206話 「率いる者の資格 前編」


「ホワイト、貴様は私が倒す!」


「ええと、…グランハムだったっけ? ずいぶんとがんばっているようだね。どうもご苦労様」


「お前こそ、ずいぶんと余裕だな」


「実際に余裕だからね。オレにとっては、べつに裏スレイブを失っても痛くもかゆくもない。本当に必要ならまた補充すればいいだけだ。そのためのスレイブだからね。つまり、あんたらがやっていることは無駄なのさ」



 男のスレイブなど、いくら失っても問題はない。それが裏スレイブのような駄目人間ならばなおさらだ。またモヒカンに命令して集めさせればいい。


 よって、グランハムたちがやっていることは、すべて無駄である。無意味で無価値なのだ。



「まるで遊び半分だな。こんなことを続けて楽しいのか!」


「楽しいなぁ。とても楽しいよ。これも全部【劇】の一部だからね」


「劇だと?」


「君たちは役者だ。オレが用意した舞台で踊り狂う愉快な人形だ。こんな城壁内部で細々と暮らしてもつまらないだろう? せっかく楽しい劇場を用意してやったんだ。もっと楽しんでくれよ。一緒に遊ぼうぜ」


「…どうやら本物の狂人のようだな。お前に従っているスレイブが哀れに思うぞ」


「ん? なんで?」


「自分たちを捨て駒にするような者に誰が敬意を抱く! お前にリーダーの資格はない!!」


「ははは、まるで学校の先生のような台詞だな。まあ、たしかにオレにリーダーの資格はないだろうな。自分でもやりたいと思わないし。…ただ、あんたは勘違いをしているようだな」


「何をだ?」


「言葉で言ってもあんたは信じないだろうからね。実際に見せてやるよ。さあ、かかってこいよ。遊んでやる」


「そのふざけた態度も、ここで終わりだ! お前の失敗は我々ハングラス一派を狙ったことだ。ここで死ね!」



 グランハムは右手で鞭を構える。同時に左手には術符を持っていた。


 しかし、威勢の良い言葉とは対照的に、いきなりは攻撃しない。慎重にこちらの間合いを見定めようとしている。



(さすがにこのレベルになると警戒を怠らないな。オレやサナが子供でも、まったく油断していない)



 グランハムは常に自信を持ち堂々としている。その自負は実力に起因したものだ。


 豊かな才能に見合っただけの地位と褒賞を与えられ、思うままに力を振るえる環境にいる。まさに選ばれたエリートである。


 だからこそ、仮面の少年の底知れぬ圧力を感じている。



(なんだこの不気味さは! 踏み込めん…!)



 修殺を見た瞬間、只者でないことはすぐにわかった。何の術具も使わずにあれだけの力を放てるのだ。それだけで脅威である。


 もしかしたら仮面に何かしらの力があるのかもしれないが、だからといって結果が変わるわけでもない。


 グランハムの本能が危険を告げる。皮肉であるが、これこそ優れた武人の証明であった。



「あれ? 来ないの? じゃあ、こっちからいくよ」



 アンシュラオンは相変わらず無造作に敵の間合いに入っていく。


 そこは鞭の射程距離。一撃で戦罪者を倒すほどの攻撃が飛び交う領域。



「くっ!」



 グランハムはその胆力に気圧され、思わず術符を発動させていた。


 まるで怯えた新兵が敵の出現に驚いて、思わず発砲してしまったかのように偶発的な起動であった。


 術符が粉々になると同時に術式が完成。大きな稲妻がまっすぐに走り抜ける。



 魔王技、雷貫惇らいかんとん



 術士因子2で扱える術式で、雷が直線上を貫くというマタゾーが使う矢槍雷と似たような効果を持った術である。


 ただ、矢槍雷が戦気で生み出したものに対し、こちらは術式なので、防ぐには単純に肉体能力で耐えるか、術の威力に対して三倍の威力の戦気で防ぐしかない。


 雷貫惇は一枚二十万以上はする術符であり、この都市で買えるものの中では最強レベルである。



 その雷貫惇が―――爆ぜる。



 バチィイイイインッ



 雷がアンシュラオンに衝突。凄まじい爆音を響かせて霧散する。


 術の影響で周囲が焼け焦げているが、立っているアンシュラオンは無傷である。



「むっ!! 戦気で防いだのか!! 雷貫惇をいともたやすく防ぐとは…!」


「魔力もそこそこ高いようだな。いい威力だったよ。やっぱり術式は怖いな」



 雷貫惇は魔力補正二倍の術なので、魔力が高い者が使えば相当な威力を発揮する。


 グランハムもそれなりに魔力が高いので威力は大きい。ただし、それは通常の武人の範囲内だ。特に問題なく防ぐことができる。


 仮に雷貫惇を魔力SSSの姉が使っていたらアンシュラオンの身体を貫通していた可能性もあるが、到底そこには及ばない。



「ほら、どうした。その鞭を使ってみせろ」


「言われずとも!!」



 下がって間合いを確保したグランハムが、赤鞭を周囲に振るう。



 バチンッ ブオオッ!


