203話 「ハングラス倉庫、襲撃」


 一般街の北側には倉庫区が広がっている。(地図で暗くなっている一帯)


 上級街にも倉庫区はあるが、一般街のものはそこから送られてきたものを一時的にストックしておく場所であり、ここから一般街以下の店に直接商品が届く仕組みになっている。


 また、都市の入り口である東門にも近いため、外から輸入してきたものもこちらに格納される。上級街の工場に運ぶ材料や素材も多くはここに仕舞われている。


 その何百という大小さまざまな倉庫の中でもひときわ目立つのが、黄色い塗装をした巨大な倉庫。


 他の倉庫の三倍以上はありそうな大きな倉庫が、見る者を圧倒するようにそびえ立っている姿は、なかなかに壮観である。



 倉庫は全部で十五。



 衣類や建築資材はもちろん、サンドシェーカー、吸水玉、石鹸、化粧品などから、ランプ、水筒、メガネ、ベッド用品などの生活必需品がずらりと並んでいる。


 この倉庫が一つでも失われれば、都市内部に暮らす住民に大きな損害が生まれるのは間違いない。


 サンドシェーカーがなくなればトイレの処理にも困るし、石鹸がなくなれば汚れを落とすことも大変になる。包丁一つないだけで料理さえできない。燃料薪がなければ火を起こすことも難しい。



 言ってしまえばこの場所こそが、都市機能を維持する【心臓部】である。



 どの倉庫の物品も、都市で生活するためには必要なものばかりだ。


 しかし、どうしてもその中から一つしか選べないと言われたら、管理者は泣く泣く【ソレ】を選ぶに違いない。


 それは、この社会にとってどうしても必要なもの。


 新しい衣類がないと困るが、古着を集めればなんとか生きていける。サンドシェーカーがないと困るが、紙を使ったり、あるいは自分で砂を熱して殺菌すれば、まだなんとか対応できなくはない。


 メガネも捨てがたいが、なくても生きてはいける。ベッド用品もそうだし、石鹸も泣きながら我慢しよう。


 しかしながら、これだけは無いと困るのだ。


 この都市だけではなく、この世界の文明を支えているすべての根源。これがなければ何一つ成り立たないという、とてもとても重要なものがある。




―――ジュエル




 この魔石がなければ、この世界では何もできない。


 クルマを動かすことも銃を撃つことも、街に灯をともすことも、もっと言ってしまえば結界を生み出すこともできないので、一見すれば立派に見える城壁自体が無駄になってしまう。


 地球でたとえるならば、電気がないのと同義である。


 テレビ、パソコン、携帯端末、電子レンジ、その他あらゆるものが使えないことになる。冬になれば凍死さえ覚悟する状況に追い込まれるかもしれない。


 それはこの世界も同じ。ジュエルがなければ何もできないのだ。術者がいちいち術符を書いたとしても間に合わないに違いない。


 この都市が城塞都市として成り立つにも、この世界が世界足りうるためにも、術式を付与できるジュエルという媒体だけは死守しなければならない。





 すでに周囲が暗くなった闇夜の中、その大切なジュエルが管理されている倉庫に、とある集団が近寄っていた。


 全員が仮面を被った者たちで、死臭と血の臭いが混じったような、明らかに異様な気配を身にまとっている無法者たちである。


 人数は十人。アンシュラオンとサナに加え、幹部格ではヤキチとマサゴロウ、マタゾーが帯同している。ハンベエと他の戦罪者は陽動を兼ねて他の場所を襲撃する予定だ。



「ここが【ハングラスの倉庫】か。でかいな。まさに金持ちって感じだ」



 アンシュラオンは、大きな黄色の倉庫を見上げる。


 外観は、よく地球の港などで見かける倉庫に似ており、おそらく内部も似たような造りであろう。


 このグラス・ギースにおいて、ここまでの倉庫が必要になること自体が脅威である。しかも倉庫はこれだけではないのだ。細々としたものは他にもあるし、上級街にも大きな倉庫を持っている。


 まさに金持ち。豪商と呼ぶに相応しい。これと比べると成功しているキブカ商会でさえ小粒に見えてくる。



 この倉庫の持ち主は―――北のハングラス。



 グラス・マンサーの一人、四大市民であるゼイシル・ハングラスが当主を務めるハングラス一派は、主に生活雑貨一般を担当している。


 生活雑貨と大雑把に言うと安っぽいイメージがあるが、その範囲は広い。


 生活に必須のジュエルは当然のこと、コッペパンで売っているような術具、バランバランで売っている武具類なども仕入れている。


 軍事力を担当とするのは領主のディングラス家だが、そこで扱う武器などはハングラス経由で仕入れているのだ。それだけで影響力の強さがわかるというものだろう。



(ふむ、こうして考えるとラングラスって担当している分野が弱めだよな。昔は価値があったのかもしれないけどな…落ちぶれるとこれだけの差が生まれるか)



