208話 「決着、グランハム戦 前編」


「やれやれ、怠け者どもが。最初から全力を出していれば簡単に倒せたものを。綺麗に勝とうとしすぎだ。というかヤキチのやつ、自分は仮面なんだから頭が硬いのは当然だろうに」


「ば、馬鹿な…こんなことが…」



 グランハムの目の前で、三人の武人があっという間に倒される。


 術具や周囲の援護があれば対等に戦えるだけの技量があったはずだ。そう計算していた。


 だが、それは覆される。あっという間に。一瞬に。



「どうだ、理解したか? 実際にやってみたほうがお前にはわかりやすいだろう。これが力の差だ」



 勝敗を分けたものは―――率いる者の器の差。



 グランハムは優秀だったが、それだけだった。歯車の一つにはなれたかもしれないが、歴史を動かすような大きなものではなかった。


 アンシュラオンという世界にとっての異端児と比べて、彼はあまりに小さかった。ただそれだけのことだ。


 恥じ入ることはない。落ち込むことはない。人類の99%以上が同属に該当するのだから。



「それで、どうする? 無条件降伏して、倉庫の荷物を全部渡すなら許してやらなくもないけど? ああ、あんたらの武装も全部もらおうかな。なかなか珍しいみたいだし」


「笑止! 屈しはしない! 私はお前に負けられぬのだ!」


「まだ自分の正義に固執するのか?」


「当然だ!!」


「あっ、そう。もう飽きたし、さっさと死んでもらおうかな」



 アンシュラオンが横に伸ばした右手に巨大な戦気が集まっていく。


 それはどんどん大きくなり、身長を超える二メートル大になると、急速に回転を始める。


 覇王技、旋回拳せんかいけん


 このまま放てば修殺・旋になるのだが、それを直接当てることもできる。力を集約するため、その際の威力は二倍以上だ。


 因子レベル1で使える基本技にも等しいものだが、アンシュラオンが使うと恐るべき技となる。


 こうして手に宿しているだけで、回転する戦気の余波で周囲の地面が抉れていく。グランハムも戦気で防御していなければ、近くにいるだけで裂傷を負ってしまうだろう。



(たかだか旋回拳がこの圧力か…もはや認めるしかあるまい。この男は、ありえないほどの実力者だ。こんな辺境にいてよい武人ではない。それこそ一国の代表となって当然の戦士なのだ)



 もはや疑いの余地はない。相手の実力を完全に認めるしかない。


 しかし、ここで屈することだけは認められない。それを認めてしまえば、自分がここにいる意味がないからだ。



(勝てぬ! 絶対に勝てぬ! だが、意地は通す!)



「死ね」



 アンシュラオンが一瞬で懐に潜り込み、右手に宿した凄まじい戦気と一緒に拳を放つ。



―――激突



 一気に圧力が解放され、回転する戦気があらゆるものをズタズタに引き裂いていく。


 これも特に加減なく普通に振り抜いた拳なので、耐力壁や術具の効果があっても関係ない。


 グランハムの実力では、間違いなく死亡。粉々に砕け散って跡形も残らないに違いない。



 技が終了。



 技の威力を証明するように、その場には修殺・旋が何発も集中してぶつかったような大きな衝撃の跡が残っていた。


 石畳は完全に破壊され、地面が何メートルにも渡って削られている。



 だが―――グランハムはいた。



 何事もなかったように立っている。



「あれ? なんでだ?」



 拳はしっかりとグランハムに命中していたのに、まるで彼だけ取り残されたように無傷だ。



(おかしいな。何があった? こいつ程度なら、これで死ぬはずなんだけど…)



 発したはずの原因に対して、その結果が合わないことに思わず驚く。



「おおおおおお!」


「おっと」



 グランハムが蹴りを放ってきたので、腕でガード。


 こちらはしっかりと重みを感じるが、さして強い攻撃ではないので普通にガードができる。


 そして反撃の一発。相手が足を引き戻す前に拳を叩き込む。



(まあいいか。これで殺そう)



 アンシュラオンの拳が閃光となり、凄まじい勢いで繰り出された。


 覇王技、三震孟圧さんしんもうあつ


 因子レベル2の技で、拳による高速の三連打を浴びせる技だ。当たった瞬間に戦気を爆発させているので、高威力の衝撃波も一緒にお見舞いする猛打である。


 ただの蹴りだけで半分のダメージを負ったグランハムならば、間違いなく死亡確定の技だ。


 ドガドガドガッ!