 バチンッ ブオオッ!



 鞭が空中で激しい唸りを上げながら不規則な動きをしている。


 鞭特有の空気を叩いている音であるが、鞭自体にかけられた術式によって衝撃波を生み出しながら、自らの意思で軌道を操っているのだ。


 この鞭は『断罪演軌だんざいえんき赤鞭せきべん』と呼ばれる術式武具の一つで、打撃と同時に衝撃波を発生させることができるものだ。


 衝撃波の威力は使い手の技量や戦気の質によって上昇していく。周囲一帯への攻撃はもちろん、単体への連続攻撃も可能にする強力な術具だ。



 その不規則に動く赤鞭が襲いかかる。



 バチンッ バチンッ バチンッ


 空中で三回軌道を変化させ、死角からアンシュラオンの背部を狙う。


 尖端からも衝撃波が発せられているので、その威力は通常の鞭を遥かに凌駕するだろう。


 だが、すでにアンシュラオンは死角からの攻撃を見切っている。


 周囲を『無限抱擁』で覆っているので、どこから攻撃が来てもすぐにわかるのだ。



 正面をグランハムに向けたまま、手首だけを使って拳を軽く背後に振り―――迎撃。



 バァアーーーンッ!


 衝撃波同士がぶつかったような破裂音がして、迫っていた鞭が吹き飛ぶ。



「ちぃいっ!!」



 バァアーーーンッ!

 バァアーーーンッ!

 バァアーーーンッ!

 バァアーーーンッ!



 何度も攻撃を仕掛けるが、鞭は途中ですべて迎撃される。


 鞭自体も衝撃波を発生させているが、アンシュラオンもまた拳を振ることで拳圧の衝撃波、拳衝を生み出しているのだ。


 その威力は互角。まったくの五分で相殺している。


 アンシュラオンが鞭の威力を完全に見切っており、それに迎撃の威力を合わせているからにほかならない。


 これもまた作られた拮抗であった。



(なんという技量だ!! 信じられない!! 完全に見切られている!)



 グランハムは、目の前で起こっていることが理解できないほど未熟ではない。


 鞭は当然ながら戦気で強化してあり、それに加えて衝撃波で追撃しているのだが、それがまったく通じない。


 自分は術具を使っているのだ。それでいて相殺される。この段階で実力差が相当にあることを示していた。



(ホワイト…! これがホワイトの実力なのか! ―――っ!)



 気がつくと、すでにアンシュラオンが目の前に立っていた。


 鞭を引く瞬間を狙われたので、今から回避する余裕はない。



「くっ!」



 グランハムは、咄嗟に防御。


 しかし、アンシュラオンの手元が動いたと思った瞬間―――宙に浮いていた。


 拳撃のラッシュである。すでに見えないレベルで放たれた超高速のラッシュが、グランハムを襲っていたのだ。



 バァアアーーーーンッ



 常人には音が一回しか聴こえなかっただろうが、この間に二十発の拳がグランハムに注がれていた。


 ガードの上からおかまいなしに殴りつけられ、そのたびにメキメキィッと腕が今にも泣きそうな音を発する。



「ぐおおおっ!!」



 グランハムは、殴られた衝撃と自身の戦気を爆発させた勢いを利用して、後方に跳躍。


 ガンプドルフもやった緊急回避である。これも戦気術をそこそこ使いこなさないとできない芸当なので、彼の技量の高さを思い知る場面だ。



「がはっ…ごほごほっ!」



 痺れた腕を回復させようと練気を発する。拳の衝撃で肺が上手く動かなかったが、必死に気を練って回復させる。



(危なかった…! この装備でなければ腕をへし折られていた!)



 グランハムが着ている黒い服も術具で、物理、銃、術の三つの耐性がかかっている『反靭強装はんじんきょうそうの術衣』と呼ばれるものだ。


 それを着ていても激しい衝撃に襲われる。そのことが恐ろしい。



「へぇ、本当に軽いジャブだけど、これで倒れないなんてさすがに強いね」


「貴様…! なぶるつもりか!!」


「おっ、自分の状況が少しはわかってきたようだな。ただ、少し違うな。オレがあんな攻撃を仕掛けたのは、なぜだと思う?」


「なぜ…?」


「腰を見てみろよ」


「腰…っ! くっ、貴様!」


「やられたらやり返すのが流儀でな。今度はお前がくらえ」



 アンシュラオンの手には、グランハムが腰にかけていたポーチが握られていた。


 わざわざラッシュを仕掛けたのは目眩ましの意味もあったわけだ。



 そこから雷貫惇の術符を取り出し―――発動。



 お返しとばかりに、激しい稲妻が真っ直ぐにグランハムに注がれる。



「ぬっ!!」



 まだ回復しきっていない身体を強引に動かし、雷貫惇の術式を回避。身体のすぐ近くを激しい雷が通り過ぎる。


 が、完全にはよけられない。ブスブスと軽く服が焦げているのがわかった。対術効果があってもまったく関係ない威力に背筋が凍る。


 避けた雷貫惇はそのまま真っ直ぐに突き進み、倉庫の一つを破壊。何かに引火したのか、倉庫から火が上がっていた。


 しかも、奥にあった倉庫のほうも明るくなっている。おそらく倉庫をいくつか貫いたのだ。それらの倉庫にも結界があったというのに、そんなものは完全に無視だ。



(私の三倍以上の威力…これが同じ符の力なのか…信じられん!! 上級術士以上の強さだ!)



