209話 「決着、グランハム戦 後編」


「っ! まさか知っているのか!?」


「そりゃ知っているさ。そんなに珍しいものじゃないしね。でも、正直驚いた。まさか『物理無効』を使えるようなやつがいるとはね。その力を持っている魔獣は討滅級でもまずいない。少なくとも殲滅級くらいじゃないと持っていないものだ」



 アンシュラオンは、このスキルを知っている。


 火怨山の魔獣の中にも『物理無効』を持っているものはいるし、上級魔獣になると何かしら厄介な力を持っているものだ。


 当然、そういった相手とも何度も戦ってきて、しっかりと打ち倒している。



(ゼブ兄とか普通に持ってるしね。姉ちゃんに至っては『物理反射』だし)



 ちなみにゼブラエスは『物理無効』をデフォルトで持っていた。つまり彼には通常攻撃は何一つ通じないというわけだ。


 たとえば目の前に魔獣がいても安眠が可能だ。通常攻撃しか使えないのならば、牙を突き立てても爪で引っかいても何も影響を受けない。衝撃もないので気付きもしないだろう。


 当人いわく「筋肉の勝利」であるが、卑怯にも程がある。おかげで彼と組手をする際は、常時技の使用を強いられる。


 しかし、ゼブラエスでさえまだまだ甘い。姉は『物理反射』である。


 原理はまったくわからないが、放った通常攻撃のダメージが自分に返ってくるのである。実に恐ろしい。


 そんな経験を積んでいる自分には『物理無効』は日常的に存在するものである。ただ、まさかグランハムが使うとは思わなかったので意外だったにすぎない。



「どうせ術具なんだろう? もし生まれ持ってのものならば常時発動しているはずだしな。…その腕輪かな?」


「なっ、どうしてそれを!?」


「何度もチラチラ見てるからさ。気付かないほうがおかしいよな。急に光ったし」



 いきなり腕輪が光れば、おかしいと思うのは当然だ。それ以前に当人の挙動が怪しいので少し観察すれば誰にでもわかるだろう。


 こうしてネタバレ。グランハムの命綱は完全に切れる。



「いやー、それにしてもあんたは役立ってくれたよ。あの子が術を使うために、わざわざオレが物理重視の攻撃を仕掛けていたことにも付き合ってくれたしね。この高速戦闘でも、あの子は隙を見つけることができた。実にありがたい練習台だ」


「…その言い草、わざとやっていたとでもいうのか!! 『物理無効』を最初から知っていたのか!?」


「通常の打撃と斬撃が通じなければ、その可能性が高いからね。普通はわかるよ。だから途中から前面に攻撃を集中させて背中をがら空きにしたんじゃないか。あの子が攻撃しやすいようにね」


「くっ…馬鹿な…全部わかっていて…」



 サナにはいつでも敵を攻撃していいと言ってある。それはグランハムとて例外ではない。


 アンシュラオン自身は一騎討ちにまったく興味がないので、むしろサナが積極的に参加してきてくれたことが嬉しいとさえ思っている。



(オレが引き付けたとはいえ、少なくともグランハムの動きを追うことはできた。あの子は【目】がいいんだろう。じっと観察する能力に長けている。素晴らしいことだよ)



 サナは常々じっと何かを見つめている。彼女の瞳は不思議な奥深さがあり、見るものの本質を浮き彫りにする。


 戦いにおいて観察は重要だ。じっとグランハムの動きを見つめ、緩慢になったところで一瞬の隙を見つけたのだろう。


 『物理無効』への依存による動きの停滞があってこそだが、このレベルの相手になかなかできることではない。実験に付き合ってくれたグランハムには感謝さまさまである。



「もうお前は完全に用済みだな。思った以上に役に立ったから、楽に殺してやるよ」


「やれるものならばやって―――」


「『物理無効』は、たしかに厄介だ。だけど、それを破壊することもできるんだぜ。さっき本気を見せてやると言ったから本当に見せてやるよ。特別だぞ?」



 アンシュラオンの戦気が一気に噴き上がる!!


 それは今まで使っていた戦気とはまったく違う、赤白く輝く膨大な戦気。



 ゴゴゴゴゴッ!!!