 人材のマングラス、食糧のジングラス、物資のハングラス。他の三勢力と比べると医療のラングラスは若干弱いように思える。


 しかし、かつての医者は女神の御使いとも呼ばれるほどの存在であり、魔獣との戦いが常であった荒野においては必須の存在だったのだ。


 地球の宗教の始祖にもヒーラーがいたように、その絶大な霊的医療の効果に、知識がない人間には奇跡を起こしているように思えたことだろう。


 実際、五英雄の一人であるラングラスには、死者すら蘇らせたという逸話が残っている。そのあたりは眉唾物であるが、仮にアンシュラオンの命気のようなものが使えれば、あながち嘘とも言えない。



(それがジュエル技術の発展と城壁によって衰退か。ラングラスの立場が今から急上昇することは不可能に近い。ならば、やることは簡単だ。他の勢力から力を奪えばいい)



 一番簡単な成長の方法は、すでに力を持っている者から奪うことである。


 金が欲しいのならば金を持っている人間から奪うか、支配すればいい。医療を発展させたいのならば、奪った力を使って研究進化を続ければいい。


 ここはフロンティア。それはすべて純然たる力によって行われる。



 今日のターゲットは、ハングラスの倉庫。



 都市の心臓部をそっくりそのまま頂戴するという、今までの作戦の中でもっとも大規模なものだ。



(この作戦終了後、おそらく一気に警戒レベルが上昇するな。今まで以上の完全なる敵対行為だしな。くくく、楽しくなりそうだよ)



「行くぞ。オレについてこい」


「うす」



 今回はアンシュラオンが先頭を歩く。その理由は、これがただの倉庫ではないからだ。


 アンシュラオンの目には、倉庫の周囲に薄い赤い膜が張られているうように見え、さらに入り口にはもう一つ別の結界が施されているようだ。



―――【割符わりふ結界】



 普通に通ろうとすると結界に阻害されるが、特定の術式を付与したジュエルなどの媒体を持っていると、それが鍵となって結界の術式と合致して素通りできるタイプのものだ。


 言ってしまえば鍵付きの結界のようなものだろう。当然ながら倉庫を管理する人間は、その鍵を持って出入りしている。


 しかしアンシュラオンは、わざわざ鍵を手に入れる必要はない。



 バリンッ




 結界に触れただけで―――破壊。




 この程度の術式では魔人の歩みを止めることはできない。


 しかしながら、ここはハングラスの縄張り。それに対する防護策も練られていた。



 ピーーーピーーーピピピピピ!


 ピーーーピーーーピピピピピ!


 ピーーーピーーーピピピピピ!



 やたらと耳に響く甲高い笛のような音が鳴り、周囲に侵入者がやってきたことを教える。



 ザッザッザッ


 その音を聴きつけ、即座に周囲の倉庫から警備隊がやってきた。



 その数は、およそ五十人。



 無手の者は少なく、ほとんどの者が何かしらの武器を携帯している。剣や盾、斧、銃火器に加えて全身鎧を着ている者もかなりいる。まさに完全装備といった様相だ。


 警備隊は、瞬く間にホワイトたちを包囲。完全に一帯を封鎖する。



「へぇ、けっこうな数じゃないか。手際もいい。最初から用意していたって感じだな」



 警報が鳴ってから駆けつけるまでの速度、数、配置。すべてが最初から用意されていたような状況である。


 まるで最初からホワイト商会が、ここにやってくることがわかっていたように。




 包囲が完了し、一人の男が前に出てきた。


 隣にいた全身鎧の男と比べると遥かに軽装で、目ぼしい武器は腰に下げた赤い鞭くらいなものであるが、明らかに他と違う威圧感を放っている。


 おそらくこの男が敵のボス格であろう。



「私はザ・ハン警備商会の第一警備隊を任されているグランハムである。不法侵入の現行犯でお前たちを拘束する」



 ザ・ハン警備商会。ハングラス一派が運営している警備専門の組織である。


 以前、喫茶店でファレアスティが言っていたハングラスの警備商会とは、まさにこのザ・ハン警備商会のことだ。


 自分たちの荷物は自分たちで守る、という流儀から組織された商会で、西側から流れてきた腕利きの騎士や傭兵たちをスカウトして構成されているので、実際にかなりの戦闘力を有する組織だ。