 拳は見事に当たる。筋肉が破壊され、骨が砕け、爆散するほどの力が―――解放されない。



 拳は当たっているが、さきほどとまったく同じ結果となる。つまりは何も起きない。



「むっ! お前、何かやったな?」



 この結果には、さすがに疑問を感じざるをえない。こんな雑魚が、いきなり自分の攻撃を防ぐなどおかしい。



「離れろ!!」



 グランハムが持っていたダガーで切りかかる。


 これも術具のようで刀身が赤く輝いている。何かしらの強化術式がかかっているのだろう。


 が、遅い。



瑛双空斬衝えいそうくうざんしょう!!」



 先にダガーを振ったグランハムより速く、カウンターで技を発動させる。


 覇王技、瑛双空斬衝。


 ガンプドルフ戦でもやったように両手に戦刃を生み出し、それを拳圧と一緒に放つ技である。


 剣士が放つ剣衝に似ているが、中身は別物。イメージとしては『円月輪』のようなものだろうか。生み出した戦刃ごと投げるので武器ごと投げるようなものだ。


 剣気を飛ばすだけの剣衝とは、そもそもの威力が違う。さらに当たると戦刃が回転し、相手に食い込みながら何度も追加ダメージを与える凶悪な技だ。



(これはどうだ? 因子レベル4の技だぞ)



 さきほどの三震孟圧が因子レベル2だったので、もしかしたらグランハムも『低級技無効』のスキルを使ったのかもしれないと勘繰ったのだ。


 よって、わざわざ強めの因子レベル4の技を放ったというわけだ。


 4からならば『中級技』になるし、さきほどの打撃と違って斬撃タイプなので結果が変わるかもしれないからだ。



 投げられた戦刃が―――直撃。



 アンシュラオンの技は速度重視でカスタマイズされているので、グランハムに見切ることは不可能に近い。


 完全に胴体に命中し、当たった戦刃が回転を始めて切り刻もうとする。



「無駄だ! 効かぬな!!」



 が―――無傷。



 何かの力に弾かれるように瑛双空斬衝が消滅。掻き消えてしまった。


 因子レベル4の瑛双空斬衝でもグランハムにダメージを与えることができなかった。これは異常な事態である。



 アンシュラオンは、一度下がってグランハムを観察。



「ほぉ、これでも駄目か。そこそこ強い技なんだが…何か面白いことをやったようだな。スキルか? 術か? 何をやった?」


「ふん、答える義理はない。お前がいくら強くてもダメージを与えられねば意味がないぞ」


「そうかな? あんたがオレより弱いことには変わらない。そっちの攻撃でこっちもダメージを受けないしね。その間に倉庫を漁ってもいいんだよ」


「その間中、嫌がらせをしてやるぞ!」


「おいおい、ずいぶんとやることがせこくなったな。オレを殺すんじゃなかったのか?」


「あくまで倉庫を守れればいい。それが仕事だ」



 明らかにトーンダウンしている。最初の威勢はどこに行ったのか。


 しかし、実際に技が弾かれたのは事実である。



(うーん、スキルか? 技か? 術か? 術具という線もあるな)



 おそらくグランハムは『奥の手』を使ったのだろう。強い武人は常に万一の事態に備えるものだ。


 情報公開で見てもいいが、すぐになぞなぞの答えを見るのはつまらない。見たい気持ちをぐっと我慢する。



「まあいいや。どうせカラクリがあるんだろう? それならそれで楽しませてもらおう。どこまで耐えられるか実験だな」


「くっ! さっさと諦めて帰れ!」


「馬鹿だなぁ。そんなに焦ったら自分から弱点があるって言っているようなものじゃないか。奇遇なことにオレも嫌がらせが大好きでね。あんたが嫌がることなら楽しくやらせてもらおう。他に今夜の予定はない。あんたが死ぬまで付き合ってやるよ」


「ちっ!! さっさと諦めればよいものを…」


「じゃあ、次はちょっと本気でいくぞ」


「本気…?」



 アンシュラオンが―――消える。



「っ!! なっ、どこ―――っ」



 ドバーーーンッ


 背中から爆音が聴こえたので振り向くと、そこには蹴りを放っていたアンシュラオンがいた。



「貴様、いつ―――」



 ドバーーーンッ


 今度は前から音が聴こえたので首を戻すと、いつの間にか前方にアンシュラオンがおり、すでに放たれた拳が腹に命中していた。


 これらの音は、彼の放った攻撃の余波で周囲の地面やら土嚢やら、倉庫の壁やらが吹っ飛ぶ音である。


 音が鳴ってから気がつくというパターン。


 それはつまり、気がつく前にグランハムが何度も死んでいることを意味する。



(これが…本気……か。今までのものすら手加減していたというのか!?!!!!)