 グランハムは、そこそこ自分の実力に自信があった。


 剣士としての技量と魔力の素養を持つ、いわゆる『魔法剣士』、こちらの世界では『術符剣士』と呼ばれるタイプの武人で、両方をそつなくこなすことで今の地位を得てきた。


 技量で自分に勝てる相手はそうそういない。魔力も平均的な術士以上。術符を使えば戦場での活躍は間違いなかった。



 されど、目の前の白い少年と比べれば、まったくの【器用貧乏】。



 何一つ秀でたところがない。目を見張るものがない。可も不可もない存在。


 その事実を突きつけられ、大きなショックを受ける。



「その服も術具か? 軽い服に救われたな。それより重い鎧ならば回避も間に合わなかっただろうし」


「ぐうう、ホワイト…! それだけの力を持ちながら!! なぜ正しい道に使わない!!」


「誰かにも言われた台詞だな、それ。だが、善悪の概念など人それぞれだろう。お前の正義を勝手に押し付けるなよ。まったく、ルアンといいお前といい、これだから偽善者は困る」


「秩序を破壊して得られるものなどない!」


「くくく、はは…あははははは!! 浅い、浅い。足りないよ、グランハム。だからお前は弱いんだ。少しは強いからルアンよりましだけど、お前があいつの未来だと思うと寒気すら覚えるな。教育が間に合ってよかったよ」



 今までの言動を見るに、この男はリーダーとしても優れた資質を持っているのだろう。


 統率の能力値は部下の能力全般に補正効果を与えるので、高ければ高いほど部隊が強くなっていく。警備商隊が強いのは、率いるグランハムの統率が高いからでもある。


 そして、性格も真面目。誰かを贔屓したりせず、皆を理念と実行力でまとめる理想的なリーダーなのだろう。


 彼に従う部下たちに迷いはなく、信頼されていることが簡単にわかる。まるで学校に一人はいる生徒会長タイプのようだ。



 一方のアンシュラオンは、まさに正反対。



 統率はFの最低値なので、率いる戦罪者にプラス補正どころかマイナス補正を与えている可能性すらある。


 無能な指揮官に率いられた部隊が弱くなるのと一緒だ。玉砕上等の神風特攻を命令するあたり、まさにその極みなのだろう。


 さらに部下を思いやることもなく、クズだのゴミだのと罵るような男。実際にゴミのように扱っているので、正直と言えば正直なのかもしれない。


 このことから普通の人間がアンシュラオンに従う理由が一切見当たらない。必要性がない。従いたいとも思わない。



 だが、互角。



 そんな惨状でも戦罪者たちは数の不利を乗り越え、グランハム率いる警備商隊と互角に戦っているのだ。


 このことをどう説明するのか?



「グランハム、お前の勘違いを教えてやろう。お前が求めるリーダー像は間違っていない。それもまた一つの形だろう。だが、生命ってものは思った以上に深い存在でな。星の進化、生命の進化という巨大なうねりの中では、ただそれだけでは回らない。時には激動の力が必要になることがある」



 歴史を見ると、なぜか誰もが軽蔑するような者がリーダーになり、混乱と混沌を呼ぶことがある。


 されど人々は彼らを熱狂的に出迎え、改革と変革を求めてきた。歴史を知っていても、飽きることなく何度も起こっていく事実だ。


 人々は後から「あれは愚かな選択だった」と反省をするが、もう一つの側面を見逃してはならない。


 絶対神が管理する宇宙において、すべてのことには意味がある。人々が嫌う側面にこそ真実がある。



「リーダーに必要なものは、【力】だ。男性的側面であるエネルギーだ。そいつがどんなにクズで最低のやつでも、物事を動かすエネルギーこそが重要なのさ。真面目だけど実力のないやつ、周りを動かすエネルギーがないやつがリーダーになっても、得られる利益はたかが知れているだろう? 今のお前のようにな。それよりは力のあるやつのほうがいいんだよ」



 停滞したものを吹き飛ばすだけのパワー。爆発的エネルギー。


 「あいつは人間としては最低だが、何か面白いことをやりそうだ」と思えるような期待感。ワクワク感。腹の底から熱くなるような衝動。


 人々はそれを求めるのだ。



 それこそ進化に至る変化を求める、人間という存在の真なる渇望である。




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