 彼らこそ、事実上の【ハングラス最高戦力】。



 特に第一警備商隊は、各商隊の中から選りすぐったエリートたちで構成されているという。


 隊長をしているグランハムという男も見ただけで相当な腕前であることがわかるし、彼の周囲にいる者たちもかなりの腕前だ。その実力は戦罪者にも劣らないだろう。



 まさにアンシュラオンの希望通り。



(ハングラスも案外本気で向かってきてくれたな。情報を流した価値がある。これは楽しめそうだ)



 当然これはファレアスティに要請したものであり、自ら情報を流して集めさせた戦力だ。


 どうやら場所が場所だけに相手もかなり神経質になっているようで、いきなり最高戦力をぶつけるという手段に出た。


 これは極めて正しい判断だろう。ゼイシル・ハングラスの人間性が透けて見えるようだ。



(ゼイシルは生粋の商売人と聞いている。自分の荷物を奪われることほど不快なことはあるまい。ジングラスの一件で不安になったようだな。正しい認識をするのは実に結構なことだ)



 すでに周囲は包囲されている。


 普通は逃げ場がなくて慌てるところだが、アンシュラオンはイタズラが見つかった子供のように笑った。



「おや、これはわざわざどうも。毎日倉庫の警備、ご苦労様です。でも、いきなり拘束は酷いなぁ。事情くらい聞いてくれてもいいんじゃないですかね? 知らないで間違って入ることもあるだろうしね」


「では問うが、このような時分にこのような場所に何用かな?」


「たまたま夜分に散歩をしたい気分でしてね。それくらいはいいでしょう? 散歩をする権利くらいはあると思いますが? なにせ運動不足でして、昼間の運動だけでは足りないんですよねぇ」


「だとしても貴殿らがここを訪れる理由はないと思われるが? 上級街を本拠にする者がなぜここに参られたのか、納得のいく説明をしていただきたいものだな」


「グランハムさん…でしたか? ずいぶんとうちに詳しいようですね。もしかして、我々がここに来ることが最初からわかっていたんじゃないですかね? 用意もいいですし」


「問うているのはこちらだ。速やかに返答願いたい」


「いやー、お堅いもんですなぁ、立派立派。うちも護衛業ですけど、あんたらみたいに真面目に仕事なんてしたことないですしね。なぁ、おい。お前たちも、あのお兄さんを見習ったらどうだ?」


「オヤジぃ、そりゃ酷いぜぇ。おらぁたちだってよぉ、一生懸命励んでいるじゃねえですかぁ」


「そーそー、毎日忙しいですぜ。殺人に強盗に恐喝、みかじめ料だって請求しに行ってるじゃねえですか。あっ、こないだは現金輸送車も襲ったっけか? あれは楽しかったなぁ。必死に泣き叫んで命乞いしてよぉ」


「ああ、あれかぁ。まぁな、俺らは勤勉で優しいからよぉ、ちゃんと家族も同じところに送ってやったよなぁ。ほんと勤勉だよなぁ、俺たちぁよぉ!」


「ぎゃはははは! まったく、この都市は最高だぜ。金が使いきれないで困る! なくなったらまた奪えばいいんだからよ! 自給自足ってのはこのことかぁ? たまんねぇな!」



 げらげらげら、とアンシュラオンの後ろにいる連中が笑う。


 その下品な笑い声に、グランハムは心底不快そう顔を歪める。怒気からか、すでに周囲に戦気が放出されている。



「ホワイト商会(仮)(仮)(仮)(仮)(仮)(仮)め!! いろいろと好き勝手にやっているようだが、それも今日までだ! ここでお前たちを成敗する! というか、仮は一つにせんか!!!」


「そんなこと言われてもねぇ。マングラスがちょっかいを出してくるんだからしょうがない。べつにホワイト商会だけでいいじゃん。真面目なやつだなぁ。それより、そんな早口でよく噛まないで言えたね」


「うるさい! これ以上、この都市での狼藉は許さん! ここでお前たちを排除する! もはや遠慮はいらん! 叩き潰す!」


「ははは、なんだよ。最初からそう言えばいいじゃないか。腕に自信があるんだろう? 文句があるなら、さっさとかかってこいよ。たっぷり相手をしてやる」


「ふん、本性を現したな!! 総員、攻撃準備!!」



 グランハムが手を挙げると、周囲の隊員が武具を構える。


 最初から生きて帰すつもりなどないのだ。



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