危険な物はありません。よろしければ確認してくださって結構ですが?」


「あっ、いえいえ、キブカ商会さんの荷物ですからね。基本的にはノーチェックというのが習わしです。それはいいんですが、中身が…」


「食料品です」


「あ、はい。それはわかっていますが…」


「鮮度が重要なものも多いのです。早くしていただけますか」


「あ、はぁ…ですが…」



 ガチャ


 二人が門の前でやりあっていると、背後のトラクターのドアが開き、一人の男が降りてきた。


 その男は、笑顔を浮かべながらこちらに歩いてくる。



「時間がかかっているようですが、何かありましたか?」


「あっ、責任者の方ですか! …と、これは会長さんでしたか」


「はい。お話ならば私が伺いましょう」



 ファレアスティの冷たい視線に晒されて死にそうだった衛士が、これは助かったと笑顔を浮かべる青年のもとに向かう。


 普通の感性がある人間ならば誰だって、冷たい目をしている者よりも笑顔を浮かべている者を選ぶものである。それが本質的にはより凶暴な蛇であっても。



「申し訳ありませんねぇ。彼女は少々感情を出すのが苦手でして。お気に障りましたか?」


「そ、そんなことはありません。気にしないでください」


「それはよかった。毎日がんばってくださっている衛士さんたちに、余計なストレスは与えたくありませんからね。あっ、そうそう。ちょっと南のほうまで行ってきたので珍しい物も手に入れたのですよ。これ、お土産です。よかったらどうぞ」



 その青年、ソブカは一つの酒箱を持ってくる。よく日本酒が入っているような、軽く両手に収まるサイズの酒箱である。


 こうして一本一本包装されているタイプの酒は、この地域ではどれも高級品であるのが相場だ。見るからに高いとわかる。



「え? 私にですか? いえいえ、職務中なんで…」


「まぁまぁ、そう言わずに。ちょっとした心付けというやつです。それとこれも…」


「あっ、その…困りますよ」


「まぁまぁまぁ、どうぞどうぞ」



 困惑している衛士の懐に、すっと封筒を入れる。中身は見る必要もないだろう。間違いなく金である。



「責任はすべてこちらが取りますので、通していただけませんかねぇ?」


「そ、そうですか…。会長さんがそうおっしゃるなら、こちらには何も言う権利はありませんが…大丈夫ですか?」


「ええ、ええ。大丈夫ですよ。グラス・ギースの商会規約にちゃんとあるじゃないですか。持ち込んだ商品の責任は各商会が負うと。だから何も心配する必要はないのです。あなたが責められることはありませんから。私が保証しますよ」