 地震のように大地が揺れ、大気が凍結したり蒸発したりを繰り返し、熱いのか寒いのかすらわからなくなる。


 存在そのものが変わっていく。内に宿した闇の中から真っ白な光が這い出てくる。


 それこそが本体。本性。その存在を言い表すもの。



「ああ…ぁ……」



 もはやグランハムには、それを見ていることしかできない。


 本来の戦気を解放したアンシュラオンの前には、デアンカ・ギースも敵ではない。その四大悪獣にすら怯えて暮らす彼らに、白き魔人を止められるわけがない。



「覇王・滅忌濠狛掌めっきごうはくしょう



 間合いを詰めたアンシュラオンの掌が、グランハムの胸に当てられる。


 空間すら歪める強烈な戦気が凝縮し、あらゆるものを破壊し、抉り、消滅させる力となる。



 バシュンッ




 グランハムが―――消えた。




 掌の先の空間に【喰われて】しまったかのように、人間がまるまる一人消失してしまった。


 そこには何ら抵抗というものがない。CGの消しゴムツールを使ったように、そこだけ完全に何もなくなっていた。



 ボトボトッ



 何かが落ちる音がする。


 それは、彼の両腕。


 鞭を持っていた右手と腕輪がはめられていた左手だけを残し、それ以外の部分はこの世界から消えてしまった。



「安心しろよ、グランハム。お前の形見の鞭と腕輪は面白いからもらっておいてやるさ。お前の力はオレが使ってやろう。ありがたく思えよ。おっ、ダガーも落ちてるな。あれももらおうか。しかしまあ、『物理無効』が切り札とは…狭い世界だね」



 覇王・滅忌濠狛掌。ガンプドルフ相手にも使った技であるが、この技の特徴として水覇・波紋掌のように『防御スキル破壊』が挙げられる。


 『物理耐性』はもちろん『物理無効』だろうが関係なく破壊することができる。しかもこの技はあらゆる防御機能を破壊できるため、スキルで防ぐことは不可能である。


 姉でも直撃すればダメージを受けるだろう。むろん、隙が大きいので当てられればの話だが。


 因子レベル6以上の高度な技に関しては、たいていのものにこうした『防御スキル破壊』効果が付随していることが多い。


 その領域に至れば、『物理無効』程度は当たり前にある世界なので、破壊と修復を繰り返しながら戦うのが日常である。


 ただ、因子レベル5以上の技を使うには、アンシュラオンも本来の戦気を解放しなくてはいけない。それも普段、低位の技を多用する理由である。


 そんな危険な攻撃を受けたのだから、グランハム程度が生き残ることなどできるはずがない。当然の結果が訪れただけのことだ。





「ひ、ひぃいい!! 隊長たちがやられたぞ!」


「に、逃げろ! 逃げるんだ!!」



 グランハムたちの無残な死にざまを見て、生き残っていた隊員たちが逃げ出す。


 いくら訓練されている警備担当の武人だろうが、この中で一番強いグランハムが惨殺されれば、自分の哀れな未来の予測くらいは簡単につく。


 彼らが逃げたことは責められない。それが【怪物】を見た時の人間の自然な行動であるから。



「オヤジ、追うか?」



 両手が血塗れのマサゴロウがやってきた。



「生き証人が必要だ。放っておけ。こっちの目的は倉庫だしな。どうせ持ちきれないから、ジュエルを優先して運び出せ。あとは珍しいアイテムがあれば持っていくぞ」


「わかった」


「黒姫はこっちにおいで」


「…とことこ」


「オレと一緒に戦利品のゲットを楽しもうな」


「…こくり」



 マサゴロウたちが倉庫に入り、中から大量のジュエルを運んでいる間、アンシュラオンはグランハムから術具を奪う。



「いやー、これが一番楽しい瞬間だよな。いいねぇ、盗賊の気持ちがわかる」



 他人から物を奪うのは最高の気分だ。それが戦利品ならば、なおさら嬉しい。


 まず手にしたのは、赤鞭。『断罪演軌の赤鞭』と呼ばれる術具だ。軽く振ってみると、バチンッという良い音がした。



「うむ、普通に使えるな。ただ、使いこなすのは大変そうだ。何より鞭は趣味じゃないし…サナにも長いよな。これは保留だな。で、次は一番気になるこれだ」



 それから「剛徹守護の腕輪」を手に取る。



「壊れていないといいけど…と、これで起動できるか?」



 自分の腕に付けてから、発動するイメージを送り込む。


 すると腕輪が赤く光り、自分の周囲に何かの力が生まれたような気がした。とても薄いもので身体の表面に粘りつくような感覚である。


 おそらくこれが『物理無効』の効果なのだろう。無色透明なので、感覚がなければ自分でも気付かないくらいだ。


 試しに自分で自分を殴ってみると、さきほどと同じく何も起きなかった。



「これは使えるな。でも、ガンガン生体磁気を吸っている気がするんだが…」



 術具の中にはエネルギー源を術者から奪うものがある。これもそうしたもののようで、使っている間は身体の中から生体磁気、違う言い方をすればBPを吸っているようだ。


 グランハムがこれを使っている間、明らかに攻撃の質が落ちていた理由がわかった。彼ほどの使い手でも常時使い続けるには難しいものなのだ。


 だが、仮に少ししか使えないとしても、実に素晴らしい術具であることには変わりない。



(オレなら何時間発動していても問題ないけど…べつにいらないな。必要性がない。本当はサナに与えたいところだが、それよりはホロロさんあたりに渡したほうがいいかな? あっちのほうが心配だし)