 もはやショックを通り越して絶望しか浮かばない。


 動きが見えない。攻撃も見えない。何をしているのか、どこにいるのかもわからない。


 スピードの次元が違う。身のこなし、脚力のレベルが違いすぎる。


 そんなに素早いくせに威力も桁違い。彼が攻撃を仕掛けるたびに、余波だけで周囲一帯が破壊されていくのだ。



(信じられない強さだ…もし【コレ】が発動していなければ死んでいた。九回は死んでいた!!)



 自分が今助かっているのは、まさに奇跡と呼べる事象が起こっているからだ。


 最初の旋回拳で一回死亡。三震孟圧で三回死亡。瑛双空斬衝でも三回は死んでいた。この二回の攻撃でも、それぞれ死んでいたはずだ。


 もはや敵う相手ではない。触れられる相手でもない。



 しかし、彼には―――この【腕輪】がある。



(大丈夫だ。落ち着け。この腕輪があれば負けることはない。この男がいかに強くても、ダメージを受けなければ死なないのだ!!)



 グランハムの左手には赤い腕輪が光っている。


 【剛徹ごうてつ守護の腕輪】と呼ばれるもので、『物理無効』を付与する強力な術具である。


 『物理無効』は『物理耐性』に似ている言葉だが、その意味合いはまったく異なる。


 物理耐性は衝撃を半減させるのに対して、こちらは完全に『遮断』する。完全に攻撃自体を防いでしまうので衝撃すら伝わらないのだ。


 それによって、どんなに強い攻撃でもよろけることもない。現に今、おそらく討滅級魔獣程度ならば一撃で死ぬような攻撃をもらっても、まったくびくともしていない。


 これは当主であるゼイシル・ハングラスから直接もらったAランク術具であり、とても希少なものだ。


 真面目で勤勉なグランハムだからこそ与えられたもので、ゼイシルからの信任が厚い証拠である。




 その後、アンシュラオンは三十回攻撃を繰り返す。


 といっても、その時間はまさに一瞬。グランハムが見えない速度で通常攻撃を打ち込んでくる。


 どうやら実験という言葉は本気だったようで、強い技を打ち込むというより試すようにいろいろな攻撃をしてきた。


 それで命拾い。


 まったく生きた心地がしないが、攻撃はすべて遮断されているおかげでダメージはない。



(早く諦めろ! 諦めてくれ!! そうなれば私は負けない! 私は負けない、負けられない、負けられ―――ぐっ!)



 もはや念じるしかない状況だったグランハムの背中に、突如痛みが走った。



(馬鹿な!! まさか物理無効を突破したのか!?)



 これほどの攻撃ならば可能かもしれない、という迷いが一瞬だけよぎるが、それはありえないことだ。


 無効といったら無効なのだ。そこに例外はない。ならば、これはいったい何か。



 慌てて背中を振り向くと、そこには―――黒い少女がいた。



 その左手からは、ボロボロと術符が崩れている。サナが放った水刃砲がグランハムの背中に当たったのだ。


 『物理無効』は文字通りに物理攻撃のみを遮断する。当然ながら術は防がないので、威力の弱い術符の攻撃でも素通りするというわけだ。


 グランハムはアンシュラオンの攻撃だけに集中していて、サナの存在など忘れていた。そんな余裕はなかった。そこを突かれた。


 術符を受けてもあまりダメージを受けていないことからも、やはりグランハムは強い。


 だが、これは彼にとって致命的。



「ふーん、なるほどね。やっぱり『物理無効』か」


「っ!!」



 白い仮面の中からニヤリと笑うような愉快な声が聴こえ、グランハムが身震いする。


 まさに今、唯一の命綱が切れたのだ。



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