 ソブカの声には、不思議なことに人を落ち着ける響きがあった。


 その独特の雰囲気に多少引っかかるところはあれど、とても甘く、人の心の中に入り込む魅力を持っている。


 それによって衛士は心から疑念を捨て去ることにした。どうせ自分には関係ないことなのだ。



「わかりました。どうぞお通りください。二番門からどうぞ」


「ありがとうございます」





 軽く会釈をして、ソブカは自分の秘書のもとに戻る。


 それから一緒にクルマに乗り、静かに二十台のトラクターが動き出す。


 搬入が進む中、ファレアスティが表情を変えずに文句を言う。



「衛士には、こちらに干渉する権利はないはずです。彼の行動は越権行為ではないでしょうか。おおかた賄賂が目的だったのでしょう。下種な男です」


「君は真面目すぎますねぇ。それは事実ですが、それだけでは世の中は回りませんよ。それに我々のほうこそ越権行為をしているわけですからね。誰だって心配になりますよ」



 衛士たち領主軍の仕事は治安維持である。ディングラスが担当するのは軍事と不動産であり、それを侵さない限りは彼らは余計な干渉は控えるのが慣習だ。


 商会規約にもあるように、グラス・ギースを本拠地にする商会に関して、特にグラス・マンサーに関連する商会に関しては、仕入れた荷物には触れないというルールがある。


 いくら領主のディングラス家とはいえ、他のグラス・マンサーの管轄には迂闊に干渉できないのだ。そうやって利益分配が形成されているわけである。


 たしかに衛士が渋ったのは越権行為かもしれない。しかし、物が物だけに、彼は真面目に職務を遂行しただけともいえる。


 なにせ食料品はジングラスの領分。それを他の派閥が侵すのだ。想像しただけで恐ろしいことである。



「もう少し気を抑えたほうがいいと思いますよ。そんなに殺気立っていたら誰だって身構えてしまいます。我々はまだ誰とも争っていないのですからね」


「…はい。申し訳ありません」


「気持ちはわかりますがねぇ。…で、【彼】の様子はどうですか?」


「彼とは…ホワイトのことでしょうか?」


「それ以外にはいないでしょう? 私がいない間、けっこう暴れていたそうじゃないですか。それで、どうなんです?」


「ジングラスのトラクターが十六台、飲食店が六軒、高級クラブが二軒、風俗店が三軒、工事関係の店が一軒。脅迫や強盗、現金強奪などの細かいものを挙げればもっとありますが…もっとも被害が大きいのが、先日ハングラスの倉庫が襲われた一件です。都市の消費量およそ四ヶ月分のジュエルが強奪されたようです。その中には希少な術具もあったと聞いております」


「ほぉ、それはそれは。さすがに大きくやりましたねぇ。ということはハングラス子飼いの警備商隊とも交戦したのですか?」


「はい。第一警備商隊は、ほぼ壊滅です。隊長のグランハム以下、大半の隊員が死亡しました」


「おー、素晴らしい! グランハムといえば、ハングラスの武闘派の中でも随一の武人です。そうですかそうですか、彼の勇姿をぜひ見たかったですねぇ、ははははは」



 まるで子供のように無邪気に笑う。それはもう心底楽しそうに。



「ゼイシルさんは、さぞかし激怒していることでしょう。損失にはひどく厳しい御仁ですし」


「そのようですね。報復のために新たに部隊を編成しているという話です」


「無駄なことをしますねぇ。勝てるとは思いませんが。まあ、面子もありますから当然でしょうか。他の勢力の動きはどうです?」


「マングラスは注視しつつ静観。ジングラスはルートを変えるなどの対応をしていますが、大きな動きはありません。領主のディングラスも、今のところは動いておりません」


「なるほど。まずは一番打撃を受けたハングラスの行動を待っている感じですか。ですが、そこでまた潰されれば、さらに動きにくいでしょうね。領主が動かないのはいつものことですが…DBDの魔剣士殿は?」


「現在、領主城にはいないようです。『魔獣の狩場』以西で何かやっているようですが…」


「ふむ…あちらはあちらで忙しいのでしょうね。噂が本当ならば、そのうち『入植』してくる可能性もあります。その前哨地を建造しているのかもしれません。どうやら戦艦も持っているという話ですからね」


「グラス・ギースを侵略するつもりでしょうか?」


「さて、どうでしょう。やろうと思えばできますが、彼らの祖国はすでに末期のようですし、どれだけの戦力が残っているかでしょう。一番困るのは、他の西側勢力がこの地に介入することです。そうなればDBDはもちろん、グラス・ギースも共倒れですね。ですが、今のところは領主に協力的な様子です。おそらくグラス・ギースを隠れ蓑にして、その間に態勢を整えるつもりでしょう。共生できれば両者の発展も見込めますが…」


「西側の連中など信用できません」


「…あなたならば、そう思うのは自然ですね。どのみち我々にはどうしようもないことです。彼らに関しては、グラス・ギース内部の抗争に介入があるかどうかが大きなポイントになりますねぇ」



 もしこの騒動にガンプドルフたちが介入してくれば、まさに泥沼になるだろう。


 その際、その気はなくても侵略に近いことをしなければならない状況になるかもしれない。それが一番怖いところだ。



 だが、今は―――ホワイトがいる。



「とはいえ、どうやら魔剣士殿はホワイトさんを怖れている様子。迂闊な介入はしてこないでしょうね。彼らとしても無駄に争って大打撃を受けるのは避けたいでしょうし」


「魔剣士が怖れるということは、それより凶悪だということです」


「心配性ですねぇ、あなたは。そんなに彼が怖いのですか?」


「怖い…ですか。たしかに」


「珍しいですね。そうはっきり言うのは」


「仕方ありません。あれは人間ではありませんから」


「ほぉ…では、何ですか?」



「あれは―――【災厄】です」




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