 サナはすでに戦闘に参加を始めているのでBPの枯渇は死に直結しかねない。それにアンシュラオンがいれば、命気もあるのでそうそう死の危険はないだろう。


 それよりは目の届かない場所にいるホロロたちが心配だ。ロゼ姉妹はまだBPが少ないので使えないが、ホロロならば五秒くらいは展開できるかもしれない。


 目の前に危険が迫ったとき、その五秒が命を救うものだ。これはあちら側に渡したほうがいいだろう。



「次はゴーグルか。…よかった。無事だな。ついでに双剣ももらっておこうか」



 モズからゴーグルと双剣を奪う。


 ゴーグルのほうを付けて起動してみると、まるで暗視ゴーグルのように周囲が明るく見えた。やはり視力強化の術式がかかっているようだ。


 これもアンシュラオンたちよりもホロロ側に有用なので、あちらに渡すことにする。


 双剣は普通の刃物だったため、あとで検分してから使い道を考えればいいだろう。サナに使わせてもいい。



「風斧もゲットだな。ちょっと柄が歪んでいるが…ぐいっと直して…うん、大丈夫そうだな」



 マサゴロウが強引に引っ張ったので多少歪んでいたが、軽く直しておいた。


 いざ振ってみると強風が噴き出る。



「おー、扇風機に使えそうだな。うむ、悪くないぞ! 鎧は…もう無理だな。サイズ的に誰も着られないし、べつにいいか」



 アンシュラオンにとってみれば扇風機だが、常人ならば簡単に吹っ飛ばされる威力だ。これを凝縮して放てば風鎌牙のように相手を切り刻むこともできるようだ。


 風斧はサリータにでもあげればいいだろう。これもBP消費で風が発生するタイプで何度も使えないが、彼女にとっては貴重な武器になるだろう。


 それ以外にも死んだ隊員の術具がいろいろと落ちているので、まとめて回収しておく。



「オヤジぃ、ジュエルを積み終わりましたぜ」


「質はどうだった?」


「そんなに良いもんじゃないみたいっすねぇ。一番いいので、これくらいです」



 戦罪者からジュエルをもらって確認する。



「うーむ、一般汎用タイプってやつかな? 何個か良さ気なのもあるが…やはりオレのスレイブに使うには安物すぎるな。明らかに高級感が足りない」



 もしかしたら上等なジュエルがあって、自分のスレイブ用に流用できないかと思っていたが、そう上手くはいかないようだ。


 全体的な質は悪くないが、アンシュラオンが求めるレベルには至っていない。それも仕方がない。討滅級クラスのジュエルなど、そうそう手に入るものではない。


 多くは癖のない鉱脈から掘り出したものなのだろう。実に変哲もない空ジュエルばかりである。



「お前たちは積荷を持って予定通りに引き上げろ」


「へい」



 略奪した物はキブカ商会に渡され、安全なルートで換金されることになるだろう。


 これもジングラス同様、相手は大損で、キブカ商会は大儲けである。


 といっても都市の生活に支障が出ては困るので、キブカ商会が輸入する形で物流を支えてやらねばならないが。


 そういった面倒なことはソブカに任せればいい。自分はこうして気に入ったものだけを選んで奪い、換金された金の一部をもらえればいいのだ。



「今回は黒姫も大活躍だな。あのレベルの相手に当てられたのはすごいぞ」


「…こくり」


「運動もしたし、そろそろ帰ろうな」




 サナと手をつないで倉庫区を後にする。


 まだ倉庫の一部は燃えており、闇の中に浮かぶ火だけがくっきりと浮かび上がっていた。


 まさにこれによって火は付けられたのだ。



(今回の一件で他の三派閥とは完全に敵対関係になった。それによってラングラスへの風当たりは強くなるだろう。三勢力連合とか作られると面倒かもな。…まあ、ソブカの話じゃ、そこまでまとまりのある連中ではないらしいから、それも難しいだろうが…ともかく争いが激化するのは間違いない)



 すでにマングラス、ジングラス、ハングラスと、ラングラス以外の三つの勢力と揉めることになっている。


 今までは全面対決を避けるように振る舞ってきた彼らも、ここまでやられたら黙ってはいないだろう。これからが本番である。



(ソブカ、しくじるなよ。まだ死なれると困るからな)



 そして、この仕事のパートナーに思いを馳せる。


 強引な暴力で何とかなるこちらに対して、あちらはいろいろと大変に違いない。




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